5.柿原真宵

「「「「レスキューメイト?」」」」

 異口同音に尋ねる声に、彼女はそう、と得意げに応じた。

 今彼等がいるのは空坂高校の地下室であり、住良木達四人にとっては初めて来た場所だ。教室と同程度の広さがありながら、部屋の中央にある机と椅子、モニタとロッカーを除けば何もない。彼女に連れられてここに来た四人はいずれも初対面で、だからこそ彼等は彼女の発言に集中していたのである。

「九年前から代々続く、空坂に出る秘密のヒーロー!皆も見た事くらいあるっしょ?」

 彼女の言う通り、四人はそのヒーローを見た事があった。

 ある時は火事の現場に現れ、ある時は泥棒を追い、またある時は町のイベントに顔を出していた。住良木達四人にとっては、時々見かける程度の変わった集団という認識しかない。これまでの彼等の生活で、消防や警察の関わるような出来事に巻き込まれた事がないのだから無理もない。

「それで、そのレスキューメイトが何か?」

 住良木に聞かれ、彼女はふっふっふ、と含みを込めて笑った。

「実は利他部こそがレスキューメイトの仮の姿で、しかもその一人があたしって言ったら、信じる?」

 この発言に、四人は彼女の正気を疑った。

「先輩、無理して面白い事言われんよ」

 清原の窘めるような言い方に、彼女は心外だと言わんばかりにむくれた。

「ホントだってば、もー。証拠を見せるから、ちょっと待ってて」

 そう言って、彼女は五つ並ぶロッカーのうち、一番右にあるものを開いた。そしてその後、片足でロッカーの奥を蹴っ飛ばす。がこん、と音が上がり、奥の扉が開いて隠し部屋が現れた。これを初めて見た四人は驚き、その中をこぞって覗き込む。ちょうどその時には彼女はすでに隠し部屋に入っており、奥にあったものを手にすると得意げな顔で戻ってきた、

「何じゃ、そのハーネス?」

 御深山が尋ねると、彼女はハーネスを持つ手を軽く上げてみせた。

「これは九年前からある、レスキューメイトの変身アイテム!十年前の先輩が一年かけて作った、アドバンなんとかの一つなの」

「アドバンスド・クラフトですね」

 住良木の言葉に、彼女を含む四人が彼を見た。

「あれ、知ってるの?」

「見るのは初めてです。十年前、唐突に天才となった方々が作った不可思議な道具と聞いています。製作者当人達は皆その出来栄えに不満があるようで、現代の先端技術でもまだ得られない高純度の金属や存在しない素材・合金などを求めています。先進的な機能を有していながら十分な性能を持たないそれらを、作った当人達は工作品と揶揄してアドバンスド・クラフトと呼ぶそうです」

 住良木の解説を、四人はしきりに感心しながら頷いて聞いていた。現物を手にしている彼女ですら知らなかった話である。

「良く知ってるね住良木」

「ネットで噂を見たんです」

「いきなり信憑性が下がったな」

 衙門の率直な意見に、他の三人も頷いた。

「でも、これは確かに住良木の言うアドバンスド・クラフトだよ。私の先輩も言ってたし」

 彼女はそう言って、慣れた動きでハーネスを身に付けた。

「あとは左胸のこの箱を叩けば着身できるんだけど、今はいいや。後で皆の分を渡すから」

「俺等の分もあんのかよ」

「そうだよ衙門、全部で五着あるからね。初代が五人だったから」

「初代?」

 御深山が首を傾げると、そう、と彼女は頷いた。

「皆をここに呼んだのは、ここに九代目レスキューメイトを結成する為。先輩が皆卒業して私一人しか部員がいなくなったから、頑張って学校で良さげな面子を揃えたの」

 住良木と清原、御深山、衙門はそれぞれの顔を見回した。彼等にとって他のメンバーは、ほぼ初対面か、でなければ横目で見る程度の認識しかなかった相手だ。これから行動を共にせねばならないと聞かされれば、大いに不安を感じるのも当然である。

「皆、戸惑う事も多いかも知れないけど、あたしに免じてまとまってよ」

 彼女にそう言われれば、四人は頷く他なかった。彼女との出会いや過程はそれぞれ違っていたが、全員が彼女を少なからず気に入っていたからだ。学外での奉仕活動を行う利他部だろうと、レスキューメイトなるヒーローの真似事だろうと、彼女がすると言うのなら、例え嘘でも乗ってやろうという気になった。

「従いましょう」

「ほうやね」

「仕方ないにゃあ」

「反対できねぇ」

 全員の承諾に、彼女はにんまりと笑った。

「よーし皆、これからは、この柿原真宵についてこーい!」

 そう言って、彼女は頼もしさを見せるように左胸を叩いた。ちょうどその手は、偶然だったが、ハーネスについた小箱のスイッチを叩いていた。

 直後、住良木達四人は柿原の言う着身を目の当たりにし、彼女の言っていた事が真実だったと思い知る事になったのだった。


 静かに眠るその女性は、纏の知らない顔だった。年の頃は十七、八程だが、大人びた印象の顔立ちもあってもう少し年上にも見える。やせた頬は寝姿のせいもあってこけているようにも見え、枕と接しているうなじには大きな火傷の跡があった。

 静かなその個室では、ピッ、ピッ、とベッドサイドモニタの電子音だけが規則正しく鳴っていた。その機械から伸びるチューブの先は、眠っているその女性の寝間着の袖や襟元の内側に潜り込んでいる。

