第11話:鉄の轍。

「それでですね。」

「なんでしょう。」

「やる気があるところ申し訳ないんですけど、冒険者ギルドでは新人の冒険者に対して初めの頃は誰かが付く決まりで、誰か心当たりはいますか?」


 新人がはやって冒険者の死亡率を上げるという話はよくある。無知を知った頃には既に獣の腹の内だ。死者を減らすための規範なのだろう。


「さっき話した等級ランクにも関わる事なんですけど、初期等級がEで、昇級ランクアップには試験があるのははなしましたよね。それで、EからDに上がる試験と言うのが、C級以上の推薦なんです。」

「そういうことですか。」

「更にE級冒険者には行動制限があって、D以上と一緒でないと街の外での依頼が受けられないんです。」

「薬草採集できないじゃないですか。」

「……はい。」


 計画が頓挫した。直近の稼ぎ扶持もないとなると、本当にロイスト雑貨店に雇われるしかなくなる。……いや、他の店でもいいのか。


「いつもなら職員の誰かが付いていくんですけど、今は出払ってて。」

「何時ならいるのでしょうか。」

「どうでしょう……。」


 急いで稼ぐ必要はないにしても、無職かつ残金が心許ないと不安だ。


「あの辺りの人でもいいんですよね、冒険者なら。」

「いいですけど、多分冒険者じゃないと思います。依頼受けてるところを見た事がないので。」

「そうですか……。」


 そういえば昨日の夕食の時、武装した団体パーティを見掛けた。また遭遇できればいいが、無理か。



 うーん、どうしよう。取り敢えず酒場にコーヒーを注文して苦悶する。


「冒険者を探してるのか、新人。」

「……え、私ですか。」

「そうだ。」


 酒場にいたある男性が、取り巻きを連れてカウンター近くに寄ってきた。


「俺と共に依頼を受けようではないか。加えて昇級の進言もしてやろう。」

「それは嬉しいですが。」


 信用して良いものだろうか。


「あの、えっと、貴方はドアグルム・ディ=フォア=デルメス伯爵子でしょうか?」

「いかにも。これを見れば推薦者の条件を満たしているだろう。」


 受付に尋ねられ、身分証をカウンターに提示する。見てみれば確かにC級冒険者らしい。

 Dorglmドアグルムdi-foa-ディ=フォア=dermesデルメス……デルメス家の傍系の兄弟のドアグルム?


「後ろの人たちも来るんですか?」

「勿論、不満か?」

「いえ、薬草を取るのにそれ程の人間は要らないと思いまして。」

「確かに一人いれば十分であろう。おい、グーデントは残れ、お前らは解散だ。」


 後ろにいた3,4名の取り巻きが無言でギルドから出て行った。残ったグーデントという男はプレートアーマーを着込んでおり顔も見えない。ドアグルム自身はマントの付いた金のチェストを着ている。


「……判りました。では薬草採集の依頼を受けて、帰ってきたら推薦して頂ける、そういう事で?」

「そうだ。」

「それでは共に行きましょう。ティアーレさん、薬草はどの辺りで採れますか。」


 採集百科にも生息分布は書かれていたが、如何せん地名が判らない。


「近くだと……『始まりの森』ですね。ヴィーカフの東側に広がる森です。北東門から出て、北に徒歩で2時間ほどです。」


 vir'kafヴィーカフ……直訳すれば「大きな河」か。王都に入る前に渡った川がそうかな。森なんてあったかな……?


「心配はいらぬ、我が家の馬車に乗るといい。一時間と掛からぬ。」

「お言葉に甘えます。……あ、でもコーヒーを戴いてからで。」


 酒場の方からコーヒー豆を挽いた香りがする。



□□□


 私は暗い帳の中で独り、馬車に揺られている。ドアグルムは自前の騎馬に跨り、グーデントは馬車の馭者ぎょしゃを担う。会話など発せられない。


 手元の真鍮球をバネのように細く螺旋に変形させてゆく。


 仕事関係とは言え暇である。[神眼]や[創造神]の練習をして時間をつぶす。一時間もなかっただろうが些事を試すには充分だ。


「着いたぞ、。ここが始まりの森だ。」


 いななきと共に止まった馬車から降りると森が見えた。街道沿いを延々と樹木が立ち並んでいる。来た道を振り返ると遠目に王都カファイドがある。10kmもないか?


「では入るぞ。」


 ドアグルムを先頭、グーデントを殿しんがりに据えて森へ入る。森は河岸の低地にあり、故に遠くからは目立たない。低木が多いのも一因だろう。

 森の中に道など無く、草木を掻き分けながら歩き進める。採集百科の模写を参考にしながら薬草を探す。ただ、きょろきょろしても草木に阻まれて視界が悪い。地面近くに生える、中央に結晶体を持つ五枚の葉だそうだが、見つからない。

 そもそも、このドアグルムという男、歩みが速いのだ。薬草を探してるとは思えない。群生地の正確な場所に向かっているのではと思うので、探索はそこそこに抑え、草に塗れながらその背中を追う。


「おい。」

「え、……はい、なんですか。」


 突然、背後のグーデントに話しかけられる。何時の間に近寄った。金属の擦りで気付くと思ったのだけど。


はぐれた場合は川か太陽を頼りにして東、もしくは南へ歩け。そうすれば森を抜けられる。北へ行くとエントの森と合流して危険だ。

 薬草の群生地は川の近く。森の中に大した魔物はいないが、気を付けろ。対岸にはゴブリンが生息している。加えて、もし襲われた場合、背後は川だ。注意しろ。」

「……はい。」


 何を言われるのかと戦々恐々だったが、為になる事を言われた。鎧で顔を隠しているから怖いのだけど良い人なのだろうか。

 言う事を言い終えたのか、また少し後ろの定位置に戻った。


 木漏れ日を頼りに少しずつ進んでいくと川辺に出た。ヴィーカフの支流か。河岸には湿度の関係か苔むした丸い石が転がっている、流れには魚もいるだろう。

 開けた視界についきょろきょろとしていると河岸と森の際に低い草花が幾らか生えている。


「この辺りが輝片草の好立地だ。光の射すある程度湿った地面だ。」


 緑の河岸に立ち、こちらに振り返るドアグルム。……あ、こけた。苔の上は滑って危ないと教えた方が良かっただろうか。


「あの、……大丈夫ですか?」

「た、大したことはない。」


 骨盤だか尾骶骨びていこつが折れてなきゃいいが、抑えつつも歩けるなら大丈夫か。腰の鎧がひしゃげているが、大したことではない。

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