気になる人が気になっている
台所から持ってきたちくわの穴に細切りのキュウリを差し込む。
そういえば、この料理? に名前はあったのかなと疑問に思いGoogle先生に聞いたけど、検索結果を表示するだけで、正確な名前は分からなかった。
とりあえず、『ちくきゅー』を一つ握り、金魚鉢の中に向けて斜めに投げ込む。
すると、
「何するのよ!」
――女の子が出てきます。可愛い可愛い金髪碧眼の女の子。美少女ともいう。
「ウマイか」
「美味しいけど」
モグモグとちくきゅーを咀嚼する美少女は、小動物的な可愛さが加わり神がかっていた。
顔がニヤけるのを堪えながら、彼女を微笑ましく見つめる。
「もう一つ、いるか」
「っ、庶民の施しなど」
「キュウリ抜いてもいいんだぞ」
「それはイヤっ」
今度はマスクでも買ってこよう。そうすれば、遠慮なくニヤニヤすることができる。
彼女に3つ目のちくきゅーを餌付けしたところで、残弾がなくなってしまった。
補給しようにも冷蔵庫にあるだけ持ってきたので、スーパーに買いに行くしかないんだけど、面倒くさい。
だから、期待の眼差しを向けられても困るのだ。何かないかな、何か何か、ナニ、か。そうだ、カチャ、ボロッ
「ちょっと! 何か嫌な予感がしたんだけど」
「……すみません」
「良からぬことをしようとしたのね。変態!」
変態ってことは、美少女は自分が何を見せられようとしていたのかを予想したってことだよな。
これ以上はセクハラ案件なんで、考えないけど。
「変態よ、変態……」
ボソボソと変態連呼する彼女を見て、もうかなり仲良くなったな、と思っている。
この関係を友達というのかは分からないけど、彼女と過ごす時間は心が満たされる。
幸せか、と問われればすぐに幸せだ、と答えられると確信している。友達か分からないというのは、友達ではない関係を望んでいるからなのかもしれないな。
彼女は、どう思っているのだろうか。友達だと思っているのか、ただの変態かと思っているのか、それとも、配下の一人か。
ちくきゅーを喜んで食べる庶民的な舌をお持ちの彼女は、とある大国の王女らしい。
王女と聞いて、女王様になるのと単純思考で質問したことを今では少し後悔している。
彼女の国の現国王――彼女の父親には4人妻がいるらしい。彼女の母は、4番目の妻だった。
彼女の母は、身体に不安を抱えていた。弱かったのだ、病気やケガ、下衆から身を守る免疫も体力も地位も。
国王と彼女の母の結婚の経緯は、知らない。単に彼女が意識的に語らなかったのか、知らなかったのか。それを知るすべはない。
彼女のいる国では、国王になれるのは王子だけでなく、王女もなれるそうだ。継承者の決定は、現国王が独断で行う。
ただ、今彼女の王国では大変な騒動が巻き起こっている。現国王が、旧国王になったのだ。ちゃんと言うと、国王が死んでしまった。急死だそうだ。
弟が彼女を釣り上げた時、彼女の表情に浮かんでいた悲しみの感情と隠せない涙は、国王の死亡日を暗示していた。
そんな日に釣り上げてしまったのは、大変申し訳ない。
というよりも、なぜ金魚鉢の中が彼女の世界に繋がっているのか一番の疑問だ。
さっき、ちくきゅーを斜めから投げたのには理由がある。こっちの世界から侵入した物質は、加速度を保存したまま彼女の世界へと行く。彼女の世界に一度『顔を突っ込んだ』ことがあるが、地面に足をついていたので、あちらの世界にも重力加速度に近いものが存在することは明らかだ。
金魚鉢に『繋がっている』向こうの世界の場所――金魚鉢に入れたものが出ていく場所はまちまちだったが、ほとんどの場合『下』なので、入れたものは下から上に出ていく。
だから、『真下』に投げると向こうの世界で『真上』に打ち出される。
打ち出されたものは、向こうの世界の重力加速度を受けて落下を開始して、『真下』に侵入。
『真下』に入ったものは、こっちの世界で『真上』に打ち出され、同様にして『真下』に落ちる。
ちくきゅーを真下に投げると、世界を行ったり来たりしながら永久に落下して上昇するという面白い現象がみられるのだ。
いや、こんな現象はどうだっていいんだ。よくないけど、結局のところ何故繋がっているのかが分かっていない。相談するにも、こんな美少女をほかの人に見せたくもないしな、と勝手ながら弟に口止めもしている。いつまでも続けていくのはダメだと思っているけど。
ふとそこで、彼女の首元が気になった。美しいきめの細かい肌、その白に一部不自然な箇所があったのだ。
「おい、その首どうしたんだ」
「えっ、あっ、何でもない」
「何でもない訳がないだろ。首を引っ込めるな」
むぅぅぅという彼女の頭をムリムリと引っ張る。多少強引で、さらに彼女が痛がったのですぐに手を離したけど。
確かめることはできなかったが、彼女の首には傷があった。本当は、白い粉とかで隠していたのかもしれないが、金魚鉢の水で流れ落ちてしまったのかと思う。
「……戦争関連か」
確かめるような問に彼女はたっぷりと時間を取ってから頷いた。
「そうか、そうなのか」
彼女は、戦争に参加している。彼女は、そこで戦果を挙げなくてはいけない。
名誉を得るため、次代の国王になるため――そんな陳腐な理由ではない。
「頑張らないと、ダメなのよ。自分が活躍して――」
――母の汚名を晴らす。
彼女の母は、国王を殺した調本人だとされている。
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