10.晴天と迅雷 『少女が認める、彼女の二つ名』
遠くで爆発音が響いた。
「……始まったか」
森野はそう呟くと、他の二人に目配せをする。
他の二人、エリスとハノンは神妙な面持ちでコクリとうなづいた。
そのまま、施設の裏手に駆け始める。
(しかしまあ、自らを囮に使うとはねぇ)
森野は複雑な表情をする。
つい先日まで迷いに迷って何も決められなかった少女が、今は自らの意思と考えで、あえて危険な立ち位置に進んでいるのだ。
(短い付き合いだけど、それでも感慨深いわ)
イースフォウの作戦とは、とどのつまり陽動作戦であった。
東口から工場内に侵入し、そこから一番初めに遭遇した敵と戦う。その混乱に乗じ、他の3人は別の入り口から突撃し、一気に中心まで到達して目標を奪い返す。
理に適った作戦だった。一対一でこそ光るヴァルリッツァー仙機術師のイースフォウは、集団で行動するよりは単体で動いた方が戦いやすい。森野もある種ワンマンプレイが得意な部類でもあるが、イースフォウよりは集団戦に慣れている。戦力の分散を最大限に無くし、各々の能力を生かし、かつ相手の意表を突く。よくよく考えられた布陣と言えよう。
「……エリスちゃん。敵の動きはどんな感じ?」
「ええと……イースさんと戦っているのは一人みたいですね。……あとの3人は、ほとんど動きがありません」
「こっちの作戦がばれているんじゃん?」
「その可能性もあるのですが……。どうも、おかしいんです」
困惑するエリスに、森野は問いかける。
「何がおかしいの? エリスちゃん」
「残りの3人、どうも侵入を阻む気が無いみたいでして……」
「待ち構えているってこと?」
「……にしては、配置がおかしいんです。一人と二人に別れているんです」
「こっちの手を読んでいるとすれば、その分散はちょっと奇妙ね。旧文明の遺産の位置は?」
「一人の方と一緒にあるようです」
「二人のほうは、待ち伏せの可能性があるんじゃん? で、一人が遺産を守っていると」
実に的を得たハノンの意見にも、エリスは首を横に振る。
「その割には、位置的に不自然なんです。二人が居る所のほうが、施設の最深部に近くて……」
「……何なのかしらね」
しかし、迷っている暇もない。遠くから、戦闘の音が聞こえてくる。1名でも敵が向こうに張り付いたのなら、陽動としては取りあえずは成功かもしれない。
(陽動だけじゃない。イースちゃんがそっちを撃破すれば、そのまま双方の挟み撃ちが実現する。今のところはこちらの術中。作戦通りに動くのが吉ね)
そんなことを考えながら、一同は目的の場所にたどり着いた。
「戦闘が始まってからどのくらいかしら?」
「1分程度でしょうか。反応を見る限り、長期戦になりそうです」
伝機のコンソールを操作しながら、エリスが答える。
「どうするんじゃん? すぐに飛びこむん?」
「後1分待ちましょう。その後、突撃するのが良いかと思います」
タイミングが重要なのだ。速すぎず、遅すぎず。出来れば相手の意表を突きたいのだ。
(とは言っても、イースちゃんとぶつかっている1名を除けば、だれも動いていない。作戦に気付いているかどうかはともかく、初めっから後の伏兵は妨害なしに誘い込むのが相手の狙いかもしれない……)
だがどちらにせよ、敵の懐には飛び込まなくてはいけないのだ。
「イースちゃんは私たちに遺産奪還を託したわ。……その信頼に応えるわよ」」
何よりも自分の力で救いたかっただろう。だが、イースフォウはそれをこの3人に任せたのだ。
心してかからなければならない。
3人は再度頷きあい、時が来るのを待つことにした。
「高速術式、迅雷二型!!」
「Please hampered the penetration!! 水面木の葉の波紋!!」
二人同時に、術式を編んだ。
しかし双方、全く別の術式。
スカイラインはオリジナル、高速移動を目的とした迅雷。
迎え撃つイースフォウはヴァルリッツァー仙機術の第二段階、水面木の葉の型を取る。
「へえ、出来るようになったの、イースフォウ!!」
「いつまでも昔のままじゃないわよ!! スカイライン!!」
「それは同意ね。だから、簡単に受け流せるとは思わないことね!!」
スカイラインはそう言って、十分に速度を載せた一撃を、イースフォウに振りかぶる。
だが、イースフォウは知っている。迅雷は高速移動を目的とした術式。速度はあってもその一撃は軽い。
ならば、十分に水面木の葉で受け流せる。
しかし、インパクトの瞬間、スカイラインが笑う。
(……術式!?)
