11.それぞれの役割 『少女が翻弄する、諸悪の根源』

「……っく、痛ったぁ」

彼女は頭を押さえる。ゆっくり触ると腫れあがっていた。彼女の記憶には無いが、ぶつけたのだろう事は理解できた。

(大したことはなさそうね……)

森野はゆっくりと上体を起こした。

周囲を見渡す。明るさは普通。棚とか家具とかが並んでいる。

普通の部屋……と思ったが、一角を見ると鉄格子のようなものが見えた。

左右を確認する。

(……鉄格子の先に扉)

他に出口はない。どうやら閉じ込められたようである。

「やあ、起きたようだね」

不意に彼女に声を掛ける者がいた。

森野は、声のした方を見る。そこには、眼鏡をかけた中年の男性が、どこかのんびりとした様子で座っていた。

「まったく、今日は随分と新入りが多いなぁ。この数年、こんな日は初めてだよ」

そんな事を、にこやかに話す。

「……あなたは?」

見た目は仙機術師風。伝機こそ持ってはいないが、ゆったりとしたローブは仙機術師が良く身にまとうタイプのものだ。無精ひげとぼさぼさの髪といういで立ちだが、不思議と不潔さを感じさせない。

「僕も君たちと同じ囚われの身さ。まあ僕の場合、すでに数年はここで生活しているのだが……」

そう言いつつ、男は戸棚からコップを取り出し、近くに置いてあったポットのようなものから液体を注ぐ。

「まあ、とりあえずはこれでも飲んで落ち着くといいよ」

「あ、ありがとうございます」

森野は素直にそれを受け取る。もちろん警戒も忘れはしなかったが、何となく男が敵でないように感じていた。

というのも、森野が倒れていた……というか寝かされていたのは、少々古臭いとはいえベッドの上であった。左右にはエリスとハノンも寝かされている。それなりに物が揃っているようだが、ここは牢の中である。大したことは出来なかったのかもしれないが、この中で出来る最大限の介抱を施されたと考えられた。

「……介抱してくれたんですか?」

「僕はただ君たちを、そのベッドに寝かせただけだからなぁ。介抱といえるほどの事はしてないよ。君たちがここに落ちてきたのも、せいぜい三十分くらい前さ」

そう言って、男は天井を指さした。

森野が確認すると、うっすらと天井に切れ目が見えた。その上は穴でも開いているのだろう。

「三十分……か」

森野は記憶を手繰り寄せる。

サリーヌの操る旧文明の遺産と思われる兵器に対して、無抵抗に攻撃を受けた。もちろん、ただ無抵抗に受けたわけではなく、一度負けて様子を見る算段であったのだが……。

「囚われたか……」

殺される恐れもあったのだが、それは回避出来たようである。

まあ殺されないような気もしたので、あえて相手の良いようにさせたのだ。

「……私の伝機は?」

「君のか解らないが、いくつか落ちてきたね。その子が預かってくれているよ」

と、男は視線を別の方向に向ける。

そこには、一人の少女が座っていた。

黒髪を背中まで伸ばした、どこか和風の雰囲気の少女。森野たちと大差のない年齢にも思える。

というか、その少女は……。

「って、あなた! この前の!」

イースフォウや森野と度重なる戦闘を繰り広げた、『イズミコ』と名乗る少女であった。

「……え? ……あ、あなた、どこかで」

しかし、当のイズミコは、どこかボーっとした様子で、なにか懸命に思い出そうとしている。

「忘れたとは言わせないわ! このまえは随分とお世話になったしね……」

森野は、若干嫌味を込めて言う。

だが、イズミコは相変わらず『?』を浮かべていた。

流石に、森野もイズミコの様子には疑問を覚える。どこか、演技ではないような雰囲気があったのだ。

「彼女はきっと忘れているんだよ。おそらく君との出会いも、彼女のお姉さんが関わっているからね」

男の言葉に、森野は首をかしげる。

「……どういうこと?」

男は自分にも用意した飲み物を飲みながら、ゆっくりと話す。

「その子のお姉さんは、とある旧文明の遺産を手にしていてね。記憶を部分的に封印することができるんだよ。僕も実は、それを受けちゃったみたいなんだけどね」

「その子のお姉さんって、サリーヌ・ルブランの事?」

「サリーヌ……。どうだろう、そういえば名前を聞いたことはなかったが……。まあ、ここに君たちを落とした女性だとしたら、間違いないと思うよ」

その言葉に、イズミコは不安そうに答える。

「ねえ、私には姉なんていないんだけど……」

「……そうだったかな」

森野は把握する。男の言った『彼女は忘れている』『彼女のお姉さんが関わっている』という言葉から、予想ができた。

(……この子が忘れているのは、サリーヌ・ルブランのことか)

