3-1話 私は異世界に行く勇者

人間界から約3時間で異世界へと到着する。


撮影が長くなると基本異世界で寝泊りするんだけど、二日ほどオフになる期間が出来たから帰省したので、今から仕事場である異世界に戻る最中だ。


僕は勇者役の『初村勇気』。ファンタジー俳優歴は1か月もない。ジュエルボーイコンテストを優勝してから一月経たない間に本格RPGの主演に選ばれてしまった。

その時、マネージャーから「その内、有名になるんですからマスクに慣れておいたほうが良いですよ」ってアドバイスを愚直に受け止めて、風邪でもないのにマスクを付けるようにした。だけどまだ素顔の状態で声をかけられたことすらないので複雑な気分だ。


今思えば、オープニング撮影ってのが長回し一発撮影ってやつで最低だった。難しい撮影だろうと思っていたら案の定NG連発。最後の方の決め台詞が棒読みになるなんてもうファンタジーになり切れていない証拠。スタッフや共演者みんなに悪い事をしたと思ってる。OKテイクになった時なんかもう安心しきって半分ボーっとしててその時の記憶があまりないし。その後。ドラゴン役のドラコさんも疲れ切ってすぐ帰ってしまった、オヤジさんの話とかいろいろ聞いてみたかったんだけど。


撮影中こんなに迷惑ばっかりかけて大丈夫なのかな。いや大丈夫なわけないんだけど。精いっぱい勇者っぽい演技はしている。『っぽい』って思ってる時点で勇者じゃないんだろうな。本当に勇者になれるのかな?勇者って認めてもらえるのかな?そう考えれば考えるほどどんどんネガティブな方向に向かっていってしまう。


「大丈夫ですよ。」僕が頭を抱えているとマネージャーが慰めてきた。

「悩んでるって事は向上心の現れですから。」

「んっ、ああ、そうですよね。」全然心に響かなかった。


ここは異世界へと飛ぶ日ノ本異国際空港のラウンジだ。人間界から異世界に行くには飛行機から翼を無くしたような形をした異行機と呼ばれている乗り物で飛んでいく、その便が来るのをラウンジで待っていたら同時期に人間界に戻っていたマネージャーと偶然出会ってしまったので相談を持ち掛けた所だった。


「5万人の中から選ばれたスターの卵なんですよ。少しは自信を持ってください。」

自信があったからジュエルボーイコンテストに応募して見事優勝を勝ち取ったんだけど、なんでこんな気持ちにならなきゃいけないんだろう?出会ってからまだ一か月ほどしか経ってないマネージャーはどんな気持ちで僕を励ましているんだろう?

「うーん自信はあるよ。でも僕の勇者、本物の勇者なんですかね?」

「勇気さんは勇気さんが思う勇者を精いっぱいやればいいんですよ。それだけですよ、監督が望んでいるものは。」

「そうなのかなぁ。みんなが思ってるのと僕が思ってるのは違うのかもしれませんよ。」

「それでもいいんですよ。それが、あなたが選ばれた理由ですから。」

「うーん。そうなんだけど。」

何か言い返そうとしても言葉が浮かばない。

「あっもうそろそろ時間だ。行かないと。」

マネージャーは腕時計を確認して立ち上がった。

「では向こうでお待ちしております。」

「ん。あっ、お願いします。」

立ち上がり深々とお辞儀を返した。

顔を上げるとそこには、すでにマネージャーが搭乗口へと向かっている姿があった。

それはとても堂々としてとても頼りになると思った。しかしそれに対してどうだ、自分自身はまだまだじゃないかと、とても情けなく感じた。早く異世界に慣れていかないと。


(えーっと6-H、6-Hっと・・)

3・3・3と二つの通路に挟まれて並んだ右側の三つの座席の真ん中に座る。

一番窓際に座っているのは人間のようだ。スーツをビシっと決めて異世界へと営業に向かうのだろうか、全身から社会人としての自信がみなぎっている。

(異世界行きに慣れている人だ。良かった。)

スーツの男に軽く会釈してほっと安心したのも束の間、スーツの男はおもむろに『ちょっと電源落としますので。』と僕に言って、癒し系メロディを体内の中心から鳴らした。

すると男の全身は力を失い、目はうつろに遠くの方を見ている。


完全にアンドロイドだった。


離着陸する際に電子機器は使えないから大抵のアンドロイドはこうするのが常識らしい。初めて見た時はいきなり死体のように動かなくなったから心臓発作か何かだと思って乗務員を呼ぼうとした、だけど隣に居たマネージャーが(いつもの事さ、気にするな)とアイマスクをつけて同じような姿勢で眠ろうとしていた。その時は周りの人も騒がなかったし、今もこうして皆々各々気にせず離陸時の準備をしている。


(しっかし、目ぐらい閉じてくれよ。)

慎重にスーツの男の顔をまじまじと覗き込む。

誰かが触ると起動される仕組みだから迂闊にさわる事は出来ない。よくよく考えたらその機能ってただの睡眠と変わらないじゃないか。ましてや生身の人間より気をつかうことになるから正直隣になってほしくなかった。


「左側ちょっといいですか。」

野太い声が聞こえたので左を向くとそこには丸々と太ったTシャツとチノパン姿のオークが座ろうとしていた。オークは立派な豚鼻で呼吸を激しく行き来させその度にフガフガ言わせている。その気迫に押されて思わず右ののけぞろうとした、しかし右側には触れると起動するアンドロイドがいる。咄嗟に肩をすくめた。