一瞬だが、イースフォウにも見えた。
スカイラインの整った指先が細やかに動く。彼女の特技の一つ、指先での術式構築である。
一瞬だが警戒したイースフォウ。そのため、かろうじてスカイラインの一撃を反らすことが出来た。
(思ったよりも重い!!)
イースフォウの予測に反して、その一撃は重く固かった。
「っふ、だいぶ上手く水面木の葉を使っているけど、目測を見誤ったら何の意味も無いわよ!!」
「……ただの『迅雷』じゃない」
「改良していないとでも思ったか!!」
「Please protect me!! 石の剣!!」
イースフォウは、急いで術式を編み直す。
新しく使えるようになって、水面木の葉の型はまだ間もない。それよりは使いなれた石の型のほうが、あらゆる事態に対処できる。
絶対防御の型で、スカイラインの剣を受け止める。
一撃、二撃、三撃。一つ一つを受けると同時に、イースフォウはあることに気付く。
(一つ一つの攻撃、どれも重いし固い。……けど、これは)
受けるたびに感じる、その力大きさ、強固さ。
超高速で固い鈍器をたたきつけられている感覚。
しかしその力は、石の型を纏ったイースフォウのストーンエッジと大差が無いように感じる。
……いや、これは大差が無いのでは無く……。
7度目、スカイラインのレイレインを受け止め、そのままつばぜり合いになる。
「……これは……石の剣!?」
イースフォウのつぶやきに、スカイラインは笑う。
「流石、石の剣は使い慣れているだけあるわね。もうバレたか」
そのまま、スカイラインはレイレインを振り抜く。
「っく!!」
後方に飛ばされるイースフォウ。
しかし、その構えは崩れない。追撃を警戒する。
スカイラインはと言うと、すぐさまイースフォウの周囲を駆け始める。
その様子を見て、イースフォウはつぶやく。
「……間違い無い。『迅雷』だ」
しかし、刹那の速さでスカイラインが攻撃を仕掛けてくる。
それを最小の動きで受け止めるイースフォウ。だが、受け止めた瞬間、それが何かを理解する。
「……やっぱり、これは石の剣」
「どう、すごいでしょう?」
「……いったいどうやって」
イースフォウは戸惑った。
仙気術を使う場合、体内の仙気が必要になる。しかし、この仙気は元来人が一度に出せる量は限界があり、それゆえに人知を超えた巨大な術や、それなりの規模の術を無理に同時に使うことは出来ない。
ヴァルリッツァー仙気術は、どれもそれなりの量の仙気を使う術である。同時に他の術を使うことは、不可能と考えても良い。如何に改良を加えたとはいえ、スカイラインの固有術式『迅雷』は、石の型と同時に発動できるものではない。
どんなカラクリか。どんな裏技か。しかし、それを考えても仕方が無い。
現実として、今イースフォウは、スカイラインの迅雷と石の型、その二つの術式に責められているのだ。
しかし、イースフォウはもっと驚いたことがある。
「絶対防御の石の型、その術式の意思の剣は硬くて頑丈。これを高速でぶつければ、いやでも大きな攻撃となる。迅雷の、新たな戦法よ」
そう、この戦術は……。
「ヴァルリッツァーの戦い方じゃない」
スカイラインは、イースフォウの漏らしたその言葉にピクリと反応する。
間合いを取り、少し離れたところでその動きを止めた。
「……っふ、そうね。相手の攻撃から自分の攻撃へと転ずるのがヴァルリッツァーの戦い方。……これはその戦い方じゃないわ」
ヒュンヒュンとレイレインを振り回し、そして構えを解く。
イースフォウはそれでもなお警戒しながら、じりじりとスカイラインとの間合いを測る。
その様子を見て、スカイラインは笑う。