森野は、イズミコに尋ねた。

「ねえ、私のこと覚えていない?」

「……ええと、つい最近会った記憶はあるけど、なんでお会いしたんだっけ?」

あれだけメタメタにされた森野としては、少々ムッと来る。しかし彼女も、同時に納得できた。

(なるほど出会った記憶はあったとしても、何のために出会って、何をしたのかは覚えていないのか)

あの戦闘は、どうやら彼女の姉、サリーヌに大きくかかわる要因の一つであったようだ。

(……ということは、一連のイズミコの行動は、サリーヌの為に起こされていたこと……よね。そこから考えると、イズミコはあくまでサリーヌの手駒でしかなかったのかしら)

しかし、どうしてサリーヌはイズミコの記憶を消したのだろう。今までのことから察するに、イズミコはサリーヌに協力的であったはずだ。

だが、これではイズミコは手駒として扱えない。サリーヌ自体を忘れてしまったイズミコは、もうサリーヌに協力する理由がないはずである。

(……覚えていれば、今回の事件の全容も解っただろうに)

「おじさん。なんとか記憶をよみがえらせることは出来ないの?」

「記憶を戻すのは簡単だ。どういう理屈かは僕も解らないが、この旧文明の遺産は自分の本名を聞くことで、全ての記憶が戻るんだ。彼女の本名を呼んであげれば良いのさ」

「……私は『イズミコ』って聞いてるけど」

その言葉に、男は首を横に振る。

「それは偽名なんだよ。僕がつけてあげた偽名だから、間違いない」

「……そう」

ともなると、あとはこの男から話を聞くしかないと思われる。

「ねえ、おじさん。あなたはなんで囚われているの? 出来る限りの事を知りたいんだけど、そもそも、サリーヌは何をしようとしているの?」

その言葉に、男は苦笑しながら答える。

「僕もそこまで詳しいことは解らないからなぁ。せいぜいあの女は旧文明の遺産のようなものを手に入れて、なおかつそれを起動するためのエネルギーの確保を目的としていたってくらいしか解らないなぁ」

「そんなものを起動させて、何をたくらんでいるのかしら」

「それも解らないなぁ」

(……でも解ったことはあるわ)

起動するエネルギー。これはおそらく、黒影黒闇石とプロダクト・オブ・ヒーローのどちらかのことだろう。しかも、それはすでに組み込まれているはずである。

先ほどの旧文明の遺産の起動。部屋の照明やこちらの漏れていた仙気をきっかけに動いたと言っていたが、それだけではあんな巨大な力は生み出せないだろう。

おそらく、照明の光やこちらの仙気はマッチの火のようなもの。小さな火種から、旧文明の遺産に流れる何かに着火させて、大きな力としているのだろう。

魔力として探知できなかったのは、非活性だったからだろうか? 

まあ、なんにせよ、魔力が感じられないというだけで油断した自分たちは愚かであると、森野はため息をついた。

「……どうやらサリーヌは、旧文明の遺産を起動させるエネルギーを確保してしまったようだわ」

その言葉に男は特に驚かずに一言、「そうか」とつぶやいた。

「……危機感がないわね。何となくだけど、国の存亡程度のことは関わる事態かもしれないのよ?」

「と言われてもなぁ。こんな檻の中じゃ何もできないさ。僕はすで二年もここにいるんだ」

「あなたはどうなの? イズミコ」

森野の問いかけに、イズミコは頭を抱えながら。

「……解らない。私はどうすればいいのか、解らないの」

森野は思案する。おそらく、『解らない』とは本当のことなのだろう。なにせイズミコは、『絶対にこの件に関わっていた』のだ。おそらく、サリーヌの事を忘れた影響で、『この件に対して自分がどういう立ち位置だったのか』を思考できなくなっているのだろう。

ここの二人は無害である。だが同時に、協力的な存在ではない。エリスの探知で引っかかっていた残り二人は、間違いなくこの二人であった。

敵の数が減ったのは良いことである。

だが、強大な敵に対しての味方にならないのは、森野としても少々舌打ちせざる負えなかった。

(……仕方ないか。とりあえずこの二人は戦力とカウントしない方が良い)

