6.相原纏

「無謀です、部長!」

 住良木が背を向ける柿原に声を張り上げる。彼には珍しく、その声には焦燥と不安とが多分に滲んでいた。それも無理からぬ話で、柿原は今、燃え盛る炎の前に立っていたのだ。

 鉄筋コンクリートの壁や天井から伝う炎の熱気が住良木達利他部、もとい、レスキューメイト達を蒸し焼きにしようと八方からその温度を高めている。レスキューメイト達は全身を包むアドバンスド・クラフト、レスキューメイルによって熱気や煙、火事で発生する有毒ガスの類から身を守られているが、ビルの中にいるのは彼等だけではない。

 煤で汚れた彼等の視界の片隅には、パソコンのウィンドウを思わせる画面が浮かびあがっていた。ウィンドウの中には、今彼等がいるマンションの構図が線で表現された3Dモデルで表示されており、レスキューメイルの付属品である面体に内蔵されたセンサーが、五人の視界に生存者の情報を投げかけていた。真宵の立つその先に、火事で逃げ遅れた者がいる。

 しかし、狂ったように踊る炎の向こうでは崩れ落ちた瓦礫が床一面を覆い隠し、生存者がいるという部屋の入口は半壊しているせいで出入りが困難な状態となっていた。

「無謀も何も、ほっとけないでしょ!」

 半ば捨て鉢に、柿原が四人を振り返って言った。その表情は、面体に隠されているせいで他の四人には分からない。それでも、彼女の必死さは痛烈な程四人に伝わった。

 その直後、彼女のすぐ傍にあった窓が不意に炎を吐き出し、ぼう、と大きく音を立てた。深夜の、すでに蛍光灯も割れてしまった暗いビルの廊下にあって、彼等にはその炎が一際大きなもののように見えた。炎に怯んだ清原が身を竦め、御深山がたたらを踏んで後ろに下がる。

「これ以上は俺等が危険だ!酸素だって少ねーし、消火液ももう無い!生存者だって、本当にいるか怪しいだろ!」

 衙門の言葉は、柿原以外の三人の本心でもあった。そもそもそこは多くの人々が住む高層マンションの中ほどで、万全の装備で来たとはいえ、ここまで来られたのが奇跡と言ってもいい。

 逃げよう、という言葉を待つ衙門達。やがて柿原は、静かな声で衙門にこう言った。

「……そういうの、功夫が足りないって言うんじゃないの?」

 衙門が声を詰まらせ、黙り込む。彼の言う功夫とは、勇気や根性、知識や思慮深さと言った、自己の研鑚につながるものの総称だ。それを柿原が理解しているのを知っていたからこそ、衙門にとってこの返事は大きな意味があった。

 柿原は四人を見回し、語り続ける。

「無謀なのは分かってる。私等ただの学生で、出来る事なんてそう多くない。性能のすごい玩具でヒーローを気取ってるおバカさんだなんて呼ばれても、ちっとも否定できないもん」

 四人は柿原が決して楽観的に現状を見ているのではないと分かり、口にするべき言葉を失った。猛火の中、自分の命の危機にあってその立場を思い知らされる言葉に重い沈黙が横たわる。住良木達四人の視線が次第に下がり、そして、ほぼ同時に柿原の方へと向けられた。柿原は彼等の視線を受け、殊更声を張ってこう言った。

「でも、出来る事から逃げたくない!そうでしょ!?」

 励ますようなその言葉の後、ね、と同意を求めるように住良木を見上げた。

「……」

 住良木は答えに迷った。

 部長の言う通りだ、と言いたい気持ちは確かにある。このまま彼女を信じれば、全員一丸となって、救助はおろか、燃えるビルから全員で脱出できるであろうという希望的観測も持っている。しかし「そうだ」と口にしてしまえば、この場にいる五人全員で救助に向かわねばならなくなる。

 要救助者の元に辿り着けばよいというものではない。いざ着いても探し出すのに時間がかかる事も充分考えられ、体調の確認や処置、そして外まで連れて帰る事を考えると、ここまで来るのにかかった時間の倍以上を費やさねばならなくなる。ましてや、炎の勢いは増すばかりで、悪路に足を取られればそれだけ危機に晒される時間は増す。

 現実を知れば知る程、彼の柿原に対する信頼が、次第に根拠のないもののように思えてきた。この先待ち受けるであろう不安が彼の思考の中で大きくなり、次第に彼の意志を、言葉を作り上げていく。こみ上げる申し訳なさを、彼は振り切れなかった。

