"真説"少女仙機譚~晴天のヴァルリッツァー③~決戦の章
藤辰
プロローグ 『少女が失った、それまでの記憶』
男は焦っていた。外見からはあまり見て取れなかったが、それでも彼は焦っている。
すっかり忘れていたことを、思い出したのだ。それは忘れてはならない事だったし、このまま忘れ続けていたら取り返しのつかないことが起きてしまっただろう事柄だった。
だから、出来る事なら今すぐにでも脱出しなければならない。こんなところで時間を無駄に消費するのは何も生み出さない事なのだから。
だが一方で、彼は行動に移してはいない。焦ってはいたが、自分がここで出来ることは無いことを、彼は重々理解していた。
こういう時、男は運に身を任せることにしていた。なんとも投げやりな話であるが、不思議と彼はこの方法で今までも何かと乗り越えてきた。
生まれ持った彼の運は、今までも通常では考えられない偶然を起こしてきている。
普通なら人生で一度遭遇するかしないかの旧文明の遺産にも、彼は過去7回は遭遇している。さらにそのいくつかは彼の手中にもある。それはどこかで話を聞きつけ、何らかの手段で手に入れたのかと言うとそうでも無い。そのどれもがその場の展開で偶然手に入れてしまった代物であり、さらにそのついでに何度が世界も救っている。
この運の強さはなんなのか、いろいろな手法で調べては見たものの、いっこうに正体が解らない。まあ、今までもその運のお蔭で生き延びてきたこともあり、男はそれについてはあえて深くは考えずに受け入れることにしていた。
だから今回もどうにかなるだろうと、男は焦りながらのんびり構えていた。
そんな時である。
不意に天井がパカリと開く。
男は特に慌てる様子も無い。いままでもそういう事は何度かあった。男は穴の直下を確認する。クッションは敷いてあった。これなら何が落ちてきても大丈夫だろう。
数秒後、どさりと何かが落ちてくる。
男はゆっくりと立ち上がって、それを確認する。
「……ふむ。珍しい入室の仕方だね」
そこには、黒髪の可愛らしい少女が気を失って倒れていた。
彼女はいつも牢の入り口から声をかけてきていた。中に入ってきたことは無い。
言うならば、捉えていた側の人間だ。
なのに、今回は彼女自身がとらわれたように、檻の中にいる。
……いや、囚われたのだろう。
どういった状況か、男には想像できなかった。だが、少女はここのボスの意向に沿えなくなったか……はたまた役に立たなくなったのか、どういう理由化は解らないが、用済みとしてここに放り込まれたのだろう。
(つまり……彼女は計画を移せるだけの準備が出来たのか)
そうなると、いくつか状況も変わってくる。
彼女が動き始めたというのなら、男に有利に働く要素も出てくる。
ここの存在に軍も気付く。そうなれば結果はどうあれ、男がここから脱出できる時期も近くなる。
それが彼女の野望が止まるのか、軍が彼女の野望により壊滅的に破壊されるのか、どちらかは解らないが。
だが、彼女が成功すれば彼女は男を捉え続ける理由は無くなるだろうし、軍が阻止すれば男は救出される。
(いや……、軍の救出は面倒か。むしろ彼女の野望が成功して、適当に解放される方が……)
……男としては都合がよいかもしれないが、それで国や世界に大きなダメージが残ったら意味は無い。
男は、世界を救うために行動しているのだから。
となれば、どさくさに紛れて脱出する他無い。どのみち騒ぎが起きればチャンスは出てくるだろうと、男はそれに期待することにした。
(……んじゃま、それなら早いとここの子に現状を教えてもらうか)
男は少女の肩をゆする。
「おい、イズミコ。大丈夫かい?」
ペチペチと頬を叩くと、うっすらと少女の目が開いた。
「おはようイズミコ。今日は随分珍しい方法で会いに来てくれたじゃないか」
ワイズサードの声に、イズミコは少しばかりの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「……イズミコ?」
「ああ、その名前、ちゃんと使ってくれているかい? 僕としては結構お気に入りなんだ」
だが、そんなワイズサードの呑気な言葉に、イズミコは頭を押さえながら呟いた。
「……名前……。私は……イズミコ……? わからない……解らないよ」
そんな彼女の様子を見て、ワイズサードは深くため息をつく。
(なるほど、そういう事かい)
ワイズサードが解った事と言えば、彼女が現状のほとんどを忘れた事だけであった。
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