森野はため息をつくと、イズミコに手を差し伸ばした。

「悪いけど、その銃型の伝機、二つとも返してくれる?」

「……えっと、これ?」

イズミコが、森野の伝機、ピンクローズとブルーローズを差しだす。

「そうそう、それ」

森野はそれらを受け取ると、すぐに通信機能を立ち上げる。

「………つながらない」

「ここは特殊なつくりをしていてね。通信だけではないよ、伝機の機能はほぼ使えない」

「……まあ、予想はしてたけど」

そうでないと、わざわざこちらの手に伝機を残すわけがないのだ。

伝機がこちらにあっても何もできない、そういう自信の表れなのだろう。

(……とりあえず、ここから脱出しなければ何もできないか)

森野は左右で眠るエリスとハノンを見る。

先ほどサリーヌから受けた攻撃は半端なものではなかったはずだが、今の二人は落ち着いた様子で寝息を立てている。

森野は少し安心した。彼女としても自分が守りきれない結果で二人が苦悶の表情を浮かべていたとしたら、それは本当に後悔したはずだ。

「でもまあ、そろそろ起きてもらわないとね」

すっとベッドの上から降りる。

「イズミコ、この二人を起こしてあげてくれない?」

「……いいけど、あなたはどうするの?」

「私はちょっと集中するから」

そういうと、森野は伝機の一部分から、小さな金具を取り外す。

そうして檻の扉に向かう。

(……伝機を使えないようにしているということは、この檻のカギ自体はそこまで複雑なつくりではないはずだわ)

その読みは間違っていないようで、檻の扉には少し丈夫そうな南京錠が掛けられているだけであった。

近づいて、鍵の穴をじっくりと調べる。

「おいおい、鍵も無しにそれを開けるのか? 君はただの学生だろう?」

男のその言葉に、森野はクスリと笑う。

「今はね。でもまあ、こんな世の中だもの。何ができてもおかしくないじゃない?」

そう言うと、森野は金具をカギ穴に差し込んだ。




カツンカツンと、足音が響く。

「戻ったわ、サリーヌ」

スカイラインは、単身サリーヌの元へ戻ってきた。

「あら、おかえりなさいませ。上手くいきましたのですか?」

スカイラインはにやりと笑う。

「おかげさまでね、本気のイースフォウと戦うことができたわ。そのお礼を言いに来たの」

「あらあら御丁寧に。でも、お礼には及びませんわ。私もおかげさまで、計画が順調にこと運びましたので」

「……それが、これってワケ」

スカイラインは周囲を見渡す。

そこには、壁中に組み込まれた、旧文明の杖。

いや、これは杖ではない。その様な形状もしているし、戦闘杖としても使えるが、その実大規模兵器の部品にすぎない。

「……あなたが手に入れた『十六小片風の設計図』。まさかもう動くレベルまで完成しているとはね」

「いえ、『動くレベル』はもうとっくの昔に出来ていました。それ以上です。もうこれで完成しましたわ。ネックだったエネルギーの問題も、黒影黒闇石から供給できるようになりましたしね」

「周囲のあらゆるエネルギーを吸収して動くって、そういう触れ込みだったんじゃないの?」

「そこは現代の技術で代用した部分もありますからね。完全再現には至らなかったのですわ」

「……まあそれでもここまでのものを作り上げてしまうのは、称賛に値するわねサリーヌ。旧文明の遺産の設計図が手に入ったとはいえ、それを再現するには相応の才能が必要だったはずよ」

「私もこれを見つけた時は、自分に扱えるかどうか不安でしたわ。……旧文明の遺産とはいえ、ただの設計データ。現代人の私に意味のあるものか、問題も多かったです」

両手を広げて、サリーヌは声高々に言う。

「でも、お陰様で完成に至りましたわ。あなたには最後の一手の手伝い、本当に感謝しますわ」

「私はイースフォウと戦いたかっただけよ。あなたに特別手を貸したわけじゃないわ」

「ふふ、そうですわね。私とあなたは、所詮生きる世界の違う者。片や名門ヴァルリッツァーの次期当主。片や表の世界から消え去った仙機術使い。……もう二度と交わることはありませんわ」

その言葉に、スカイラインは笑った。

「そんなこと無いわ。もしもう交わる事も無いというのなら、私はあなたなど放っておいてこの場を後にしたわ。未だこうやって話に来るって言うのは、まだ縁が続いてるってことよ」

