五寸の命
吉岡梅
童子、月夜の晩に猫に攫われる
時は
満月が富士山と共に望める良い夜であった。ひと笛奏でたくなった童子は、笛になりそうな笹を採りに笹林へと足を向ける。
ふと見上げると、軒先に巣を構えた燕の夫婦が、雛と一緒に羽を膨らませて眠りについている。先日、一羽の雛が巣から落ちてしまい、あっというまに猫にさらわれた。それ以来、親鳥夫婦はやや神経質になっていたが、どういった訳か雛も無事に戻り、やっと落ち着いたようだ。
燕親子の下を通り過ぎ、蛙が大合唱している田んぼの脇の坂道を上る。ちと喧しいが、蛙にしてみれば1年ぶりに張られた水がよほど待ち遠しかったのだろう。何気なくそちらに目をやると、田植え前の水田に逆しまに映しだされた富士山と満月が、蛙の喉のふくらみが作り出すいくつもの波紋に合わせて揺れている。
しばし足を止めてその様子を見つめていたが、いかんいかんと頭を振り、
気を良くした童子は、富士山と月とが良く見える岩場を探して腰を下ろし、心の赴くままに笛を奏でた。満月の灯りに照らされた富士山は、稜線のシルエットを夜空いっぱいに広げている。日の光を浴び、蒼々とした山肌に白い雪を湛えた富士山も美しいが、月夜の富士山も、やはり美しかった。
「良い夜だのう」
そう呟いた時、不意に体が宙に浮いた。何者かが襟首を掴んで持ち上げているようだ。振り返って見ると、猫だった。湿った鼻からは興奮気味に鼻息がすんすんと漏れ出している。
「これ、猫殿やめぬか」
手足をじたばたと振り回して叫んでみたが、もとより素直に言うことを聞く猫なぞ
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