3-2話 私は勇者と自覚する勇者
機内の電灯が暗くなった。異行機がもうすぐロニン異国際空港に到着する。
窓からは見えないけど、異世界の入り口が機体の目の前にあるのだろう。
しばらくしてグッと重力がかかった、すると一瞬にして窓の外の景色は虹色のモヤモヤから異世界情緒あふれるロニン異国際空港の景色に変化した。
異世界に到着したようだ。
癒し系メロディが窓側から流れてきた。窓側の自ら電源を落としたアンドロイドはオンタイマーによって起動されたらしかった。瞬きを繰り返し、左の手首が回る事を確認した後、大きなあくびをした。
左側のオークもつられて大あくび。僕はそんな風にのんきな気分でいられない。勇者になり切れない悩みが蘇ってくるからだ。
勇者とは何なのか?本物の勇者ならどうしただろうか?哲学のような自問自答を繰り返している内に撮影が始まってしまう。
アナウンスが流れる。
「ロニン異国際空港に到着いたしました。シートベルトをお外しになって慌てずにお出口へ向かうようお願いいたします。皆さまお疲れ様でした。」
「じゃあ、家族が待ってますので。失礼しますね。」左側のオークが立ち上がる。どこか満足げにお腹のぜい肉を揺らしながら出口へと向かっていった。
右側のアンドロイドが立ち上がろうとしたので合わせて立ち上がる。機内から出ようとする行列に合わせてスッと入り込む。ゆっくりと進むスピードに合わせて歩き、異行機に繋がれたタラップをくぐりぬけた、そこはロニン異国際空港、見まごう事なき異世界だ。
入国審査を終えるために行列に並ぶ。今回の審査員はけだるそうな全身半透明の美人精霊だった。審査が始まる前に誤解されぬようマスクを外した。
「ほんじゃあパスポートみせてえ。」
「はい。」
「ほんでぇ、何しに異世界へ来たの?」
「撮影の仕事で。」
「あらぁ。仕事でここまで来たのねぇ~」
「はい。」
「見れば見るほどすごい勇者顔ねぇ。」
「いや、それほどでも。」
「うんにゃ、そんなに固い顔しないで、リラックスリラックス。」
終わり際、色気たっぷりに「良い旅を~」と軽く言われたけれど悩みで頭がいっぱいでその言葉は全然入ってこなかった。ただ『勇者顔』というキーワードが頭に引っかかったままマスクを付けなおした。
はぁ~と溜め息をつく。毎回見慣れない景色がそこには広がっている、今回は祝日だけあってかいつもより雑多だった。
ナーガと呼ばれる蛇のモンスターが最愛の恋人と抱き合うどころか身と身を絡ませて愛を確かめ合ってたり、かと思えば向こう側ではフラフラとしていた僧侶らしき人物が回復魔法や補助魔法で自らを強化して急に背筋をピンと伸ばし走り始めた。そしてさらに向こう側では20から30人ほどの魔王の集団が若い魔法使いのツアーコンダクターに連れられて歩いている。その近くには猿の顔した男とオークっぽいモンスターと頭の天頂部が禿げ上がったくちばしモンスターと尼のパーティが道に迷っている。上を眺めれば誰かを乗せてたり乗せてなかったりの違いはあるものの様々なドラゴンが飛び交っている。無論その様子を収めようとするテレビマンも多い。
大小様々な種族が入り乱れる様子を一言で言えば百鬼夜行。始めてみた頃はワクワクしたけれど、今となっては勇者としてのプレッシャーが増すばかり。
百鬼夜行を通って荷物が流れてくるコンベアまでやってきた。しかしどこに行っても百鬼夜行具合は変わらない。こんなに多種多様な種族が雑多にあふれていると自分が勇者どころか人間なのかどうかわからなくなってきそうだ。
そんな事を考えながら自分の荷物が来るのを待つ。
ベルトコンベアにはリュックサックやらトランクやらキャリーケースやら鳥かごやら宝箱やら棺桶やらが流れている。
鳥かごはガーゴイルが飛び掛かって持って行った。時間に追われていたのだろうか、その様は狩りのようで一瞬だった。
宝箱はミミックだった。マスターを見つけると蓋をガパガパ言わせながらまっしぐらに向かっていった。
