10.晴天と迅雷『少女が喜ぶ、好敵手の成長』

ザッと足音を立て、スカイラインが足に力を入れた。

何度も訓練したであろう。繰り返し洗練させたのであろう。

そんな、何とも見事な構え。

そして、目を見開きスカイラインは叫ぶ。

「ただの逆流だと思ったら間違いよ!! 行くわ、名付けて、『刹那の逆流』!!」

次の瞬間、イースフォウは驚愕する。

間合いは、おそらく十メートルほどは離れていた。

逆流の型は、カウンターを狙う術。故に、お互いが展開した時は、じりじりと間合いを詰める状況になる、イースフォウはそう予測していた。

しかし、その予想は否定される。

「んなっ!!」

一瞬で、スカイラインの顔が、目の前に飛び込んできた。

迷う暇はない。半ば直感でストーンエッジを横なぎに振るう。

ガキンという衝撃音。ほぼ偶然に、レイレインをはじく結果となった。

「っく!!」

二撃目が来る前に、イースフォウは間合いを取る。

後方に、思いっきり跳んだ。

だが、そのあとで気付く。

自分は今しがた、一瞬で間合いを詰められてしまったのだと。

「逃げても無駄よ、イースフォウ!!」

ああ、理解していた。イースフォウはすでに知っていた。間合いを取るなど、今の状況で一番行ってはいけない戦術だったと。

ヴァルリッツァーの使い手なら、その場で相手を抑えるべきであったと。

だがもう遅い。イースフォウの無理に後方に跳んだ、あまりにも無防備な態勢。

そこに、スカイラインはやはり一瞬で飛び込んでくる。

迷うことはできなかった。

(ここで、解放するしかない!!)

とっさの判断で、逆流の型の暴走を開放する。

「っむ!!」

「いっけええええええええええええ!!」

多少無理な態勢ではあったが、それでも爆発的な力はイースフォウと間合いを詰めていたスカイラインに襲いかかる。

流石に、それを防ぐ術はスカイラインにも無いらしい。舌打ちをしながら、短く術式を唱えるのがイースフォウには見えた。

「刹那」

不意に、スカイラインのレイレインから、小さな、本当に近くで見ないと解らないような仙気の気流が発生する。

スカイラインはその力に任せ、イースフォウの間合いから、解放された逆流の渦から難を逃れる。

同時に轟音。イースフォウの解放した逆流は、全ての力を四方にまき散らした。

「っくぅ!!」

ヤバい。スカイラインよりも先に、イースフォウは逆流を開放してしまったのだ。

しかしスカイラインはまだ、逆流を開放していない。

このままでは、イースフォウには防ぐ術が……。

と、そこでイースフォウは気付く。

プスンとそんな音を立てて、スカイラインのレイレインの逆流が霞のように消える瞬間を。

「……『刹那』三回が限界か」

スカイラインがポツリとつぶやく。

イースフォウは、その様子をじっくりと見つめる。

一瞬見えた術式、霞が如く消える逆流、ロケットにも似た突撃。

「……まさか、『刹那の逆流』の正体は……」

「気付いた? だとしたらすごいじゃないイースフォウ。あなた、本当に答えを見つけるのが上手くなったわ」

推進力。

「逆流の型の暴走した力を一点から噴き出して、それを推進力にして相手に突撃する……。逆流の型を使いつつ高速戦法をこなす為に、一つの術を上手く運用してる……」

「ご名答よイースフォウ。ま、今使ったらブースト三回で術が解けるみたいよ。……やっぱり、実戦で使ってみると訓練と同じようにはいかないわ」

口ではそういうが、スカイラインの術は高いレベルで完成されていた。

「たった三週間で、ここまでの術式改良を行ったって言うの?」

術式を作るのも改良するのも、術式の複雑さにもよるが、それなりに時間がかかる。

逆流程の術をここまで完成度高く作り上げるなど、それこそ専門の研究員でもない限り難しいはずだ。

いや……しかしそれが如何に難しくても、イースフォウの目の前に居るのは……。

「まぎれもなく、ヴァルリッツァーの才女、天才、初代の再来」

不可能ではなかったのだ。

「あなたが言うと嫌味よ。その天才を破った劣等生のくせに」

そう言いながら、レイレインを構え直した。

「石の剣を展開してから、水面木の葉の波紋で抑え込む。さっきあなたが逆流を完成させた時と過程は同じだけど、ヴァルリッツァーにはちゃんとした術式もある。一度見せてあげるから覚えなさい」

