11.それぞれの役割 『二人の少女の最後の切り札』

「ここが、あなたのお姉さんらしき人と遭遇した部屋よ」

「……ここ」

長い長い階段を脱出し、エリスたちと別れた後、森野はイズミコを、自分たちがサリーヌと出合った部屋まで案内した。

相変わらず道中は静かなものであった。……いや、相変わらずどこか遠くで爆発音のようなものが聞こえてくることはあった。

それが何なのかの確証は無かったが、おそらくはイースフォウが未だ戦っているのだろうと森野は考えていた。

そう、自分も早く出来ることをしなければならない。

だがここにきて森野は、一つの問題があることに気付いた。

「ここだけど、もしかしたらそう簡単には入れないかもしれない」

「……え?」

森野は思い出す。この部屋にはサリーヌが設置した旧文明の遺産が壁中に張り巡らされているのだ。サリーヌがこの中に居るか居ないか解らないが、危険な場所には変わりない。

(それに、見た感じあれは半分自動制御されていたように見えた。もしあのままの状態で、中にサリーヌが居ないとしたら……最悪侵入者に攻撃しっぱなしで止まることが無いかもしれない)

森野一人ならそれでも良かった。

しかし、イズミコも一緒に居るのだ。あの状況下でイズミコを守りきるのは、森野としては少々実力不足である。

「この先の部屋ってね……」

森野は部屋の状況を説明する。

イズミコはその話を聞き、しばし考え込んだ。

そして考えがまとまったのか、口を開いた。

「森野さん。……その兵器は自動制御されている恐れがあるの?」

「……そうねぇ。少なくとも、侵入者に対しての自動攻撃くらいは実装してるんじゃないかしら。私だったら、そのくらいの事はプログラムするけど……」

そうでないと、あの部屋中の旧文明の遺産を動かすのは難しい。人一人が自由自在に操るには、少々数が多すぎる。

それに、例えばサリーヌがあそこから離れた時、全く無防備な状況にしておくかといわれるとそれはありえない。しかし他に仲間が居ない以上、見張りをつけることもできないはずだ。

だとしたら、自動制御くらいは実装されていると考えるのが自然だ。

「でも、……それって私にも攻撃してくるの?」

不意に、そんな事をイズミコが呟いた。

「……どういうこと?」

森野が聞き返すと、イズミコはまっすぐと扉を見つめながら話す。

「私、もともとはあっち側の人だったわけだし……。記憶は無いけど、もしあっち側の人だったのだとしたら、……私は攻撃対象に含まれていないんじゃない?」

「……ふむ、一理あるけど」

とはいえ、確証ではない。リスクも高い。安全に確かめている状況でも無い。

「確認する方法が、思いつかないわ」

森野はため息をつきながらそう答えた。

しかし、イズミコはドアを見ながら、こう答えた。

「……そんなの、簡単」

キィという音がした。

「ちょ!! イズミコちゃん!!」

止めようとその腕をつかもうとするが、イズミコの腕は。森野の手からすり抜ける。

「危ないから、待ちなさい!!」

「大丈夫。……試してから考えれば良い」

そのまま、イズミコは部屋の中に入った。

部屋の中は明るかった。故に状況は解りやすかった。

森野の言うとおり、周囲には何やら自動的に動く杖のようなものが、びっしりと敷き詰められていた。

だが森野の予想とは裏腹に、そのどれもが攻撃を加えてこない。

「森野さん、……大丈夫みたい」

「……そ、そう。それなら良いけど」

そのままゆっくりと、部屋の中心に進む。

よくよく見ると、壁や床のあちこちが破損していた。どうやら、何かの戦闘があったようだ。

その先にある通路も、扉がひん曲がって外れている。……誰かが無理やりこじ開けたのだろうか。

「森野さん、奥がある。……この部屋には誰も居ない」

「そう、サリーヌが居ないから動いていないのかなぁ」

と、ひょっこり森野が部屋の中に入って来た。

瞬間だった。

壁という壁の旧文明の遺産が、唸りをあげて森野の方を向いた。

「………イズミコ説が正しかったようね」

刹那、森野の立っていた空間は、空気の渦に飲み込まれた。

「……森野さん!!」

「行きなさい、イズミコ!!」

森野は体をねじりながら跳んで、攻撃をかわす。

「きっとその奥にサリーヌは居るわ!! 会って、自分の進む道を示しなさい!!」

「でも、……森野さんは」

二丁の伝機から、数えきれない弾を打ち出しながら、森野は言う。

「私は、私のすべきことをするだけだわ」

打ち出された弾は、いくつかの旧文明の遺産を破壊した。

「良いから、行きなさい!!」

イズミコは、森野のその叫びに似た指示を聞いて、ダッと扉の先に消えていった。

「……ま、せいぜいがんばりなさいな」

スタっと地に降り立つ。その森野に対して、いくつもの『四風』が照準を合わせる。

「……ったく、ワンパターンだわ!!」

森野は伝機に充伝器を取り付ける。

(連射力と攻撃力をアップして、確実に破壊していかなくてはならないわ)

