12.十六小片風の設計図『少女が決める、生存の覚悟』

ヤマノ教師の通信機が鳴ったのは、工場の周辺に待機してから、おおよそ四〇分ほど経った時であった。

『ヤマノ先生、聞こえますか!?』

「エリス君か!?」

『先生、緊急事態です!! 工場内は旧文明の遺産と思われる兵器だらけです!! さらに、これはどうやら施設規模の遺産のようです!!』

「まて、順を追って、正確に報告しろ!!」

エリスは、それまで起きた事を簡潔かつ細かに説明した。

「……なんてことだ」

『イースフォウさんとの連絡はとれていません。森野先輩は内部からの破壊のため別鼓動に移りました。私たちは、先生の報告を最優先に行動していました』

「まさか……ここまで規模の大きな話になっていようとは」

しかし、そうと解ればこのまま待機しているわけにはいかない。

だがそもそも、それでは今の人員は少なすぎる。

もはや四の五のは言ってられない、増援を要請して対処しなければ……。

と、そこで不意に地鳴りが起きる。

「な、なんだ!?」

『ヤマノ先生!! 施設内激しく変形を始めました!!』

「何だと!?」

同時に、ユーナからの通信が入る。

『ヤマノセンセー!! 強力な魔力を感知したのね!! 発現場所は工場内……いや、工場全体!!』

さらには、ヤマノ教師の伝機自体が警告音を発し始めた。

(伝機の緊急魔力感知機能にも引っかかった。それだけ、半端じゃない魔力量ってことか!!)

続いて、軍の全チャンネルに向けての緊急通信も入る。異常な魔力値が検出されたこと、それが国内、しかも市内であること。現場付近に居る仙機術士はすぐに本部に連絡せよとのこと。

(どんどん大事になる!!)

と、そこにさらに通信が入る。

『安心しろ、ヤマノ少尉』

「レジエヒール殿!!」

『本部には私の方から連絡を入れた。君たちが心してこの件にかかれ』

「って、この期に及んで俺達で解決しろって言うのか!!」

あまりのことに敬語すら忘れるヤマノ教師。

だがヴァルリッツァーの当主は、そんなこと気にも留めないで淡々と指示を出してきた。

『安心しろ。私が全体の指揮を執る。君は現場の指示を頼む。まずは……どうやら施設が変形を始めたようだ。しばし様子を見ろ』

文句は数えきれないほどにある。しかし全部を吐きだしていたらきりがない。

「……了解。各自、警戒しろ」

そうこうしている間に、施設の外層が崩れ落ちていく。

その中から。浮き上がるように何かが盛り上がって来た。

それは一見すると何かの施設にも見えた。窓のようなものが見えるあたり、中に人が入れるような空間もあるのだろう。

だがその形は人がその中で何かの作業をしたり、暮らしたり、そういった意図で作られていない事を確実に物語っていた。

砲台。

中心からまっすぐに伸びた巨大な筒は、それ以外の活用法を見出すことができない。間違いなく、それは何かを打ち出すための巨大建造物であった。

良く見ると、その外壁は同じパーツがまるでパズルのように組み合わさって形になっているように見える。

「……ほぼ間違いなく、戦略的な兵器だな」

『ヤマノ教師!! 内部の変形はおさまったようですが、外の様子はいかがですか!?』

「エリス君。君たちの言った通りだ。これは施設規模の戦略兵器的な旧文明の遺産らしい」

『……そうですか』

「エリス君とハノン君は、なんとかそこから脱出しろ!! 市内でこんなものが出てきたんだ。すぐに破壊命令が下される!!」

そのヤマノ教師の言葉に、ヴァルリッツァーの当主が言う。

『その通りだ、ヤマノ少尉。たった今本部より指令が出た。『迅速対象を沈黙させよ』とのことだ』

『内部での戦闘からの予測ですが、この砲台は小さな旧文明の遺産のパーツで構成されています。その一つ一つが小さな砲台のようになっていますから、どこから攻めても攻撃が跳んでくるはずです』

