砂の国の『魔法』少女

海土竜

第1話 旅立ちの時 1

 石造りの小さな建物が並ぶ街から、乾いた風か砂を撒き上げ、何処までも続く空を茶色く煤けさす。

 口を開けるのもはばかられたのは、砂の混じった空気が喉を傷めるからだけでは無かった。

 貧しさと終わらない争いが生み出す圧し掛かる様な重い空気が、言葉を響かせるのを咎めている気がしていたのだった。

 乾いた大地に人の心はひび割れ、いつしか形もなく崩れ去るのであろうか。

 吹き抜ける見通しの効かない風の切れ間に、小さな塔が朽ち果てた骸骨のような姿をのぞかせている。

 この世界を埋め尽くす、希望の無い理不尽な死を象徴するかのように。


(ここで、私は何をするべきなのだろうか……)


 乾いた風に流される思いは、何処へたどり着けるのだろうか。



 来夏……。


「来夏、聞いてるの?」


 目の前に迫った友人の顔にハッと驚いた。

 覗き込むように顔を近づけて、首を傾げているのはクラスメイトの朋美だった。


「また、ぼーっと、しちゃって、実習の準備はしたの? 私達も、もう直ぐ、行かなきゃならないのよ。先輩たちのように何をするか決めないと……」


 実習、このところ思い悩んでいるのはその事だった。

 科学技術が進歩の極みを迎え、衣食住、生活の全てが、最早これ以上、向上の余地が無い現在の日本では、義務教育が終了する15歳になると、一年間、誰の力も借りずに、異世界で暮らす実習が行われていた。


「でも……、どの世界に行けるのか、分からないのでしょ? 今から考えたって……」


 数十万とも数百万とも、無数にあると言われる異世界の一つに、ランダムで送り込まれるのだ。

 例えそこがどのような世界であったとしても、安全に生きられる保証はある。

 余りにも発達した科学技術は、未知の病原菌やどんな物理的攻撃からも身を守り、呼吸する大気の成分が異なっていても、問題にならない。

 生物の住めぬ世界に送り込まれたとしても、一人で生き抜く事が可能なのだ。

 究極にまで発達したテクノロジー、それは、最上位の敬意をこめて『魔法』と、呼ばれていた。


「ダメよ、ちゃんと考えないとっ。異世界で何をするかによって、進路が決まるんだからっ」


 何を成すか、特に決められている訳ではなかったが、出発前に決めた目的に沿って、それをどこまで出来たかと言う達成度評価に、その世界にどれだけ影響を与えたか、経済、文化、思想、の変革度評価等、幾つもの採点がなされ、日本に戻ってからの進むべき道が決められるのである。

 歴代の実習記録では、異世界に置いて軌跡とも言うべき力『魔法』によって、強大な魔王を倒し世界を救ったり、小さな国を纏めて強大な帝国を作ったり、巨万の富を築いたり、と、様々な功績を上げていたのだった。


「偉業か……。でも……、魔法によって、生活を変えられた人々は幸せなのかしら……」


「優れた技術によって、人々を救ってあげる事はいい事だわ。異世界の人々は、日本では数百年前に解決した問題で、いまだに苦しんでいるのよ? 私達が『魔法』を使えば、治らない病気で命を落とす人も助けられるのよ?」


「でも……、そうして助けても、私たちは一年しか、その世界に居られないのよ? 治す方法を教えられる訳でも無いし、次に病になった人たちは放っておいて、一年間だけの奇跡だなんて、無責任じゃないのかしら……」


「目の前にいる一人を助ければいいのよ、誰からも手を差し伸べられない事と比べたら、それだけでも十分だわ。……そうね、助けられなかった人々は、次に来る実習生が、きっと、何とかしてくれるわ」


(奇跡によって救われた人々は、次の奇跡が訪れるのを待ち続けるのだろうか?)


 待つ事も、待たない事も、彼女には、不幸な事に思えて仕方が無かった。

 嵐のように吹き抜けるだけの奇跡なんて、初めから無いほうがいい、その想いが彼女の中に芽吹いていた。

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