11.それぞれの役割 『少女が感じる、無敵の二人』
ヤマノ教師は頭を抱えていた。
なんでこんな事態になってしまったのかと。
今日は朝からツキがなかった。
職場に向かおうとするとサイフを忘れてたし、職場に付くと臨時の仕事がデスクに積まれていた。昼になると仕事着にスープがはねてシミになるし、臨時の客が現れたかと思ったら、軍に多大な影響力のある重要人物であった。
まあ、たまにはこう言うこともあるとヤマノ教師は自分に言い聞かせながら、軍に多大な影響力のある重要人物をとある学生の元に案内した。
案内したら……。
「なんで旧文明の遺産なんて話が出てくるんだ……」
正直、彼が数ヶ月前軍の最前線にいたときでさえ、この手の話題は稀だった。
なのに学生の一人がそれを所持しており、あまつさえそれを謎の敵に奪われた。
退学ものである。軍法会議ものである。国家レベルの事件である。
それが、全部もみ消されるらしい。
「この軍は、この国はいつか滅ぶ」
まあ、そのこと自体はずっと昔から感じていたことである。今さらぼやいたところで、何の意味もない事をヤマノ教師は知っている。
だが、それでも受け入れきれないのもまた事実だった。
「……頼むから、俺を巻き込まないでほしい」
ヤマノ教師は至極まともな事を呟く他無かった。
不意に、通信機が起動した。
『まあまあ、そうぼやかないのね。犬にでも噛まれたと思って我慢するしかないのね。あたしもそー思ってるし』
そんな言葉とともに、立体映像で一人の少女が映し出された。イースフォウが出会った、図書館の少女である。短めの黒髪に、ベレー帽。服装は以前の白衣とは違い、黒いコートのようなものを着ていた。
「……ユーナ君。いやほんと、巻き込んですまない」
『いいのねー。あたしとマイは旧文明の遺産に関してなら、頼まれなくても首を突っ込むからー』
『……僕としては、君みたいな危険人物を、旧文明の遺産に近づけるのは絶対に良くないと思っているんだが』
割りこむように黒髪の少年の立体映像が映る。
先日の公開模擬戦闘前にイースフォウに術式と戦い方を教えた、クルス・ハンマーシュミットである。彼は伝機を装備し、身体には銀色のプレートを装備している。
『君は先週も図書館で旧文明の遺産を動かしただろう!! なんか上手く誤魔化したみたいだけど、湧き出る魔族の撃退を押し付けたこと、忘れたとは言わせないぞ!!』
『まーまー、感謝してるぞ、クルス♪』
『……このアマ』
(……俺も一応教師で軍人なんだがなぁ。これだってバレたら退学どころか軍法会議ってレベルの内容だぞ?)
しかしヤマノ教師はため息をつくだけで、二人の会話は聞かなかった事にする。
「コルダ君、そちらの状況はどうだい?」
さらに別の立体映像を開く。そこにはコルダが映し出された。
『……あの、ヤマノ少尉。もう突撃してはダメなのですか?』
どこかそわそわと、落着きの無い様子でそんな事を口にした。
「……ハノン君の身を案じるのは解るが、勝手な行動はしないでくれよ?」
『ですが、通信が途絶えてから結構経ちますし……』
「通信は、彼女が故意に切っているのだろう。なんせ、こっそりと抜け出して追いかけて行ったわけだからな。……大丈夫だ、数週間彼女を指導したが、自分の身を守るほどの力はあると考えている」
『それは……姉の私も良く知っていますけど』
「とにかく、上の指示書には『動きがあるまで待機命令』とあるんだ。施設を包囲しつつ、様子を見るしかない」
『……解りました。異常があった場合、すぐに知らせます』
通信が切れる。
『……コルダも余裕がないみたいだな。大丈夫だろうか』
通信を聞いていたのだろう。クルスは少々懸念する。
「……学生の君が、嘱託とはいえ軍の作戦の経験が豊富な彼女じゃあ、随分生意気な心配だと思うがな」
『いや、コルダ達は嘱託なんて立場になって、まだ数カ月じゃないですか。僕たちとそんな差はないんじゃないですか?』
