青空のドレッドノート

@rookas10

プロローグ

「人生そんなもんだよ」


 あったまきた。

 うん。本当にまあ、この言葉がさいっこーに当てはまる。今の気持ち。


「まあ、梨音りおんが怒るのもわかるけどさ」

「勇護。わたしは怒ってない!」

 そう。わたしは怒ってない。呆れてるんだ。

 1か月前に決めて、ただでさえ私と勇護が休みを合わせるなんて職業柄難しいのにようやく合わせた休みに、皆で一泊二日の旅行にいって何が悪い。だいたい日本に帰ってきたの何か月ぶり!?

 そしてそれをすっぽかすようなアホは友達でもなんでもない。

 なんでこんなやつを好きになったんだろう。


「あんな奴、怒る価値もないっ」

「とかなんとか言って、一番さみしいのな」

「鼻の穴に指突っ込んでガハガハ言わしてあげようか?」

「やめれ。非番の日に傷害罪で逮捕者出すわけにはいかんだろ」

 車を運転しながら本気で怖がる警察官。アンタのその汚い鼻の穴に本気でやるわけないのに・・・。


「でも残念だね。春くん来れないの」のんびりした声で千秋が答える。

「来れないんならしょうがない、けど、ね!!!」

 千秋に八つ当たりしてもしょうがない。しょうがないけど、千秋はどうしてまあこんなに平気なんだろ。

「しょうがないじゃない。春くんだもん」

「あいつどうすんのかなー。そもそも卒業する気あんの?できんの?」

「知らないよ!あんなやつ」

「真央ちゃん、どうなの?あ、勇護、この後左に寄っておいてね。パーキングいきたい。お手洗い。」

 へーいといかにも男の返事が聞こえる中、私の隣にいる真央が首を傾げる。

「真央でもわかんねーんだ。学校きてんの?」

 首を振る真央。そして携帯のディスプレイをタッチしている。

<私のでてる講義には来てないよ>

 5人でやっているSNSにメッセージが入る。

「まあそうだよねえ・・。全部同じ講義とってるわけじゃないもんね」

 こくこくと頷いている真央を尻目に、私は窓の外を見る。

 ・・・4年前のあの日から、春日はるかは変わった。

しょうがない、とも思う。そのくらいの出来事ではあった。人に同情することがめったにないうちの家族でさえ、同情していた。

「自分が不幸になったって何か変わるわけじゃないのに」

 小さな声で呟いた独り言にまで返事をしてきた。

「そんなこと、アイツだってわかってるさ」

 うるさい。勇護。知ってるよ。


◇◆◇


 眠い。

 とにかく、眠い。

 早朝までFXでトレードをしていた結果のおはようございます、だ。

生活費用口座には、無理してやらなくても今日明日どころか陸と圭の分を差し引いても数年は余裕がある。

 梨音から怒りのメッセージが大量に来ている。

 だけどもう深く関わるつもりはない。お前とも、もちろんみんなとも。

放っておいてくれればいいが、放っておいてくれるやつらじゃないのもわかってる。

いつの間にか国内外引っ張りだこの有名バイオリニストになったのに今でもこの4人との関係性は変わらない。

 いち、に・・・と指折り数えると、初めてあったのは小2で7歳の時だから、引っ越しで離れていた2年間も含めると14年もの付き合いになる。

笑っちゃうな。

 ふと、携帯でいくつかの口座の残高を確認する。履歴を見て、問題がないことを確認してクローズする。特に贅沢をするつもりもない。

 誰とも深く関わりたくない。FXか賭け将棋でお金に困ることはない。毎日適当な好きなものを食べて、適当なことをして、ああ、ロッククライミングはしたいか・・そんな人生で良いんだ。たった一つのことを除いて。