「よっこいしょう!」

オークが座った。一人分の座席がギリギリに収められている。左側の手すりはオークのぜい肉が乗っかってしまったので僕が使うと言う選択肢は自然となくなってしまった。

対して右側と言えば、電源を落とした時に偶然アンドロイドが手すりを乗せてしまった。


両方の手すりが使えなくなった。肩をすくめたまま動けない。


「異世界への旅は初めてですか?」

鼻をフガフガ言わせながらオークが聞いてきた。

「あっ、いやっ、何回か行ったことあるんですけど、や、やっぱり緊張しますね。」

この姿勢で話を聞いているとなんか説教されているような感じだ。

「慣れないうちは大変でしょうねぇ、ましてこんな休日帰りとなると。」

「えっ・・休日だったんですか?」

「ああ、異世界歴が短いから知らなかったんですね。今日はロニン王国が成立した日なんですよ。」

「はぁ。」

「家に帰って家族だんらんするのが基本でね。何てことはない連休の終わりと変わらなかったりするんですけどね。」

「へぇ、そうだったんですね。」

軽く相槌を打って聞き流す。そうやって身を縮ませて話を聞く姿は、新人研修のようにも見えるのだろうか。


寒暖差の激しい会話を続けていたら異行機が動き始めた。

「おっ、もうすぐですか。こっち側もなんとなく緊張しますね。」

言葉とは裏腹にノリノリの感じが伝わってくる。こちとら体勢も相まってか緊張感が全然解けない。

その内、機内の電灯が暗くなりモニターに快適な次元の旅の手引きが映し出された。

それは様々な非常用設備の説明や忠告をバンパイアとサキュパスが演ずるVTRで、初めて見た時はファンタジー俳優たちの仕事アドバンテージの広さに驚いた。

最後に「快適な次元の旅をお楽しみください。」と字幕が流れた。

直後、異行機がスピードを上げた。恐らく機体の目の前には機体よりも一回り大きいワームホールが作られているのだろう。

問答無用で勢いよくワームホールをくぐる、グッと重力がかかった後、窓からの景色が一瞬にして空港から虹色のモヤモヤに変わる。機体が全身モヤモヤに包まれると程無くして機内は平穏を取り戻す。


「やっぱり慣れないうちは怖いですよねぇ。こういうの。」

オークは人間よりも上部に付いている小さな耳をピクピクさせて喋っている。

「え、ええ。そうですね。」

出発しても肩はすくめたままだ。

「本当は家族で来てたんですけどねぇ、祝日ですから席が取れなかったんですよ。」

「やっぱり、心配だったりするんですか?」

「いやいや、そこまでは。相方が頑張ってると信じてますから。」

オークの嫌にはげた頭がキラリと光る。

「へ、へぇ。」

思わず空気が抜けたかのような声が出た。気が抜けて何となく座席の奥を覗いてみるとカラスの顔した添乗員がカラカラとカートをコロコロ転がしながら向こう側からやってきた。

「ロニン地域名産のミネラルウォーターでございます。いかがでしょうカー?」

『カー』のイントネーションが完全にカラスの鳴き声だ。初めて聞いた時は思わず笑ってしまった。どうやら種族特有の特徴的な訛りらしい。

カラス添乗員はゆっくりとミネラルウォーターが入った紙コップを配りながら近づいてくる。

変な緊張で喉が渇きっぱなしだったから丁度良かった。

よく見ると奥の方の座席からタコの足のようなものがユラユラ飛び出しているのに気づいた。するとおもむろにカートに乗せられた紙コップを8本の足で器用に奪い始めた。

ビッシャビッシャと水を打つ音が聞こえた。そしてタコの足は空になった複数の紙コップを器用に重ねてカートに乗せた。スコスコっと重なる音が聞こえた。

配る水が無くなってしまったのかすごすごと奥の方へ引き下がっていくカラス添乗員。

そして再び向こう側からカートを押しながら慣れた手つきでお客さんに配っていく。

するとまたタコの足が紙コップを奪おうとする。カラス添乗員は笑顔でタコ足を払いながら配り続ける。しかし一人ではさばききれず大多数がタコ足に奪われ、ぴしゃぴしゃと水しぶきが上がっていた。そして綺麗に重ねられた紙コップがカートに乗せられ、カラス添乗員はすごすごと引きかえしていく。


「水棲系種族は常に保湿しておかないと病気になっちゃうんですよ。多分あの調子だと保湿剤忘れちゃったんだろうねぇ。」

「なんで文句言わないんですか?」

「ほら、見てみろよ。」

再び向こうの方を見てみると、カラス添乗員はタコ足の持ち主にタオルと軟膏のようなものを手渡していた。恐らくあれが保湿剤なんだろう。

「喋ることができない種族もいるからねぇ、すぐに察してあげないといけないんだ。添乗員さんも大変だよなぁ。」

結局タコ足騒動のせいで、喉の渇きを潤す機会はこっちまで回ってこなかった。まだまだサービスが未発達なんだろう。そう思う事にした。

「落ち着いたみたいですね。じゃあ、ちょっとひと眠りしますんで」

「はぁ。」

オークはアイマスクを付けて全身の力を抜いた。

こんな風に身をちぢこませた体勢じゃ眠れやしないので、座席に取り付けられたモニターを使って映画か何かを見ることにした。

スイッチを押すとそこにはアニメ『俺の RPGはツンデレ魔法使いに頼りっぱなし!!』が流れ始めた、共演者のドラコさんも出演している作品だ。

勇者と魔法使いのドタバタコメディを夢中になって見ていたらあっという間に3時間経ってしまっていた。


「間もなくロニン異国際空港へ到着いたします。シートベルトをお付けください」とアナウンスが流れる。

「おっ、もうすぐ着く感じですか。」オークはいつの間にか起きていた。

虹色に揺らめいている窓の外を眺めて時間をつぶす。

異世界はもう、すぐそこだ。

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