第2話 旅立ちの時 2

――ピューゥン、ヒュゥーン。


 複雑な文様を描き出す厚みの無い円盤の上で、光の弾が輪を描いて回転する、異空間転送装置が奇妙な音を立てていた。

 集められた生徒たちは、これから向かう異世界に期待と不安をごちゃ混ぜにした感情を膨らませ、その装置の先を見通さんと言わんばかりの視線を向けていた。


「ねぇ、来夏。ねぇってば、どんな世界に行けるのかな?」


 朋美の問いは、そこに居る誰もが考えている事だった。

 どのような世界に送られるのかは、事前に知らされることは無い。分かっているのは、皆別々の場所に送られるという事だけだった。


「目的は、何にしたの? 私はね……」


 いつもより興奮気味で、少し頬を紅潮させながら、返事も待たずに、話を続けていた。

 この実習にあたり、異世界についてから、何を成すかというプロポーザルを作らねばならなかったが、提出期限ぎりぎりになっても、何を書いていいのか、来夏は思い悩んでいた。

 どのような事をするとしても、そこに住む人々の生活をかき乱す事が正しいとは思えず、波風立てず平穏に暮らせればいいと、もし叶うなら、いっそのこと誰も居ない世界に送られればとさえ考えていたのだった。

 しかし、送られた世界で過ごす、何らかの計画は立てねばならない。

 具体的なコンセプトやターゲットを上げなければ、高評価を受けることは出来ないとは分かっていたが、彼女は、そこに住む人々を幸せにしたいとしか、書けなかった。

 方法も終着点も、曖昧な企画。

 この様な事では、偉業など達成出来るはずもないと、落胆する教師の顔を思い浮かべては、さらに憂鬱な気分になっていた。



 カツカツと足を取を鳴らして、壇上に向かう教師に、皆が視線を集めて押し黙る。

 わずか一年という短い期間で、これからの人生が決まるかもしれない重要な試験であり、心躍る未知なる世界への冒険でもあるのだ。

 彼らの緊張と興奮が、いやが上にも高まるのは無理もない。

 しかし、その視線を一身に受けて壇上に立つ教師は、普段と変わらず落ち着いた声で話しだした。


「これから一年間の異世界実習に行ってもらう訳ですが、どのような世界に着いたとしても、落ち着いて、これまで学んだ成果を出しきれれば、自ずと道は開ける事でしょう。皆さんなら、先輩方にも負けない、偉大な功績を残せると信じております。では、これから、注意点の説明を……」


 長い教師の話が終わると、一人づつ異世界に送られる転送装置に乗り込む。

 円盤の上に立つと、体の周りで輪っかを描く光の弾の回転が速くなり、一瞬光ったかと思うと、瞬く間に消え去り、違う世界へと送り出す。

 慎重に円盤に乗る者や勢いよく光の輪に飛び込む者を眺めながら順番を待つ来夏の心臓は、口から飛び出しそうなほど高鳴っていたが、やがて、ぎゅっと締め付けられるような痛みに変わり、次第にゆっくりと、凪いだ海のように穏やかになり、上から落ちてくる重い空気に頭を押さえつけられるような気分になっていた。

 並んだ列の前が空いても、泥の中に沈んだ足は動こうとしてくれなかった。


「来夏、貴方の番よ。大丈夫、きっと、うまくいく、一年後の再会を楽しみにしてるわ」


 耳元で囁かれた、朋美の励ましに、胸のつかえがすっと取れた感じがする。


(一年たてば、また会えるのだ、少しの間見知らぬ土地で過ごす、ただ、それだけの事)


 そう考えると、いくらか気分がましになった。


「行ってくるね」


 呟くように別れの言葉を口にして、来夏は光の輪の中へと入って行った。

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