10.晴天と迅雷 『少女が知る、強大なる力』
時は少し遡る。
轟音とともに施設が揺れた。
それと同時に森野、ハノン、エリスは施設内部へと突入した。
施設の北部分。唯一入り口の無いエリア。しかしその北部分の一角に、彼女たちは無理やり大穴を開けた。
(イースちゃんの予想通りね)
北部分の壁は薄くなっている。そのことに気付いたのはイースフォウであった。
敵は、間違いなく東西南のいずれかの入り口を警戒しているはずであったし、不意を突くという意味では悪くない突入方法である。
「一気に攻め込むわ! エリスは周囲の警戒、ハノンは進行方向の安全確保! 私は敵が出てきたらぶっ放すわ!」
「おっけーじゃん!」
「了解しました!」
3人は警戒を怠らずに、施設奥地に進んでいく。
古い工場ではあった。所々錆びついているし、使われなくなった機材が所かしこに放置されている。
だが不思議と『道』がある。奥に進むことに、何の不便も感じないのだ。
けもの道ならぬ、人の通った形跡……動線。明らかに、何者かがこの施設に出入りしている。
しかし、それにしては静かでもあった。3人の足音しか響かない。
あれだけ派手に突撃したのに、何の騒ぎも起きない。誰かしら飛び出してきても良いはずなのだが……。
(残る敵は3人らしいけど……。いや、3人が確実に敵とも限らないのか)
誰も出てこないのは、森野としても腑に落ちない。
(つまるところ、この3人は敵ではない?)
それは無い筈だ。黒髪の少女に覆面の少女。イースフォウから聞いた限りでも2人は居るはずだ。
(イースちゃんが戦っているのは、今は一人みたいだし。少なくとももう一人、この奥で待ち構えているには間違いない)
ともすれば、何か罠が張られている。そんな可能性もあった。
だがそれに関しては、森野はそこまで心配はしていない。エリスの能力は特に中規模の索敵能力に長けている。これだけを見れば、実際の軍の作戦行動でも、すぐにでも使えるほどであるのだ。
そのエリスの索敵が、全くの警告を鳴らしていない。
(……じゃあ敵は、一体何を考えて動かないの?)
徐々に施設の奥に進んでいく。
そしてついには、目的のエリアまで到達してしまった。
「森野先輩、この先のフロアに一人います……」
「……ここまで何もなかったじゃん。本当に居るの?」
そんなハノンの疑いに、エリスは首を横に振る。
「居ます。反応もありますし、私たちが突入してから待ち構えているようです」
「……待ち構えている……か」
エリスの言葉に、森野はつぶやく。
確かにこの状況下、何も動かないというのは待ち構えていると表現するしかない。
しかしそうなると、森野たちがわざわざ北側から突入した意味も無くなる。
敵は元から、こちらを招き入れるつもりだったのだから……。
(でも、正面から挑んだイースちゃんには反応している)
それはつまり侵入者は良しとしない、そのようにも取れるのだが……。
(相手の考えがわからないのは、うかつに動けないものね)
この時点で、森野はイースフォウが戦っている相手をスカイラインだと知らない。
そのことで森野は敵を読めず、動きに躊躇いを見せていた。
「……っ! 森野先輩、来ます!」
「っ!?」
エリスの警告。
そこからワンテンポ遅れて、キィと音を立て、次のエリアのドアが開かれた。
森野は舌打ちする。殺気も何もなかった。相手も動かない。それで多少とはいえ油断していた。
相手が次の部屋から歩いて出てくる、そんな何気ない行動にまで警戒できていなかった。
3人は構える。
その構えた先には、……一人の女性が立っていた。
おそらく、年齢は三十歳近くだろうか。腰まで伸びる黒い髪。黒いローブを身にまとった、落着きのある女性。
その女性はにこやかに森野たちに話しかけた。
「こんばんは、ようこそ。いつまでも部屋に入ってこないものだから、こちらから迎えに来てしまいましたよ」
あくまで自然体で、敵意などない。
しかしそれは、あまりにもその場に似つかわしくない、異様な気配を醸し出していた。
「……あなたは、何者?」
森野は警戒しながら、その女性に尋ねる。
その言葉に、女性はあらあらと口元を押さえながら答える。
「随分なもの言いですわ。あなたたちこそ、人様の敷地に突撃してきて置いて、名乗りもしないのかしら?」
「私たちは、善良な一般市民の自宅に殴りこんだつもりはないわ」
森野はちらりとハノンとエリスに目くばせする。二人は森野と視線を合わせると、仙機術を静かに発動させる。エリスには周囲の状況を精密に把握してもらい、ハノンには周囲に鎖の罠を張り巡らせてもらう。突入時に立てた作戦だ。
