砂肝をもりもり食べている。

「梨音ちゃん、千秋ちゃん、真央ちゃん、勇護くん、本当にありがとう!」

 春くんのお母さんはとても優しい人だった。春くんは似たんだと思う。

「うちのおバカは一言も喋らなかったのよ。おかげでバ・・えっと無駄に謝るところだったわ!」

 たぶん、口が悪いところも似てしまったんだろう。

「春のお母さん、私、覚えてましたか?」

「もちろんよー!梨音ちゃん。春日が何度あなたのおかあさまに・・・なんでもないわ!!食べて食べて!」

 小学校1、2年でクラスメートだった春くんと梨音、私、勇護はよく遊んでいた。春くんは小2の終わりに引っ越し、真央は小3から引っ越してきたからちょうど入れ違いだった。

 テーブルにはからあげ、いなり寿司、巻き寿司、何故かカレー、ポテトサラダ、ハンバーグ、とんかつ、そしてさらに何故か砂肝・・・・所狭しと食べ物が並んでいる。

「ケーキもあるからね!たくさん食べてね!」

 梨音と勇護はもりもり食べていた。真央はゆっくり。春日はカレー。そして春日の妹の圭ちゃんは砂肝をもりもり食べている。ちょっと待って。5歳だよね!?砂肝!?

 とてもかわいい容姿からは想像できないペースで砂肝を食べる圭ちゃんに、真央は目を丸くしていた。たぶん、私もだ。

 後日、春くんのお母さんは私たちみんなの家族のところに本人を連れてお礼に来た。懐かしい懐かしい2年ぶり?なんてうちの母とはとても仲が良さそうだった。


 それから私たちは5人でよく遊ぶようになった。

 春くんはサッカー少年団に入っていたし、梨音はバイオリン、勇護は剣道があった。私と真央は春くんのサッカーを見ながら、絵を描いたり、本を読んだりしていた。

 お母さんがよく迎えに来てくれて、梨音の弟でサッカー少年団に入っていた誠くんと4人で車に乗せられて帰ることも多かった。(春くんを待って帰らない真央と私を心配して春ママと私のお母さんが交代できてたらしい)真央はお母さんが働いていたので、時々うちで一緒にご飯を食べた。

 真央のいじめは減った。春くんが怖い、ということもあっただろうけれど、それよりも春くんがみんなに人気だったからだと私は思っている。誰に対してのいじめも許さないし、サッカーが上手で明るくて元気でなぜかクラスで流行っていた将棋がめちゃくちゃ強い、という万能少年平良春日。よく勇護がうらやましいな、と言っていた。

 春くんは圭ちゃんが大好きだった。だからこそ、人前に連れてくるのをとても嫌がり、両親のサッカーの応援をよく拒んでいた。反対に、梨音は弟の誠くんを連れてきては姉弟げんかでよく泣かせていた。春くんと誠くんは本当の兄弟のように仲が良かった。

「春日と誠くんは兄弟みたいだし、千秋ちゃんと真央ちゃんは双子の姉妹みたいね!」

 そう太陽のような笑顔で言ってくれた春日のお母さんはもういないのだ。


◇◆◇


 春日さんは寝ている。この寝顔が私は好きだ。

 時々、うなされる春日さんを見ると心配になる。

 はじめて春日さんがうなされていた姿を見たのは、一緒に暮らす前だ。

 何とかありついたアルバイトをしていた頃。将棋、囲碁、麻雀、チェス、ダーツ、ビリヤード・・・いずれもお金を賭けることができるお店だった。法律に触れるとか触れないとかは知らない。軽食を作ることができた私は最低賃金で住み込みで雇ってもらった。質問をたくさんされるだろうと覚悟していたが、されなかった。面接の合格前にマスターがした質問は三つだけだった。

「うちのお店は荒いけど大丈夫?」

「暴力団とかに追われてない?」

「嘘はないかい?」

 はい、大丈夫です、と私は首を縦に振った。縦に振るしかなかった。住所もない、電話もない、身寄りもいない。面接に落ち続けた。なけなしのお金が底をついた時、もう死ぬしかないのだろうかと諦めかけていた。ようやく雇ってもらえた。しかも住み込みなんて運が良い、と思った。

 マスターの店で早朝まで賭け将棋や麻雀をしていた春日さんが店のソファーで寝ている時だった。よく見かける人で、ゴロツキのような人やホスト風の人が多い店ではとても目立った。しかも、会う人会う人に挨拶をされている。もしかして偉い人なのだろうかとマスターに確認したら、ただの常連さんだよ、と笑った。

 汗だくで、焦点の合っていない目が揺れていて、はじめはクスリかなにかをやっているのかと思ってしまった。(後からとても自省した)心配で水を持っていくと、とても寂しそうな、とても悲しそうな、そんな眼をしていた。