「……そんなものでしょうか? 別に私としては、もうあなたと話すつもりは無かったのですが……」

「悪いけど、私にはあるわ」

そう言うとスカイラインは、スタスタとサリーヌに近づく。

「ねえ、サリーヌ」

手を伸ばせば触れ合える範囲まで近づき、スカイラインは尋ねる。

「あなた、これを作って、これを使えるようにして、何が目的?」

その言葉に、サリーヌはニコリと頬笑みながら答える。

「あらあら、何を聞くかと思えば……そんなことですか?」

「今のご時世、世界のほとんどが旧文明の遺産を良しとしない事くらい、子供でも解ること。それをあえて無視してこんなものを作り上げて、さらには起動までした。……世界でも征服するつもり?」

その問いかけにも、やはりにこやかに、サリーヌは答えた。

「あらあら……………………………あなたには関係の無いことですわ」

その眼もとは、笑っていなかった。

スカイラインは、深くため息をつくと、サリーヌに背を向け、コツコツと距離をとった。

そして、ある程度の距離になると、指を小刻みに動かした。

それと同時に展開される伝機。燃えるように赤く変化する彼女の服。

「……あなた、私とあなたの生きる世界が違うって言ったわよね」

「言いましたわ」

スカイラインは、キッとサリーヌをにらみながら、伝機『レイレイン』を構える。

「それは違うわ。私はヴァルリッツァーの仙機術使いよ。あなたみたいな危険な女がいたら、私は必ず立ちふさがるわ。それが、仙機術の名門の定めよ」

その言葉をじっくりと吟味し、サリーヌは口を開いた。

「ただ道が違うだけ、住む場所は同じということですか。……良いですわ、あなたは私の敵なのですね」

サリーヌのそんなセリフと同時に、一気に周囲の壁に埋め込まれた旧文明の遺産が光りを放ち動き始める。

「サリーヌ!! 一人の仙機術の使い手として、現代人として、あなたを止めてコレも破壊するわ!!」

「あなた程度で事は起こしません。少し静かになってもらいますわ!!」

高速化するスカイライン、十六小片風を起動するサリーヌ。

戦いは始まった。




分かれる前、イースフォウはスカイラインに二つ教えてもらった事がある。

一つは黒とヒールの在りか。これは明確な答えではないが、サリーヌと呼ばれる黒幕の居座る部屋(旧文明の遺産を制御する端末がある部屋らしい)には無く、その奥の部屋にあるとのことであった。その奥に部屋が何部屋あるかはスカイラインも解らないとのことで、さらにはどのように保管されているかもわからないとのことであった。

二つ目はサリーヌのもつ旧文明の遺産。それは『十六小片風の設計図』と呼ばれるものだという。これ自体、ただの資料であり、何の力も持たない。しかしそこに書かれているのは旧文明の時代に作られた戦略砲台の設計図であり、それが再現されれば町の一つや二つ、それこそ学園特区程度の規模なら一撃で消し去ることができる代物だという。サリーヌはそれを動かすために暗躍していたらしい。

そして、最後にごく簡潔な作戦を、スカイラインはイースフォウに伝えた。

『私が囮になるから、あなたが隙を見て部屋の奥へ侵入する。どうも十六小片風のエネルギーのアテは、あなたのクロとヒールみたいだった。魔力反応を見るにもう既に起動しているけど、クロとヒールを取り返しさえすれば、動きを止めることもできるはず』

『って、ライン!! 囮になるって、何危険なことを……』

『黙りなさいイース。あなたよりも適役でしょう? というか、あなたに務まると思ってすの?」

『……はい、思いません』

情けないことに、反論は出来なかった。

まあ確かにスピードで翻弄できるスカイラインは、イースフォウよりも相手の気を引きやすい。

事実、今まさに眼前で繰り広げられている戦いにおいて、サリーヌはスカイラインの相手をするのに精いっぱいといった様子であり、部屋の隅を静かに進むイースフォウに気付いていなかった。

(……しかし、相変わらず戦いのセンスは抜群だな)

スカイラインは超高速で移動しつつ、周囲から迫る風の渦を避け、あるいは受け止めて対処していた。

先ほどのイースフォウとの戦いで見せた、迅雷と石の型の同時使用である。

どうも種を明かしてもらうと、両方の術を同時に使っているのではなく、必要に応じてスイッチを変換するように、二つの術を入れ替えながら運用しているらしい。

それ自体は、いつかの公開模擬戦闘でも見せた方法であった。だが、段違いにその変換の早さが変わっていた。それこそ、相手に気付かせないレベルに……。

もちろん、並みの修練では手に入らない技術である。理屈の上では可能かもしれないが、並大抵の集中力と術式構築では追いつかないのだ。それをこの若さで可能にしたスカイラインは、やはり天の才能に恵まれた努力家なのだろう。