 纏は彼女の名前を知っていた。ここに来るまでに、校長から彼女の事を聞いていたからだ。

 纏の隣で、校長はその女性を労わるような目で見下ろしていた。

「久しぶりだね、柿原君」

 校長は女性にそう語りかけた。柿原と呼ばれた女性は眠ったままで、身じろぎ一つしない。纏は校長を見、彼に尋ねた。

「この方が、そうなんですね」

「そうだよ。彼女こそが、あの四人をまとめていた、前の部長さ」

 そう紹介する校長の顔は寂しげだが、どこか誇らしげでもあった。柿原当人の表情には変化はない。

「実は今の利他部のあの四人は、柿原君が一人で集めた面子なんだ。それまでは彼女一人しかいなかったからね」

 纏は初めて聞かされる話に感心し、柿原の顔をじっと見た。利他部の四人がまとまりのない集まりだったのも、この柿原という生徒が集めたのだと分かり納得がいく。

「これで行動力のある子でね、先輩達が卒業して一人だけになった途端、あっという間にあの四人を引き込んだんだよ。自分が選んだ面子だから、間違いはないって言ってね。実際うまくまとまっていて、良いチームだったよ」

 懐かしむような口ぶりに、纏も笑みをこぼした。しかし、すぐに校長の表情は曇った。

「……きっかけは、火事だった。躊躇する四人を置いて、柿原君は燃え盛る火の中に飛び込んだんだ。取り残された人を助けようとしてね。向こう見ずな性格だけど、正義感の強い子だったんだよ。見事に救助も果たしてくれた。……ただ、この子は今もこうして眠ったままだ」

 校長は窓際に目を向けた。窓の前に並んだ花瓶には、百合やカスミソウなどの花が飾られていた。いずれも新しく、校長と纏が来る前にすでに活けられていたものだ。

「あの子達は今も自分を責めている。だから、半年も身動きを取れずにいるんだ。あの花は、どれも彼等が飾っていったものだろう」

 校長はそう言って再び柿原に目を落とした。もの寂しげな眼差しを向けられる彼女の寝顔は変わらない。纏はいたたまれなくなって視線を逸らし、病室の扉に目を向けた。ちょうどその時入ってきた女性の看護師が、纏を見て「あら」と声を上げた。

「あなたも柿原さんのお友達?」

「え、ええと。そう、です」

 纏が返事に困っていると、校長が看護師に「どうも」と頭を下げた。看護師もこれに礼を返した。

「柿原君の容体は……?」

「大きな変化はありません。呼吸も心音も安定していますし、良くなる日は近いと思いますよ」

 看護師の励ましに、纏と校長は「ありがとうございます」と礼を言った。

「そうそう、先ほどもこの子の後輩の子がいらしてたんですよ。髪の長い、きれいな子がね」

 キヨさんだ、と纏は思った。

「他にも三人の子が入れ違いでよく来るの。絶対一緒には来ないけど、皆この子が心配なのね」

 看護師はそう言って、ベッドサイドモニタの様子を覗きこんだ。定期的な確認作業に移る彼女を見て、纏と校長は軽く頭を下げて病室を後にした。

 病院の廊下を歩きながら、校長は纏に言った。

「よければ君も、時々でいいから見舞いに来て欲しい。彼女も、起きたらきっと喜ぶだろうからね」

 纏は黙って頷いた。

 柿原がどういう人間なのか、纏は知らない。しかし他ならぬ柿原こそ、纏の知る四人を束ねていた人物なのである。

 纏は自分には踏み込めない領域を思い知り、四人の前では柿原について話すまいと決めた。無関係な自分の無責任な言葉で、四人の傷をえぐるような真似はしたくなかったからだ。


 それからは、何事もなく日々が過ぎていった。放課後になれば人目を避けて地下の部室に入り、校長からもらった予定表に従って部活動に従事する。それは清掃活動である事もあれば、学校に出入りする搬入業者の手伝いをする事もあった。更に自治体からの要請で、街中に植えた桜の木の世話やイベントの設営にまで駆り出される事もあった。おかげで纏は、地元でありながらほとんど歩いた事もないような路地をほぼ完全に把握できるまでになっていた。

 二週間ほど経ったある日、纏は学校の正門から伸びる道沿いに立つ屋外掲示板のポスターを張り替える事になった。丸めた新しいポスターを抱え、早足で掲示板の前に行きつく。そこに貼られた『放火に注意』のポスターは、半月ほど直射日光と風雨にさらされていたせいですっかり色あせ、よれよれになっていた。

「うーわ、ひどいなー。捨てちゃわないと……」

 纏は汚れたポスターを剥がそうと画鋲に手を伸ばし、そこで手を止めた。彼女の目は、ポスターの紙面に落とされていた。

「放火……」

 纏の脳裏で、病室に横たわる柿原の寝顔が浮かぶ。

『きっかけは、火事だった』

 校長の言葉を思い出し、彼女ははっとした。初めて彼女が利他部の活動に参加した日も、火事があった。そして纏の知る限り、ここ最近で放火魔が捕まったというニュースはない。

「……まさか、また起こるんじゃ」

 纏の背筋に、冷たいものが走る。直後、消防車のけたたましいサイレンの音が纏の耳朶を激しく叩いた。

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