そう言って、スカイラインは術を編む。

「water flow and stone. Please blow all of my enemies like a river!! 逆流の大河!!」

そうして激しい光と共に完成する、『逆流の型』。

イースフォウは、じっくり音声での術式は教えてもらったことが無かった。

そのため、ようやっと逆流の型の構成を知ることが出来た。

(……でも、如何に術式を教えて貰ったとしても、私は充伝器を使わなければ、まだ術を安定させることはできない)

だが、それでも少しは術式に回す仙気の節約にはなるだろう。

小さく息を吐き、イースフォウは術式を編む。

「water flow and stone. Please blow all of my enemies like a river……」

式に倣い、仙気の流れが変化する。

なるほど、確かに術式は完璧であった。

石の型と水面木の葉の型を立て続けに構築するよりは、はるかに仙気を節約できる。

とは言え、やはりそれだけでは術の安定をすることはできそうもなかった。

(充伝器……)

一つは使ってしまった。持ってきた充伝器は2つ。

残りの一つを使えば、後が無くなる。

無くなるのだが……。

ガキンッと音が鳴る。

充伝器がイースフォウの伝機に装着されたのだ。

(迷って勝てるような相手じゃない)

イースフォウとて、そんなの解っているのだ。

そして、最後の単語を唱える。

「逆流の大河!!」

術式は、仙気の渦を流れに変える。

多少の無駄はある。無理もある。だが、それは充伝器に格納された仙気がカヴァーする。

「ぐ……ぐぐぐ」

暴走しそうな仙気を抑えるので精一杯だ。

それでも、イースフォウは制御に成功する。

その姿をスカイラインは見つめる。見つめて、クスリと笑った。

「私が天才だとしても、あなたも十分よ、イースフォウ!!」

かつてヴァルリッツァーの歴史の中でも、ここまで若くして最終奥義を極めたものはいないはずだ。

スカイラインから多少遅れていたとしても、イースフォウは紛れもない、逸材。

このまま、歴代のヴァルリッツァーよりもさらなる高みに進んでいくことになるのだろう。

だからこそ、スカイラインはここで勝たなければならない。

唯一無二の天才として。

初代に並ぶ、たった一人の使い手として。

天才は、挑戦しなければならなかった。

完全なイースフォウに、勝たなければならなかった。

「あなたが逆流を使ってくれることを、感謝するわ!!」

まさに完璧なイースフォウに、スカイラインは飛びかかった。

「……来る!」

『刹那』ではなかった。あくまでスカイラインの脚力で跳躍した接近だった。

だが、イースフォウは警戒する。

どのタイミングで高速化するか解らないのだ。

むしろ、一歩目で発動された方が読みやすいくらいだ。

(……三回のブーストしか出来ないということは、実質攻撃に仙気を残す必要も考えると、2回の高速化しか出来ないはずだ)

そしてその2回の高速化は、一度の攻撃を当てるために使用してくるはずだ。

イースフォウとて先ほどの攻撃を傍観していたわけでは無い。ひとつ逆流の型について気付いた事があった。どうやら、『刹那』は方向転換が出来ない。高速化している間は一直線にしか動けないようである。もし方向転換をするとしたら、もう一度『刹那』を使用するしかないはずだ。

ならば十中八九、次の攻撃は1度目の高速化、2度目の方向転換、3度目の攻撃のパターンでスカイラインは攻撃してくると予測できる。

(予測すれば、受けることは可能)

イースフォウは迫るスカイラインとの間合いを、あえて詰める。

高速化を無力化するとしたら、初めから接近するのが一番である。

相手のメリットを潰す。それさえすればスカイラインの有利は揺らぐことになる。

だが、スカイラインはにやりと笑った。

「考え方が、教科書すぎるわイースフォウ!」

スカイラインは唱える。

「刹那!」

瞬間、ズガンという音とともに、イースフォウは吹っ飛ばされる。

「っ!?」

何が起きたか解らない。だが、間合いが近づいた瞬間、スカイラインは『刹那』を唱えた。そしてその瞬間吹っ飛ばされて………。

「し、しまった」

刹那の正体は、小出しにされた逆流の型の仙気を推進力に変えたものである。暴走する仙気を押さえつけている仙気の膜に、小さな穴をあけることによって溢れだす仙気を推進力にしているのだ。

(その、あふれ出た本来推進力するはずの仙気を、私にぶつけた!)

