弟は美少女を釣り上げて、リリースしました

たまかけ

キャッチandリリース

「兄さん、釣りに行く日」


 釣竿を持って部屋に侵入した弟は、布団にくるまっている兄に向けていった。


「ごほっ。弟よ。兄貴は風邪を引いていると分からないのか」

「釣りに行く日」

「むぅ……」


 弟は融通が利かない。血のつながっているというのに何故ここまで違うのだろう。

 この前なんて、ロールパン買ってきてとと言ったら、バターロールしかなかったと買ってこなかったし、卵かけするから卵買ってと頼んだら、ゆで卵買ってきたし。分かんなかったら聞いてほしいもんだ。

 融通が利かないというよりは、ちょっとみんなとずれている。言葉をそのまま受け取るというか、なんというか。

 試しに「兄は床に伏せっている。そこの金魚でも釣っていろ。釣ったらちゃんと戻すんだぞ」と言ってみる。

 すると、弟は何の疑問も持たず釣りを始めた。ちっちゃな金魚鉢に釣り糸を垂らして、ピクピクと竿を揺らしている。専門書でも読み込んだんだろう。様になって見えた。釣り糸が伸びた先が、金魚鉢だけど。





「おっ。重い。兄さん、重たいのが」


 少し眠っていたら、弟の大きめの声に起こされた。いや、釣れても金魚だろ。精々数十グラムに何を言っているんだ。

 しかし、弟にしては珍しく切羽詰まっている様子だったので、覚束ない脳みそでよろよろと釣り竿を握ってみる。

 瞬間、手にずっしりとした重みが伝わる。


「なっ。何て重さだ。これは金魚の重さじゃないぞ」

「兄さんも頑張って。引っ張って」


 兄の威厳にもかかわるので、病人らしからぬ頑張りを見せる。

 数秒のち、釣り竿が動きだした。一度動きだすと、後は一気に引き上がって、そのまま盛大に尻もちをついてしまった。


「きゃぁぁぁ」

「痛ってぇ」


 尻もちで痛めた臀部をさすりながら、目を開く。明らかに弟じゃない声が聞こえたので。


「…………」

「…………」


 問おう、と問われそうな立ち位置で俺はを見つめた。見つめあった。実際には金魚鉢から顔しか出てないけど。なんで金魚鉢から女の子が出てくるのか知らないけど。

 その口がゆっくりと開かれた。


「おっ、重くないわよ」

「いや、重かったぞ」


 俺も彼女もいきなりの出来事に戸惑ったのか、第一声が残念なものだった。

 白くしわのない肌に混じりけのない金色の髪を張り付けた彼女。同年代か少し年下か、日本人離れした可愛らしさを持つ彼女。ただ、彼女の碧い目はどこか物寂しさを――


「次は捕まるなよ」

「きゃっ」

「何故にリリース!!」


 ――そう思った所で弟は、彼女の服に引っかかっていた針を外して、彼女をリリースした。


「なんで、なんでリリースしたんだ。恩着せがましいセリフとか釣り人の定型文だけど、女の子釣ったんだぞ。分かってんのか!」


 強めにコンチキショーかましたけど、弟は平然としてる。毎度毎度7chかよと言いたくなる。


「兄さんが釣ったらちゃんと戻すんだぞって」

「あっ」


 言った。確かに言った。この弟に例外は通用しないってことも知ってた。釣りができたからか、鼻息立てて満足気だし。

 だけど、そりゃないだろ。女の子だったぞ。カワイイ美少女。金髪碧眼の。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 残念な気持ちになりながら、ベットに戻る気力もなく床に落ちた布団に包まってそのまま寝っ転がる。

 弟は釣りに飽きたのか部屋を出て行ったっぽい。バタンというドアの音を聞いたところで意識は落ちた。

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