棺桶からはコウモリが飛び出してきてすぐ伯爵に変化した。すると棺桶を引きずってそこから立ち去って行った。
僕の荷物はと言えば、人間界と同じようなもんで、焦ってる時に限って来なかったりするし、悠長に別の場所で暇をつぶしていたら案の定ギリギリだったりする。今回は量が多いからか、リズミカルに荷物を取っていく種族の群れを眺めていたらあっという間にキャリーケースが来た。
キャリーバッグをコンベアから降ろし、埋め込まれた取っ手を引き抜く。いつもの調子でキャリーバッグを転がして出口に向かっていたら百鬼夜行の中からかすかな声が聞こえた。
「ヒックヒック、ヒック・・・・」
それはオークの子供だった、人間の子供と比べると少し大きめで丸々っとした体型をしている。
オークの子供は声を殺しながら泣いていた。周りを見てみると親らしき人物はいないようだ。親とはぐれてしまったのだろう。
自分の悩みで精いっぱいだったりするのに他人の心配している場合か?と自分に喝を入れるような考えを貫こうかと考えていたんだけど、その子に妙なシンパシーを感じて気が付くとキャリーバッグをころころ転がしてその子の近くまで行き、腰をかがめて話しかけていた。
「どうしたんだい?一人でこんなところで。」
泣いていたオークの子供は俯きながら答えた。
「パパとママがどっかいっちゃった。」
「そうなんだ。お兄さんと一緒にさがそっか。」
「うん。」
ゆったりとしょんぼりとしたオークの子供を連れて迷子センターに向かう。
マスクを付けたまま別種族の子供を連れていると誘拐等のあらぬ誤解を招きそうだったのでマスクを一時的に外すことにした。
それを見るなり、さっきまで元気のなかったオークの子供が急に目をキラキラさせて言った。
「お兄さん、勇者なんだね!!」
内心ドキッとした。なんで僕が勇者役をしていることがわかったんだろう?
「う。うん。まぁそうだね。多分・・・そうだな。」
咄嗟にはぐらかすような返事をしてしまった。
「だってどこからどう見ても勇者だもん。」
「へへっ、ありがとう。」
「パパもママも勇者さんに悪い人はいないから、安心して良いんだよって言ってた。だから僕も勇者さんに付いていくよ。」
勇者と子供オークのパーティと化した僕らは百鬼夜行をダンジョンのようにくぐり抜けてようやく迷子センターに辿り着いた。
ところが迷子センターも親と思われる百鬼夜行で溢れていた。「うちの子はどこへ行ったんだ!」「本当にここなんだろうなぁ!」「××××!××××!?」子を心配する声から全く聞き取れない声まで様々だ、ただでさえ騒がしい空港がさらにうるさく感じられた。
ましてや迷子センターの受付が種族の波に押されて軽くパニック状態だ。これじゃあ何処から入ればいいかわからないし、親もついつい怒ってしまうのも分からなくもない。
様々な種族の言い争いに圧倒されて迷子センターの前でボーっとしていたら、オークの子供が言った。
「ねぇ、お兄さん勇者なんでしょ?」
「うん。まぁ。」
「じゃあ、ここで合ってんだよね。」
「そうだね。」
「勇者さんならこんな時でもラクショーなんでしょ?僕、本で読んだよ。」
子供のオークに勇者としての立ち振る舞いを試されているような気がした。
「えっ、ああ、まぁ。頑張ってみるよ。」
思わず簡単に返事したものの、そんな一発で解決できるような事なんて早々思いつかない。
そんな時、ふと撮影時に大声で必殺技を叫んでいた時の事を思い出した。
それと直結した形ではた迷惑な方法を思いついてしまった、まぁ失敗してもそんなに有名じゃないから大丈夫だろうとは思うけど、ちょっと恥ずかしいから出来ればやりたくない。
「ねぇねぇ勇者さん、早く何とかしてよ。勇者さんって本物の勇者さんなんでしょ?」
目の前の困っている人を助けるのが勇者だ。それ以外に何がある。プライベートだろうが知ったこっちゃない。もうこうなったら旅の恥はかき捨てだ。
