普通の、高校生だったんだ。
なぜ梨音は貸し切り風呂に一緒に入ってくれないのか。人生最大の疑問だ。貸し切りなんだ、全員で入れば良いだろう!
そしたらザ★ブお(略)が観られたというのに。久しぶりに!
「・・よく警察に入れたよね、勇護」
千秋が呆れ顔だ。本日二回目のこの顔。
<昔は優しかったのにね>
「まて!真央、それは今優しくないみたいだろ!」
<昔はただ優しいだけだったのにね>
「今は!?」
<昔は裏なんてなかったのにね>
誤解だ!!裏なんてない!!ザ★ブ(略)が観たいだけなんだ!
できたら俺のものにしたいという気持ちもあるが!
「真央、携帯が腐るからメッセージしないほうが良いよ」
ザ★(略)の持ち主が本日最大限の否定力で真央にアドバイスしている。
<春ちゃんと音信不通になっちゃうからやだな。ごめん、ブロックするね>
「やめて!!!!!」
<今まで友達でいてくれてありがとう>
「何それ!ちょっと!本気じゃん!」
「うるさいなあ。黙らないと三人で泊まってアンタ車中泊にするよ」
ザ(略)いつの間にか、ザ(略)しかないけど!ザ(略)の持ち主が止めを刺しにきた。
「あ、それはそうとさ、そろそろ飯にしねえ?」
話を変えるスキルを警察学校で身に付けた。上官の厳しい叱責もこれで逃れてきたんだ!!
「迷惑料でおごりね」
<やった!友達再開するね>
「勇護ありがとう!」
・・・前略 平良春日 様 女3対男1は圧倒的に不利な戦いです。敵前逃亡はご遠慮ください。草々
◇◆◇
夕食を食べていつもの行先を経由して、マスターの店に行く。ニヤニヤと気味の悪い笑顔のおっさんが目の前に座っている。北沢団長の団員が押忍、押忍と連呼してくる。
どうしてこんな生活になったのだろうか。
そんなことを考えなくなってしばらく経つ。
普通の、高校生だったんだ。
4年前まで普通の高校二年生だった。ボールを蹴ることが楽しかった。暉と将棋をすることも楽しかった。ロッククライミングも好きだったが、ケガをすると困るからボルダリングジムで我慢した。勉強は数学の難問が解けた時だけが心地よかった。父の影響か政治経済・・・というより社会科目全般簡単だった。他はいつも千秋に助けられた。
「早く奨励会入んないと入れなくなるからな!!」
「入らなくていいの。俺は将棋のプロになんてならないんだから」
いろんな意味で今じゃ将棋のプロだな、とふと思い出しながら、駒を並べる。
父は大学教授だった。政治学なんてつまらないものを専攻していた。
そのつまらないもののせいで何もかも失ったのだから。
気味の悪いおっさんは、穴熊を組んだ。
この国の気味の悪いやつらは必ず穴熊を組む。それは将棋のことではないし、将棋のことだけで言えば、俺自身も穴熊は嫌いじゃない。
諸悪の根源は自分にさえ辿り着かなきゃ良いと思っている。
その過程で、どれだけの駒が取られると思っているのか。
どれだけの人間が死んでいくのか。
玉将は知らない。知るつもりもない。自分がその立場になることはないと思っているからだ。
中飛車左穴熊の相手の駒をとりつくした。残ったのは、金と
気味悪おっさんの後ろでわなわなする南野団長とは裏腹に後ろの北沢団長は見なくても笑顔でほくほくしているだろう。
「今日も助かったよ。春坊。何か飲むか!!」
「じゃあいつもの。念書の分、終わりだよね」
「いやー!もう終わりか。10回にしときゃ良かったな」
マスターがいつものメロンソーダを持ってくる。
「酒も飲めねえ小僧っ子のくせに、肝っ玉は据わってんだよな」
「飲まないだけで飲めるし、団長のほうが弱いじゃん」
「ちげえねえ!!」
団員が全員笑っている。大爆笑だ。この人たちは、嫌いじゃない。
こんなことを他の団や組でやると、引き金を引かれるだろう。小指だっていくつあっても足りない。だが、この北沢という変わった団長はそんなことを許さない。俺の毒舌に平気で乗っかり、笑い話にしてしまう。ちなみに、北さんは何故か「団」にこだわる。北沢「組」と言うと、キレる。古き良きヤクザっつーのはよ、うちのことよ!!と本気で言っている。実際、その通りなのだろう。
「春坊、そろそろよ。うちに来ねえか」
唐突に真面目な顔で北さんが告げる。
「金なら当然払う。護衛ももちろんつける。そのアタマ、貴重なんだよ」
将棋だけのことではないのは間違えない。
「うちは年齢なんて関係ねえ。お前さんのことは誰もが認めている。その気概もだ。カタギのやつが仮にもホンモノを無傷で返り討ちにしたその実力。欲しくないといえば嘘だろう」
