第8話 本と少女
それから日を置かずにアリードは、ミャヒナに会いにやって来ていた。
以前から何度も、何かにつけて差し入れだの買い出しだのと、用事がある時はもちろん、大した様がないよ気も天気がどうとかと、ミャヒナに会う口実を作っては孤児院を訪れていたのであった。
やる事が多くて忙しいんだからっと、愛想無く答えるミャヒナもまんざらでもなく、アリードが来た日は、いつもよりも機嫌がよかった。
そんな彼女が、キラキラ光る髪飾りをそれとなく自慢してくれているのが、来夏は何とも誇らしく、うれしい気持ちになっていた。
だが、ある日、えらく思いつめた表情で、ミャヒナが来夏の部屋を訪れた。彼女の真剣な眼差しにどきりとした。
(私が、『魔法』を使っている事を知られた?)
来夏が初めに思い付いたのはその事だった。お土産の髪留めも人数分にたりない数は、複製をしたし、ミャヒナの髪飾りは、趣向を凝らした細工を付けた。それが、この世界に存在しない物質で構成されていたのかもしれない。
彼女の眼に『魔法』がどう映るのか考えると、軽はずみな行動をしてしまったのではないかと、急に不安になった。
しかし、言いにくそうに彼女の切り出した言葉は、意外な物であった。
「ラーイカ、私に、本の読み方を教えて……」
「え? 今までは、ミャヒナが本を読んでくれてたって、イルイル達が……」
彼女の言葉に驚いたが、意外でも何でもないはずだった。彼女は顔を隠さなければ街に買い物にもいけないのだ。今までどういう暮らしをして、どういう経緯で、この孤児院で暮らす事になったかは、分からなくとも、学校に通う余裕があったと考える方がおかしいのだ。
「今までは、聞いた話や、自分で作った物語を読んでるふりして、聞かせてたの……、どうせ、みんな途中で寝ちゃうし」
「そうだったの……でも、物語を作れるなんてすごい事だわ。大丈夫、本もすぐ読めるようになるわ、任せて」
彼女の真剣な思いに心を打たれて、そうは言った物の、来夏は不安だった。
文字を学んだのは、物心つく前程遠い記憶だったし、難解な異世界の言葉も、『魔法』を使えば、その曖昧なイメージも理解できてしまうため、言葉とは学習するものでは無かったのだった。
(私に、言葉を教えることが出来るのだろうか?)
迷いながらも始めたミャヒナの勉強であったが、元々、買い物など生活に必要な簡単な単語は読めたので、そこから文字を覚えて行くだけで、基本的な単語はすらすらと覚えていく、利発な彼女に教えるのは、簡単な事だと胸を撫で下ろしたのもつかの間、問題にぶつかった。
問題は、絵本のように分かりやすい単語で書かれいない、厳めしい文語体が並ぶ肝心要の本だった。
「『年老いた秋が、蒸気のような、夜の最初の息吹を浴びた途端に、死んでいった』うーん、悲しい話なのかしら? 老人が死んじゃう話なのかな?」
「ううん、その前に『子供のような笑みを浮かべて、春は夜明けに目を覚ました』と、あるでしょ? 春と秋、老人と子供、目覚めと死の対比があって……」
「うーん、難しいな、『とある夢、とある詩、とある音楽、とある絵画、私の心に味わった事の無い感覚をこ喚び醒ます……』これは何の事だろう?」
ミャヒナは首を傾げていた。
来夏も別の言葉に言い換えて説明しようとすれば、この世界にない表現方法になってしまうし、言葉に付随するイメージを『魔法』で共有できないのは、何とも説明がもどかしく感じていた。
相手の知らない感覚を言葉で説明するのは難しい、と考えていたが、そもそも、この乾燥した砂の国に明確な四季があるのだろうか?
随分古い本ではあるが、季節の対比を比喩として使うくらいだから、この国にも緑豊かな春が訪れるのか、それとも、遠い昔の事か、それとも、どこか別の国の話であるのか……。
難解な言い回しに、頭を悩ましながらも、根気よく勉強を続けていたミャヒナは、どんどん本を読む知識を蓄えて行った。
そして、ライオンに食べられていく、動物の話を読んだ時には、その意味を考え込むというよりは感慨にふけると言った様子で、遠い日の記憶を思い起こしているふうであった。
この世界で生きて来た彼女の方が、正確に言葉の意味を理解できる来夏よりも感覚的に深い所で、その物語との繋がりを感じられるのかもしれないと、思わずにいられなかった。
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