「君は時々自信過剰になることもあるな。師匠にそっくりだよ。……数か月とはいえ前線での作戦も何度もあった。以前の彼女たちよりは、実戦慣れしている。君たち学生組は、他人の心配よりも、まずは自分たちの身を守ってくれ」
『了解です』
『あのぉ、ヤマノ先生。森野ちゃんは無事なんでしょうか?』
ひょいと、クルスの立体映像に、もう一人三つ編みの少女が映る。
エミリア・ロッシ。彼女もまた、クルスと似たような銀色のプレートを装備していた。
「エミリア君、それはまだ解らないとしか言いようが無い」
『ですが、先ほどハノンの通信が切られているって話が出たじゃないですか』
「ああ、そうだな」
『でも、その理由だと、『森野ちゃんの通信機がつながらない理由』にはならないと思うんです』
「……そうだな。だが、今はこちらの味方の不安感を煽る時じゃない」
『………そうですよね』
「彼女のしぶとさは、君たちが一番よく知っているだろう。今はそれを信じるしかない」
『解りました。失礼します』
エミリアとクルスの立体映像が消える。
『ヤマノセンセー。マイが何か話したいみたい』
「なんだい、マイ君」
ユーナの映像に、ユーナと同じ容姿の女の子が映る。
『ヤマノ教師、……依然魔力は感知されてない』
「そうだな、こちらでも警戒しているが、特に反応はない」
『……だけど、もしかしたら既に、………何らかの旧文明の遺産の起動は起きているかも』
「なぜそう思う?」
『……最近、とある旧文明の遺跡で、魔力を外部に漏らさない、特殊なフィールドを発生する装置が見つかった。………今までの事件で旧文明の遺産がいきなり現れるケースもあったけど、………それらを説明できる技術』
「それが使われている可能性があると?」
『……あくまで可能性。……だけど、場合によっては魔力以外の変化も考慮して行動した方が良い……』
「そのつもりなのだが……」
『……私は、すでに森野と連絡が取れないのは、ちょっと怪しいと思う』
「……解った、参考にするよ」
『お願いします』
そう言って、通信機が切られた。
ヤマノは伝機を見つめながら、大きなため息をつく。
「……まったく、みんな個人的な主張は強いなぁ」
これが軍人なら、余計な口出しも、余計な懸念も抱かず命令に準じるだろう。
ヤマノは今回集められた人材を頭に描く。
嘱託の術師のコルダ、マイノモミジ、フラジオレット。学生のクルス、エミリア、ユーナ、レテル。ユーナの身内で遺跡発掘などの仕事をしているマイ。以上である。
こんなほぼ違法の作戦に、しかも個人的な力だけでこれだけ人を集められたのは、ある意味良くできた方である。
また学生や嘱託だとしても、軍人ほどではないにせよ今回のメンバーは優れた仙機術使いといっても過言ではない。普通の作戦なら十分な戦力だ。
だが、気が重い。普通の作戦なら十分かもしれないが、旧文明の遺産が絡んでいる事件なのだ。
実力はもちろん、統率に関してははよくよく注意しなければならないだろう。
「しかし、無茶苦茶言うよなぁ、ヴァルリッツァーの当主は」
イースフォウをけし掛け、それに森野、エリス、ハノンが付いて行ったのを確認すると、ヴァルリッツァーの当主はなにやらサラサラと書類を書き出した。
それが何かとヤマノ教師が問いかける前に、彼は書き終えた書類をヤマノ教師に押し付けた。
そこには『作戦指令書』とあった。
ヤマノ教師は隅から隅までしっかりと目を見開いて確認した。
だが、どこをどう見ても正式な書類だった。
なぜ軍の上層部から発行されるはずの書式を、ヴァルリッツァーの当主が所持しているのか。……そんな疑問も浮かんだが、だがヤマノ教師はもう何も考えない方がいいような気がしてしまった。
指令内容は要約すると『とある地点に怪しい人物が出入りしているから、そこらを警戒してもし何かあったら臨機応変に対応。人員は自分で確保して申請してね』とのことだった。……イースフォウが失態した場合の保険を、このような形で用意しようという魂胆らしい。
困ったことに軍の前線から退いたヤマノ教師は、このような突発的な作戦に駆り出せる仲間が殆ど居なかった。教師関係の知り合いも、この時期実家に帰っていたりとすぐに連絡を取れるか怪しい。