「……すみ、ません」

 絞り出すような声に、え、と柿原が呟いた。清原や御深山、衙門も彼を見る。

「これはもう、出来ない事です」

 絞り出すように、住良木はそう言った。

 柿原は何も言わず、じっと住良木の顔を見る。清原達も何も言わず、同意を示す事に罪悪感を抱くように黙り込む。

 やがて、四人は柿原の手が握りしめられ、震え始めたのに気付いた。かけるべき言葉を探そうと住良木が何かを言いかけた矢先。

「意気地なし!」

 彼女は踵を返し、四人が引き留める間もなく炎の中へ飛び込んだ。


 夜を間近に控えた空の色は、地平線に紅いものを隠しながら白から黒へと移り変わろうとしていた。立ち並ぶビルの壁面に背負われた影が濃くなり、窓の内側から差す光がその色を強める時間に、黒いものがもうもうと市街地の中から立ち昇っている。それは高い位置を流れる風に吹かれて傾きながら、上空でその上端を広げていた。

 渋滞に捕まった消防車は、車道の中で動けないままサイレンを鳴らし続けていた。消防車の助手席に座った消防士がアナウンスで道を譲るよう周りに呼びかけるが、ぎりぎりまで車間距離を詰められた自動車の列に身動きの取れる車両など一台もない。

「くそっ、どうなってんだ!」

 ハンドルを握っている消防士が、苛立ちでハンドルを叩いた。助手席に座る消防士がトランシーバーで他の消防士達と連絡を取り合うが、明るい情報は返らない。

「駄目です、向こう二キロは完全に渋滞しています!警察も進路の整備に手を焼いているそうです!」

「ああ、ったく!どいつもこいつも!」

 消防士は前方にずらりと並ぶ自動車の列に、さらに苛立ちを募らせた。現場までは遠く、運転席からはるか先に黒い煙が昇るのを見る事しかできない立場に歯噛みする。Uターンしようにも、すでに後続車が何台も並んでしまい、下がる事もできない。

「こんな時こそ奴等が来れば……」

 言った後で、消防士は自分の言葉に嫌気がさした。助手席の消防士も、胸中に抱えるものは同じだ。市民を守る公務員が、他人を当てにするとはほめられた話ではない。二人に出来るのは、一刻も早く渋滞が解消されて、自分達が火事の現場に着ける事を祈るだけだった。


 もうもうと窓から煙を吐き続けるマンションには、数多くの人々が群がっていた。マンションの前を囲むように留められたパトカーが、パトライトを回転させながらサイレン音をやかましく鳴らし続けていた。

「消防車が遅れています!速やかに道を空けてください!」

警官が野次馬を近づけまいとしながら、スピーカーで道路に溜まる自動車に呼びかける。しかし大火を前にして興奮した観衆が、これに従う気配はない。それどころか、携帯電話のカメラを火事に向けてはしゃぐ者までいる始末である。

「くそっ、どいつもこいつも!」

 警官は指示に従わない群衆に苛立ちを募らせるが、かといって手を出すわけにもいかない。群衆はますます集まる一方で、マンション前の車道は完全にふさがれたと言っていい状態だった。

「ったく!こんな時こそ連中がくれば……」

 警官がそう悪態をついた矢先、トランシーバーから雑音交じりに別の警官の声が上がった。

『緊急、緊急。火事の中に、取り残された子供がいる』


 自転車で駆け付けた纏は、火事の有様に息を呑んだ。事故や喧騒から離れて過ごした彼女にとって、眼前の光景と熱意は異様という他なかった。群がる人々の多くは、炎を前にした危機感よりも物珍しさに浮かれているのだ。警官達に押しのけられてこそいるが、何とかして火を消そうというのではなく、より間近で惨状を見てやろうという卑しさがはた目から見ても明らかだった。

「何これ……」

 纏はうすら寒いものを感じながら、辺りを見回した。かつて写真で見たレスキューメイトの姿がないか探したのだが、それらしいものはどこにもない。

『彼等の活動は常に無償で、そして良心的だ』

 かつてシルバー人材センターの老人から聞いた言葉を思い出す。こういう場面でこそ、彼等の出番ではないか。

「火の中に子供がいる!?本当か!?」

 警官が動揺を露わにしてトランシーバーに怒鳴る声が聞こえた。

「皆どこ……?」

 纏は刻一刻と悪くなる事態に気を揉みながら四人を探した。離れた場所に隠れているのかと、彼女は目についたビルの陰へ駆け寄り、そこを覗き込んだ。誰もいない事に失望し、隣のビルを覗く。さらに別のビルへ向かおうとして、纏は四人の姿を見つけ踏みとどまった。

