第8話:夜は明ける。

 この世界で初めての夜が終わった。差し込む朝日が眩しい。布団を除けてベッドのふちに座る。


「何時だろ……。」


 部屋に時計は付属していない。現代でも安価なクォーク時計が流通して100年も経ってないのだ。振り子時計はあるだろうが宿の一室に置く物ではない。


 喉も乾いているので部屋に鍵をかけて1階へ降りる。水でも飲みたい。


「すみません、水か何かくれませんか。」

「ん、202か。水なら出すが、朝食も食うならテーブルに座っててくれ。

 ほら、水。」

「あ、ありがとうございます。」


 木のコップに入った常温の水を貰った。傍のテーブルに腰を下ろして喉を潤す。


「……ふう。」


 昨晩は夜が更けるまでずっと実験をしていた。卓上に成果を取り出す。


 作った物はこれだ。3mm*40mm^2の板に20mm^3の立方体を5コ縦に重ねた物。中央には下の板から3mmの棒が貫いていて立方体がズレることはない。材は真鍮、つまり銅Cuと亜鉛Znの合金だ。C1の面取りもした。


 ”造形”は慣れれば簡単容易だった。要するに欲しい形状を望めばよいのだ。図面の如き正確さが欲しいなら数値と形状を両方考えればいい。ホログラム操作も受け付けるので3Dで製図して、眺めながら作っていける。


 しかし”造形”には欠点がある。端的に言えば、成分の不均等な物質を作りにくい。礫岩を球体に加工したら泥岩みたいになった。恐らく成分が均一に分布してしまうのだろう。均一化現象は除去加工の場合は発生しなかったことから、大きな加工を行うと構造が崩れるのだろう。木材などでは留意しよう。


 立方体を一つ外してもてあそぶ。


 ”造形”は過程を吹き飛ばしたかのように少量の光を発しながら変形し、望む形を得た。これは体積が明確に大きかろうと小さかろうと可能だ。保存されない質量が気になって仕方なかったが、寝台で考え込んでみると1つ、仮定が出来た。


『”交換”=周囲の物質を任意に等価交換する。』


 これで『質量の変化』を調節してるのではないか。大気などと石を”交換”して変形したのではと。

 そうして石と土塊を”交換”して鉄にしたり銅にしたり、様々な物を[創造神]で作れる事が判った。結果できたのが先の5段重ねだ。


 しかし1つ欠点も見つけた。それは”空気”→”固体”間での周辺気圧の低下だ。つまり部屋の空気が著しく減少するのだ。等価交換だから当然なのだけど失念していた。部屋の扉がガタガタとけたたましく鳴ってようやく気が付いた。せめて外でやらないと窒息しかねない。

 ”固体”→”空気”間での気圧上昇も実際起こってはいたらしく、極端に小さな物を作ると発生した。難儀なスキルである。高山病でも起こしたいのか。


 立方体を天辺に刺して元に戻す。5段目だけが下4つと角度が付いている。正確に戻すのは少し難しい。

 直径80mmの球体を取り出して卓上を転がす。


 欠点には解決策もある。要するに過不足と空気を”交換”するのが悪い。

『余剰はその材の粉にする。』

 これで”固体”→”空気”間での気圧上昇は防げる。不足は補える分の材料を集めておく他ない。野外なら土と”交換”できる、大した弱点ウィークポイントではない。どの材を使うのかは指定できるので、気圧上昇を威圧のように使うこともできそう。逆に相手の空気を奪うのも強烈だろう。戦闘面の切り札になる。


 ……[創造神]が戦闘の切り札とは変な話だが『物質を操る』のだから弱いはずが無い、神を冠するだけはある。正式名称は[加護:創造神]なので過剰な気もするが。



「――朝食だ、片づけてくれるか。」

「あ済みません。」


 すぐさま[収納箱アイテムボックス]に仕舞った。



 運ばれてきた朝食には驚きを隠せなかった。朝食は、平皿に乗ったRiceライスと、陶器の碗に注がれたMisoSoupミソスープであった。あとレタス。


「え、これって。」

「この辺じゃ珍しいが、輸入品だ。レシピ通りに作ったら割といい味だったから今日の朝食にした。口に合わなかったって替えは無いぞ。」

「あ、え、はい。」


 ポトフじゃないんだぞ味噌汁は。風貌が味噌煮込みスープなんですが。それに食器は相変わらずK&F+Sで箸は無い。日本人的発想の外にいる朝食だ。


 仕方ないけどね。


「……味噌、あるのか。」


 冷静になれば別の視点があった。輸入品だが日本の調味料の一つが存在する。

『わー凄い偶然だ日本みたいな国が異世界にもあるんだなぁ。』

 と思ってもいいが、恐らくは過去の転生者なんでしょう。私は詳しいんだ。ありがとうございます。


 机の下でSΦ80を[創造神]で加工して箸を作る。傍から見ればただ[収納箱アイテムボックス]から取り出しただけだ、問題ないだろう。私はできれば何にでも箸を使いたい人種なのだ。

 机の下で手を合わして朝食をいただこう。



「……髪が邪魔だ、結ぶか。」


 うわ、ぼさぼさだ。



□□□


 自室に戻ってきた。

 朝食は食器こそあんなんだったけど割と美味しかった。出汁ナシ味噌汁よりよっぽどいい。ご飯もべちゃべちゃじゃない。顎を動かすことで眼も冴えた。


「……トイレ行くか。」


 厠は廊下の突き当りにある。部屋に鍵をかけて向かう。

  [tse'mre(お手洗い)]と書かれたドアの前まで来たが、念のため3回ノックする。この世界の慣習は知らないけど返事が無いので誰もいない筈、ドアを引く。

 良かった誰もいない。入ってドアを閉める。


「……さて。」


 途中で気付いたが、これは生理現象だ。つまり生物が生存するために行う肉体の現象だ。つまり男女差が顕著に表れる。

 取り敢えず蓋を開けてジャージの下をパンツと共にずり降ろす。そして座る。


「……ん。」



 なぜこんな文明なのに便器が陶器で洋式なのだろうか。糞尿を避ける為にハイヒールを活用した中世に失礼ではないだろうか。2階に水洗トイレて。


 変な事を考えてしまったので、まぁ出すモノを出すのはすぐ終わる。ただ音が反響して恥ずかしい。溜まってたんだろう。思わず顔を覆ってしまって考えも途切れて音姫を求めて……。


「あー、もう。顔すごく赤いんじゃないだろうか、これ。」


 音を聞かれて恥ずかしい、というより音を出してる私自身がなんか恥ずかしい。なんだろう、覗き見してる感じ?、したこと無いから判らない。それともあれか、構えるモノが無いからか。


「ベッドで寝て落ち着こう……、このままじゃ外出できない……。」


 頬はまだ熱い。女性には妹で慣れてると思ってたんだけどなぁ。私には、体が遠い誰かに感じて仕方がないんだ。


 廊下に晒されたドアノブがとても冷たかった。

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