「うん、わかった。じゃあ、ちょっと肩車しよっか。」
「えっ、そんなことでいいの?」
「勇者に肩車されることなんてないでしょ?」
「別に大丈夫だけど、僕結構なデブだよ。」
「大丈夫だよ。勇者だからね。」
「うん、ありがとー。」
僕はかがんでオークの子供のまたぐらを首に引っ掛ける。そのままグッと立ち上がろうとするとバランスを崩しそうになる。多少ふらつきながらも足腰に力を込めて安定するまで繰り返す。立ち上がるのに時間がかかってしまったけど想定内だ。
背筋をピンとした状態でオークの子供を肩車したまま、スーッと息を吸い込み必殺技を連発するかのように叫んだ。
「ちょっとすいませーーん!!ここにオークの子供がいるんですけどもーー!!パパやママはおられませんかーーー!!この子のパパやママはおられませんかーーー!!」
迷子センターの受付で起こっていた種族間の小競り合いがピタッと止む。そして百鬼夜行の群れが一斉にこっちを見ている。
(いいぞいいぞ、この調子で注目させれば、この子の親御さんもきっと見つけてくれるはずだ。)
大胆な作戦は順調にいきそうだったがそう簡単にはいかず。
「うわぁ!!」
叫んだ勢いで少しバランスを崩してしまっていた。このままではオークの子供もろとも倒れてしまう。
その時だった、迷子センターで小競り合いをしていた集団の中からタコ足がスーッと近づいてきてオークの子供を捕まえた、そしてさらに上へと持ち上げた。。
「うわぁ、なんだなんだ!?」
オークの子供は宙を歩くように足をバタバタさせている。戸惑いながらも楽しんでいるようだった。
よく見るとそれは異行機の中で見たタコ足だった。タコ足を辿ってみると迷子センターの百鬼夜行が自然と右と左に展開され、その中心をタコ足の持ち主が歩いてきていた。その持ち主は巨大なイカだった。巨大イカはオークの子供をそっと床に降ろし、ニコニコしながらタクシー乗り場へ向かっていった。
僕が膝を払い立ち上がろうとした時、ドスドスっと地響きが聞こえた。オークが必死の形相で走ってくる。そしてオークの子供に話しかけた。
「どこ行ってたんだ?!?心配したんだぞ!!」
「ママー!勇者さんと一緒に遊んでたの!」
「ありがとうございました、勇者さん。って、あっ、今日お隣にいた方じゃないですか!?マスクをしていたからわからなかったです。まさか勇者さんだったなんて、いやいや失礼しました。」
野太い声で勘違いしていたけど、そのオークは母親だった。
「バイバイ、勇者さん、またあそぼーねー。」
微笑みながら手を振る。二人が歩く先にはオークの母親よりも一回り大きなオークが待ち構えていた、恐らく父親であろう。立派な雄面をしていらっしゃる。
ふと迷子センターへと振り返ってみると、再び百鬼夜行が展開されていた。しかし、先ほどまでの騒がしさはなく、順調に進んでいるようだ。
もう大丈夫みたいだとホッと胸をなでおろした。すると隣から声をかけられた。
「勇気さん。勇者っぽかったですよ」
ドキッとした。マネージャーが一部始終を見ていたらしい。
「あ、ありがとう。やっと勇者になれた気がしますよ。」
マネージャーはちょっと引っかかったような顔をした。
「ん?まぁ元気になったようで何よりです。あっ、マスクはお忘れなく。」
僕はその顔をあまり気に留めなかった。とりあえず言われた通りマスクを着けなおした。
「そういや明日から撮影でしたよね。」
「ええ、10時から室内スタジオでの撮影です。これからどうされる感じですか?」
肩をゆっくり回しながら僕は答えた。
「まぁ、肩が凝ってるからマッサージにでも行きたい感じかな。」
ところで、これは別の話なんだけど。モンスター族が使う『勇者』という言葉は人間界でいう『イケメン』と同じ意味合いで使っているらしい、そのことに気づいたのはクランクアップの後のことだった。
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