ここはスカイラインに任せれば問題ない。イースフォウはそう確信し、慎重に歩を進める。

サリーヌはというとやはりイースフォウに気付かず、スカイラインとの戦いに集中していた。おそらくスカイラインの言った通り、『もうこの場に敵はいない』と考えているのかもしれない。あのスカイラインを倒せば、もう邪魔する者はいないと、そう考えているのかもしれない。

だとしても、慌ててはいけない。慎重に、静かに、気配を消して。

イースフォウはゆっくりゆっくり、進むしかないのだ。




部屋中を縦横無尽に駆ける。九割の攻撃は避け、一割の攻撃は受ける。おそらくこの手の戦い方ができるのは、ヴァルリッツァーの中でもスカイラインをおいて他には居ない。

速さだけならスカイラインは、当主を圧倒できる域にまで達しているのだ。

(私なら、この場を無傷で時間稼ぎができる)

もちろん、反撃をする余裕はない。本来なら回避だけでいなしたいのだが、結局石の型での防御も行っている。それだけ、余裕がないのだ。

「ほら、どうしたの!? 旧文明の遺産なんでしょう!? 一撃くらい当ててみなさいよ!!」

煽る。だが、サリーヌはそれに乗せられることもなく、ただただ冷静に十六小片風を操作する。

いや、乗せられていないように見えて、そこはスカイラインの術中にハマっていた。

サリーヌは気付かない。部屋の片隅で忍び足で進む影に。

そう、ここまで完璧である。スカイラインは次々と迫る攻撃を避けては防ぐ。それに自然体でありつつ、冷静な半面ムキになって当てようとするサリーヌ。まさに彼女が考えた、理想の状況であった。

しかし……。

(……思った以上に、攻撃の感覚が短い)

スカイラインもあせりを覚えてくる。

彼女も全力で迅雷を使えば、攻撃を避けることが出来ると考えていた。だが、現実には防御までしないとならない。イースフォウに耐えられると伝えた時間まで、果たして耐えられるのか、スカイラインも不安になっていた。

「っ!!」

スカイラインの頭上に、風の渦が唸りながら通過する。

これはまずい、本当に余裕がなくなって来た。

(イースは……もう少しか)

彼女はそれを視界に入れず、わずかな気配で察知する。

ジワリジワリとだが、確実に次の部屋へのドアには近づいている。

あと数十秒発耐えれば、イースフォウはたどり着けそうだ。

「……まったく、威勢が良い割には、逃げてばかりですわね。そんなことでは、あと数十秒で墜ちますわよ?」

その言葉を聞きながら、スカイラインはほくそ笑む。

それでいいのだ。それこそが自分の勝利なのだ。

しかし、それを気付かれてはいけない。

自分は、ここで捨て駒にならなければならない。

(……負い目が無いわけじゃない。この事態は自分が起こした)

イースフォウと戦いたかった。ただそれだけの理由で、やってはいけない事をした。その事はとてもよく理解しているのだ。

スカイラインの読みも甘かった。今戦ってみて解ったが、これは自分の力だけではどうしようもないと感じていた。

当初の予定では、イースフォウを叩きのめしたあと、スカイラインは全てを一人の手で解決するつもりであったのだが……。

(未熟者の私に、そんな事が出来るわけ無いってことか……)

だが、それでも次につなげることはできる。

イースフォウにバトンを渡すことができれば、彼女なら何とかしてくれる。それはスカイラインも確信していた。

少々恰好の悪い戦いだが、今の自分の限界。今のイースフォウに託せる限界。全てを考えての作戦だった。

「ッツぁ!!」

不意に左腕に衝撃が走る。

(かすった!?)