「まあ、良いでしょう。何やら理由があるようですから。この施設の所持者、サリーヌ・ルブランと申しますわ」
本当か嘘かわからない。だが、彼女は自分の名を名乗った。
あまりにもあっさりと名乗る女に、森野はさらに警戒を強める。彼女は出来る限り、自分の視線で周囲を観察する。自分の感覚で周囲を感じ取る。
しかし、この場には何も感じられない。
エリスをちらりと見ても、彼女も小さく首を横に振る。
ここに罠はない。
つまるところ、ここで仕掛けた方が良いのでは無いだろうか。
この場なら、敵地とはいえ数の利を有効に使えるかもしれない。
「……ではサリーヌさん。私たちは、友人が奪われたあるものを探しに来たの。……心当たりはないかしら?」
「あら? なんのことでしょう。そもそも、私はずっとこの施設の中にいましたわ。あなたのお友達には出会ってないと思うのですが」
「いいえ、出会っていなくても奪うことはできるわ。……大人しく、二つの石を渡しなさい」
そう言って、森野は伝機を女に向ける。
しかし、サリーヌはクスクスと余裕の笑みを浮かべる。
「まあ、なんでしょう。こんなところでお話するのもなんでしょう。上がって行きなさいな」
そう言って、スッと出てきた部屋に戻ろうと背を向ける。
瞬間、破裂音。
そして、女のすぐ脇の壁が音を立てて抉れた。
熱の残る伝機を構えながら、森野はつぶやくように言う。
「勝手に動かないで」
しかし、
「……まったく、いきなり撃ってくるなんて物騒ですわ」
それにも動じずに、サリーヌはその場を立ち去ろうとする。
バスン、バスンと連続する破裂音。
一発はサリーヌの足元に。もう一発はローブのど真ん中に当たった。
が、相手の動きが止まらない。
(体には当たらなかった!?)
しかし、すぐにハノンが反応した。
「逃さないじゃん!!」
しかし、サリーヌがドアに手をかけた瞬間、ハノンの鎖が彼女を捉えた。
「……あら、あら?」
サリーヌはというと、少し戸惑いながらもそれでも余裕の表情を浮かべていた。
「これでは何もできませんわ」
「良くやったわ、ハノン」
「へへ、任せてじゃん」
得意げにハノンは答える。しかしその間も、サリーヌを捉えている鎖を緩めることはない。
「……森野先輩。周囲にも、この方からも、仙気や魔力のエネルギーは感知されません」
エリスの言葉に、森野は頷く。エリスの得意分野である周辺の探知は、森野やハノンでは太刀打ちできないほどの精度を誇る。これだけならば軍人レベルなのだ。信用における情報だ。
(……当面、これでこちらの安全は確保できたか)
新手が来たとしても、戦闘を止める交渉材料になるだろう。
「ハノン、捕縛術は掛けたままでいてね」
森野は、サリーヌの腕をぐいと捻る。
「あらあら、間接を取ったのですか? 随分乱暴ですわね」
「それは悪かったわね。でもこのまま奥へ案内させてもらうわよ?」
その言葉に、やはり笑いながらサリーヌは答える。
「あらあら、おかしなことを言いますわ。私はもとからお上がりなさいと申しているのに」
森野はそれ以上サリーヌの言葉に反応せずに、彼女を引っ張るような形で奥の部屋に進んだ。
その先の部屋、サリーヌが出てきた部屋に入る。
入ると同時に森野の目に飛び込んだのは、暗闇にぼうっと浮かび上がった、モニターの光とデスクだった。それ以外に主だったものはない。いや、暗くて見えていないだけかもしれないが……。
「……エリス。周囲の状況は?」
「………大丈夫だと思いますけど」
実際、周囲に伏兵でもいない限り、問題はないはずだった。
サリーヌがかかっているハノンの捕縛術は、仙気の力を抑え込む効果がある。いかに力技で振りほどこうにも、それ相応の時間がかかってしまう。さらにその上で森野は関節を決めているのだ。
と、机の脇に、一本の杖を見つける。
「……これは」
森野には見覚えがあった。
イースフォウを付けていた、森野と交戦した少女。彼女が使っていた杖だ。
人の手が届かない位置でも、持ち主の遠隔操作が可能だとイースフォウから聞いている。
「ハノン、それに一応気をつけて。不審な動きがあったら……」
「大丈夫ですわ。魔力は流していませんから」
森野の指示を、サリーヌが遮った。
「それは、魔力を流すことによって、長時間稼働することのできる物なのですわ。逆に言うと、魔力を流していないと全くのガラクタ。そう、今の状況はまさにそれですわ」
にこやかに解説するサリーヌを、森野は睨み付ける。
「……あなたさらっと言ったけど、これを持っているということが、これの使い方を知っているということがどういう事か解っているのよね?」
魔力とは、旧文明の遺産に使用されるエネルギーの総称である。つまるところ、この杖も旧文明の遺産ということになるのだ。
