第13話:彼は誰だろう。

 草原の小屋から数日を経て、凡そ日常の過ごし方が決まった。

 「戦乙女の鞘」で朝七時頃に起床、朝食を食べる。昼までは街の散策、昼食を取った後に収入源の薬草採集に赴く。換金後、夕食を取り宿に戻る。


 広い王都といえど、数日散策すれば朧げに地理を把握できた。[神眼]は自分の周囲を高精度で記録し続けるのでどんな事があっても道に迷うことはない。通行人を記録していたら道が人間で塗り潰されただろうが、対象外だった。気になった店を抽出ピックアップしているので、順に訪ねよう。



 今日も今日とて冒険者ギルドに来た。薬草を売るだけなら態々わざわざ依頼を受けなくていいが、ランクの査定に関わるので一応寄っている。


「あれ、貴方は。」


 見覚えのある金属の鎧がカウンター席に居た。


「旅に戻るんじゃなかったですか、グーデントさん。」


 思いの外若いな。


「俺は彼奴あいつの旅団員ではないからな。王都に拠点を置くしがない冒険者だ。」

「よくあんな横柄な人の言う事を聞いてましたね。脅されでもされていたんですか。」

「暇だから一時組んでいただけだ。フィールと違って別れも惜しまれない程度の間だ。」

「……あー、一応教えておきますが、フールです私の名前。あの時は予防線張ってたので。」

「ああ、道理で。」

「……何かしましたかね、私。」

「返答に間があった。」


 それは名前に慣れてないだけだ。フールとは呼ばれ慣れてないんだよ。


「それではティアーレさん。今日も薬草採集いってきます。」

「はい、受領しておきます。」


 受付嬢のTiareティアーレさんから依頼を受注した体裁をとる。


「私は今から薬草採集に行くんですけど、グーデントさんは何を?」

「特に何も。自転車操業するほど飢えていない。」

「そうですか、では私はこれで。」


 手を振ってギルドを去る。



 グーデントは、始まりの森からの長い道を徒歩で帰ってきてもまだカウンターにいた。


「……ずっと居たんですか。」

「することが無かったんでな、魔物百科の更新を確認していた。」


 手元には採集百科に似た分厚い本が開かれている。


「薬草、今日は10本です。」

「はい、確認しますね。」


 袋から取りだして数える光景も今日で四回目だ。つつがなく処理される。


「ところで、フール。」

「なんですか。」

「話したいことがあるんだが、今時間あるか?」


 私にはないけれど。


「これから夕食を食べに行こうかと思ってたんですけど、グーデントさんはどうですか。」

「どう、とは?」

「食事しながらなら話も聞きますよ。」

「……判った。」


 数少ない人付き合いは大切にしよう。それに世間の習慣を知るのに丁度いい。



 連れだってギルドを出ると、グーデントはお勧めの店があると言って私は追従することになった。環状14号ほどの庶民街、大通りから逸れて人は疎らだ。街灯が立つほどには広い通りだが閑散としていて賑わいの跡が散見される。

 グーデントはそんな中とある扉に手を掛ける。看板は出ておらず、窓がカーテンから漏れる光で縁取られている。カランカランと入店の鈴とともに一歩踏み入れる。


「店主、今日は二人だ。いつもの奴を頼む。」

「珍しいなグーデント、女なんか連れて。」

「黙ってろ。」


 常連らしい、店主はいつものを作りにカウンターの奥に引っ込んだ。

 ……そういえば男女で食事はまずいか?、私から誘った体になっているんだが。


「此処の料理は上手い。店主はアレだが。」

「言うほど変な人にも見えないですけど。」

「……外見は良いからな。」


 変人は割と面白いこと言うから嫌いじゃないよ。



「それで、話とはなんですか?」


 店主が持ってきたお茶に口を付けず、切り出す。


「王都で冒険者になろうという女性は初めてだったんでな、経緯を聞きたいと思った。」

「……経緯ですか。ただ丁度いい所に冒険者ギルドがあったからですよ。自分に向いた職種だろうと思っただけです。」


 未だこの社会に慣れてないので他にいい仕事はあるのだろうけど、現状でも充分稼げている。


「女性向きの仕事じゃないと思うんだが。」

「採集とか向いてると思いますけど。」

「採集は長続きしない。」

「そうでしょうね。事実、始まりの森に生える薬草も減ってきました。」

「その後は考えているのか?」


 採集依頼が凍結した後か。

 輝片草の株が残っていればまた生えるらしいが、サイクルは1年だ。持続可能な生活ではない。


「討伐依頼でも受けます。」

「素人では死ぬだけだろう。」


 ハッキリ言うなぁ。こちらを直視しないので本心は黙したいのかも知れないけど。


「まぁ頑張ってみます。」

「稽古を受けようとは思わないのか?」

「どこかで練習できればいいんですけど、生憎伝手がないので。」


 冒険者ギルドに聞いてみてもいいが、斡旋組合が非営利なサービスをしてくれるだろうか。訊いてみよう。


「ギルドが斡旋してくれたらいいんですけど。」

「自ら依頼を出せばいい。冒険者が依頼主なんてのはよくある。

 但し、仲介費と報酬は当然払う。」


 だよなぁ。


「はぁ……。そこまでの金は無いです。」


 項垂れる。


「なら俺が教えよう。数日間、タダで良い。」


 甘言が聞こえた。


「…………何か魂胆でもあるんですか。」

「いや、そのだな。……放置して死なれると具合が悪い。」


 弱肉強食にきらめく一筋の光にでもなりたいのだろうか。それとも言葉通りの自尊心か。

 彼を信用する要素が足りない。

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