「ブラボー★おっぱい!」
胸がでかい。
とても重要なファクターだ。少なくとも俺にとっては。(大多数の男にとってもだと思っているが)
そしてそのでかい胸の持ち主の機嫌がいい加減直らないものかと後部座席の様子を見ると、窓の外の海を眺めている。
梨音はかわいい。いやどちらかと言えば、きれいという言葉が正しいだろう。
そして、胸がでかい。
俺は梨音の裸(上半身のみ)を観たことがある数少ない男だ。いや漢だ。
おそらく、父親を男に含めると、漢としては俺だけだろう。春日という例外がせいぜいあるか、ないかだ。
その時、俺は心の中でこう叫んだ。
ブラボー★おっぱい!
春日には呆られ、千秋には無視され、真央には口もきいてもらえなくなったが。いやそのことが真央の失声症に関連しているなんて、誰にも言えない!(違うからな!)梨音には金属バッドで殴られ(これは本当だ)、梨音の父親には「警察に届け出を出すか迷っている」と言われ、梨音の母親には「目を錐で穴あければ許してあげるわ」と真顔で言われたんだ。春日のフォローがなければ、俺は失明していた。あのブラボーおっぱいが一生観られないなんて生きている意味がない。「見る」ではない。「観た」んだ。いや「視た」でも良い。「鑑みた」とも言えるだろう。
あのおっぱいを観たことがないなんて、所詮童貞みたいなもんだ、と春日に話した時、春日は腹を抱えて涙目になっていた。何故だ。
俺の夢は二つあった。一つは親父同様、警察官になることだ。これは叶った。弱きを守り、悪きを捕まえる。そしてもう一つが、あのザ★ブラボーおっぱいを俺のものにすることだ。春日はザとブラボーとおっぱいは違う国の言葉とか何とか言ってたがそんな小さいことは気にするべきじゃない!!星の位置が違う?知るか!!気にしなければいけないのは、梨音の大きなおっぱいなんだ!!
それはさておき。
俺のこの夢が叶う可能性は低い。17%くらいだろう。今のところ。
俺たちの中だけじゃなく、同級生、ひいては下級生から上級生までもが、梨音が春日を好きなことは知っている。<江夏梨音まとめサイト>ならぬものに春日が実名で出てきたこともある。写真付きで出た時は、梨音が春日の写真を保存していた。わかってはいるが、軽くショックを受ける。72%の可能性は、春日にあるのだ。はるか遠くにあるのだ・・・。
「勇護、いくら久しぶりだからって梨音のこと見すぎだからね?運転中」
パーキングエリアの自動販売機で千秋が俺に理不尽な叱責をする。右目は前を見ていた。左目だけだ。梨音を観ていたのは。安全第一の運転だっただろう。俺は梨音にほんの数ミリの傷さえ負わせられないのだ。
「だけど」
返事を完全にする前に千秋は先に車に戻っていった。後ろを歩く真央が携帯を操作していた。
<えーっと・・ドンマイ?>
「なんで疑問形なんだよ!!」
◇◆◇
「まだ言ってないの!?」
ネット通話で梨音は心底驚いた顔をしている。
<勇護は梨音が好きだろうから言えないんだって>
絶望感たっぶりのフォローを真央がメッセージでいれる。
二ヶ月前。梨音が日本に帰ってくるスケジュールが決まったから、と連絡してきた。
「じゃあ5人で出かけよう!」
「梨音、それは春くんにデートを断られたから?」
顔を真っ赤にした梨音は、図星です!と答えているようなものだった。
こういうところも、もしかすると勇護が梨音を好きな理由の一つかもしれない。
「違う!!私はそこで春日にびしっと言ってやるの!」
<春ちゃんに?なんて?>
「引きこもりニートクソ春日、いい加減目を覚まさんかい!って」
<全国の梨音ファンが聞いたら悲しむよ>
不謹慎だけど笑ってしまった。真央のこういうツッコミは鋭い。喋れたらお笑い芸人になれるんじゃないかな。舞台に立つと顔真っ赤にして、きっと可愛いだろう。
<春ちゃん、ニートじゃないし>
真央のツッコミを振り切り、何故か私に矛先を向ける梨音。