旧文明の遺産は、単純な所持でも問題になる。罪に問われる。だからこそ、イースフォウもそれを最後まで隠そうとしていたのだ。
だがサリーヌは、それを平然と公言した。これはもう、自分を捕まえてほしいと言っているようなものだ。
「さあ、どうでしょう。でもまあ、大人しくしていれば無害なものなのですわ。問題無いでしょう?」
森野は眉をひそめて、首を横に振った。
「……理解していないようね。……いや、あえてその様に振舞っているのか」
森野はカチャリと、伝機をサリーヌにつきつけた。
「どの道この杖を所持しているだけで、あなたがあの石を奪ったのは解ったわ」
森野は周囲を見渡しながら、サリーヌに命令する。
「とにかく、まずは照明をつけなさい。まずはこの部屋から探すわ」
その言葉に、サリーヌはつぶやく。
「照明? 点けていいですの?」
「こんな暗いんじゃ何もできないわ」
「まあ、私に抵抗などしようもありませんけど……、そちらにスイッチがありますわ」
サリーヌは暗闇の先を指さす。
「……森野先輩、確かにこの先に、照明のスイッチらしきものがあるようです。配線も通っていますが、不自然な点はありません」
「森野とエリスはそこにいて、私が操作するじゃん」
ハノンはスタスタと暗闇の先に進んだ。そして、壁に突き当たる。
近づいてみて初めて分かった。なるほど、確かに照明のスイッチのようなものがあった。
森野はエリスに再度確認をとる。
エリスはコクリと頷く。いまだ脅威はないようである。
「ハノン、スイッチを入れて」
「了解じゃん」
カチリと、小さな音がすると、照明がついた。
その部屋は、思ったよりも広かった。
部屋というか、広場というか、ちょっとした講堂と言えなくもない。
その真中に机とモニターがあるのは、若干不自然ではあったが……。
だが、森野はその目を見開いた。
「……っな!」
360度壁という壁に付いている。
……いや、壁から突き出しているというべきか。
黒い、見覚えのある杖。
今しがた、サリーヌが解説した、魔力で動く杖。
それが、何百本と存在した。
「あ、あなた! こんな危険な杖をこんなに沢山! 何を考えているの!?」
森野は激しい剣幕でサリーヌに詰め寄る。
しかし、サリーヌは首をかしげる。
「杖? なんのことかしら?」
「とぼけるな! この壁という壁の事を言っているのよ!」
そこまで森野が口にして、ようやく合点がいったようであった。サリーヌはコロコロ笑いながら答える。
「ああなるほど、これのことを言っているのですわね」
そう言って、サリーヌは机のわきに置いてある杖を指さす。
「これは杖ではないのですわ。これは部品、大きな力を作り出すための一部分にすぎないのです。ですから沢山ではありません。一つの一部なのです」
「何をわけのわからないことを……。でも、危険なのには変わらない」
森野はエリスとハノンに指示を出す。
「私たちだけじゃ、これはもう手に負えそうにないわ。こうなったらヤマノ先生とヴァルリッツァーの当主に緊急報告した方がいいわ!」
「……そうですね。石を取り返すだけならまだしも、他に旧文明の遺産が絡んでくるとなると、私たちだけじゃ手に余ります。あくまでヴァルリッツァーの当主の出した指示は『奪われた二つの石の奪還』です。この杖の山の処理は、あのお二方に頼んでも問題はありません」
「私が連絡するじゃん。ちょっと待ってって……」
「あらあら、困りましたわねぇ」
すぐに行動に移す三人を眺めながら、サリーヌはクスクスと笑う。
まるで危機感がない。
しかし、森野はその表情に違和感を覚える。
何をたくらんでいたかは森野にも想像できないが、これだけの規模の旧文明の遺産の運用、ここまでこぎ着けるのは生半可な作業量ではなかったはずだ。
なのに、この女はそれを妨害する三人を良しとしている。
どう考えても不自然だ。奇妙だ。あり得ない。
なぜ、妨害してこない。
なぜ、抵抗してこない。
いや違うのではないか? してないんじゃなくて……。
(もうすでに何か手を打っている?)
「ねえ、あなたは知っている?」
サリーヌが森野に問いかける。
「魔力っていうのはね、旧文明のエネルギーの総称でしかないの。旧文明の遺産は、貪欲に、ありとあらゆる要素をエネルギーに変えてしまうのよ」
捕まっていない手の指で、天井を指す。
「たとえば、さっき点けた照明の光とか」
そして森野を指さす。
「あなたたちがさっきから使っている探査術とか捕縛術から漏れる仙気とか……ね」
不意に、音が鳴った。
ブオンと、なにかが息吹を吐くような、そんな音。
とたんにエリスが叫ぶ!