「あ、皆さん!」

 纏に呼ばれ、四人は彼女の方を振り向いた。全員が部室の隠し部屋に置かれていたアタッシュケースを持っており、衙門だけはそのケースを地面に置いてその上に腰を降ろしていた。四人の表情は、どれも暗い。

「あいちゃん……」

 力なく清原が彼女に声をかけた。纏は陰に入り、四人の近くまで行った。

「何してるんですか皆さん!こんな時こそ……」

 言いかけた言葉に、纏ははっとして口をつぐんだ。火事に対し、彼等が身を竦ませるのは当然だ。

 言葉に詰まる纏に、御深山が自嘲する様に鼻で笑った。

「笑うてしまうやろ?これが今のレスキューメイトやきなぁ」

「!御深山、あんた!」

「清原、責めるな。遅かれ速かれ知られていた事だ」

 住良木が目を剥く清原をなだめ、纏と向き合った。

「部長、自宅待機だ。消防車が来るのを待てば、それでいい」

「でも、渋滞で遅れてるって……」

「そうであっても、学生に何が出来る」

 纏は住良木の本気を疑った。彼の表情はいつもと変わらなかったが、見慣れてきたせいか纏には彼の感情が透けて見えた気がした。

「……嘘、ですね」

「何の事だ?」

「ホントは何か出来るし、火事をどうにかしたいんですよね。だって皆、柿原さんが選んだメンバーでしょ」

 四人の顔色がにわかに変わった。清原が御深山を見、その御深山は彼女の問いかけに首を横に振った。清原は険しい顔で纏を睨む。

「……何でそこまで知っとん?」

「校長先生に会わせてもらいました。皆さんとの馴れ初めも伺っています」

 纏は清原をじっと見上げ、彼女の胸中を推し量った。纏に対して一番頑なに情報を教えようとしなかったのは彼女だ。

「キヨさんはあたしに危ない真似をさせたくなかったんですよね。心配してくれたことは嬉しいです」

 清原の表情がわずかに緩む。しかし、彼女の纏を見る目はあくまで険しいままだ。

「でも、正直、信用されてないみたいで寂しかったです」

 清原がぐっ、と息を詰まらせる。纏はそれだけ言うと、今度は御深山の方を見た。

「御深山さんって憎まれ口ばっかり言ってますけど、本当は皆に辛い事を思い出させないようにしてたんですよね。ホントは優しい人ですもん」

 御深山は面食らった顔になって纏を見、他の三人の耳を疑うような視線に耐えきれなくなって俯いた。

 次に、纏は衙門を見た。

「衙門さんは、次に備えていたんでしょ?だから毎日、真面目に鍛えてたんですよね」

 衙門は何も答えなかった。纏を見る彼の目は敵を見るのも同然だったが、その表情は図星を突かれ、纏に対して恐れすら抱いているようなものでもあった。

「皆本当はどうにかしたいんです。だからここにいるんでしょ?」

 纏は確信を持って四人にそう言った。大言を吐いている事は彼女自身重々自覚していたが、ここで彼女に譲る気はない。何としてでも四人に、自分の知らないかつてのレスキューメイトに戻ってもらいたかった。

「……知ったような口を利くな」

 静かな声が上がった。纏と清原、御深山、そして衙門が声の主を見た。

 声の主、住良木が纏の前に進み出る。纏を見据えるその目には、強い激情が滲んでいた。

「君に何が分かる。私達があんな得体の知れない活動をするようになり、どれだけ自分達に出来る事を思い知ったか。どれだけあの人を頼りにしたか。私達は、あの人のおかげでうまくやってこれたんだ。あの人に恩を仇で返してしまった私達に、今さら何ができる」

 住良木の表情は、感情で歪んでいた。抱えているものを押し殺し切れず、今すぐにでも怒鳴りそうになるのを堪えながら話しているのが誰から見ても明らかだった。

 纏は初めて見る彼のその表情に気圧された。そして思い知る。今のレスキューメイトの古参として、一番責任を感じていたのも彼なのだ。他の三人もまた、彼の語る言葉に同じ思いを抱いたのか、何も言わずに視線を下げていた。