自然と現状を把握した者や、帰る実家も無くいつも通り学園特区内で生活している孤児の出の学生、そのくらいの人物しか集まらなかったのだ。
今は全員が工場周辺を囲むように待機している。
プロダクト・オブ・ヒーローも黒影黒闇石も、使用者が装備して動く道具タイプの旧文明の遺産である。
持ち出されるとしたら、動き出すとしたら、工場の3つの出入り口に現れるはずであった。
その出入り口を分担して警戒する。
……謎の四つ目の出入り口も、なぜか北側に出来ていたりもしたが……。
「……何も起きなければいいのだが」
そう、結局はイースフォウが問題無く旧文明の遺産を奪取出来ればいいのだ。
黒幕など、そのあとで如何にかすれば良い。ヴァルリッツァーの当主も、そのまま放置などしないだろう。旧文明の遺産奪取後は、速やかに首謀者を確保するだろう。
だから、イースフォウには無理をしないでほしい。余計なことは考えず、一直線に目的のものを奪い返してきてほしい。
しかしそんなふうに願いつつも、ヤマノ教師は理解している。
「……そうそう、上手くいくことでもないだろうな」
伝機を握る手にも力が入る。
避けられない戦いだとしたら、自分もできる限りの力を行使しなければならない。
誰が仕組んで、誰が仕向けて、何が原因で、何かのせいだとしても。
ヤマノ教師は、ウェン・ヤマノ少尉は軍人であった。
多少無茶苦茶な作戦だとしても……。理不尽な依頼だとしても……。
「全力でやるさ」
そうすれば、きっとより多くのモノを救えるのだから……。
意識が跳んでいた。彼女はそんなこと理解していた。意識が跳ぶ瞬間を、確かに感じていたのだ。あり得ないことを言ってると思うが、確かに真実だった。
だから目が覚めた瞬間は、彼女に混乱はなかった。ただただ、「あ、目が覚めたか」と気付いただけ。
だが、予想とはいくらか外れた事があった。
彼女が倒れているとしたら、冷たい地面のはずだ。工場の床は、無機質なコンクリートなのだ。
しかしどうだろう。実際彼女の後頭部にある感触は、それとは全く違う。
柔らかくて暖かくて、なんだか少し良いにおいがして、やさしい感じがすると、そんな風に彼女は感じた。
(はて、なんだろう。自分の後頭部にある、この何とも言えない気持ちいいものは……)
そんなことを考えながら、スカイラインは目を開いた。
「…………まったく、なんなのよ、もう」
眼前に飛び込んできたのは、彼女が良く見知った少女の顔だった。
全部理解して、頭を押さえる。
何のことはない。彼女はよりにも寄って、史上最高のライバルの膝枕で眠っていたのだ。そんな、何とも形容しがたい事実をスカイラインは理解した。
「イースフォウ……」
彼女はその名を呼ぶ。しかしイースフォウは目を閉じたまま、首をコックリコックリと漕いでいる。
眠っている……ように見える。いや、どう考えても眠っているようだった。
「……イースフォウ、起きなさい」
スカイラインは、左手をイースフォウの頬に伸ばした。身体が少し重い気がしたが、彼女が思った以上には普通に動く。
そして、彼女はその頬をムニムニと抓ってやる。
しばしその柔らかさを堪能していると、うっすらとイースフォウの瞳が開いた。
「……あ、ライン。おはよう」
ヘラっと笑う。
スカイラインは目を細める。
懐かしい顔だった。ずっと昔に、スカイラインに向けられた表情。
まだ迅雷と呼ばれなかった時。まだ曇天と罵らなかった時。
まだ、二人並んで、共に剣を振っていた時代。
訓練に疲れて、二人並んで眠りに就いたあの時。
「……その呼び方も久しぶりね、イース」
「……?」
首をかしげるイースフォウ。寝ぼけているのか、どうやら良く解っていないようである。
(些細な事だわ。呼び名など、どうでも良い)
そんなことよりも、スカイラインは確かめたいことがあった。
「イース、……私は負けたの?」
「……あ」
目を見開いて、イースフォウは周囲を確認する。どうやらようやっと目が覚めたようである。
