第3話 耐火性少女の当惑

「わたしは3号。あなたの仲間よ」


 大久保実莉の第一声は「はぁ」だった。

 それは当惑の「ハァ?」と脱力の「はあ……」の中間であり、どちらの態度を取るべきか決めかねた結果の「はぁ」だった。


「さっき神田にアラートを入れたの」


 〈3号〉と名乗った少女型のサイボーグ(外見では人と見分けがつかない実莉より、目の前の〈3号〉の方が機械らしい外見をしていた)は続けた。


「なんか、そんなこと言ってたッスね」


「敬語使わなくていいよ。多分、同い年だから」


 少女は右手を差し出した。


「目黒瞳。よろしく」


 差し出したあとに実莉に右手がないことに気づいた瞳は、


「ごめんなさい。今、持ってくるわね」


 部屋の奥に行って神田に外された実莉の両腕を持ってきた。瞳の歩き方を見た実莉は、その動きがどことなく人と違う、機械独特のテンポを持っていることに気づいた。


「あんた、人?」


 瞳は嫌そうな顔も見せず(当然その顔は最初に見た「少女」のままだった)、実莉の銃のついた右腕を取り外し、代わりに元の人間の腕を装着した。繋がった腕は切断面も見えず、それが簡単に着脱可能と信じることはだれにも出来なかった。


「一応、脳味噌は自前よ。動きを人間に近づけるフィードバック機能は〈4号〉とあなたにしか付いてないわ」


 瞳が喋っている間、口元は全く動かなかった。


「わたしはあなたのプロトタイプだから。身体制御に関する機能に絞って開発されたの。より人間らしさを追求したアドバンス型があなたよ」


 そう言われても実莉には実感が湧かなかった。とりあえず目の前の少女型のロボットらしいものが自分と同じ立場にあるとだけは理解した。


「神田から逃げないの?」


 少女の答えは簡明だった。


「わたしにはその理由がないの。この研究所全体のシステム維持も任されてるし」


 瞳は後ろを向いた。


「付いてきて。他の仲間を紹介する。神田も待ってるわ」


 そう言われて研究所の地上階へと向かう階段を昇るも、実莉には釈然としない思いがあった。しかしそのことを前を昇る少女と機械のアイノコに聞いたところで、納得のいく答えが返ってくるとは思えなかったし、それをするだけの勇気もなかった。

 階段を昇ると、そこはなんの変哲もない事務室のようでキャビネットには実莉には意味の分からない理科系の用語や英単語の書かれたファイルがところ狭しと並んでいた。ただ一冊の「7」と書かれたファイルだけは自分のことと推測できた。

 数字の書かれたファイルは全部で「1」から「7」までありほとんどは複数のファイルにまたがっていた。「1」のファイルは特に古びていて、黄ばんだ背表紙には紙を張り直した跡があった。実莉は「7」のファイルの背表紙を指でなぞった。


「どうかした?」


「あ、なんでもない」


 事務室から出ると同じような小部屋に出た。片方の壁が一面ガラス張りになっていて、そこからは町工場のようなモルタル敷きの広い空間が見えた。なにかの機械がブルーシートに包まれている。