 俺の人生そんなもんだよ。


 日常の行動とは裏腹にそんなことを思っていたら、携帯の振動音が鳴る。

<りっちゃんが怒ってる。春ちゃんが来なくてみんな寂しいよ>

 真央からのメッセージ。大丈夫、大丈夫。怒るくらい。しわが増えて、

「江夏梨音が劣化してる件!」とかいうタイトルでネットに出回るくらいだろう。

 梨音の母親は半狂乱するだろうけど。

 神様とか仏様とか知らないというか興味ないけど、そんなやつがいるなら梨音はもう少し何かこう・・・うーん・・・容姿の良さと抜群の才能を性格の良さに振り分けるべきだった。

 ・・・いや、違うか。性格も良いやつなんだ。客観的に考えて、すぐに切り替える。

よし!やめだ。今日朝飯を食べたら寝よう。


◇◆◇


「ごちそうさま。皿洗っておくからおいといて」

「はい」

 頷いたが、皿を洗ってもらったことは一度もない。

 正確にはが一度もない。

 そして、これから先も洗わせるつもりはない。

 春日さんは、命の恩人だ。この人を守るためなら人を殺すことだってできる。

冗談じゃなく、今すぐ自殺をしろと言われてもできるし、売春だってしてもいい。

 春日さんが部屋に戻ったのを確認して皿を洗う。

 掃除や洗濯はもちろん、すべての身の回りは私が整える。

 誰にだってできることだ。これらは私じゃなくてもできる。

唯一、春日さんが私を頼りにしてくれているのはクラッキングのことだけだ。

 きゅっ、と蛇口を閉めた時に出る音が聞こえて、無意識に洗い物を終わらせていたことに気がついた。


 春日さんに使用人として雇ってもらって一か月後に、春日さんが依頼していたクラッカーにクラッキングを教わり始めた。

 当然ながら最初は相手に断られた。何度も断られ続けたらしいが、どれだけのお金を積んだのだろうか。結局最後は押し通したらしい。

「こりゃ全然ダメだぞ、坊主。諦めろ」

 そう春日さんに言われてしまった時に、目の前が真っ暗になった。これができないと地獄の日々に戻されるだろうと勝手に勘違いすると自然と涙があふれた。そして泣いている暇なんてなかった。

 それからは必死だった。視力が2.0から0.1以下になるまで時間はかからなかった。自由な時間はすべてクラッキングの練習に充てた。1年経った今でも、日に数時間は練習か実際の作業に充てる。もう師匠(本人に言うと、そんなものじゃない!と怒られるだろうが、私が勝手に思ってる)から教えてもらうことはないが、春日さんへの借金の返済と腕を磨くついでとして師匠から依頼が回ってくる。

 春日さんは基本、優しい。仮にクラッキングができなくてもきっと春日さんは私を助けてくれただろう。今は月に数十万ずつ返済していることになっている。毎月、春日さんが私に残りの借金額を教えてくれる。もし返済が終わっても、私はここにいたかった。とにかく、その時も、今も春日さんの役に立ちたいだけだ。その執念が師匠には狂人に見えたらしく、私のコードネームは「バーサーカー」となった。気付けば、春日さんに頼まれたクラッキングは時間を問わなければだいたいできるようになっていた。何度か身元を辿られそうになった私をフォローしてくれた師匠のお陰もあり、今日まで何も問題はない。


 クラッキングがおおよそできるようになって、私は自分の家族のことを調べたことがある。春日さんが調べてみたら、と言ってくれたのだ。それを聞くまで私は父のことを存在ごと忘れていた。思い出したくなかったのかもしれない。

父は、おそらく生きている。莫大な借金を残し、過労で倒れた母を見捨てて、見捨てて?違う。見殺しにして、のほうが正しい。

「お父さんが、憎い?」

 全ての事情を知っている春日さんはそう聞いたが、私の心の中はめちゃくちゃになっていた。愛情、憎悪、憤怒だけじゃない。わからない感情だらけだ。ただ、これだけは伝えられた。

「会いたくは、ないです」

 春日さんは、たった一言、


「人生そんなもんだよ」


と言って、話を終えた。どうして、と言われなかっただけ、救われた気がした。











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