第12話:縺れ逃れて。

「輝片草とは薬草を含む、中央に結晶体を形成する植物の総称だ。その内、濃緑の結晶体が薬草だ。取り方は判るか?」

「採集百科では茎の瘤を切るとありました。」

「そうだ。では始めよう。」


 そう言うと、ドアグルムは草木の中に踏み入って目標を探し始めた。私も働くことにしよう。


 探し物に有用なスキルがある。[神眼]だ。「物を見る」事に特化した[神眼]は、条件を与える事で探し物の位置を特定できる。今回なら濃緑の結晶体を持つ輝片草だ。

 輝片草の特徴は、大きな葉を五枚、結晶体を囲うように付いている事。結晶体を持つ植物は少なく、この条件だけで輝片草の位置は把握できる。色は目視で判断すればいい。

 慣れ親しんだ我が家のように物品の位置を把握する[神眼]の能力は、全ての物に対して使用し続ければ周囲の環境を完全に把握できる優れものだが、脳の限界か、大した時間も持たず強烈な頭痛に見舞われる。眼球は二つで充分だ。


 輝片草は近くにも幾らかあれば、遠くに群生が確認できる。近場の輝片草へしゃがみ込むと、一房の瘤を切り採取する。……剣では長すぎて切りにくい。スチールのナイフを使うか。


 右手に小型ナイフを持ち、薬草を採集していく。[収納箱アイテムボックス]があるから手軽だ。


 のんびりと採集をしていたら、もう30分だった。

 [神眼]で判るが、始まりの森には輝片草がそこそこ生えている。しかし薬草の比率があまりにも小さい。全体の1割程度だ。

 だからだろう、採れた薬草はまだ12本だ。


 12本の薬草を抱えて集合場所に戻るとドアグルム、グーデントが既におり、薬草が26本袋詰めにされていた。


「……多いですね。私は12本なのに。」

「慣れれば手際も良くなるだろう。新人なら12本でも充分だ。」

「そうですか。」


 薬草採集も楽な仕事ではなかったか。12本なら換金して[6,000th]、通勤合わせ3時間働いて三日の宿代になると考えれば破格だ。大して危険でもないこの仕事は人気が出そうなものだが、なぜ冒険者ギルドには閑古鳥が鳴くのだろう。



 一袋に纏めた薬草を抱えてギルドへ戻る。


「……なかなか多いですね。ええと、……38本ですね。品質は一般ですので、[500th*38本*110%]の[20,900th]です。」


 三人で割れば[約7,000th/人]だが、銀貨20枚半と銅貨40枚を渡された。配分は採集数にでもしようか。


「それでは約束の通り、昇級の推薦をしよう。」

「では、こちらの書類にサインを。」


 ペンを受け取ったドアグルムは、さらさらとサインをえがく。私もまた追従し、ドアグルムの左に自分の名前を書き、ティアーレさんに紙を渡す。


「次にカードの提出を。」


 彼女は渡された二枚のカードを手にバックヤードに戻った。




 待っている間にまたコーヒーでも飲もうか、と酒場に向かおうとすると、


「フィール。冒険者として活動していくなら、俺と共に来る気はないか?」

「どういうことですか。」

「俺たちは世界中を旅するパーティを組んでいる。今日の行動を見ていて、お前は見込みがある。来てくれると嬉しい。

 C級迄なら昇級の効率も上がる。お前にとっても悪い話ではない筈だ。」


 手厚い勧誘だ。


「ああ、パーティの経験値を受け取れるんでしたね。」

「そう、普通の新人なら何処か目当てのパーティに入隊してから冒険者になるものだが、お前は違うのだろう?

 放浪していると入隊希望を見付けるのも難しくてな。今回は丁度いいと、声を掛けさせてもらった。」

「そう言う訳でしたか。でも……お断りします。」


 理由はすぐに思い立った。


「私は……、まだ誰にも縛られたくない。日々の習慣をこなすだけの生活から解放されて、折角手に入れた自由をまだ失いたくは無いんです。お金もあまりなく、伝手もそれ程ないですけど、自由を謳歌したいと思っていますので。」

「拘束などしない!、……心配することはない、筈だ。」

「……団体行動するだけで、雰囲気は形成されますから。我慢がなければ軋轢あつれきを生じます。」


 個々人の感性が一致することはない。


「ごめんなさい。」


 我儘な返事をしたのだ、謝ろう。


「……いや、凡そ判った。勧誘はやめよう。俺たちは翌日出発するが、冒険者ならばまた会えるだろう。

 これは初期資金としてお前が使ってくれ。」


 カウンターに置いてあった報酬を全て渡してきた。


「頂きます。」

「装備もまだ整えられていないようだから、金は幾らあっても足りないだろう。」


 確かに支出は更に増えるだろう。いまだ剣しか買えていない。つまり現状はヒノキの棒を携えた勇者と変わりない。


「では、俺はこれで帰る。何時か又何処かで。」

「はい。また会いましょう。」


 私が頭を下げると、早足で遠ざかる音が聞こえた。顔を上げればもうそこには誰もいない。



「……悪い人ではなかった、かな。」


 両の手で持つ報酬の袋を握り直す。


「あの、ドアグルムさんは……?」

「今しがた帰ったよ。」

「カード返却してないのに……。取り敢えずフールさんのはお返します。」

「どうも。」


 彼のカードは……、まぁ思い出したらギルドに来るか。大丈夫だろう。

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