第4話 孤児院と少女 2
メルトロウの孤児院には数十名の子供が暮らしているが、保護者らしい大人はメルトロウ以外に誰も居ないのか見かけなかった。
しかし食事の配膳から部屋の掃除等、細かく役割が決められている様であったし、年長の者も来夏と同じくらいであったが子供たちは自分より年下の者を面倒をみて、その子供たちはさらに小さな子の面倒を見るという具合にお互いに助け合って生活をしていた。
来夏から見ればとても貧しくつらい生活ではないかと感じられたが、そこには笑顔と笑いが溢れていた。
(防御フィールドで守られ、常に安全が確保された生活をおくっていたのに、私は彼女達ほど朗らかな笑顔で笑えていたのだろうか?)
傷つく事は無いフィールドの内側から眺める世界は、喜びを分かち合い共に笑い胸を痛めて共に涙を流しても、スクリーンに映る映画と変わりなく、私達はお互いに触れあってさえいなかったのかもしれない。
そこに文字通りの隔たりを感じずにはいられなかった。
「ラーイカ」
「ラーイカ、出かけるなのです」
両横から腰に抱きついて来たのはイルイルとノルノルだった、二人は随分来夏に懐いてくれているらしく何かにつけては側に寄って来る。
「冒険に行くなのです」
「探検に行くなのです」
二人に抱きつかれて困っている所に助け舟を出してくれるのは、決まって孤児院でただ一人、悲しそうに笑うメルトロウだった。
「そんなに引っ張っては、ラーイカさんも困っているのですよ。……ラーイカさん、もしよろしければ、二人を散歩に連れて行ってもらえませんか?」
「散歩なのです」
「散歩に行くなのです」
「あまり遠くに行くのではないですよ」
返事をする間もなく二人に手を引かれて表に連れ出されると、風に吹かれた砂が地面の上を流れる乾いた街並みがそこに広がっていた。
来夏はそっと防御フィールドを広げ、強い日差しと風に舞い上がる砂の粒から手を引く二人を守れるようにすると周囲を調査し始めた。
疎らに並ぶ石造りの建物は使われなくなってから、かなりの時間がたったようにあちこち崩れ砂を被った廃墟は、未発掘の遺跡の様にも見え物悲しくも心躍る気分にさせられる。
(ほかに人は住んで居ないのだろうか?)
メルトロウが街の話をしていたと思い出し、少し遠くの方まで探査の範囲を広げてみると、廃墟の遺跡が続くずっと先に大勢の人が暮らす新しい建物が集まる街がある様だったが、二人が向かう方向は街とは別の建物の廃墟が途切れ、乾いた砂とごつごつした岩が転がっているだけだった。
(どこに向かっているのだろう?)
そう考えないでもなかったが当てもなくブラブラと歩く散歩なのだろうと、二人の歌う歌に耳を傾けサラサラと流れる砂の上をゆっくりと進んでいた。
「到着なのです」
「到着したなのです」
崩れた塀が途切れ目の前に砂漠が広がる場所で二人は立ち止まった。
目的地があったのかと多少は驚いたが、それ以上先へ進まないように言いつけられているのであろう、目に見えない境界線からはみ出ないように慎重に辺りを行ったり来たりする。
大量の砂を湛える砂漠に吹き付ける風は、細かい粒子を空気中に巻きあげ続け少し離れれば靄がかかった様に見通しが悪くなっていた。
二人は代わる代わる道の側にある石の上に登り、額に水平に手を当てて見通しの効かない風の向こうに目を凝らしていた。
「ないのです」
「なかったのです」
「何か探しているの?」
「空から、パンが降って来るなのです」
(空からパンが降って来る?)
謎かけなのだろうか、それともそういう童話でもあるのだろうか何とも子供らしい発想だと。それでも二人は真剣に岩の上から出来る限り遠くを見ようとする姿はとても微笑ましく思えた。
「パンなら、向こうの街へ行けば、何か買えるかな?」
お腹が減ったのかもしれないと思い、来夏は先ほど探査した街のある方向を指差したのだったが、それを見た二人の反応は尋常じゃない程の怯え方であった。
「ダメ、向こうに行っちゃ、ダメ」
「ダメ、行っては、ダメ」
来夏の服をしっかり掴んで顔を埋める。あの街に何があるのだろうか、彼女たちがこれほど怯える様なものだ気にはなりはしたが、今は詳しく探査を掛ける事はやめて、そっと二人の頭に手を添えていた。
「行かないよ。そろそろ、お家へ戻ろうか?」
「戻るのです」
「お家に帰るのです」
二人に手を引かれて後にした見通しの効かない風の向こうに、骨組みだけの小さな塔が見え隠れしていた。
この国の乾いた砂に隠された物を見つめる事を、来夏は無意識のうちに避けていたのだった。
悪意のある物望まぬ物を、見つめずとも生きていける。
彼女には魔法の加護があるのだから。
孤児院に戻りうがいを済ませた後は、部屋でのんびりと過ごしていた。散歩の興奮で空から降ってくるパンについて力説していたイルイルも、ノルノルの持って来た本を読んでもらおうと来夏の隣に大人しく座っている。
絵本かと思い気軽にページを捲った来夏であったが、それは難しい文語体で書かれた抽象的な物語であった。
どうすべきかと少し思案したのちに、物語を出来るだけ分かりやすく掻い摘んで話し始めた。
『昔々、あるところに動物たちが暮らす国がありました。山羊、牛、駱駝、馬、豹、兎、沢山の動物たちが仲良く暮らしていましたが、ある日、とても大きなライオンがやって来て、動物たちを食べ始めました。どんなに強い動物もライオンにはかないません。どれほど速く走ろうとも、風よりも速いライオンからは逃げられません。このままでは一匹残らず食べられてしまいます。困った動物たちはライオンと話し合う事にしました。毎日、一匹づつライオンの元へ来れば、ライオンはそれ以上動物を食べないと約束しました。動物たちは、ライオンの元へ行く順番を決める事にします。兎は言いました、僕は小さいのでライオンは満足しないだろう……』
いつの間にか二人は、来夏に頭を持たれかけ小さな寝息を立てていた。
起こさないように、そっと本を閉じ、枕に支えを譲って薄い布団をかけてやると静かに部屋を後にする。
二人の気持ちよさそうな寝顔に、眠気がうつったのか思わず大きな欠伸が出てしまったところで、ちょうどメルトロウに出くわしてしまい、慌てて顔を両手で押さえるも耳まで赤くなっているのではないかと気が気ではならなかった。
「お疲れ様です、二人の面倒を見てくれて、ありがとうございます」
「いえ、その……」
悲しげな笑顔で丁寧な喋り方で礼を述べる男に、それ以上何も言えずに顔を押さえたまま背を向けて歩き出した。
(彼には聞きたいことが山ほどあったのに)
このような街外れの廃墟で孤児院を開いている理由や二人が恐れる街には何があるのか、風の向こうの小さな塔の事も。しかし今は、そんな疑問にすべて蓋をする事にした。
訪ねる機会はいくらでもあるだろうと、その代わり別の疑問が浮かび上がる。困難に際して皆で話し合う動物たちの物語。
(でも少し奇妙な話だったな。動物たちはみんな、ライオンに食べられてしまうのではないだろうか?)
教訓めいた話であったが、なんとなく隔たりを感じるのは文化の違いであるのだろうか。一匹づつライオンに食べられるくらいなら、私なら……。
(私なら、どうするのだろう……)
自分にどんな答えが出せるのか、何度も何度もその問いを繰り返していた。
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