「お願いだ、これ以上私達に役割を押し付けないでくれ。君は柿原さんじゃない」

 住良木ははっきりと纏にそう言った。

 これは纏にとって、部長ではないと言われる事以上に衝撃だった。

 四人の抱える感情を、纏は及ばずとも理解はしていた。

 だからこそ、彼女は言わずにはいられなかった。

「……、柿原さんでないと、駄目ですか」

「っ、当然だ。君に何が分かる」

「何も分かりません」

 四人の表情が鋭くなり、全員が纏を睨む。しかしすぐに、彼女が彼等を侮辱しているのではないと分かった。纏の表情は、先ほどまでよりも毅然としたものだった。

「私は柿原さんを知りません。どんなに教えてもらっても、皆さんよりも分かるなんて絶対言えません。……でも、柿原さんが頑張って集めた、昔の皆さんも知りません」

 纏はそこまで言って、火事の起こっているマンションの方を見た。

「レスキューメイトがヒーローで、柿原さんが一人じゃできないって思ったから集めたのが皆さんです。皆さんには柿原さんが期待した理由が何かあるんだと思います」

 纏はそう言って、自分の鞄を開いた。彼女が取り出したものを見て、四人が目を見開く。

「部長、それは」

「火の中に誰か残っているそうです。放っておけません」

 纏は手にしたハーネスに腕を通すと、すぐに物陰から飛び出した。住良木が呼び止める。

「馬鹿な真似はよせ!」

 纏は立ち止まり、彼等を振り返って言った。

「だったら助けに来てください。……、意気地なし」

 その瞬間、住良木達四人の目は大きく見開かれた。再び走っていく彼女を、彼等はただ呆然と見送っていった。

 纏は彼等に構わず、火事のあるマンションの隣に建つビルへと近づいた。ビルを囲むブロック塀まで来ると、艇の上に手をかけ一気に体を持ち上げる。そうして塀の上に乗ると、彼女は細い足場の上で火事のマンションへと一気に走り出した。加速をつけ、塀の端までいくと彼女は大きく跳んだ。ビルとマンションとに挟まれた道に留まるパトカーを跳び越え、マンションを囲む塀に足をかけると、その勢いのまま塀の内側に転がり込んだ。どすん、と肩から落ちる鈍い音が上がる。

「ん?おい、誰か入ったか?」

 警官が纏に気付いた様子はない。気のせいか、と彼が思った矢先、目ざとい観衆の一人が大声で自分の見たものを彼に行った。

「女の子が入ったぞ!塀を跳び越えた!」

「本当か!?」

 警官が色めき立ち、火事のマンションの敷地へと踏み込もうとした。しかし、観衆の一団がこれ幸いとより近くに踏む込もうと雪崩みだしたのを見て、慌ててこれ等の制止に回った。

「入らないでください、危険です!」

 現状の確認が出来ぬままでいる事に苛立ち、警官は再びトランシーバーに怒鳴りついた。

「おい、消防はまだか!」

 トランシーバーからの返事は、まだかかるというものだった。

 一方、纏は肩の痛みを堪えながら立ち上がり、燃え盛るマンションと直接対峙した。炎を孕んだその建物は、彼女を蒸し上げようとせんばかりに熱気を放っている。纏はこれに怯むが、すぐ近くにあった物置を見てしめたと思った。鍵のかかっていないそれを開き、埃をかぶった消火器を見つけすぐにそれを掴み出す。消火器のノズルを持ち、ピンを抜くとマンションの裏口へ向かっていった。奥から揺らめくもので照らされた裏口を見つけ、彼女は炎に消火剤を吹き付けながらマンションへと入っていった。壁や床をなめまわすように広がる炎に囲まれながら、纏はちらりと塀を、ちょうど四人がいるはずの場所を振り返る。彼等を挑発しておきながら、彼等の助けを期待する自分がひどく滑稽に思えてならなかった。

「来て、くれる、よね……?」

 募る恐怖を押さえ、彼女は熱の満ちる道を進み続けた。

 たとえ彼等が来なくとも、自分で助けなくてはならないのだ。


 火事を前にしての緊張は、四人には覚えがあった。喉の奥に固いものがこみ上げるような不快感も、じりじりと後頭部が煤けるような感覚も全て知っていた。その日の事は、今でも鮮明に思い出せる。

「……意気地なし、か」

 清原がそう呟くと、御深山が相好を崩して衙門を見た。

「あの人も言いよったにゃあ、同じこと」

「ああ、そうだな。忘れらんねぇよ」

 衙門は静かにそう言い、背筋を丸めてうな垂れた。

『意気地なし!』

 かつて火事を前にして、柿原が四人に言った言葉である。そして、これが彼等の知る柿原の最後の言葉だった。そして今、柿原を知らないはずの纏が、柿原と同じことを言って彼等から去ったのだ。