もう、当たり始めたか。まだまだ逃げ切れると思ったのに。

予測よりも遥かに早い。まずい、このままでは数十秒も持たないではないか。

「だからって、ここでそう簡単にあなたに沈められるわけにはいかないわ!!」

とっさの判断。激昂して、スカイラインはサリーヌに突っ込む。

同時に、四方からの攻撃が、スカイラインのいた空間を貫いた。

「その判断は流石ですわね」

回避も防御も間に合わない攻撃だった。それをスカイラインは咄嗟に判断し、射線にサリーヌを巻き込む事により自らへの攻撃の数を減らした。

サリーヌはニコリと笑いながらスカイラインを評価する。

「流石は、初代ヴァルリッツァーの再来ですわ」

「はぁ!!」

ガキンと、金属音が唸る。

振り下ろされたスカイラインの伝機は、いつの間にかサリーヌの手の中にある、旧文明の遺産『四風』によって防がれた。

「本来ならば、四風は十六小片風の一部品に過ぎませんわ。……まあ再現にあたって伝機の技術も組み込んだので、こうやって手に持ってしまえば純粋な対人武器になってしまうのですが……」

「ぐ、ぐぅっ……!!」

「勝ち目はありませんわよ?この状態で、伝機が出力負けしてしまうのは目に見えているでしょう?」

つばぜり合いになる。しかし、押し合いの場面では、四風の威力の方が、伝機に勝ってしまう。

しかし少しでも弾き飛ばされてしまったら、十六小片風の攻撃がスカイラインに襲いかかるのだ。

だが……。

「……いえ、これで良いのよサリーヌ」

迫りくる風の渦を、スカイラインは横目で見すえ、

「Please hampered the penetration!! 水面木の葉の波紋!!」

仙気の膜で、その力を反らせた。

「あら?……避けるのはもう終わり?」

「あなたに接近すれば、周囲からの攻撃も少なくなるわ!! あとは限定的に飛んでくる攻撃に対処すれば良い!!」

「なるほど……回避では無く接近しての防御……。本来のヴァルリッツァーの戦い方ですか……」

「そうでもないわ、私はあなたの周囲で動き回るもの」

笑いながら、スカイラインはサリーヌの周囲を素早く移動し始める。

しかし笑いながらも、スカイラインは嫌な汗をかく。

(……高速移動の戦術が、もう見切られていた)

接近戦に持ち込むつもりはなかった。

ただそうする他に方法が無いほど、スカイラインは危うい状況にあった。

(さっきの攻撃は、高速移動ではもう逃げようが無かった。唯一の攻撃の死角である、サリーヌの周囲が無ければ墜ちていた)

もう、迅雷による高速戦法では逃げきれない。今の状況は苦し紛れに、接近での戦闘方法を選択したに過ぎない。

このままでは、当初の予定よりもさらに短い間しか持たなくなってしまう。

(イースフォウは……)

スカイラインは気配を感じる。どうやらだいぶ近づいたようである。

……これなら、あるいは間に合うか。

(……いや、ここはやっぱりもっと確実にサリーヌの気を引く!!)

スカイラインは、高速で皆も木の葉を解除。すぐに石の剣を展開した。

そして、そのままサリーヌに再度急接近する。

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!」

ガチガチとレイレインと四風がぶつかり合う。

「……あらやだ、特攻?」

その言葉に、スカイラインはニヤリと笑う。

「こ、これだけ接近すれば、もう周囲の攻撃は確実に出来ない!」

「……ふむ。まあそうですわねぇ」

などと、やはりニコニコ笑いながら、

「では。これで」

サリーヌは、つばぜり合いをしていた四風から、風の渦を解放した。

「っつ!! ぐうっ!!」

スカイラインの胴をかすめる。彼女は、体をうまくひねって対処したのだ。

だが……。

「何度まで、対処しきれるかしら?」

「……う、ぐぅ」

かすめただけとは言え、それは内臓にまで振動が伝わる、重い攻撃であった。

苦悶の表情を浮かべながら耐えるスカイラインを冷ややかな目で見つつ、サリーヌはさらに追い打ちをかける。

四発。風の開放が起きた。そのたびに、スカイラインは最小限のダメージで耐える。

「はぁ、はぁ、はぁ……。どうしたのサリーヌ? なかなか私を落とせないみたいだけど?」

「まったく、呆れますわ。いったい何がしたいのでしょう。そんな戦い方では勝機などありませんのに……」

しかし、スカイラインは荒い息のなかでもほくそ笑む。

良いのだ、これで良いのだ。おかげでイースフォウはあと数歩のところまで進んだ。

もう数発なら耐えられる。そうすれば、自分たちの勝利も近い。

「っふ、……私程度の使い手に苦戦しているようじゃ、例え今回の十六小片風が起動できたところでいつかは誰かに捕まるわ。……あなたの目的が何であれ、それは絶対に叶わない」

