気になる人が気になっているか気になっている
それから、金魚鉢の美少女との交流は続いていた。あくまで、金魚鉢を通した関係。単なるビデオ通話のやり取り以上、オフ会未満な関係って言ったらいいのかな。
ただ、こんな彼女はそういう風に思っていないだろう。口には出さないが、傷が増え気も沈んでいる。戦争は激化、それも劣勢であることを暗示していた。
しかし、彼女は自分から金魚鉢に顔を突っ込んで話しかけてくることも多くあった。こちらとしては、断る理由も拒絶する気もないので、むしろ大歓迎なのだがこんな男と話をして何が楽しいのだろうか。
『なぁ、戦況とか……悪いのか』
何度か似たようなことを聞いたが彼女は、だんだんとはぐらかすようになった。
出会ったときは教えてくれた彼女の身分に関しても、彼女の国についても答えを聞くことができず、余計に彼女のことが心配になる日々だ。
相談は誰にもしていない。はじめは美少女を独占したいという欲が、彼女の"秘密"を知った今では何としても隠し通さねば、と思い始めている。
いや、冷静に考えれば逆も正解なのではないか。彼女のいる世界は、どうにもこっちの世界とは違うようだ。文化などでは考えられない、文明レベルで違うような印象を受けた。電化製品は欠片も見られない。
『なぁ、夜、明かりってどうしているんだ』
『ふふふ、――こうするのよ』
その日、初めて"魔法"という摩訶不思議な現象を目の当たりにした。
『
『何だよ、そりゃこっちだって驚くに決まってんだろ』
『でも、口ぽかーんと開けて』
『ほら、ちくきゅー』
『っ、はむ』
『……お前だって金魚みてぇに口開けてんじゃねぇか』
『だっ、騙したわね』
彼女は、王族。こっちの世界と同じ意味の王族。そもそも彼女と日本語で会話できることが不思議なところではあるんだけど。
彼女の王族としての立ち居振る舞いを知ることはできないし、直接聞くなんてことしないけど、自分とのやり取りで心が休まるならそれで嬉しいと思う。
「ねぇ、ねぇってば」
「ん?」
急に肩を叩かれ思考が止まる。叩いてきた張本人を見て、今自分が学校にいることを改めて認識した。
うっさい騒ぎ声と弁当の匂い、ついでに腹が減っていることに気が付いた。
「あっ昼休みか」
「昼休みかって、あんた最近変じゃない」
「なっ何もねぇよ」
「ほら、その反応。『なっ』とか、何にびっくりしてんの」
「いや、まぁ……食堂行こうぜ」
女のカンなのか、察しのいい友人を上手くごまかして食堂に向かう。はぁ、危なかった危なかった。
「あぁ、混んでる混んでる」
そう言いながら、友人はパイプ椅子を近くにずり寄せてくる。肌というか制服が擦れる。
「椅子をちかづけても意味ねぇだろ」
「かんけいあるのー。大いにかんけいあるのー」
顔を赤くして言われても。説得力に欠けるし、なにしろ美少女じゃないし。
友人からは好意を抱かれている気がする。まぁ、直接好きと言われたことないんで、童貞の勝手な妄想である可能性大なんだけど。てか、多分じゃなくとも俺の勘違い。
顔が赤く見えるって、こいつは普段から無駄に元気で血色がいいからとらえ方次第でどうにでも解釈できるし。ってかむしろ、
「はぁ。おっ、その肉うまそうだな。なんてやつだ」
「毎回、同じこと聞いているわよね。切り身ビーフって言っているじゃない」
「うまそうだな……」
「…………なっ」
「うまそうだな」
友人は、切り身ビーフを箸で挟んだまま、
「うまそうっ」
「ほら、ほらほらほらって」
箸に挟まった肉を箸で挟むのは、よくない。日本人なら守るべきマナーである。
仕方なく、いつものように口を開けパクつく。
「うまいうまい、最近腕あげたんじゃないかな。食堂のおばちゃん」
「…………」
「なんだ、箸見つめて」
「なんでも」
「なんでもなくないから、ボケっとしてるんだろ。それに、毎回俺がそれ食うって分かってんだから、たまには違うの頼んだらどうだ」
それはいつも思う。まぁ、自分は好きなものを毎回つまみ食いできて、メインは日替わりで食べれるのはうれしいんだけど。友人は、いっつも同じもの――正確には、最初につまみ食いをした日からずっと同じもんを食っている。
ここで勘違いしないように気を付ける毎日。何度か好きなのか聞いたら全力否定された経験があるので。あの時はまだ若かったな。
「なんでもなくないからって、それこそあんたに言えることでしょ」
「ふぇっ?」
「あんたさっきからずっと、いや、もう最近ずっとボケっとしてるよ。何かあるなら、いい加減話してくれてもよくない」
それでも、美少女のことはむやみに人に言い広めることじゃない。
「私ってそんなに頼りないかな。悩みだったら人に話すだけで楽になるって聞くし、何なら他の人でも良いから、とにかく一度言葉にするといいよ。口に出すのが難しいなら、書き出すのでもいい」
友人の本気で心配している様子に自分は何を渋っていたんだと思った。
自分は今悩んでいたんだ。もやもやと美少女のことをずっと考えていた。自分がどうしたいのかって。
――自分は、美少女のことが好きなんだ。
薄々と考え、無意識で否定していた。戦争に身を削る彼女にそれを伝える訳にはいかない。
ただ、一つ。彼女は、戦争は終局へ向かっていると言っていた。
戦果について、自分は何も聞いていない。
いいのか、悪いのか。単純で陳腐な2択でしか表現できないが、自分にはどうしようもない。結果を待つ。それしかできない。
分かってはいる。だけれど、もやもやを解消するすべを持ち合わせていなかった。
目の前の友人を見つめ返す。自分は相談することに決めた。
「――俺、好きな人ができた」
「えっ」
「これからは信じられない話かもしれないけど、聞いてほしい」
自分が美少女のことを話している時の友人の表情は、今まで見たこともない顔で。
友人の開いた口は、自分が話を終えてそのことを伝えるまで閉じられることはなかった。
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