第2話 耐火性少女の戦斗
「あー。テステス。聞こえるか新〈ネオ〉・大久保実莉君。君に秘密兵器を授けよう」
壁の大型スピーカーから大音量で流れた神田の声に色めきたったのは、今しも扉から降りてきた男たちだった。
「あっ、神田、テメエ」
「ッケンナ! ッテコイ! ッナスゾ!!」
スピーカーから神田のため息が聞こえた。
「いや、有楽組の諸君、君らには言ってないんだ。残念だが」
「フザケンナ! 神田、ブツ返せ!」
「ブツ」ってなんだろう、そう実莉が思っている間に神田はヤクザを無視して続けた。
「いいか、大久保くん、今君がいるところから見て右手の壁の隅に棚があるだろう。そこに君の腕の戦闘用スペアが置いてある」
実莉は壁に隠れたまま、右を伺った。確かに電灯に照らされた棚があり、そこに断面側を見せた腕らしき筒状の物体が並んでいる。ただ、そこに行くには部屋の中心にいるヤクザたちに姿を見せないといけない。
「どうした? 早く行きたまえ」
「おい、オマエ! 隠れてないで出てこいや!」
同時に双方向から命令された実莉はより安全な方を選ぶことにした。
「あっ、すいません、すいません。今出てきますから撃たないでください」
そうっと物陰から出て、立ち上がる。本当は手も上げたいところだが、上げる腕はない。
「すいません、あたし本当に被害者で、あいつに捕まってて」
早口にまくし立てた実莉が見たのは黒いスーツの二人とポロシャツの一人、そしてポロシャツが上げた腕に握られた黒い物体だった。
バン。
普通、バンやパンと表現される拳銃の発射音も、初めて聞く実莉の聴覚にはドカンという爆発音として捉えられた。腹を思いきり殴られたような衝撃を感じ、床に転がって脚をバタつかせた。
意外にも神田は驚かなかった。それどころか呆れた声で、
「実莉くん、演技はやめてくれないか。至近距離でもない限り、ピストルの弾で傷つくようにきみの体は作ってない。それはきみのイメージが作るかりそめの痛みだ」
「ほら、早く起き上がらないと」
実莉は視界の隅に黒服の二人が突進してくるのを映した。慌てて起き上がり、棚に走り出す。確かに神田の言う通り痛みはなかった。
バランスが取りづらく、ほとんど倒れるようにして棚へと辿り着く。どうしたらいいか分からないうちに、左の壁に火花が散った。
「一番下の段、右の隅の腕に肩をはめたまえ」
数発の射撃音がしたが、運よく弾は当たらない。ひざですり寄り、肩の断面と腕の断面を必死に合わせた。数秒、ガチャガチャと試行錯誤するとウィーンというモーター音がし、腕の重みが肩に伝わった。
「繋がったな。では、反撃開始だ」
実莉は勢いよく腕を引き抜いた。ひじの先には本来の腕の代わりに円筒状の銃身のようなものがついている。実莉は叫んだ。
「どうすれば撃てんの!?」
「銃と同じだ。人差し指を引きたまえ」
「だって人差し指ないじゃん!」
脚に銃弾が当たった。思わず脚を縮めて体で抱えてしまう。
「だからイメージだ。撃つイメージをするんだ。きみは想像力がないな」
「どうせないわよ、そんなん」
実莉は小さく呟くと、円筒の先を黒服に向けて、目を閉じ、頭の中の想像で指を引いた。
タタタタン。
目を開けると、黒服の一人が体から血飛沫をとばしながら仰向けに倒れるところだった。円筒の先からは煙が出ていた。
実莉は慌てて機械の陰に隠れようとしたもう一人の黒服に円筒を向けた。
タタタン。
撃ったうちの1発が当たったとみえ、一度体が跳ねると壁に当たってズルズルと崩れ落ちた。残ったポロシャツは腰に提げたベルトからゴツゴツしたボール状の物体を抜くとピンを抜いた。
「手榴弾だ。走れ」
アンダースローで投げ込まれた手榴弾が床を跳ねると同時に、実莉は起き上がってポロシャツに向かって走り出した。ポロシャツは拳銃を2発連続で撃つが体勢の低い実莉には当たらない。