「……もう一度聞くけど、私は負けたの?」
その言葉にイースフォウはハッとスカイラインを見つめ、そして胸を張って答える。
「そうね、私が勝ったわ」
「嘘ね。あなたの性格なら、本当に勝ったのならもっと遠慮する」
うっ、と言葉を詰まらせるイースフォウ。スカイラインとしては、認めたくない所でもあったので、ちょっとカマを掛けてみただけだったのだが……。
「……うん。あの術式で逆流を解放したら、力のコントロールが効かなくてさ……。解放した仙気に私も巻き込まれちゃって気絶しちゃったわ。……最後の最後で、ダメだったよ」
つまるところ相打ち、彼女が全てを掛けて臨んだ再戦は、何とも締りのない結末を迎えたことになる。
「……っふふ」
なのに、なぜかスカイラインから笑みがこぼれた。
ホッとしていたのだ。
ライバルに打ち勝ちたかった。彼女は自分が最上級と証明もしたかった。この先も彼女は自分が最高の天才としての、たった一人の天才の地位を確立したかった。
しかし結局のところどうやら全てをここで決着がつくことに、スカイラインはどこか不安を感じていたようだ。
(私たちはまだ未熟。如何に才能があろうとも、まだ軍人のレベルには達していない。それこそ当主など、未だ遠い高みだわ。。
まだ未熟な自分たちの優劣をここで決めて良いものか。心の片隅で、そんな葛藤があった。
どうやらその葛藤は、間違っていたものではないらしい。
不用意にイースフォウに突っ込んだスカイラインは未熟。
不用意に術式の無理な組み方をして自爆したイースフォウも未熟。
まだまだ、彼女達は未熟中の未熟なのだ。
この勝負は、きっとこれからも続いていく。
いつか熟し、お互いが最高の使い手になるその日まで……。
「まあ、今はこれでいいわ、イース。良い戦いだったわ。次も期待するわよ」
体を起こしながら言うスカイラインに、イースフォウは頭を抱えて答える。
「やめてよライン。そんな何度もあなたと戦ったら、命がいくつあっても足りないわよ」
そんな切なるイースフォウの言葉をさらりと流して、スカイラインは伝機のシステムを起動し、自分がどの程度眠りについていたかを調べた。
「……三〇分か」
思ったよりも長く気を失っていたらしい。
(ともなると、もう『アレ』は起動してしまったかもしれない……)
「イース。あなた、仲間との連絡はとれるの?」
「あ、そういえば!」
イースフォウも伝機を操作し、通信機を開く。
しかし、何度かコールを繰り返したものの、全く返事が返ってこない。
「……森野先輩たちの連絡が取れない」
イースフォウが正面からの突撃をし、その隙を突いて他の三人が裏から施設内に侵入する。そんなありきたりな、解りやすい作戦だった。
だからこそ、間違いなく侵入はできたはずだ。
侵入は出来たのだろう。だが、その先はどうだったか。
イースフォウも、スカイラインとの戦いで精いっぱいだった。実際スカイラインと同時にダウンして、少し早く意識が回復するもスカイラインを解放するうちに再度眠ってしまった。
「というか、すっかり忘れてたよ!! どーしよ!?」
「……そんなこと言われても知らないわよ」
「す、すぐにみんなの所に行かないと!!」
あわてて立ち上がるイースフォウ。スカイラインはその足をすくい上げる。
「ふぎゃ!!」
イースフォウは顔面から地面に倒れる。
「な、なひすふのよ、ライン!!」
「落ち着きなさい、イース。この静けさから察するに、もう間に合わないわよ」
そう言いつつ、スカイラインは簡単な術式を唱える。
魔力を探知する、簡単な術式。
「……やっぱり、起動したか」
流れてくる情報は、魔力値の異常を知らせるものばかりであった。
「……ライン、何か知っているの?」
イースフォウの問いかけに、スカイラインは自嘲気味に笑う。
「ま、あなたと戦うために、一時的に黒幕と組んだからね。目的は最後まで解らなかったけど、どんなカードを持っているかは知っているわ」
そう言いつつ、スカイラインは伝機の立体映像に、ある情報を映し出す。