「……なるほど、了解した。総員、聞こえているか!!」

ヤマノは通信機に向かって指示を出す。

「クルス、エミリアは砲身左側から、ユーナ、マイは砲身右側から敵の注意を引け!! 君たち学生は無理することは無い。まずは敵の攻撃から身を守ることを第一に考えろ!!間違いなく、二人で行動しろ!!」

『クルスチーム了解です』

『ユーナチーム了解だよ』

「コルダ、モミジは砲身背面から対象の破壊を頼む。嘱託の君たちには少々重い任務かもしれないが、頼りにしている!!」

『コルダチーム了解』

「フラジオレットとレテルは緊急時のために待機して居てくれ。……もしものときは、君たちの力しか頼りに出来ない。お願いだ」

『フラジオレットチーム了解』

ヤマノ教師は指示を出してから、やはり圧倒的に数が少ないと思った。

しかし、それでもここは乗り切らないといけないのだ。

あとはもう内部破壊に回った森野の仕事に頼るしかない。無謀ともとれる彼女の単独行動だったが、上手くいっていれば最善策であった。

まったく、学生とは思えない優秀さと先読みである。

そんな事を考えながら、ヤマノ教師は苦笑した。

(……そうだな、彼女に限らず、こいつらは優秀か)

ヤマノ教師も今は信じるしかなかった。全員がうまく立ち回れば、この事態を収拾できるだろう。

(いいだろう。この際、全員の手柄にしてやろうじゃないか)

「総員、かかれ!!」

覚悟を決めて、ヤマノは指示を締め切った。





通信が終わったエリスは、すぐさま脱出の準備に取り掛かる。

「エ、エリス!! 森野たちはどうするんじゃん!?」

ハノンは慌てて聞く。森野もイースフォウも、まだこの工場内に……いや、旧文明の遺産の中に居るのだ。今脱出したら、それらを見捨てて外に出ることになる。

だが、エリスは手を止めずに、冷静にハノンに語る。

「……指示が出ました。私たちは、ここから脱出するべきです」

「で、でも……」

「……周囲を見てください」

そこは、先ほどの薄暗い工場とは一転して変わっていた。

先ほど二人は、少し長めの廊下内に居たはずであったが、旧文明の遺産の変形に巻き込まれ、今はどこと解らない個室のような場所に居た。

その際、檻から共に脱出した中年の男ともはぐれてしまった。無事外まで助け出したかったのだが、今となってはもうそれも諦めるしかない。

今や自分たちの身の安全すら、危ういのだ。

一見してわかる。

周囲の作りは、明らかに現代の技術のみでは作られていない。

外に弾かれず、旧文明の遺産の変形に巻き込まれたのだ。間違いない。

「ここは、すぐに破壊されます。それに巻き込まれないうちに、早く脱出しなければ私たちも危ういのです」

「だからこそ!! イースたちにも伝えないと!!」

その言葉に、エリスは首を横に振る。

「おそらくこの事態を引き起こしたのは、イースさんか森野先輩のどちらかです。事態を知らない事は無いでしょう。それにお二人とも単独行動が可能なA♯使いです。私たちよりも、自力での脱出は上手くいくはずです。……ですが私たちの能力は単独での行動に、そこまで向いているわけではありません。自分たちの脱出を最優先にしないと、やはり身が持たないのです」

「……でも、やっぱりこのままじゃ」

ペチリと、ほとんど触れる程度の勢いで、エリスはハノンの頬を叩いた。

「……なんのつもりじゃん」

ニコリと笑いながら、エリスは答える。

「聞きわけの悪い子にはビンタでしょう?」

「全然痛くないし」

「だって、思いっきり殴る必要なんてないですから」

「私は、そんなに聞きわけ良くないじゃん」

「でも、私は信じてますから、ハノンさんのこと」

だって仲間ですから、とその言葉に付け加えた。

その言葉を聞いて、ハノンも力が抜けた。

ああ、そうだ。森野もイースも自分の信じている仲間だと、ハノンは思い出す。

あの二人なら、きっと大丈夫。

いつでもしぶとい森野。

どこまでもあきらめなかったイースフォウ。

そんな二人の、何を心配しようというのか。ハノンは自分の懸念を馬鹿らしく感じた。

「そうじゃん。私は仲間を信じられるじゃん」

「そうですね。だから、早く脱出しましょう。きっと信じてくれている、皆さんのためにも」

「おっけ!! まずはこの部屋から脱出しよう!!」

二人は、すぐさま周囲の探索を始めた。





(振動が収まった……。何か大がかりに物が動いたような感じだったけど……)