「……一理ありますわね」

「ここらで降参しなさい。今なら私のパパに頼んで、無かったことにしてもらうわよ?」

その言葉に、サリーヌはすっと目を細める。

「……なんで劣勢のあなたの言葉に、耳を傾けなければならないのでしょうか? あなたなど、ただちょっと鬱陶しいだけの存在ですわ」

「ええ、そうよ。……まだまだ鬱陶しく邪魔してあげるわ。覚悟しなさい」

その言葉に、サリーヌは大きくため息をついた。

「……もういいわ」

そう言いつつ、懐から何かを取り出す・

「……人形?」

スカイラインの目に入ったのは、真黒な人形のようなものであった。

手と足が生え、胴体も頭もある。ちょうど顔の部分には、真っ白な目のような模様が描かれている。

「鬱陶しいですわ。だから、もうあなたには今回の件をきれいさっぱり忘れてもらうことにします」

「……何を言って」

困惑するスカイライン。その胸元に、その人形が圧しつけられた。

「さあ、奪いなさい。『忘れられた少女』よ」

その瞬間、人形がケタケタと笑った。口も目も適当にしか書かれていないのだが、なぜかスカイラインには『笑った』と認識できた。

と、それと同時に、頭の中が急にグルグル回り始める。

「……え、な……に」

その瞬間スカイラインは、まるで思考回路を無理やり動かされているような感覚に襲われた。言葉で表すとそんな感じだが、これはスカイラインが今まで味わったことの無い感覚であった。

(え、なに?あれ、私、今戦って、父さん、集中しなきゃ、レイレイン、イースフォウ、ダメだ、曇天、悔しい、私は何をして、これはやばい、十六小片風、私のせいで、耐えろ、私の中に入ってくるな、なんで、戦わなくちゃ、まとまらない、私の名前、クロとヒール・・…………………)

「あ……あ、あ」

ケタケタという声が響く。そのたびに、スカイラインの目は虚ろになっていく。

(……なんで、私は、戦っている? なんで、私は、ここにいる? 何のために、私は、剣を振るう?)

気付けば、スカイラインはいくつかの記憶を失う。何のためにここで戦っていたのか、何のために自分は行動していたのか。目的を忘れてしまっていた。

「……旧文明の遺産『忘れられた少女』。あなたの記憶の一部分を封印してしまう」

(……こいつ、だれだっけ? 確かこいつと戦っていたんだけど……。なにかたいへんな理由があったはずなんだけど……)

いや、そもそも、大変な疑問が浮かぶ。

(……私は……誰?)

「あなたの名前はスカイライン・ヴァルリッツァー!! 私の最高のライバルにして、パートナーよ!!」

不意に、弾丸で貫かれたような感覚に、スカイラインは体をのけぞらせる。

サリーヌは声のした方に急いで振り返る。

次の部屋のドアの前、そこにはイースフォウが立っていた。

「もう一度言うわ、スカイライン!! あなたの名前はスカイライン・ヴァルリッツァーよ!!」

「あなた、スカイラインにやられたはずじゃあ……」

サリーヌが戸惑いを隠せない。予想外の事態だったようである。

「……馬鹿ね、そう簡単にあの子が負けるわけ無いじゃない」

「っ!!」

今度は、サリーヌのすぐそばから声が聞こえた。

「どうやら危うい場面だったようだわ。でも、全部忘れなかったわ」

高速でスカイラインの指が動く。

「刹那の逆流!!」

一発目、スカイラインはサリーヌに逆流の噴射を浴びせる。その衝撃でサリーヌは吹っ飛ばされた。

二発目、刹那を使いイースフォウのもとへ一瞬で駆け付け、その身体を抱きかかえる。

三発目、スカイラインは再度刹那を使って、次の部屋のドアに突撃した。

轟音とともに、ドアを突き破る。

「っつう。強引だけど、なんとか突撃できたか」

「……ごめんライン。最後の最後で気付かれた」

イースフォウがシュンと落ち込む。

しかし、スカイラインは首を横に振る。

「……あれも、旧文明の遺産?」

「うん。父さんがもっていた一つで、『忘れられた少女』。記憶の改ざんができるっていう道具なの」

スカイラインは立ち上がりながら呟く。

「なるほど……名前が記憶を取り戻すキーワードってところか」

先ほど一瞬スカイラインは、自分の名前も忘れかけた。だがイースフォウがスカイラインの名前を呼ぶと、彼女の記憶も順々に戻ったのだ。

(私が今回の件を忘れれば、戦う意味を見失っただろうし……。イースフォウに助けられたかもしれないわ)

