第7話:舌の上で転がす。

 宿の主人に鍵を預けて外に出ると路地は余計に暗くなっており、看板に掛かる小さな灯しか光源が無い。ランプを持ってきたほうが良いかとも思ったが、戻らず通りの光に向かって歩く。


 こんな世界でも街灯はあるらしい。大きな通りには転々と街灯が灯り始めている。完全に暗くなる前から点灯してるし、自動化もされているのだろうか。魔法の光だったりするのかな。

 街灯の恩恵か、暗くなっても人がそこそこ歩いている。私と同じく夕食に出掛けているのかもしれない。もしくはもう帰るのか。


 ぽつぽつと明るい太陽通りを外縁に向かって歩く。馬車から眺めた時に食事処は散見された。その一つに行ってみよう。

 環状15号にその店はある。開け放しのドアを通るとすぐに店員が来て席に案内された。


「メニューはこちらです。決まり次第ベルを鳴らしてください。では。」


 給仕姿の彼女はメニューを渡すとドア近くの定位置に戻った。案内係なのだろうか。


「……なにがあるかな。」


 未知の食事である。何を頼んでも結局は博打だが、安全性の高い料理を頼んでみよう。


 豚、牛、鳥……。一般的な肉の種類だけど、Kankerteカンカーテ牛とは一体なんだろう……?、Cookarクッカー鳥とは?、只の産地ならいいが、モンスターの名前だったりしないだろうか。

 ……いや、レストランが出すくらいだ、相応に旨いのだろう。気にしないほうが良い。ジビエでも旨ければいい。


 外れが無いのはステーキ料理だろうか。味付けも何もないだろう。ソースが合わない可能性もあるが、肉の味を堪能出来ればそれでいい。塩胡椒だけで良いと注文を付ける?、……いやぁ聞き入れてくれないだろう。


 サラダも適当に頼みたいがやはりドレッシングが気になる。


「……なんでもいいか。」


 腹が減ってきた。不味くても美味くても食欲は満たさねばならない。


 ベルを鳴らす。定位置にいた彼女がこちらへ来る。


「ご注文をどうぞ。」

「このCookarクッカー鳥のチキンを一つ。それとMastelマステルサラダを一つ。」

「主食は何にしましょうか。パン以外に最近取り入れたライスもありますが。」

「あ、ライスがいいです。」

「畏まりました。では以上でよろしいですか。」

「はい。」

「では、しばらくお待ちください。」


 注文をメモした紙を奥の厨房に渡しにいって、彼女は定位置に戻った。混み具合からしても大勢店員が要るとは思えないけど、一人なのだろうか。


 待つ間に他の客を観察してみる。

 丸テーブルに数人掛けが多い。3人から5人と複数が多く単独もいる、男だが。やはり女性1人で大衆食堂はまずいだろうか。どうにもしがたいのだが。

 客には武装した者もいる。大剣が壁にもたれていたり、盾が椅子に伏してあったり。鎧を脱いで床に置いている者もいる。私も冒険者をするなら装備も整えないと。


 ……スキルの能力も試さないと。特に[創造神]は想像の域を超えそうで危なっかしい。”造形”はおおよそ判るけど”交換”は説明を読んでも全貌がつかめない。

□□□

”造形”=任意に変形させる。

”交換”=周囲の物質を任意に等価交換する。

□□□

 何を以て『等価』と言っているのだろう。質量だろうか、エネルギーだろうか。大して違いはないけど気にはなる。『周囲』の有効範囲とか、どんな感じに交換が起きるのかとか、やってみなきゃ判らない。



Cookarクッカー鳥のチキン、Mastelマステルサラダをお持ちしました。こちらはサービスの水です。では、追加注文があればお呼び下さい。」

「はい。」


 思いのほか早かった。丁度良かったのかな。


「おいしそう。」


 陶器の丸皿に載ったチキンは温かく滴っていて良い匂いがする。ソースの懸念は小皿に分けられているので問題なし。食器は一般的なKnife ナイフ &Forkフォーク。他の客から判っていたが箸は当然のようにない。テーブルマナーはよく判らないけど厳しいレストランでは無さそうなのでそこまで気にしない。


「いただ……おっと。」


 食前の挨拶は省こう。


 机の下で手を軽く合わせれば両手にK&Fを構える。左のFで押さえ右のKで切り分ける。Fに刺さる鶏肉を口に運ぶ。


「……うん、美味しい。」


 塩胡椒がしっかりしているのでソース無しで食べられる。次はソースを付けて食べてみよう。



□□□


 戦乙女の鞘に帰ってきた。美味しい物を食べている間は気苦労もない。ソースの鶏肉はライスによく合った。また行こう。


 夜空を望む窓は光に乏しいのでランプを点けた。油のランプなど未経験なので手間取ったが、底にある付属のマッチで内部に火を点けるだけだった。蛍光灯に慣れた現代人には暗いのだが本を読むでも無し、見えればそれでいい。


「――では、実験をしようか。」


 [創造神]の実験を開始しよう。材料はこれ、転生後に起きたあの小屋近くで拾った石と土塊つちくれ。造形から徐々に試していこう。


「造形を試したいところだけど……。」


 机に並んだ石と土塊を眺めて思案する。

 いかんせん”スキルの使用方法”が判らない。これでは独活うどの大木、観賞用でも保存用でも無いのだ、実用してこそのスキルである。


 取り敢えず、腕のベルトを撫でて説明ホログラムを再度確認してみる。


「『スキルは特異魔核による為エネルギー損失を減らすが人類の魔核は遺伝的ランダム性が高く依って発現率は低い。』

 ……違う。

 『魔子を操る魔核を操る実態は魂魄である。光子世界より魂魄に近い魔子世界ならば強い干渉が可能である。』

 ……これか。」


 魂魄で訴えかければ魔核がスキルを発動してくれると言う事だろうか。脳で考えるのとは違うようだが『信じればできる。』に近いのだろう。例えば[収納箱アイテムボックス]は収納物を指定して出し入れができる。『アレが欲しい。』という思考を読み取っているのだと思ったが、魂魄で訴えているらしい。


 机の石を手に取る。


「取り敢えず念じてみようか……。」


 修行僧みたいだと思いつつ石を持ってベッドに寝ころんだ。

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