第16話 英雄と少年 1

 立ち昇る煙が、乾いた風に乗って空を焦がして行く。

 それは、舞い上がる砂の向こう側へと、はるか遠くへと広がって行った。


 アリードは、占拠した軍の司令部を集められた兵士の死体と共に焼き払った。

 それは、ミャヒナへの手向けであったのか、彼自身の忘れられぬ記憶を封印するためであったのか。


「アリード、司令部は俺達で使えば良かったんじゃないか? 各地から集まった志願兵もいる事だし」


「いや、俺達は、街を軍の手から取り戻したんだ。この司令部こそ、軍の支配その物、これを焼き払わずしてどうする!」


「俺達は街を取り戻したんだ! 俺達の勝利だ!」


 振り返ると、彼は燃え盛る炎の前で、両手を広げて大声で叫んだ。その劇的な演出に人々は、彼を称える歓声で応える。人々の熱狂は、軍司令部を焼き尽くし、立ち上る煙が狼煙のように、彼の名と言葉を運び、砂の国中に英雄の誕生を告げた。


 引き寄せられるように彼の元へと、各地から人が集まり出し、閑散とした基地は大勢の人間が詰め込まれていたが、彼は、先の戦闘で思い知らされていた。だからこそ、彼の仲間のバルクように、有頂天になって喜んではいられなかった。


「アリード、うわさを聞き付けた人々が、こんなにも、まだまだ人が集まって来るぞ」


「ああ、だがなバルク、ただ人数がいるだけじゃダメだ、よりちゃんと、訓練を積んだ、武器の扱いに長けた集団にならなければ、アルシャザードの軍隊とは戦えない」


 そして、彼は仲間に宣言するように声を荒げた。


「その為にも、戦える男には武器を渡し、部隊に分けて訓練を開始するぞ!」


「それじゃあ、基地に集まって来た、老人や子供はどうする? あちこちにテントを張って、住み着いているがあれでは訓練する場所もないぞ」


「兵士になれない奴等は、街に向かわせればいい、集まって来る連中を選別して、屈強な軍隊を作るんだ」


 初めのうちは渋々であったが、アリードの説得もあって、皆街へ向かう事に同意し、幾つもの部隊が組織されて、厳しい訓練が始まったが、残った兵士達の間でもいざこざは絶えなかった。


「なんだとっ、もう一遍言ってみろ!」


「ああ、何度でも言ってやるぜ、ミーシャ民族の腰抜けどもが!」


「てめぇ、その口、二度と利けなくしてやる」


「やめないか!」


「アリード……、しかし、こいつが……」


「やめろ、俺達は民族も関係なく集まった仲間だ、ここで、民族同士でいがみ合いを繰り返していれば、アルシャザードの軍と同じじゃないか」


「……あぁ、すまない……」


 アリードが仲裁にあたれば一様は収まりはするが、あちこちで、民族同士の衝突が起き、小さな揉め事の度に、駆り出され多忙を極めていた。


「大変だ、アリード!」


「なんだ、またなのか……」


 いい加減うんざりと言う様子で答えたアリードだったが、駆け込んで来たバルクたちは、いつもより顔色が悪く緊迫した事態を告げていた。


「いや、違うんだ、食料がもうないんだ。元々、この基地にそれほど多くの食糧が蓄えられていたわけでもないし、一気に人数が増えて……」


「なんだと? それでもまだ十分あったはずじゃないのか?」


「いや、街に向かわせる人達に配った分で、予定以上に使っちまったから」


「食料を確保する金もねぇぞ」


「……配った食料を街から徴収するか?」


「いや……、それこそ、軍の連中と同じじゃないか……。それに、今だけの問題じゃない、これからもどんどん他の街から、集まって来る……」


 彼等に軍隊を率いた経験などあるはずもなく、他の街から身一つでやって来る人々を訓練するならば、食料の確保も欠かせない、それをどうやって確保していいのか皆目見当もつかなかった。

 いや……答えはそこにあった。


「他の街だ! 他の街には兵隊もいれば、基地もある。そこにある食料を奪えばいい」


「しかし、どれくらいの兵士が居るのか分からんのに……俺達で、勝てるのか?」


「……俺達なら、勝てる。近くの街から来た連中から、情報を仕入れればいいし、道案内をさせる事も出来る。直ぐに、出身地の街を調べて、部隊を作るぞ」


 こうして彼らは、進攻するための部隊を組み、簡単ながら指揮系統を作って行った。そして、増した緊迫感のおかげで民族間の対立も収まり、訓練も効率よく進み始める。しかし、それは、表面上の事、出身地での部隊分けが、そのまま、民族を分ける結果になったというだけで、決して、その軋轢が無くなったという訳では無かったのだった。


 アリード達は何度も話し合い、入念に計画を練り、進攻を開始するときを迎えた。


「まずは、手薄なディワーヤの街から攻める。数は少ないと言っても相手は軍隊だ、皆油断するな、計画通り事を運べ」


 多くの男たちが手に武器を取り、基地を出発していく。

 それが二度と帰れぬ道であっても、自由を取り戻すための戦いだと信じて。

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