返り討ち、とは三度目の代理指しの後のことだ。対戦相手だった西嶋組のやつが睨みつけていたからまあ関係者だろう。銃で撃たれたらどうしようもないが、反撃しなければ絶対に撃っては来ない。金を取り戻したいやつらがわざわざ俺を殺して、回収ができなくなる愚を犯すとは思えない。近くのコンビニに入る。中には追ってこない。二人いるのがわかった。度数の高い大きめの酒瓶を2本とライター、一番大きなヘアスプレー、雑誌を買う。雑誌はまあなくても良いかと思ったが。
少し離れ、人の気配がほとんどない路地裏へ歩いていく。
立ち止まる。
振り向いて、挑発する。
「暇だねえ、おっさんたち。あくびがでるよ」
わざとあくびをした瞬間、二人がかりで向かってきた。一本の酒瓶を空中に投げ、数歩下がり、もう一本は地面に叩きつけた。立ち止まり、腕で破片から防御しようとした二人の靴や服には十分にアルコールがこびりついている。
遠くない距離で左手のヘアスプレーを彼らのいる地面に向け、右手でライターの火をつける。
真っ暗な路地裏が急に明るくなった。
燃え盛る自分たちの身体に恐怖し、大慌てで火消しにかかる二人。一人の外踝を目がけて蹴りを入れる。ミドルやハイのキックで足を掴まれたら面倒だから、そこに狙いをつけただけだ。足払いのようになり、転倒したやつは地面のアルコールでより燃焼していた。片割れが、燃えるスーツよりも俺の危険性を認識したのか、得物を抜く。
近すぎたので一歩だけ下がり、しっかりと立つ。堂々と睨む。恐怖はない。余計な力もいらない。挑発に言葉はいらない。「てめえ!!ぶっ殺すぞ」という心拍数が1も上がらないような脅しをかけてきた。本当に
ここで死ぬならそれも良い、やってみようと思い、ゆっくりと歩いて近づく。三歩。火の熱さが感じられる距離、吐息を感じられる距離に来た。ゼロ距離になった以上、得物を使うには腕を一度引かなければいけない。
なんだ、俺は死なないのか。両肩を掴んで、膝蹴りをかます。くの字になり、首を差し出してきたので手刀・・・ではなく、汚い頭を掴んで、まだ燃えている地面に叩きつけた。「あ、あづいぃぃぃ・・・・!やめろぉ!!」などという当たり前のことを言うので、やめた。火が熱いのなんて言われなくてもわかってる。そのために使ってるんだから。
二人を尻目に、ゆっくりと大通りに戻って家路についた。あちこち焼け焦げたスーツのやつらは歩いていたら絶対に目立つから、追っては来れないだろう。後ろから撃たれたら死ぬだけだ。追ってきたら逃げ込んでもいいかと考えていた交番に人がいないのを見て、ふとおかしくなった。誰が市民を守るんだよ。勇護。
翌日、報告をしに行った北沢団長は笑った。
おめえホントにそんなことしたのかよ!!と笑いながら電話をかけ始めた。そしてその場にいた団員のほとんどが笑い、中には肩を組んでくるものまでいた。
北沢団長と数人に連れられ、西嶋組に行くと、すでに昨日の二人が土下座をしていた。顔を上げさせると、片方は顔があちこち爛れていて、鼻が剥け、前歯が欠けているようだった。歯も折れたのか。西嶋組長に謝られた。意外とクソではないのかもしれない、と思った。よく見ると小指に包帯が巻かれていた。他に処分をどうしたいかと聞かれても困ったので、とりあえず金と今後組全体で危害を加えないことと俺に何かあったら協力することを約束させた。
それからというもの、時折、将棋を指しながら北さんはふと相談をしてくる。
「お前、もしこいつらの中から護衛を一人選べ、って言われたら誰を選ぶ?」
「・・家族がいない人」
「腕っぷしじゃねえのか?」
「守るべきものがある人は、それ以上何かを守れない、と思います。単純に」
「ほう。おい!おーっと、誰だ。・・田中、矢野、千代反田こっち来い」
「その三人からなら、千代さんです」
十人から呼びつけられた三人。その中から一人を選ぶ。その一人は、いつも皆とは違う方向を見ていて、あまりしゃべらない。
「千代は話もつまんねーし、いつもあっちこっち向いてやがるのにか?テーブルの配置がどうとか意味がわからん」
「ここの店の鐘が少しでも鳴ったら千代さんは必ず気づいてますからね。逃げる算段も立ててる。そのために邪魔なテーブルはいつも千代さんと松原さんがどかしてる。松原さんは家族がいるけど。王手」
「嘘だろ」
どちらについて嘘だと思ったのかわからなかったが、次月に千代反田さんが身を呈して団長を凶刃から守った次の日、団長から呼び出しを受け、一封をもらった。千代さんに渡すように伝えると、ヤツにはその十倍でも足りねえ分渡してあるから安心しろと言われた。
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