「本当に、ちょっと見ない間に、あなたは強くなったわ。それはこの迅雷が保証する」
「それはどうも。スカイラインのお陰よ。あなたがいたから、私は奮起出来た」
「……晴天」
「……え?」
「あなたは『晴天』よ。曇りなく晴れ渡り、その先に迷いはなく、ただただ先の道を照らしだす、青く澄み切った空」
「………」
「私は、『迅雷』。一瞬にて目的に達し、一撃にて貫く一筋の光。……でもこの名前は、この呼び名は、ヴァルリッツァーとしては二流の名でしかないのよ」
ボっと、レイレインが輝く。
「第一の型、石の型」
続けて、レイレインの輝きが鋭く変わる。
「第二の型、水面木の葉の型」
それを、ブンッと振り払い、レイレインから輝きが消える。
「解るでしょう。この二つは相手の攻撃を受ける技。……『速さ』なんて、全く必要ないのよ……」
「……スカイライン」
「あの日、迅雷の二つ名をもらった私は、心の底から狂い叫んでいた。だから八つ当たりとばかりに、あなたに『曇天』を押しつけた」
ぽつりぽつりと告白する彼女の声色は、徐々に語気が上がっていく。
「……それでも私は『迅雷』だわ。目標を貫かなくてはいけないっ! 自分に向かないと、自分の長所は生かせないと知りつつも!!」
初めて聞く彼女の心の声。天才は、イースフォウが知らないところで深い絶望を感じていたのだと独白する。
「だから私はヴァルリッツァーを信じてヴァルリッツァーを学んできた!! ヴァルリッツァーこそ、最強の奥義だと信じて!!」
最後のほうは、激昂だった。激しい感情が、スカイラインの中から溢れていた。
「……だけど、あなたの晴天は、私の頑なな心も開放してしまった」
不意に、スカイラインの声色が変わる。
「この前の戦いで、私はあなたから多くを学んだ。多くを気付かせてもらった。私たちは、ヴァルリッツァーに捕らわれなくても良いし、拘る必要もない。いえ、拘ったら『ヴェルリッツァーにしかなれない』。それを気づかせてくれた」
それはまさに、先日の戦いでイースフォウが主張した事、そのものである。
自分はヴァルリッツァーであって、イースフォウ。しかし、ヴァルリッツァーそのものではない。だからこそ、選ぶことが出来る。
(ああ、本当にまずい。あのスカイラインが、そんなとても重要なことに気付いてしまったらしい)
「私は確かにヴァルリッツァーに憧れた。でも、今の私はそれすらも眼中にない」
イースフォウは前の戦いで、ヴァルリッツァーが最強でないことをスカイラインに教えてしまった。それだけが道で無いことを教えてしまった。
「イースフォウ、私はヴァルリッツァーのその先に行くわよ。あなたがこの前の戦いで、私のヴァルリッツァーを凌駕したように!!」
ゴォっと、レイレインに再び光が集まる。
「……逆流の……型」
イースフォウは構える。……だが、その脚は一歩後退する。相手の気迫に、呑まれてしまっているのだ。
それは仕方のない事だった。イースフォウが知る限り、最強の存在がそこに居るのだ。
スカイラインという存在は、ヴァルリッツァーに最大の自信を持ち、それに盲目したからこそまだ付け入る隙があったのだ。
だが、そのスカイラインが目を覚ました。天才が何のしがらみも無く前に進むようになってしまった。
確実に、こいつは強い。何をしでかすか解らない。
そして、この瞬間の逆流の型。
イースフォウも簡単に予測できた。これはただの逆流の型ではないだろう。何かしらのアレンジがあると思われる。
(どちらにせよ、逆流の型相手では、私の持っている技の中で受け止めきれるものは、ごくわずか)
以前の試合で使った障壁術も、ヴァルリッツァーの技を使いながらでは使用できない。