「私を雇ったあのイカレた女は、この工場内にこんなものを作っていたのよ」
「……なに、これ」
イースフォウはその画面を食い入るように見た。
そこに映っていたものは、その形からは何らかの『砲台』にも見ることができた。
全体的にカクカクした外見で、よくよく見ると小さな部品の集合体で組み立てられているようだ。
「……旧文明の遺産……なのかな。でも、なんか妙に現代の技術くさいっていうか……」
旧文明の遺産というものはもっと正体不明だったり、機能に対して極端に外見がシンプルだったりと、どこか『不自然』な雰囲気がある。
だがその砲台からは、それを感じられなかった。
「というか、……これってイズミコがもっていた杖が、組み合わさっているの?」
細部を拡大してみると、びっしりと隙間なく、イズミコの所持していた杖が敷き詰められて形を作っていた。
考えてみれば、あの杖も現代の伝機に見間違う所があった。
「そ、あの子がもっていた『四風』が集まったのが、この巨大砲台なのよ」
「……やっぱり、砲台なんだ」
「この画面じゃわかりにくいと思うけど、大きさはこの工場と同じ規模よ」
「で、ライン。これがどうしたっていうのよ」
「起動しているっぽいわ」
その言葉に、イースフォウは息をのんだ。
「それって……」
解ってしまったのだ。何をたくらんでいるか解らないが、これがもし起動してしまったというのならそれを止める人が居なかった、もしくは排除されてしまったのだ。
森野もハノンもエリスも、三人は失敗してしまった。
「い、急がなきゃ!!」
「だから待てと」
「ブギャ!」
再度足首をつかまれ盛大にすっ転ぶイースフォウ。
「ちょっと! いい加減に怒るよ!!」
「あなた一人で行ったって、何にもならないわよ。森野先輩もあとの二人も、学生とはいえけして弱くないわ。その三人が、三人がかりでやられたっていう状況を考えなさいよ」
「で、でも!! 手遅れになったら!!」
「殺されはしないわよ。あの女は、殺しが目的ではないようだから」
「でも……!!」
キッとスカイラインをにらむイースフォウ。
その眼光に、スカイラインはクスリと笑う。
この子はすっかり当初の目的を忘れているようだ。
「助けることは簡単よ。おそらく、三人が捉えられている場所は予測がつくから」
「だったら、そこに……」
「で、助けた後どうするの? 再度目的を果たそうとする? ……ま、そのころには当初の目的が手遅れになるでしょうね」
「……クロ、ヒール」
そう、本来の目的は、二つの旧文明の遺産を奪還することにあるのだ。
それだけではない。イースフォウはもう一度、イズミコと話して彼女の助けになりたかった。だがどうやらそれを叶えるには、この出来事を起こした黒幕をどうにかしないといけないらしい。
それを後回しにして仲間を助ける。それは確かに選んでも間違いでは無い選択ではあるが……。
「私はあの女に、『私が勝つ』と伝えたわ」
「そりゃ、あなたらしい自信よね、ライン」
「だから現段階で、黒幕のあの女は、『残りの一人も片付いている』って考えるはずよ」
スカイラインの言う残りの一人とは、言うまでもなくイースフォウのことである。
「……私、片付いてないんだけど?」
「そうよ、だから不意が付けるんじゃない」
森野たちを助けるような行動を起こせば、すぐにこちらの無事が解ってしまう。そうなると、イースフォウは黒幕とも真正面から戦いを挑まなければならない。だが現状で黒幕に攻め入れば、間違いなく的に先手を取ることが出来るのだ。
それを不意にするようなことは避けるべきだと、スカイラインは主張しているのだ。
「悪いけど正面切って戦えるほど、あの女が用意した物は容易くないの。カラクリやパターンを知り、さらにその裏を掛けるだけの能力が最低でも一つないと、身を守るのも難しいわ。あなたに不意打ち以外にそれがあって?」
「……む、むう」
未だイースフォウは、これが何なのかを理解もしていない。さらには裏を掛ける能力などあるだろうか?
