童子、隻眼の巫女に会う
同じころ、吉原宿のとある
そこに
「あら、
巫女の名は、おあじ。下総の国(今の千葉県辺り)から京都へと向かう旅路の途中だが、訳あってこの地に足止めされている最中だ。
曾良と呼ばれた猫は、自慢げに胸を反らしてしゃなりしゃなりと、おあじの目の前までゆったりと歩いてくると、ポトリと童子を落として一声鳴いた。
「アオ」
どうだと言わんばかりにおあじを見上げる。やっと解放された童子は、やれやれといった様子でぱたぱたと一張羅の
ふと、顔を上げると、隻眼の巫女が、じっと自分を見つめている。童子は確認するように手を振って、おそるおそるといった様子で尋ねる。
「ひょっとして巫女殿、そなた、私が見えておるのか?」
「おやまあ。喋りましたわ」
どうにも噛み合わない会話だが、互いに大いに驚いた。実はこの童子、普段はヒトに見咎められることなどめったに無い。けものや人ならざる物には認識されるようではあるが、ヒトにまじまじと見つめられるのは、とんと記憶にない。
おあじはおあじで、このような小さき童子など見たことが無い。狐か狸に化けかされているにしても小さすぎる。しかも、小さいながらも直垂に烏帽子を身につけ、あまつさえ言葉まで発してくるとは驚きだ。
「ふむ。そうか。巫女殿のその隻眼のせいかもしれぬな」
童子は、ひとりごちた。世に曰く、隻眼の人というものは、視界が狭まる代償に霊的な感覚が研ぎ澄まされるという。そのおかげで、両の眼では見えるはずのない姿が見えているのであろう、童子はそう結論づけた。
「見えておるのならば、名乗らねばなるまいな。巫女殿、お初にお目にかかります。私は
「まあ、これはこれはご丁寧に。私めは、おあじと申します。ごらんの通り、巫女を勤めさせていただいております」
互いにかしこまって座りなおすと、ぺこりとお辞儀をする。傍らではそのやりとりに全く興味を失っている様子の猫が、ごろりと長くなって尻尾でぱたぱたと床板を叩いている。
「童子様、つかぬ事をお尋ねします。童子様は、
「い……一寸(3センチ)。お言葉ですが巫女殿、私の身の丈は五寸はありますぞ。針の剣も打出の小槌も持ち合わせておらず、あるのはこの笛ばかり。彼のスクナビコナとは違いまする」
「五寸。そう言われてみればそのようですね。ちょうど線香1本分くらいかしらん。失礼いたしました。それにしても、童子様のように小さき方には、はじめてお目にかかりました」
「ははは。普段はうまく隠れおおせておるのですが、今宵は月と富士に見とれていた所、そこなる猫殿に不覚を取りました。たしか、曾良殿でしたかな」
曾良は一瞬耳をピクリと動かしたが、相変わらず素知らぬ顔で尾を揺らしている。
「ええ。こちらの旅籠の猫だそうでございます。“アオ、アオ”と鳴きますゆえに、”そら“と名を付けたとの事。なぜか懐かれまして、逗留している間に、燕の子やら
「なんと。鳥の子や鼠と同列に扱われていたとは……」
童子がショックを受けていると、慌てておあじが取り繕う。
「い……いえ。それでも童子様が一番の大物でございました。曾良さんもいつもより自慢げな様子でしたよ」
「大物……ですか」
「き……きっと曾良さんは、私の身の上をあわれと思って、励ましてくれているのでございます。悪気があったわけではございませぬ。曾良さんになり代わり、私からお詫びをさせていただきます。童子様、ご迷惑をおかけしました」
おあじは深々と頭を下げる。猫はその横で大きく口を開けて欠伸をひとつした。
「まあまあ、顔を上げて下さい。おあじ殿が謝る事ではございませぬ。所詮はけもののする事。ここは私も大人になって許そうではありませんか。それよりおあじ殿、”猫殿にあわれに思われる身の上”とはいったい。なにか困った事でもおありなのですか?」
気を取り直した童子がそう尋ねる。何か答え難い事情でもあるのか、おあじは黙って新しい線香を香台に刺した。
「この香りを嗅いでいると、落ち着くのです。……そうですね、童子様にお会いしたのも何かのご縁。私の話を聞いて下さいますか」
そう言って、おあじは
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