第12話 砂の国の少女 2
それは、普段の来夏とは違って、とても強い口調で、毅然とした態度だった。
気圧されて、後ずさるように表に出たアリードは、急に浮き上がった体を押さえようと空中を掴むようにバタバタしていたが、彼女の真剣な顔に、事態を理解は出来なくても納得する事にし、おとなしくなった。
防御フィールドで彼を包んだ来夏は、一直線に町の中心を目指して飛んでいた。
最早、『魔法』を隠している場合では無かった。
「アリード、司令部はどこ?」
「あっち、もう少し右の方に……、あれだ、あの大きな建物だ」
始めて上空から見る街に戸惑ったが、アリードは直ぐに的確に司令部の場所を指示してくれた。塀で囲まれた大きな敷地の中に、小さな複数の兵舎らしきものと豪華な造りの入り口を持った大きな建物が広がっていた。
一目でかなりの人数が詰めている事が分かる。来夏は、見張りの少なそうな側方にある狭い入口の近くに降り立った。
「どうするんだ、ラーイカ。中は兵士でいっぱいだし……」
「まずは、ミャヒナがここに連れてこられたのか、確かめないと」
「待て、近づくのはまずいぞ……」
アリードが止めるのも聞かず、来夏は真直ぐに門へと向かった。直ぐに見張りの兵士に銃を向けられる。
「止まれ! 貴様、ここに近づく事がどういうことか分かっているのか?」
威嚇するような警告を発した兵士達であったが、来夏の姿を見るや、口元を歪ませ下卑た笑いを漏らしていた。
(三人……、他の見張りは、居ないようね)
「精神操作――マインドコントロール開始……」
来夏が周囲に注意深く目を配りながらつぶやくと、兵士達は直立して、その表情から感情が消えていた。
「今日、街から女の子が連れてこられなかった?」
「はっ、五名の若い娘が、司令部へ連れていかれました」
「その娘たちは、今どこに居るの?」
「はっ、B-33区画に監禁してあります」
(B-33区画……あそこね)
兵士の記憶から詳細な場所を調べる。植え込みと建物の影をうまく通れば、余り兵士に出くわす事なく、目的の場所に近づけそうであった。
「そう、では、そこにじっと立ってなさい」
「はっ」
それっきり、兵士達は動かなくなった。固まってしまった兵士にアリードが恐る恐る近づいて、興味深そうに眺めていた。
「すげー、どうなっているんだ? こいつら、全く動かなくなっちまったぞ?」
「急ぎましょう、ミャヒナがここに連れてこられたのは、間違いなさそうだわ」
「待ってくれ、これを……」
アリードは動かなくなった兵士の一人が担いでいる銃を奪い取ろうとしていた所だった。
「……そんな物必要ないわ」
無邪気に喜んでるように見えるアリードに、来夏は冷たく言い放つと、先に歩き出した。騒ぎを起こさずに侵入できたが、できれば使いたくなかった方法であった。
精神操作は、相手に気づかせることなく情報を聞き出すことが出来るが、何の痕跡も残さずと言えるのは、来夏たち日本人と同等の脳の使用量、道徳観、概念等があってこそで、強制的に本人でさえ忘れているような記憶まで一瞬にして走査され、新たな記憶を書き加えられたりするのは、彼等の価値観や今後の思考に、大きな影響を与えてしまうであろう。
それはこの世界の人間を全く別の誰かに挿げ替えてしまうという事にならないだろうか?
しかし、正面から彼女が乗り込めば、より多くの兵士を死傷させてしまう事になりかねない。これが、彼女の考えた最小限の犠牲の方法であった。
建物の間を慎重に、そして、素早く移動する。アリードを連れて来たのは間違いだっただろうか、彼に破門の外で待ってもらえばよかったのではないかと、考えていたが、もし、娘たちが複数の場所に分けられて監禁されていれば、二人いた方がよい。いや、それ以前に彼が大人しく待っていてはくれないだろう、その説得に費やす時間が無駄になる。という結論に至っていた。
目的の場所に到着すると、来夏は飛行モードに切り替え、ふわりと浮き上がり、司令部の二階の壁に手のひらを向けて、音もなく丸い穴を開けた。アリードも、自分の体が浮き上がっても眉一つ動かさず、先に室内へ飛び込んだのは、彼だった。
「ミャヒナ! ミャヒナ、何処だ!」
壁際に、突然の侵入者に驚いた娘たちが身を寄せ合っている、街から連れてこられた娘たちであった。
アリードは、少し声のトーンを落として、落ち着かせるように話しかけた。
「助けに来たぞ、ミャヒナはいるか?」
(一人、二人、三人、四人、……四人しかいない)
「あの……ミャヒナさんは、私達を庇って、最初にアルジャズールの所に連れていかれて……」
来夏は自分の中の何かが抑えきれなくなったかのように、部屋の天井を丸く消し飛ばして跳び上がると、娘たちの悲鳴にも振り返らず、次々と壁に穴を開けて、司令部の中を突き進んだ。
一瞬にして一直線に建物の端まで壁に穴が開き、その中を突き進む彼女の周囲で床や天井にもめちゃくちゃに穴が開いて行く。
途中で出くわした兵士を反撃の構えを取らせることなく、首を掴んで壁に押し付ける。
「アルジャズールは、どこに居る」
「……向こうに……」
震える手で指差した兵士を投げ捨てると一直線に飛び出した。
多くの兵士の怒号と悲鳴、銃声が上がっていたが、何人の彼らを倒したのか分からなかった。
彼女の前を銃を構えて阻もうとする兵士は、勝手に弾き飛ぶ、泥細工の人形と同じ。ただ、それだけの物。
だが、最後に、頑丈なつくりの大きな扉に穴を開けた時、彼女はその場から動けなくなった。
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