「そこだ。跳べ」
神田の声を聞くと、実莉は大きく踏み込んだ。実莉がジャンプすると背後で爆発がおき、爆風が実莉の服と髪を煽った。実莉はポロシャツの男の頭上を大きく飛び越えると、体で転がって着地した。起き上がると、ポロシャツがこちらに向かって走ってくるところだった。
腕を上げる前に、ポロシャツに頭を蹴られ地面に押し倒される。腕と腹に脚を乗せられ、身動きのとれない実莉の目の前にヤクザの男は銃を突きつけた。
「アバヨ。化け物」
「その通りだ。いつまで人間気分でいる。はねのけろ」
実莉は神田の声に従い、力をこめて起き上がった。簡単に男は3メートルほど吹っ飛んだ。
「そうだ。それでいい。想像をしろ。きみは超人だ。人間と同じイメージの中で生きる必要はまるでない。きみには70キロ程度の人間など容易にはね飛ばせるほどの膂力がある」
うめき声をあげた男に、実莉は円筒を向けた。
「撃ちたまえ」
タタタン。
声をあげすらせずに男は息絶えた。実莉はするすると腰をおとし、床に尻をついた。
「惨憺たる結果だな」
「これほどまで愚かだとは思っていなかった。自分が優れた肉体の持ち主だと、稀有な存在へと覚醒したと本当に自覚しているのか。4発も被弾して。本来の性能ならこの程度の三人、数秒で片のつく相手だぞ」
実莉は顔をあげずに答えた。
「あんた、うるさい」
「自分が頭いいとか思わないでよ。変質者のクセに。じゃああたし帰るから。ここの場所絶対警察に言ってやるから」
右手の銃身を杖に立ち上がると、男たちが入ってきた入り口へと脚を踏み出した。気づかないうちに弾が当たっていたらしく、服に穴が開いていた。
「待ちたまえ、新〈ネオ〉・大久保くん」
「ネオ大久保言うな」
「このまま帰れば君は人殺しだぞ」
実莉は振り返った。床の上の死体を見た。
「せいとうぼーえー、でしょ」
突き放すというよりはむしろ自分に納得させるためのようにそう言った。
「でも人殺しだ」
「あんたといたら違うって言うの」
スピーカーの声はなぜか楽しそうに言った。
「違うね」
「証拠隠滅でもしてくれんの」
「違う」
「じゃああんたが殺したことにしてくれんの」
「もちろん違う」
「はっきり言ってくんない」
スピーカーはマイクに近く囁くような声で言った。
「あの人間の巣に帰れば、君は所詮人の法で裁かれる人間に過ぎない。だが、君が私の元にいれば君は人を越えられる。超人を裁く法はない。分かるか、大久保?」
「は?」
実莉には屁理屈を言っているようにしか聞こえなかった。ヤバイ奴を目の前にしたときのそら恐ろしさを感じつつ、実莉は
「まあいいや。知らんけど、とにかくあたし帰るから。出てきたら撃ち殺すからね」
そう言って実莉は階段を登ろうと足を踏み出した。
コツンコツン。
実莉の耳に階段を降りる足音が聞こえた。ヤクザたちのとは違い、ドタドタと無作法なものではない。
「ちょっと、あれ、誰?」
スピーカーは答えなかった。
「ねえ、聞こえてるんでしょ、ねえ、ちょっと」
スピーカーは沈黙したままだ。実莉は数歩下がると銃を前に構えて狙いをつけた。
「降りてきなさいよ! 蜂の巣にしてやる!」
叫ぶも、足音の歩調は変わらない。足音が止まったとき、そこには実莉と同じ服を着た少女が立っていた。目はバイザーのようなものに覆われていて表情は読めない。
「こ、こんにちは」
呼び掛けた実莉に対し、少女は口を動かさずに答えた。
「こんにちは。あなたが7号ね」
スマートフォンの読み上げ機能のような感情のない声だった。
「7号? ええと、あなたは」
「わたしは3号。あなたの仲間よ」
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