第11話 砂の国の少女 1

 小さな子供たちと過ごす時間は、心躍るときめきと驚きの連続を来夏にもたらし、走り回る彼女に手を引かれて、ゆったりと流れる、慌ただしい時間を楽しんでいた。

 この世界は危険と隣り合わせではあるが、そこに近づかなければ、こんなにも安らげる場所があるのだ。ここには幸せがあった。温かな繋がりと暮らしがあった。

 だが、彼女たちはこの小さな世界から、廃墟の片隅から、出られないのだろうか?

 広がり続ける危険が、この小さな世界を侵食し始めた時、どうすればよいのだろう? 新たな安住の地を求めて、彷徨わなくてはならないのだろうか。


 来夏は自分の『魔法』で、この小さな世界を守りたかったが、一年という時間は、何かを成すには短すぎ、目を背けるには長すぎる時間だった。


「ラーイカ、片付けるのです」


「ラーイカ、肩はついているのです」


「それじゃ、私は食器を洗うわね」


「イルイルは、運ぶのです」


「ノルノルは、両方の手で運べるのです」


「イルイルは、二枚運べるのです」


「ノルノルは、一枚? 一枚?」


 みんな率先して、食器を運んでくる。腕まくりをして、食器を洗い始めた来夏であったが、小さな子供たちが危なっかしそうに食器を運ぶ姿にはらはらしっぱなしであった。


「テーブルを拭くのです」


「ふーふー、テーブルを吹くのは大変なのです」


「ふふ、テーブルはゴシゴシ拭くのよ」


 椅子を運ぶ者、床を掃く者、分担して掃除に取り掛かる。みんな、一生懸命掃除をする。おかげで、窓から流れ込む風が、小さな砂粒を運んできても清潔に保たれていた。


「おう、チビすけども、しっかり掃除しているか?」


「アリードが来たのです」


「もう、アリード、もう、なのです」


「なんだよ、それ?」


(ノルノルは、ミャヒナの真似をしているのから?)


 来夏は何度か、アリードにこの国について聞こうかと考えていた。彼なら、街にも詳しく、兵隊たちが何をやっているのかも知っている筈であったが、どう切り出せばいいのか、迷った挙句に、何も聞けないままであった。

 多種多様な民族の事も、当のミャヒナ達に聞くよりは幾分聞きやすいのではないかと考えていたが、過度な詮索と、受け取られればどうしようかと、思いとどまっていたのだった。


「そう言えば、アリード、ミャヒナは一緒じゃないの?」


「なっ、なんだよ、なにも、いつも、ミャヒナに会いに来ている訳じゃないんだからな」


「アリードは、いつも会いに来るのです」


「アリードは、なっなっミャヒナなのです」


「うっ、くぅぅ、この、チビすけどもよくも言いやがったな!」


 ミャヒナの名前を出すと、直ぐに動揺するアリードは、揶揄うイルイルとノルノルを赤くなって追い回している。素早くテーブルの下を逃げ回る二人も楽しそうであった。


「今日は、街に行くって、出かけて行ったから、てっきり一緒かと思ったのよ」


「そうなのか、入違っちまったか……」


 会いに来た訳ではないと、言ったばかりなのに、露骨にがっかりする彼は、イルイル達じゃなくても、揶揄ってみたい気分にさせられた。


「危なくはないかな? この前みたいな目にあったら……」


「なーに、ああいう連中からなら、うまく逃げられるさ奴等も最近は忙しいみたいで、しつこく追ってきたりはしないし」


「……あの兵隊たちは、何をやっているの?」


 思い切って聞いてみた来夏に、少し怪訝な表情をしたがすぐに答えてくれた。


「ん? あいつ等は、街の住人の中に潜む反政府ゲリラを狩っているのさ、この辺りは静かなものだけど、大規模な組織が街の中で銃撃戦を繰り返している所もあるらしいぞ」


 近くに武装集団が潜んで居たりするのだろうか?

 それは恐ろしい事だったが、もし、それに、イルイル達のエルル民族も含まれるのであったなら……。

 複雑に絡み合う民族や勢力がどこでつながるのか分からない来夏は、口を噤むしかなかった。

 その時、勢いよく開けられたドアから一人の女の子が飛び込んで来た。


「大変、大変なの、ミャヒナが兵隊に連れていかれた……」


「何だと! どこだ、何処に! いつもの奴等か!」


 息を切らして掛け込んで来た少女の両肩を掴んで、揺さぶりながらアリードは叫んでいた。


「痛い、痛い、アリード……どこかは分からない、けど、いつもの兵隊じゃなくて、肩に赤い飾りを付けた兵隊だったの……」


 怒りに燃えていたアリードの瞳が、瞬時に絶望に染まっていく。

 彼の燃え上がった怒りを挫くほどの相手だという事なのか。


「アリード、赤い肩飾りの兵隊は何者なの?」


「……赤い肩飾りの兵隊は、大統領の従弟、アルジャズールの指揮する親衛隊……普段は厳重に警備された軍の司令部に居て、ほとんど表に出てこないはずなんだが……」


 その親衛隊がどれくらいの人数なのかは分からなかったが、狂おしく言葉を吐き出すアリードの様子からしても、一人の少年が話をできる相手では無い事だけは理解できた。


「アリード、その司令部に案内して、……今すぐに!」

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