「何これ!? 魔力が増大する!!」
「森野!! 周りの杖が動き始めている!!」
ハノンの言葉に、森野は周囲を見渡す。
そこには、光がともる無数の杖。
森野はエリスを問いただす。
「エリス!! 魔力反応はなかったんじゃないの!?」
その言葉に、エリスは叫ぶ。
「魔力は無かったんです!! でも、いきなり現れた!!」
「……っく、まさか本当に!!」
森野はサリーヌを睨み付ける。
サリーヌはというと、相変わらずクスクスと笑い、
「すごいですわよねぇ。ただの電灯の光でさえ、吸収し、変換し、増幅するのですわ。私は何もしていないのに、動きだしてしまうのですわ」
「っく! 二人とも、この場を離れるわよ!!」
森野の言葉に、ハノンは答える。
「りょ、了解じゃ……」
「だめっ!!」
しかし、その言葉をエリスがかき消した。そして、ほぼ同時にハノンを突き飛ばす。
「きゃっ!!」
かわいらしい声とともに、ハノンは尻もちをつく。
「ちょ、エリス何を……」
ハノンは息をのんだ。
「ぐ……あっつ……」
くの字に体を折り曲げながら、エリスは宙を舞っていた。
その腹には、圧縮された空気の渦。
森野は知っていた。あの少女が杖から度たび放っていた、凶悪な攻撃。
あまりの衝撃的な場面に、ハノンの感覚は一瞬止まる。
だが、彼女はその事態をすぐに理解した。
そして、自分が何をすべきかも……。
すぐさまサリーヌに掛けている捕縛術の出力を上げる。そのまま締め上げて、相手を昏倒させるねらいであった。
「ローズチェーン!!」
ほぼ同時に、森野が伝機に充伝器を取り付けて、高速で術式を完成させる。
「ピンク&ブルー!! バースト!!」
森野は、自分の所持する二つの伝機から砲撃術を放ち、自分の両側から迫る攻撃を相殺した。とっさの判断だが、なんとか第一撃は防ぐことができた。
だが、ハノンの術は間に合わなかった。その術式がサリーヌに届く前に、真横から飛んできた攻撃を受け、意識が飛んでしまった。
「ハノン、エリス!!」
森野は叫ぶ、しかし二人はピクリとも動かない。
エリスは味方を庇う瞬間、ハノンは攻撃に集中した瞬間を狙われた。あれではひとたまりもないだろう。全く防御をしていなかった。
二人の行動はまったく間違っていなかった。
味方を庇って、次につなげる。完璧なチームプレーだった。
だが、森野は周囲を見渡す。
「数が……多すぎる」
まだ起動していない物もある。だが、もう何割かは何らかの動きが確認できた。
全周囲から弾が飛んでくる恐れがあった。いや、恐れではない。それは確実に飛んできて、森野の行動を不能にするだろう。
一撃目を防いだのも、実のところ森野の勘だった。攻撃が飛んでくるのではないか、そんな予感に忠実に習い攻撃を防いだのだ。
だから、サリーヌも純粋に驚いていた。
「あらあら、素晴らしい反応ですわね。まさか、防ぐことができるとは……」
だが、森野は嫌な汗をかく。
自分の伝機は二つしかないのだ。
逃げるだけならできるかもしれない。
だが、床に崩れ落ちた二人を見捨てることはできない。放っておくことはできない。
そんなハンデを背負った状態なのだ。
無数にある砲台に、どう挑めばいいというのか……。森野は答えを見つけられない。
「でも、これ以上はあなたには無理ですわよね?」
サリーヌはクスクスと笑った。
「あなた、どうやら軍人ではないようですから」
確かに軍人レベルならまだ太刀打ちできるだろうが、森野の実力ではこれを打破することは出来ない。
「少し様子を見させていただきましたが、私、軍人さんに用があるのですわ。そうではないあなたは、申し訳ありませんが、お眠り頂きますわ」
梨本森野という人物は、生き延びることに関してはトップクラスに実力がある。様々な授業や模擬戦闘において、最後まで生き残ることができる。そんな特技があった。
故に先日の少女との戦いにおいても、なんとか仲間の場所まで戻ることができた。
そんな森野が、この場面を目の前にして行動をとった。
カランと伝機を地面に落とす。
そして、両手を宙に挙げた。
「……察しが良いですわね。良い術者になりますわよ」
にこりと笑い、サリーヌが机の脇の杖をつかんだ。
「おやすみなさい、お嬢さん」
そんな言葉とともに、森野は腹部に衝撃を受け……。
その意識を飛ばした。
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