なんとか起き上がる。

だが、その眼に入ってきたのは、こちらに突撃する体制のスカイラインであった。

「……終わりよイースフォウ」

『刹那』を使う。次の瞬間にはスカイラインは刹那を使う。

アレを防ぐには、ただの逆流の型では間にあわない。

極限まで高速化された刹那は、つまるところ、移動と攻撃を同時に行うような技なのだ。

攻撃しか出来ないイースフォウは、一手足りない。

相手の攻撃のインパクトを抑え込むのが精一杯である。突っ込んでくる分の緩和はほぼ不可能である。

ともなると、逆流を相殺した瞬間、スカイラインの高速化された打撃が、イースフォウを襲うことになる。

チェックメイトである。これはもう、防ぐことが出来ない。

せめて、相手の突進を相殺するもう一手があれば……。

(…………あ)

不意に思いつく。

逆流の型は、石の型と水面木の葉の型の合わせ技、そう言った色が濃い。

そして、攻撃の際には、水面木の葉の型を解き、暴走する石の型を開放することによってインパクトを起こすのだが……。

(……通常なら、それだけが精一杯の逆流の型だけど、今は充伝器の仙気を使ってるから、かなり余裕がある)

後一工程、加えることは不可能じゃない。

移動+攻撃のスカイラインに対抗できるかも知れない。

スカイラインはこの日のために、逆流の型を改良してきた。

だがイースフォウだって、術式の改良を施していたのだ!

「やってやる!!」

イースフォウは伝機を振り上げる。

その瞬間、スカイラインは唱える。

「刹那!」

その一瞬で、スカイラインは間合いを詰めることが出来る。

だがそのスカイラインの術式と同時に、イースフォウも術式を発動した。

余っている充伝器の仙気を使い、『Please flying wall.』をカットし術式を極端に短縮。同時に、自分のオリジナルスペルを唱えた。

「水切りの刃!!」

ただ解くだけではなく、仙気の膜を刃に変える。

そして突っ込んでくるスカイラインに、その刃を振り飛ばした。

「!!」

高速化の中自分に飛んでくる仙気の膜に、スカイラインはレイレインで受け止めることで対処した。

だが、それでスカイラインの速度はほぼ削れてしまう。イースフォウに到達する前に、通常の速度に戻ってしまった。

しかしそれよりもなによりも、スカイラインの致命はまさに彼女の感情の驚愕であった。

イースフォウが水面木の葉をマスターしたこと。そのこと自体が驚きだった。

しかしそれは、スカイラインが幼いころにすでに出来たことである。多少の驚きはあっても、自分と並び立つほどとは考えられなかった。

しかし、ヴァルリッツァーの術の改良。これは自分しか成し得てないと思っていた。だからこそ自分はまだイースフォウの上を進んでいると、スカイラインは思っていた。

術こそ逆流の1段階前の、水面木の葉の改良版だったのだろう。そう言う意味では、逆流の改良に手を出したスカイラインの方が進んでいたともとれる。

進んでいたともとれる……が。

スカイラインには、そうは考えられなかった。

イースフォウはすでに、スカイラインと同じことをしていたのだ。

そのことが、驚愕。心の動揺。そして……。

「それでこそ! 晴天のヴァルリッツァーよ! 私に並ぶあなたよ!」

流れる動作でスカイラインは逆流を開放する。

イースフォウのその術は、仙気の膜飛ばす事と仙気の暴走、攻撃と攻撃が同時に展開される効果を生んだ。攻撃+移動に対抗できる、攻撃+攻撃であった。

刃が飛んできたその時に、すでにイースフォウの逆流は解放された。

自分の逆流が間にあうか、それは『迅雷』を名乗る彼女にすら予測はできなかった。

だが、戦いを通して理解した。

今までスカイラインは、ずっとヴァルリッツァーとして、自分自身に挑戦してきた。

周りの期待にこたえ、信じた道を進み、そして成功を収めてきた。

進めば進むほどに、自分の将来が見えてくる。

初代ヴァルリッツァーと同じ高みに到達する自分。

当たり前だ。多くの人が示してくれた道なのだ。

自分の能力と多少差があったとしても、大した問題ではなかっただろう。周りがフォローしてくれるはずだ。

多少の落胆はあっても未知はない。不安もない。

常に挑戦するのは昨日の自分。常に目指すのは明日の自分。

故に、今までヴァルリッツァーを信じてきたのだ。

だが、今の『これ』は何なのだろうか。

全くの未知、全くの不安。

常に挑戦するのは、見えない次の瞬間だ。

この手で勝てるのか? 勝てないのか。

この道を進んでいいのか?

示された道以外を選んでいいのか?

(不安だらけだ。それを決めてしまった自分もどうかしていると思う)

だが、おそらくこの人生の中で一番の強敵と戦っている今に……。


心の底から、スカイラインは嬉しかったのだ。

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