(……思った以上に、強くなっている)
先日戦った時とは比べ物にならない。イースフォウ自身、それなりに鍛錬をし、実力を上げたつもりだったが、やはりもともと持っている何かが違う。
だからこそ、イースフォウはこの場面で、自分の持てる最強の技を繰り出すしか道が無いことをすぐさま理解した。
(逆流に勝つには………それと同等の力で無いと、太刀打ちできないよね)
当主との訓練で何度もこの身に受けた。スカイラインとの戦いでも、見るのはこれで三回目。いい加減、この技も目に焼き付いてきている。
石の型。水面木の葉の型。この二つは自由に使えるようになってきた。そして、徐々にヴァルリッツァーの独特な仙気の力を理解していた。
そう逆流の型は、理解できている。
おそらくこうだと、仙気の使い方も見当が付いている。
一つずつ、やってみよう。
「Please protect me 石の剣」
ボオッと、ストーンエッジに光がともる。
その力を……
(壊す!!)
ありえない方向に力を暴走させる。
(それを包み込む!!)
「Please hampered the penetration 水面木の葉の波紋」
暴走した石の型に、水面木の葉の型の薄い仙気の幕が、幾重にも重なって包み込む。
逆流の型とは、言うならば石の型を暴走させ、そのインパクトを相手にぶつける技である。
先日のスカイラインの戦いの時、イースフォウの投擲した石の型を帯びたストーンエッジが爆発的な力を出したのは、図らずとも逆流の型と同じように石の型が暴走したからであった。
その時からイースフォウは、薄々ながら逆流の型の理屈も解っていたのだが……。
(……これで、固定できるはず何だけど!!)
だが、その予測とは裏腹に、石の型の暴走が収まらない。
「仙気の練り不足よ。そんな甘い練り方じゃあ、逆流を制御はできない」
スカイラインの指摘に、イースフォウはなおも仙気を練ろうとする。
だが、暴走し始めた石の型を制御するには、間にあわない。
となると、手は一つしかない。
「充伝器!!」
手持ちの一つを、消費する。
すると規格外の仙気が伝機に流れ、そして暴走し始めた石の型を、水面木の葉の型の薄い仙気の膜で封印する。
成功すると同時に、ストーンエッジは今までにない輝きを放ち始めた。
「……で、出来た」
初めての成功であった。何度もチャレンジしたが、これだけはできなかった。
もう少しで出来ると、もう少しで完成すると、いつもそう感じつつも到達できなかった。
だが、……今この時出来た。
「充伝器を使ったとしても、まさかこの短期間で使えるようになるとはね……。流石だわ、晴天」
「それはどうも。………あなたは数年前には出来ていたことだけどね」
「褒めているんだから素直に受け取りなさいよ」
「あなたを倒さない限り、何の称賛も意味は無いわ」
「……っふ、まあ良いわ。準備も出来たようね」
「ええ、この最強の技で、決着をつけるしかないでしょ」
その言葉に、スカイラインは笑みを浮かべた。
その笑みは心の底から嬉しそうで、心の底から期待している、そんな表情だった。
全く困ったものだ。あんな戦闘狂に付き合わされるなんて。イースフォウとしては、一刻も早く工場内奥に到達して、目的を達成しなければならないのに。
だが、反面イースフォウは感じていた。
あの表情、あの期待。
それはきっと、自分も確実に抱いてしまっていることに。
彼女もまたもスカイラインとのこの決着に、強く心が躍ってしまっているという事に。
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