「どうしてアイツは、あの人と同じ事を言ったんだろうな」

「……そんな事は決まっている」

 住良木が口を開いた。他の三人が彼を見ると、彼の口の端はわずかに上がっていた。

「我々が、あの頃から変わってないからだ」

 自嘲するように言ったその言葉は、清原達の胸を刺した。無論、言った住良木本人にとっても厳しい言葉だった。

「……そうだな。俺達揃って、功夫が足りねぇ」

 衙門がアタッシュケースから腰を上げる。

「耳の痛い話やが、まあ、そうなんやろうにゃあ」

 御深山もまた、首をぐるりと回して筋を伸ばした。

「今のまんまであの子が起きたら、私等失望されるろうねぇ」

 清原が煙を吐き続けるビルを見て、そう一人ごちた。

 三人を見回し、住良木は彼等の本気を確かめる。無論、彼自身も自分の意志を確認していた。

 何もかもがあの頃と同じだ。だが、もはや足踏みする気はない。

「皆、行くぞ。部長の救出だ」

 四人は火事を見据えて並び立った。

 ほぼ同時に、手にしたアタッシュケースを開きハーネスを取り出す。袖を通し、胴と胸元とで留め具をはめ込む。留め具のカチン、という軽い音が重なり、彼等は同時に左胸の小箱のスイッチを叩いた。

「「「「着身!」」」」

 小箱が開き、滑り出すように勢いよくオレンジ色のものが飛び出した。するすると真上に伸びていくそれは、広い面積を持つ一枚の布だ。飛び出しきった四枚の布を掴もうとするように、四人がそれぞれ左腕を伸ばす。彼等の手は空中に浮かぶ布に届かなかったが、布は空中で広がるよりも速くその先端を彼等の手に寄せた。布は彼等の指に乗り、しゅるる、と音を立てて手首を通って腕を這い、胴を回って両足を巡る。四人の首の下から足の先までが小箱から出た布に完全に覆われると、更に布は各部で膨らみ、彼等のシルエットを変えた。膝から下、手先、肩や胸が角張り鎧のように固くなる。

 四人はアタッシュケースからヘルメットと、小さな盾のようなものを取り出した。

「面盾着装!」

 住良木の号令で四人はヘルメットをかぶり、盾を顔にはめ込んだ。ガキン、と音が鳴り、四人の視界が変わった。今や彼等の視界の片隅にはいくつもパソコンに浮かぶようなモニタがいくつも現れては消え、やがて彼等の視界の中心に『OK』の文字が浮かんだ。

「各部異常無し、確認!」

「無し!」

「無し!」

「無し!」

 住良木の指示に清原、御深山、衙門が続く。『OK』の文字が消え、彼等の視界を阻むものがなくなる。

「これより活動に移行する!セカンドは一時離脱、以後現場指揮はサードに一任する!」

「了解!フォース、フィフスは私に続き、突入準備!」

「「了解!」」

 サードと呼ばれた清原の号令に、御深山と衙門が続く。三人は火事のあるマンションへ向かって走り、一人残ったセカンド、つまり住良木は左腕に現れた装置のボタンを押し、高らかに呼んだ。

「来い、ビッグブロー!」


 同じ頃、空坂高校の校舎を囲む塀に変化が起こった。校舎裏に位置する、古い煉瓦と新しい煉瓦で出来た部分との境目からずり、と音が上がる。音は続き、塀の新しい部分は塀の厚みの分だけ外側へとせり出した。古い塀のすぐ上から赤いランプが二つ現れ、カンカンカンと警音器の音が鳴る中、塀の新しい部分が観音開きになって道路側にその口を開いていく。開いた塀は塀を沿うように伸びる道を両断し、直角に面した道路と校舎の敷地とをまっすぐ繋げた。

 更に変化は続く。校舎裏の物置の前で伸びる敷地内の道が、地響きを立てながら道の真ん中から引き戸のように開いたのだ。校舎の敷地内に大きな穴が開き、その下から赤く巨大なものがせり出す。エレベーターに乗せられて現れたのは、二階建てバスよりも一回り大きな車体を持つ、消防車に良く似た車両だった。

 車体についたいくつもの回転灯に光が灯り、車両のタイヤが回り出す。タイヤの表面が砂利を噛み、遅れて車体が進み始めた。サイレンが唸り、車体は速度を増していく。火を吹くマンションへと向かうその車体には[Rescue Mates]と、そして[Big Bro.]のロゴが刻まれていた。

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