「山手市にいくつかある廃工場の跡地を神田が買い取ったの」


「へー」


 答えながらも、実莉は逃げ出したあとどうやって家までたどり着くかを考えていた。そうとは知らない瞳は、


「こっち」


 瞳は部屋の隅にあるエレベーターの「昇」ボタンを押した。


「二階には中央管理室と電気室、資料室があるわ」


「ふうん」


 興味がない実莉は生返事を返した。瞳と実莉がエレベーターを降りると、そこは瞳の言っていた中央管理室らしくモニター画面が一面に並んでいた。

 そしてその制御卓の前に、モニターの青い光を浴びて神田が立っていた。


「来たな」


「来たわよ」


 実莉は壁にかかった時計を横目で見た。7時を指していた。


「今日、何曜日?」


「金曜だ、まるまる一週間君は寝ていたからな」


「Mステ見たいんだけど、帰してくれない?」


「悪いが、瞳で我慢してくれないかな」


「グラサンが見たいわけじゃねえよ!」


 瞳がバイザー状に目を覆っているパーツを少し恥ずかしげに撫でた。


「ここにもテレビはあるさ。だが、今はそれより大事な話がある」


 神田が手で指し示した方向に簡素なテーブルと椅子が4脚あり、既にそのうちの2つが埋まっていることに瞳は気づいた。


「2号と5号は人嫌いだから来なかったんだけど」


 片方の椅子に座って脚を組んでいる日焼けした少女が立ち上がりつつ言った。


「年では下だけど、あなたのひとつ前に来た6号の巣鴨つばさ。よろしくね」


「あんたもサイボーグなの?」


「わたしは違います。そのうち見せてあげるね」


 つばさと名乗った年下の少女は敬語を織り交ぜながらフランクに返した。


「わたしは、目白マナコ。よろしくお願いしますね、実莉さん」


 にっこり笑いながらもう一人が手を差し出した。瞳が返さないでいると、無理やり手を握って、


「実莉さんのことなんて呼べばいいですか?」


「……実莉でいいよ」


「あだ名とかないんですか」


「別にないし、つけなくていいんだけど」


 勢いにたじたじとなっていると、相手はさらに詰め寄って、


「ええー? でも、可愛いのつけたいなあ」


「ええと、あんたはサイボーグなの?」


「あ、話そらそうとしたー」


 マナコはカラカラと笑って、


「わたしはロボットなの。人工知能、ええとAIって聞いたことあるでしょ」


 実莉は神田を見た。


「マジ?」


「勿論、本当だ」


 神田は続けて、


「君の動作系を人間の動きに近づけるために、〈人間らしさ〉を追求した実験体がそこにいる4号、目白マナコだ。肉体的には君とほとんど変わりはないが、脳と神経系の代わりに半導体とバイオチップを組み込んだバッテリーなしで稼働する人工知能が搭載されている。きみにも応用されている技術だ」


「へー、あんたロボットなんだ」


「実莉には少し難しかった?」


 実莉には目の前でアハハと笑う少女がツクリモノだとは信じられなかった。それなら、人間だと言っていた瞳の方が見た目的にもよっぽど機械だと思った。


「でも、実莉の脳にもバイオチップを使った有機コンピュータは組み込んであるのよ」


「へっ」


 実莉は思わず頭を押さえた。脳内で機械がカチカチいうような気がした。


「身体の動きを最適化するフィードバック機能とか照準の自動補正とか、思考そのものには影響しないけどね」


 マナコに続いて神田が、


「初心者の君が銃を撃って当たったのを不思議に思わなかったのかね」


「うるさいなあ。そんなの分かるわけないじゃん」


 暇そうにしているつばさが椅子の脚を爪先でいじりながら、耐えきれなくなったように言った。


「神田先生、高田先輩は?」


「もう帰ってくると思うが」


「高田って」


 誰と聞く前に実莉の耳にフッと息がかけられた。


「もういるわよ」


「ヒョッ」


 実莉がびっくりして振り向くと、そこに黒髪の背の高い少女が立っていた。


「あんた、どっから出てきたの」


 高田という少女は実莉を無視して、神田に話しかけた。


「外に人はいないわ。見張られてもいないみたい」


「うん、ありがとう」


 少女はそれから実莉に向き直った。上から下まで目でなめる。


「ふうん。あなたが大久保実莉ねえ」


 一呼吸つくと、神田に、


「いい子みたいじゃない。いい選択したわね」


「そうかな」


 実莉には納得がいかなかった。


「そうかな、じゃないわよ!」


「一体、なんの目的があって、中学生ばっか狙うのよ。普通もっと金になることするじゃん。やっぱ変態なんでしょ」


 実莉以外の5人は顔を見合わせた。


「目的ねえ……」


「なに」


「特にないんじゃないかな」


 高田が言った。


「科学の発展はそれ自体が目的だからな」


 神田が言った。


「なにが科学の発展よ」


 実莉は腕を広げた。


「こっちはオタクの趣味に付き合ってる暇はないの。黙ってるから家に帰してよ」


「それはちょっとやめた方がいいと思うなあ」


「うん。ちょっと賢くないよね」


 つばさとマナコが相次いで言った。


「なによ。あんたら」


 実莉は、神田に身体弄られたくせに、という言葉を飲み込んだ。高田が実莉を指差した。


「だって、あんた、もう神田のメンテナンスなしじゃ生きられないじゃない」


「は?」


 実莉には今度こそ本当に初耳だった。


「なにそれ、聞いてないんだけど」


 神田は悪びれずに、


「あー。わざわざ言わなかったが、そういうことになるな」


 高田も、


「だいたいの感じで分かってると思ってたけど」


「だいたいの感じってなによ!」


 実莉は言い返すと、神田に詰め寄ろうと一歩踏み出した。


「どういうつもりなのよ、あんた。責任とってよ」


「ちょっと待って」


 前に出てきた高田を、実莉は押しのけようと腕を出した。そうすると全く予想もしていなかったことに、その腕は高田の体を突き抜けた。映写機の光の中に手を出したように、実莉からは手の上に高田の体が重なって見えた。

 ヒヤッとした冷気が立ち上がって座り込んだ実莉に、高田はかがんで、


「そういうことだから、もう少しここにいて話を聞いてみたらいいと思うよ。どうするかはそれから決めればいいじゃない」


「あ、そうそう。自己紹介するのが遅れてたけど、わたしは高田夜霧。一応ここの最年長。さっき見たと思うけど、幽霊なのでよろしく」


 実莉は一言、「オカルトかよ」と呟くのが精一杯だった。








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