「森野先輩たちを助ける実力や余力なんて私には無い。……どうしようもないってこと?」
そんなイースフォウの言葉に、スカイラインは鼻で笑う。
「解りきったことね。いまさら確認する必要すらないわ」
イースフォウもムカッと来る。その言葉をそっくり返す。
「ふん。ラインだってこんなのどうするつもりよ。天才とかちやほやされているあなたでも無理じゃないの?」
しかし、スカイラインは真顔で返す。
「無理に決まってるじゃない。旧文明の遺産が絡んでいるのよ? 私の力だけでどうにか出来るわけ無いわ。そんなあたり前な事を確認しないでよ。馬鹿ねぇ」
「む、胸を張って言わないでよ! なによそれ!!」
イースフォウは憤慨する。結局のところ、スカイラインだって手が出せないのではないか。散々に言ってくれた割に、なんという返答なのだろうか。
「そもそも、倒れた仲間を気にする事なんて、あなたみたいな未熟者には荷が重すぎるのよ。いえ、それ以前にあえて言うならば、あなたみたいな未熟者が残りのかすかな希望、不意打ちっていう手を使ったところで、果たして本当に今回の件を収拾できるかどうかも怪しいわ。分を弁えなさいよ」
相変わらずの毒舌というか、言葉の刺々しさである。
イースフォウはイラっとする。目の前の赤毛の少女は、こちらの無能さをべらべらとしゃべって、いったい何をしたいのだろうか。
だが次の一言が、静かに響く。
「でも、私たち二人なら、どうにかできるでしょ」
「………え?」
イースフォウはスカイラインを見つめる。
澄んだ赤い瞳が、じっと見つめてきている。
「私はコレが何か知ってるし、私の速度なら翻弄できる。あなたはすでに倒れた駒だと思われているから、不意を打つことができる」
「………」
「いえ、そんな事はどうでも良いわよね」
あえて、スカイラインは言い直す。
「晴天のヴァルリッツァー、迅雷のヴァルリッツァー。二人の天才が共闘するのよ? 勝てない敵はないでしょう?」
一瞬イースフォウは、彼女が何を言っているのか解らなかった。目の前の赤毛の少女は、イースフォウにとって憧れであり、遠い存在であり、目の上のたんこぶであり、敵であった。
その少女が……。
「協力してくれるの……?」
その言葉に特に答えず、スカイラインは話を続ける。
「あなたの仲間には悪いけど、自力でどうにかして貰うしかない。あなたにはそれを信じてもらうしかない。私たちにしか出来ないことが、今ここにある。このイカレた兵器を、どうにかしないといけない。これを動かす動力源は、十中八九、あなたのもっていた旧文明の遺産なのよ」
「っ!!」
予測はしていたが、やはりそうかとイースフォウは目を見開いた。このとんでもない物がもし動いているとしたら、責任の一端は彼女にある。
それだけじゃない。もし黒幕とやらがこれを作ったのだとしたら、イズミコと名乗る少女の抱えていた問題や悩みも、これに関係するものと考えてもいいだろう。
(私がこれを止めないと、あの子もさらに不幸になってしまうってこと?)
それは嫌だ。イースフォウは、クロとヒールを取り返すためにこの工場に殴りこんだ。だがそれと同じくらいに、イズミコの助けになりたいとも思っている。
とここまで考えて、イースフォウは頭を抱える。
ああ、自分はなんて大変で、面倒で、多くを救いたいと考えているのだろう。
改めて実感してしまった。分不相応な願いだ。
確かに、自分一人では不可能だ。そのくらい理解できる。
だが……。
「私とあなたで、やってやろう」
イースフォウは決意を新たに、スカイラインに答えた。
きっとおそらく世界で一番心強い仲間が、手を差し伸べてくれていた。
彼女と二人なら、きっと戦える。きっと、多くを叶えられる。そう強く思えた。
「……とりあえず、その黒幕とやらを止めなくちゃいけないのは解った」
「それに、あなたのあの遺産二つが原因とか、ヴァルリッツァーの汚点にしかならないから。確実に奪い返す必要があるわ」
「……あなたが奪っていったんじゃない。いまさら何よ」
「取り返せばいいと思ってたのよ。だからいいじゃない。取り返せるんだから」
「私はイズミコと、もう一度話をしたいって目的もあるんだけど」
「あの女を叩きのめせば、まあ話す機会作れるんじゃない?」
「適当ね、ライン。あなたそんなに無計画なキャラだっけ」
「計画的よ? おかげでイース、あなたと戦えたじゃない」
「……あなた天才だけど、きっと不良学生だわ」
「劣等性が真面目ぶるんじゃないわよ」
一瞬触発な内容の会話。
だが、二人は心から笑っていた。
自分たちの無敵っぷりを感じていた。
そう、確信していたのだ。
私たちならなんでも出来る、と
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