森野もこの旧文明の遺産が道具というよりは、施設的な規模のものだということを理解してきた。

だとすれば、内部からの破壊は効果的なのだ。脱出する前に、出来る限りの破壊をしておかなくてはならない。

重要なのは引き際である。タイミングを逃せば命にかかわる。

だが、今はまだ壊し続けることができそうだ。

「ほんと、ここのところ負け続きだったからねぇ」

訓練中にスカイラインに負け、夜のビルの屋上でイズミコに負け、サリーヌには手も足も出せなかった。

動き回りながら森野は笑う。

「悪いけど、心無い兵器程度には負けるつもりはないからね!!」

そう言って、伝機を打ちまくり始めた。





「……あら? なにやら騒がしい気がしますわね」

そんな事を言いつつ、サリーヌはイースフォウとスカイラインを目の前に、懐から端末を取り出した。

それを操作して、何やら映像を映し出した。

「……あらあら、何者かが十六小片風を破壊しているようですわ」

その言葉に、イースフォウとスカイラインは、お互いを見る。

「イース、心当たりは?」

「たぶん、森野先輩たちの誰かだと思うけど……」

「……あの先輩か、確かにしぶとそうだわ」

そんな二人の会話を聞きつつ、サリーヌはため息をつく。

「……その程度の破壊で、十六小片風の威力は弱まりませんけど……。まあ、何かの拍子に台無しにされるのも問題ですわね。……そろそろ計画を発動させましょう」

そういうと、サリーヌは部屋の中心の柱に近づく。

その柱中心から少しずれた所を押す。すると隠しスイッチでもあったのか、柱がゴウゴウと唸りを上げながら変形した。

「……あれは!!」

イースフォウは気付く。変形した柱の上の方を見ると、クロとヒールが組み込まれていた。

むき出しの今ならば、なんとか取り外しは出来そうだが……。

だが、スカイラインはさらに気付いた。

サリーヌの手元に、一つの大きなボタン。

「さてと、本当ならあなたたち学生ではなく、軍人が来てから、もっと問題が大きくなるタイミングで事を起こしたかったのですけど……」

「……サリーヌ。そのボタンは、何?」

キッとサリーヌを睨みつけながら、スカイラインは尋ねる。

「そうですわねぇ。まあ、最終安全装置ってところですわ」

「……どういうこと?」

「なに、簡単な話ですわ」

にっこりとサリーヌは笑う。

「これを押せば。十六小片風は真の姿をさらけ出し、その能力を思うがままに吐き出すこととなるのですわ」

「なんですって!?」

スカイラインは知っている。この旧文明の遺産は、その正体は巨大砲台。その能力を吐きだすということはつまり……。

「手始めに一番近い軍の駐屯地に打ちこめるように、射線はセッティング済みですわ」

「や、やめなさい!!」

「……うふふ、このためにここまで来たのですわ。やめるわけ無いでしょう?」

ニコリと笑って、サリーヌはそのボタンに手を掛ける。

間に合わない。イースフォウもスカイラインも、その事実だけはよく解った。

だけど何かをしなくてはいけなかった。

「……解放して!!」

不意に、イースフォウの手元に、伝機が出現した。

それには、サリーヌも驚きを隠せない。

「……まって、あなたの伝機はさっき放り投げたんじゃあ」

それを思いっきり体に受けたのはサリーヌである。間違えるはずはない。

だがイースフォウの手元には間違いなく、彼女愛用の伝機『ストーンエッジ』があった。

「これが最後の最後の切り札だ!!」

先ほどまでイースフォウが使っていた伝機。それはヴァルリッツァーの当主から預かっていた『シルフロンド』であったのだ。

はじめから投擲として伝機を使うつもりのイースフォウは、あえて使い慣れていない『シルフロンド』にその役目を担わせた。

だから、その手元にはストーンエッジが残されていたのだ。

「water flow and stone. Please blow all of my enemies like a river!! 逆流の大河!!」

一気に逆流の型を編む。もうこれしか相手に通用する術は無い。

間に合おうが間に合わないが、これを当てて今度こそ敵を倒すしかない。

だが……。

(やっぱり、制御が追いつかない!!)

しかし、今回はもう充伝器もない。

イースフォウの実力の上で、これでは安定させる前に仙気が暴走して自爆してしまう。

焦るイースフォウ。だが、不意に制御が追いついていく。

イースフォウは気づく。柄に、他の人物の手が重なっていることに。

「……術式の構築と仙気の制御は私に任せて。あなたは仙気を精いっぱい練りなさい」

「ラ、ライン!!」

二人で、一つの伝機を持つ。

だが、サリーヌは余裕の笑みを浮かべる。

「……今さら遅いわ。私はもうこのボタンを押す。それで全ては間に合わない。今日が歴史的な大事件として、後世に語り継がれることになるのよ」

そう言って、サリーヌはボタンを襲うとした。

しかしその瞬間、バチンとその手に仙気の弾がぶつかった。

「っつう!!」

サリーヌは慌てて手を押さえる。

慌てて、仙気の弾が跳んできた方向を見た。

そこには、イズミコの姿があった。

その手には、イースフォウの投擲した伝機、シルフロンド。

「……あなた、なんで」

「今よ!! イース!!」

「行くよ!! ライン!!」

二人はその隙を逃さなかったのだ。

スカイラインが刹那を唱える。

一瞬にして、サリーヌの懐に飛び込んだ。

それでもサリーヌの反応は早い。四風を防御として構えようとする。

しかし、イースフォウが片手でサリーヌの関節を取る。スカイラインは足払いでサリーヌのバランスを崩す。

そこに、二人でストーンエッジを振りおろした。

「「いっけええええええええええええええええええええええええええええ!!」」

今度こそ、その攻撃はサリーヌをのみこんだ。

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