「そして、千秋は勇護に告白すること!!!」
「・・・切るね」
「なんで!!!!」
この子は突拍子もない。本当にあの江夏梨音なのか。バイオリンを持つと人格が変わるのだろうか。長い付き合いでそんなことは聞いたことがない。
<でも、勇護、千秋の気持ちに気づいてない>
「真央、良いこと言うね!!!」
二人は恋敵のはずなのになんでこんなに仲が良いのだろうか。
私は三人の関係が正直よくわからない。
三人は私たち五人の中でも特に仲が良い。いや、良かった。4年前までは。
今はどちらかと言えば矢印が一方を向いている。そんな気がする。
春くんは梨音が好きなのか、真央が好きなのかというのが一番よくわからない。
「どうだろうね」と笑ってごまかす春くんの笑顔に、私も一瞬ときめきそうになったことは秘密だ。春くんは素敵だ。顔はそこそこ良くて、優しくて、少し抜けていて、それでいて頭の回転は速い。恋愛感情にだけは鈍いけど、人の感情には本当は鋭い。
小6のプール授業で泳げずに溺れかけていた春くんを助けたことがある。
ほとんど終わりの時間だったので、そのままシャワーを浴びて着替えて、急いで行った保健室ですごく咳き込んでいた春くんの背中をとんとん、と優しく叩いた。顔を真っ赤にして苦しそうな春くんを見て涙が出そうだった。いつもいじめられていた真央(実は私も)を守って、クラスからいじめをなくすというトリプルA。誰にでも優しくてかっこ良くて人気者だった春くん。その春くんが苦しんでいる。私が背中を叩くと嗄れ声で「ありがとう」と呟いた。小さくうずくまった春くんの頭が私の胸に触れた時、勢いで抱きしめてしまいそうになった。数分で春くんの担任の先生が養護教諭を連れて戻ってきた時に、初めて先生という人たちに強い嫌な気持ちを持った。あのまま時が止まれば良いのに、と思っていたみたいだった。
勇護がいなければ好きになったか?と聞かれたら首を傾げるが、梨音と真央がいなければ好きになったと思う。どうしてなのかはよくわからない。
「千秋!じゃあ、あのど変態エロおじさん勇護と二人部屋ね!食われちゃえば大丈夫!」
「まだ根に持ってるの?もう何年前の話?しかもあれは事故だって春くんが言ってたでしょ?」
「そんなことはどうでもいいの!じゃあ、一泊二日決定ね!私の休み三日間しかないの。一日は、なんか変なパーティに出ろって言われてるから」
なんか変なパーティというとすごく卑しい響きだけれど、梨音の出るパーティなんてセレブが一堂に会するパーティ以外ないことは真央も私も知っている。
「エロおじさんに連絡しといてね!」
返事をする前に切られた。そんなジャムおじさんみたいに言わないでほしい。かわいそうなジャムおじさん。
<おやすみ>と真央の一言。
私は大腿四頭筋のイラストを見ながら、きっと梨音が膝蓋骨で四人ともそれにまとめてくっついているこの筋肉みたいなものなのだろうな、と思った。五つ目の新しい筋肉は発見されないでほしい、とも。
このたとえはきっと誰にも伝わらないだろうけど。
次の日の朝、奇跡的に春くんからメッセージが入っていた。宝くじが当たる確率より低いのではないかと思ったけれど、内容も見ずに嬉しくなった。
<ホテルとかの予約、俺が全部やっとくから>
梨音に任せると本当に勇護との二人部屋になりそうで怖かった。
春くんの考えていることはだいたいわかっていたけど、肯定の返事をした。
梨音と真央は寂しがるだろう。私も寂しいのだろうか。
でもきっと、春くんにも時間が必要なんだ。
私が勇護に告白ができないのは、勇護が梨音を好きだからではないのかもしれない。
一番わからない、と思っていた春くんの気持ちよりも、私は自分の気持ちがわからなくなりつつあった。
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