 「ありがとう」と言って作り笑いをする春日さんを私は今でも覚えている。


 多くの逃亡劇を経て、ようやく掴んだ居場所を自らの失敗で失ってしまった。

 母を追い詰めた借金取りがマスターの店に来たのだ。私は逃げられなかった。有名な暴力団の一人だったらしい。

「マスター、この子、どこで拾ったの?」

「転がり込んできたんですよ。確認したんですがね」

「もらっちゃって良いんだよね?」

 マスター。助けてください!そんな願いはマスターには届かなかった。

「正直に話したなら、北沢さんにもお伝えしてうちで借金返しながら、ってこともあったですけどね」

 マスターの一言に私は、私に絶望した。何故、あの時本当のことを言わなかったんだ!

「北さん、なにしてんですか?」

 春日さんが借金取りの団長と話をしている。北さんなんて軽々しく呼んでるし!

「おお。春坊か。いやちょっとな」

「その子がどうかしたんですか?」

 説明を受けた春日さんがこの後、提案してくれたことに驚いた。

「北さんもマスターもいらないなら、この子、俺がもらっていいですか?」

・・・その時は、慰み者にでもされるのかと思ったけれど。(これも猛省)

「坊、指4つだぞ」

「月100のかけ10で許してくれますか?」

「代理5回」

「大丈夫です。念書だしてください」

マスターが心配した顔で声をかけた。

「春坊、その子は嘘をついたんだよ?そんなに払う価値あるかい?」

「容姿は悪くないから売っちまうのも手だけどな。春坊の趣味はこういう娘っ子か」

「マスターも北さんも厳しいからなあ」

 あはは、と笑った春日さんが私の方を向いて言葉を続ける。

「俺は君にお願いしたい仕事がある。住む場所は適当に用意してあげる。生活費なんかももちろん出す。あ、誤解しないでね。性的なやつじゃないから。さて、どうしたい?俺の話は断っても良いし、あとは君が決めることなんだけど」

 選択肢はなかった。もしこの時、春日さんにお願いをしなければ、私は今頃どうなっていたのだろう。

「春坊、もしこいつがいなくなったりしたら連絡せえよ?そん時は好きにさせてもらうからな!」

 銃を突き付けられた。本物だ。びくっと身体が恐怖で震える。

「考えておきます。はいはいー、もう銃はしまってください」


 裏に戻ると、力が一気に抜けて、へたりこんでしまった。涙が出てきた。

 これから、どうなってしまうんだろう。あの人は、私をどうするつもりなんだろう。荷物を整理する。そんなにたくさんあるわけではない。

 春日さんが入ってきた。小声で話しかけてきた。

「皆の前だから仕事、とか言ったけどさ、本当にひどいことさせるつもりはないよ」

 本当だろうか。

「あ、一個だけ難しいことをお願いするかも。それ、できると良いんだけどね」

 ミスをしても怒鳴られたりしなかった。そもそも初め、何も私に指示をしなかった。雇ってくれたのになんで?と思ったが、何も言われないからと言って何もしなかったら追い出されるのではないかと疑心暗鬼になった私は急いで掃除を始めた。洗濯物を干している時に、「俺も干すね」と一緒に干してくれた。


 ある日、悪夢を見た。追い出されて、追われる夢だ。

 真夜中に起きた私は無我夢中で春日さんのところに泣きながら飛び込んだ。

 春日さんのことを完全に信頼していた。その頃はもう好きになっていたと思う。

「なんでも・・なんでもしますから!追い出さないでください!」

 いつも通りベッドでパソコンを操作していた春日さんに馬乗りになるようにして、涙ながらに抱きしめた。今となっては恥ずかしくて仕方がないが、春日さんの手を自分の胸にあてる。そのままキスをしようとすると、春日さんが遮った。


 直後に、反対に抱きしめらた。


 何が起きたのか、わからなかった。よしよし、と呟く春日さんが私の髪や頭を撫でる。大丈夫、大丈夫だよ、と言われた途端、私は自分の愚かさを理解した。堰を切って溢れる涙は、全水分を総動員したようだった。

 どれくらいそのまま泣いたかわからない。春日さんは時々ベッドから出ては戻ってきて、私を抱きしめた。春日さんも泣いてるような気がした。どうしてだろう。

 翌朝、私は春日さんに初めて怒られた。

「泣くのは良いよ。眠れなかったら隣に来るのも良い。だけど、あんなことしちゃいけない。わかった?」

 あんなこと、の心当たりは一つしかない。少し顔を赤らめて、目を泳がせながら春日さんはそう言った。その瞬間、私の顔は沸騰していた。

 それを見た春日さんが笑ったのを見て、安心した。


 








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