しかしのんびりしている場合でも無い。

「ライン!! はやく先に進もう!!」

突入した扉の先は、少し長めの廊下になっていた。

「……とにかく奥にいかないと」

二人は駆ける。

「……させませんわ、二人とも」

不意に、二人の背後から声が響く。

さらに、ゴオっと風の渦が背後から撃ちこまれる。

直感で体を捻り回避する。なんとか当たらずに済んだ。

しかし、そう何度もよけきれはしないだろう。

「Please hampered the penetration!! 水面木の葉の波紋!!」

スカイラインが術式を唱えた。

「イースも術式を唱えて!! この狭い空間じゃあ、なんとか攻撃を反らせるしかないわ!!」

「わ、解ったわ!! Please hampered the penetration!! 水面木の葉の波紋!!」

二人で術式を展開する。

それと同時に、背後からさらに風の渦が撃ち込まれる。

二人はなんとか仙気の膜をうまい具合に展開し、攻撃を逸らして壁にぶつける。

「ライン!! 扉が見えた!!」

「イース!! 突っ込みたい!!」

「任せて、ライン!! Please flying wall!! 水切りの刃!!」

イースフォウの水面木の葉が刃となって解放される。

解放された仙気の刃は、その先にある頑丈そうな扉をいともあっさりと真っ二つに破壊した。

「抜ける!!」

イースフォウとスカイラインは、なだれ込むようにその部屋に突入した。

薄暗い部屋であったが、目の前に大きな機械の柱のようなものがあり、その光源がかろうじて部屋に光をともしていた。

「クロ!! ヒール!! いるなら返事をして!!」

入るなり、イースフォウは部屋に響き渡る声で、二つの石の名を呼んだ。

「――……ん、あ? フォウか――」

その声は、どこか緊張感なく聞こえてきた。

「クロ!?」

「――フォウ!! 来たの!?――]

「ヒールも!!」

声は聞こえた。しかしイースフォウが部屋のどこを見渡しても、二つの石は見当たらない。

「どこにいるの? すぐここから脱出するわ!!」

イースフォウはきょろきょろと周りを見渡しながら、声を掛ける。

「――いや、悪いがすぐは難しいと思う――」

「――フォウ、目の前に機械の柱があるでしょう?――」

「ええ、あるわ!! これは何なの?」

その質問に、ヒールは簡潔に答えた。

「――私たちは、その中に埋め込まれているの!!――]

「……なんですって!?」

イースフォウは駆けよってその機械に触る。

「どのあたりに埋め込まれているの?」

「――んなこと、俺たちも良くわかんないんだ。なんたって、気付いたら埋め込まれていたからな――」

「……どうしよう」

「壊せばいいじゃない。まあ、一人じゃ骨が折れそうだけど、私とイースで殴りかかれば、破壊は可能なはずよ」

「……でも、中の二人が壊れたら」

「――おそらくだけどクロとヒールに関しては代えの利かないパーツだし、だいぶ厳重に保護されているはず。一撃二撃の衝撃なら、問題無く耐えられると思うわ――」

しかし、スカイラインはゆっくりと自分が突入してきた入口を見る。

「ま、そんな事よりも。そんな二人でのんびり柱を解体する時間を、この人がくれるとは思えないけどねぇ」

そこには、サリーヌが立っていた。

穏やかな表情……に見えるが、やはり目元が笑っていない。

「そこそこ、あなたも焦ってきたようねサリーヌ」

「やってくれましたわねスカイライン。まんまとあなたの策に踊らされましたわ」

「策ってほどでもないわ。そんなものに引っかかるあなたが間抜けなのよ」

その言葉にニーッと口元を笑わせて、サリーヌが両手を横に広げた。

「もう、あなたたちにはしっかりと眠ってもらう必要がありますわ。少し手荒な事をしますが、覚悟してくださいませ」

その両手には、2つの四風が握られていた。

「……イース、やるしかないわよ。あなた戦える?」

「ラインこそ、だいぶ疲れがたまってるんじゃない?」

憎まれ口を叩きながらも、二人は伝機を構えてサリーヌと対峙する。

この場を勝たなければ、どうやら目的は達成されそうにないのだ。

ならば、二人は戦うしかなかった。

「行くわ!!」

「行くよ!!」

二人のヴァルリッツァーは、サリーヌに飛びかかった。

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