気になる

 翌朝。夏休みだからと惰眠を貪ろうとしたが、昨日は風邪でさんざん寝たせいか早めに起きてしまった。

 はっきりした意識は2度寝を許してくれなさそうで。

 カーテンを開くまでもなく外は暗い。

 時計を確認するために付けたスマホの画面が眩しく、手を空中で揺らして捕まえた紐を引っ張る。

 目を細めながら明るくなった部屋を見回すと、ある一点で首を止めた。

 並々と水が入った青い曲線を描くガラス。中では単身赴任で全く帰ってこない父がいつの日かくれた金魚が泳いでいる――はず。

 綺麗な黄色い目をした金魚はどっから持ってきたのか未だに分からんけど。

 てか、今はもっと気になることがあるんだけど。


「昨日のって夢、だったのかな」


 金魚鉢を外から眺めても分からない。というより最近は掃除とかをさぼっていたので、少し水が汚く見える。あくまで少し。ほんとに少し。

 一応は金魚の存在を確認でき……掃除はまた今度でいいでしょ。


「この中から出てきたんだよな」


 ボソボソと空気に消える声を出しながら、数秒思案する。そうだ、突っ込んでみればいいだろ。もちろん手だよ、突っ込むのは。

 緑っぽい水に手を入れると温く滑っとした感触が伝わる。汚いものを触っているようで、少し顔を歪めるが挿入を続ける。

 すると、指先に砂利の感触が届く前に、肘のあたりまで金魚鉢に吸い込まれてしまった。

 何だなんだと腕をフリフリと動かす。明らかに金魚鉢ではない場所にまで繋がっている。理由は分からないけど、動く。ありえないほど動くぞ。


「んっ?」


 何やら柔らかいものを掴んだ。布越しっぽいけどすごく柔らかく、いつまでも触っていたい。何となく嫌な予感がする。初めての感触だが、状況はあれだ。あれだよ。鈍感系男子が揉みしだくやつ。

 そう思ったとき、腕にギリギリとした痛みが伝わり一気に腕を引き抜く。

 何かを掴んでいるままな気がしたけど――


「あっ。やべぇ」


 ――気のせいじゃなかった。持ってきてしまったものを見てどうしようかと固まってしまう。

 ブラジャー。フリルが沢山ついたやつとかじゃなくて、シンプルなやつ。イオングループとかがcm

 明らかに犯罪である。変態さんである。


「返さなくては」


 もう自分の都合は除外して、緑色の液体に顔を突っ込む。このブラジャーは、あの時の美少女のに決まっているし。

 こんな危険物持っていられる訳がない。


「痛っ」


 すると、固い何かとぶつかり、金魚鉢から顔を引き戻す。焦ったせいで金魚鉢が机から落ちそうになったのを全力で止める。 


「あっぶねぇ! あぶねぇ」


 コンコンとドアのノックがあり、ゆっくりと母が部屋に入ってきた。

 ブラ危険物を掴み金魚鉢に突っ込んで、金魚鉢を体の後ろに隠す。


「大丈夫?」

「あぁ、寝すぎで今起きちゃっただけだ」

「あら、そうなの。風邪は大丈夫そうね。お腹すいてたら、冷蔵庫から好きなのチンして」

「分かった」


 母が背を向けた瞬間に歯を食いしばる。腕をバシバシと叩かれている感じ。取り合えず、手を開いてブラを

 その時、違和感を感じた。腕は下へと伸ばしている。よって、手から離したブラは下へと落ちるのが自然の法則だ。

 しかし、手を開いてもブラは手に乗っかったまま。これじゃぁ、手を上に向けていることになる。おかしい。というか美少女が金魚鉢から出てきたんだから、色々とおかしいことだらけだ。


 取り合えず、手を引き抜く。もちろんブラは置いてきた――と思ったら、指に引っかかっていた。

 どうしようか。カメラを突っ込んで調べても良いかもしれないけど、xperiaはジャックカバー壊れたからダメだし、ipadはそもそも防水じゃないし。


「やっぱ頭しかないか」


 困ったときは頭を使えとはよく聞く言葉。その言葉の意味がよく分かる。

 ゆっくりと、頭を金魚鉢の濁った水に入れる。

 ある瞬間から、一気に解放感と首を堺した頭と身体の分離を感じた。繋がっているはずなんだけど、言葉にし難い違和感ばかり。

 そこで目を開く。見たこともない調度品が埋めつくす部屋の中に金髪美少女がいた。かなりの至近距離にいる。額が赤い。頭をぶつけたとき、彼女も同様に頭をぶつけていたようだ。


「…………」

「…………」


 美少女は、胸を両手で隠している。そう、手ブラだ。白く柔らかそうな肌が丸見え。ふわりと柔肉が沈み込んでいる様子も丸わかり。あっ、パンツは履いていた。


「あの、ブラ返します」


 片手を何とか首と金魚鉢の口の隙間に刷り込ませて、ブラを返却する。


「…………」

「あの」

「…………」

「ブラ返したいんですが」

「………………っ」

「っ美少女?」


 美少女は、段々と顔を赤くして後ずさる。いや、実際そんなに離れていない。

 片足を後ろに引いて――


「あんたが見てたら、乳首が見えちゃうじゃない! 気を失いなさい!!」

「あうっ」


 ――目で追えない速度の蹴りを放った。将来の夢はサッカー選手かな。

 直撃を受けた脳みそで、薄れゆく意識の中そう思った。


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