第7話 少女と髪飾り

 少年は器用に人ごみをすり抜け、露店の間を走り抜け、折れ曲がった細かい道を通り抜ける。

 この街の地理に随分と詳しいようで、手を引かれてついて行く来夏にも走りやすいルートを選んでくれている様でもあった。

 そして、幾つもの角を曲がった後、街外れ近くの小さな扉の中へと駆け込んだ。


「どうだい? うまくいったろう」


 少年は自慢げに胸を張っていた。

 随分親し気な態度の少年だが、助けて貰ったのだと、来夏は丁寧に頭を下げた。


「助けていただいて、ありがとうございます」


「ええ? なっ何言ってるんだよ、ミャヒナ」


 のけぞらんばかりに驚く少年に、ミャヒナが不機嫌そうな声で顔を覆っている布を外して答えた。


「アリード、私はこっち、そっちはラーイカよ」


「えっえっ、うっ、うぅ?」


「何言ってるのよ、もう」


 来夏とミャヒナを交互に見比べて、高速で首を振るアリードに、二人共思わず笑いがこぼれていた。


「いや、だって、ミャヒナの一番のお気に入りのブローチを付けてたし……」


 二人は背丈も体つきもよく似ている、確かに顔を布で覆ってしまえば、区別はつかないだろう。顔を隠した女性がたくさんいる中で、迷わず助けに走って来てくれたのは、彼がミャヒナのピンチだと、直ぐに思い至ったからだろう。


(なるほど、ブローチなどの小物で相手を見分けているのか)


 何となく納得したが、来夏は、一番のお気に入りのアクセサリーを自分に付けてくれたミャヒナに、恥ずかしいほどの感謝の気持ちを感じて、胸が熱くなっていた。


「しかし、面倒にならずに済んでよかったな、買い物はもう済んだのか? 何か足りないものがあったら、俺がひとっ走りいって来るけど」


「うん、大体は買い終わってたから、大丈夫だけど……ラーイカは、本を買ったの?」


 買い物の荷物を調べていたミャヒナが、来夏の手にしている本に気が付いて、目を丸くしていた。


「うん、もう少し、分かりやすそうなのをと、探したんだけど……、でも、この本なら、一つ一つのお話は短いから、イルイル達もすぐに読めるようになるわ」


「……うん、そうだね」


 本の他にも、小さな髪留めをいくつか買っていたのだ、これなら、イルイルやノルノルの短い髪にも留められる、もちろん、ミャヒナの髪にも。他にも、お土産になりそうな物を探していたのだが、騒ぎが起きて、買えずじまいだったし、これは、帰るまで秘密にしておこうと、こっそり、ポケットの中にしまっていた。


「兵士達も、そろそろ引き上げたみたいだな……」


 手早く表を見回って来たアリードが、そっとドアを閉じた。


「今のうちに帰りましょうか」


 買い物の荷物を纏めると、二人はこっそりと孤児院への帰路につく、とは言っても、かなり街外れまで来ていたため、もうほとんど他の人に出会う可能性も無かったのだが、護衛の為とアリードが孤児院まで付いてくる事になった。


「もう大丈夫だって、ここからは、二人で帰れるわよ」


「いやいや、まだ、兵士がうろついてるかもしれないし……」


「それをさっき、見に行ってたんじゃないの?」


「えっ、ああ、そうだけど、もちろん、安全なことは確認した。……いや、万が一だな」


「どっちなのよ? ……ふっふふ」


「まてよ、一人で先に行くと……」


(なるほど、アリードは、ミャヒナが気になって仕方がないのだ)


 少しでも一緒に居たいアリードと、それを知ってか揶揄うミャヒナの会話は、微笑ましく、砂の中をゆらゆらと逃げる美しい蜃気楼のように軽い足取りで、アリードが追いかけるのを楽しむ彼女を追いかける姿は、とても好感が持てた。

 民族の垣根など、彼等には何のかかわりもないのだと、そう思えた。


「おかえりなさいなのです」


「おかえりな、さいなのです」


 帰るなり、待ちわびていたイルイルとノルノルに飛びつかれた。

 ぴったりと額を付けて、抱きついている二人が、どれだけ心配してくれていたのか、伝わってくると、何だかとても、胸が熱くなった。抱きついたままの二人の髪を、そっと、かき上げて、小さな花飾りのついた髪留めで止めた。


「わっわっ」


「わわっわー」


 思いがけないお土産に、二人は声にならない程喜んでくれていた。

 他の子にも髪留めを付けて回っている間にも、お互いの髪に付いた飾りを、鏡に映したように見合っていた。


「青い花なのです」


「赤い花なのです」


 お互い右側に着いた髪留めをくるくる回りながら、よく見ようとしていたが、立ち止まると、自分の左側頭部に手をやって、考え込み始める。


「ついてないのです」


「おかしいのです」


 おもむろに、イルイルが自分の頭に付いている髪留めを外すと、ノルノルの左側の髪に止める。


「両方ついているのです」


「ついてなくなったのです」


 自分の髪留めを相手につけたイルイルは、両側に髪留めが付いていると、大喜びしだすが、二つの髪留めを頭に付けたノルノルは、髪留めが無くなったと泣きだしてしまった。


(本当にお互いを鏡に映った自分の姿だと思っているのだろうか?)


 そう考えると、おかしくて仕方が無かったが、来夏はポケットの中で髪留めを、さらに二つ複製すると、イルイルの髪にも二つ留める。


「ついてるのです!」


 ノルノルも大喜びで、二人は手を繋いで、交互に首を傾けながら、お互いの髪止めをダンスをするように見合っていた。

 小さな髪留め一つでこれほど喜んでもらえると、来夏の方が恥ずかしくなる気分だった。

 最後に、ミャヒナに精巧な細工のキラキラと光る髪留めを付けると、赤らめた頬を押さえて喜んでくれている。


「ありがとう、ラーイカ」


 自分にもお土産があるとは思わず、少し照れながらも、キラキラ輝くとびっきりの笑顔を見せてくれたミャヒナに、輝く髪留めはとてもよく似合っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る