森野は迫りくる風の弾を避けつつ、四方八方に弾丸を放ち続ける。

すでに部屋の中の六割の『四風』を破壊した。だが、未だ周囲からの攻撃はとどまることを知らない。

それならそれで、全てを破壊し尽くすだけだが、振動とその違和感は、森野も気になった。

(……未だ、私はこの旧文明の遺産についてあまり詳しい情報がない。……だけど、これが施設規模のものなのは何となくわかる)

何となくわかるからこそ、森野は仮説を立てていた。

(私は内部破壊をしている。……だけど、もしかしてこの部屋って、ほんのごく一部なのではなかろうか)

施設だと仮定して、例えば何十部屋あるうちの一室。ここはその程度の場所である⑦可能性は高い。

(だとしたら、ここだけ破壊していても、致命的なダメージを与えてることにはならないか……)

もっと満遍なく、全体的に攻撃した方がよいのだ。

(この部屋以外に、この部屋のような場所は無かった。……だけど、もしさっきの振動が、他の部屋の開放だったら……)

森野はすでにこの部屋の六割は削っている。ならばここは退いて、他の部分の破壊に回ることも考えたほうが良い。他の部屋が見つからなかったとしても、彼女としては振動の原因や現状を知る事は出来るし、どのみち何かのタイミングで脱出はしなければいけないのだ。

(何らかの変化があったのは明白。……ならば、ここが引き際か)

そう判断すると森野は速い。

最後に溜めていた仙気を使って、さらに三つの四風を破壊しつつ、部屋の入口にジャンプする。

森野としても、イズミコについては心配だった。だが彼女が決めた道である。今は自分の出来ることをこなすことにした。

「悪いけど、私は自分の身を守ることが精いっぱいよ」

そう呟いて、部屋を出る。

……が、

「っな!?」

そこには、前の部屋と同じように、壁中に四風が埋め込まれていた。

そして、一気に放たれる風の弾丸。

「うわっと!!」

すんでの所で回避に成功する森野。転がりながら仙気を再度練る。

そのまま、正面に見えた何本かに弾をぶつける。

が、数が多すぎる。すぐさま追撃が来る。

森野の眼に何らかの柱がとびこんだ。唯一の死角。あそこなら、なんとか四風の攻撃から避けられそうである。

「っく!!」

ぎりぎりのところで、物陰に飛び込んだ。

「……ったく、なによこれ」

先の方まで見えた。見えたから悪態も付きたくなる。

先ほどとは全く違う情景であった。長くまっすぐ続く廊下に、壁という壁に張り巡らされている四風。

先ほどの振動は、やはりこの工場内自体が変形した衝撃だったらしい。

「というか何? この廊下を駆けていかないといけないの!?」

森野としては正直、あの部屋を片づけられたらあとはダッシュで脱出すれば良いだけだと考えていた。

だがあの様子を見れば、どうやら脱出するまでずっと戦い続けなければならない事はすぐに解る。

「……ハードだなぁ」

森野は懐から充伝器を取り出す。

持ってきた充伝器は、残り二つ。だが、果たしてここを脱出するまで持つだろうか。

そう、脱出。

こうなったらもう、森野としては余計なことを考えずに脱出するしか考えられなかった。

「……ま、結果的に施設破壊しながら出口を探すわけだから、施設全体に満遍なく攻撃できるわけだけど」

彼女としても思った以上にしんどい。しんどいが、それでも進まなければ生き延びることができない。

「いっちょ、やってみますか」

覚悟を決めて、森野は飛び出した。

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