第5話:冒険者のすゝめ。

 身近に見られなかった石造りの建物、煉瓦レンガ積みなどを馬車の後部に座って眺めていると、


「そういえばさ、フールはこの後どうするの?」


 帳からシャルが出てきて隣に座る。


「どう、って?」

行先いきさきだよ行先。このまま付いてきていいの?」

「……あーそうだった。」


 宿とかも探さないと。


「身分証無いって言ってたし何処かのギルド寄ろうか?」

「うん、それがいい。」

「ここからだと……、あ、丁度冒険者ギルド通るからそこで降りる?、少し行けば商業ギルドもあるけど。」


 シャルの手元にある地図には確かにそう書いてある。

 冒険者、商業。特にこだわらないけど最初は冒険者ギルドに行くべきか?、いまは売り物がないから商業しようがない。


「冒険者ギルドで良いかな。危ない仕事だけって訳でも無いでしょう?」

「ま、ここ王都だしね。近くに強い獣魔いないし。」


 そりゃあそうか。滅んじゃうし。



 石畳にガタガタ揺れてると冒険者ギルドが近づいてきた。


「ありがとうね、ここまで送ってくれて。」

「なんてことないよ。次いでだったし、楽しかったし!」

「生活が落ち着いたらお店にも行くよ。ロイスト雑貨店だっけ?」

「絶対きてよ?、待ってるんだから。」


 ギルドの前で降ろしてもらい、手を振って別れた。名残惜しい。人込みで見えなくなるまでずっと手を振った。店に行く約束も等閑とうかんせず、明日にでも行く事にしよう。数時間の間柄でも初めて会った人が彼女で良かったとしみじみ思う。

 しかし往来の最中で感慨にふけるのも邪魔であろう。転進してギルドへ行こう。




 冒険者ギルドがこれほど清潔だとは思わなかった。開け放たれた入り口をくぐり屋内を見ても荒くれが蔓延はびこっている訳でも無く、酒場があれどそれは特筆することも無く只の居酒屋である。疎らな客に野性味は無い。


「思ったよりきれいだな。」


 感想を口に出すと一層そのように感じる。空想ファンダジーとかけ離れた役所の如きおもむきだと気付くとなんだかな、入りづらい。木造でなく石造りなら踵を返したいが木造なので歩を進めよう。あたたかみのある内装で良かった。

 

 入口を真っ直ぐ進めばそこが受付である。


「こんにちは、ギルドへの登録はここで良いですか?」

「え、えと、あの。」


 若い受付嬢に困惑された。女性は登録できないとか、立会人がいるとかそういう話だろうか。まさか見た目じゃないよね。容姿端麗な私なら変な服装でも紛れるはずだ多分。平安の価値観ならダメかもしれない。


「……どうしよう、オヒン語、かな?、判る人はええと、ルタさんなら判るかな……。」

「待って待って。オヒン語以外も判るから。」

「あ、ハイフィン語。」


 余りにも慌てた様子だったので”オヒン語”というワードから口を挟んでみると当たりだった。これでこの世界の言語が二つ以上で私は両方を理解できると判った訳だ。

 だが、たしかに”ハイフィン語”なる言葉も理解できるが、看板と同じく翻訳が気持ち悪い。おそらくハイフィン語がこの辺りの公用語だろうから積極的にこちらを使った方がよさそうだ。気持ち悪いのもいつか慣れるだろう。


 ……大勢から知らない音で話されると酔いそうだけど、仕方ない。


「あの、ではええと、今日はどういった御用でしょうか。」

「冒険者ギルドに登録したいです。……女性でもできますよね。」

「あ、はい。十歳以上っていう年齢制限しかないので大丈夫です、たしか。」


 しかないなら自信持ってほしい。


「えーと、なんだっけ。……そうだ、カード持ってますか?他のギルドで良いので。」

「持ってないです。」

「ということはカード作成から、ですね。器具持ってくるのでちょっと待っててください。」


 そういうとタッタと駆けて奥に行ってしまった。バックヤードに置いてあるってことはカード作る人少ないのかな。もしくは他に作る機会がある?、成人とか。



 近くにあった掲示板を眺めながら暫し待つと大きな機械を抱えて帰ってきた。カウンターにどしんと降ろす。女性に持たせるには重すぎないか?


「重そうな機械ですね。」

「はー……。私、実はこの器具使うの初めてなんですけど、こんなに重いモノとは思ってなかったです。先輩は軽々持ってたですよ、これ。こんなに重いなら備えつけといてほしいですホント、もぅ。」

「ははは。」

「……あ、ごめんなさい変なこと話しちゃって。さっさと準備しますね。」

「初めてなんですよね、ゆっくりでいいですよ。」

「準備って言っても電源入れて設定セットアップするだけですから大丈夫です、多分。」


 失敗される方が嫌なので口を挟んだけど杞憂だった、多分。


 しかし四角い箱の上に分厚い板が乗り、四隅から上に棒が伸びたこの器具を一体どうするのだろう。使い方が想像できない。


「ではここに手を置いてもらって、そのあとは……、そのまま少し待っててください。」


 箱上部の厚い板が持ち上げられて出来た器具の間に右手を差し込む。四本の棒が支えになっているので板は手の20cm上辺りで留まっているが、潰されないだろうか?


「そうしたらこの樹脂を乗せて、挟む?」

「ちょっと。」

「いえ大丈夫です任してください!」


 すごく怖いが任せるしかない。怖い。自信を持ってください。

 器具に置いた右手に冷たい樹脂が乗せられる。何だろう、型でも取るのだろうか。それとも標本にされるのだろうか。抗体入りの手枷でも付けられるのか。


「そのまま動かないでください、数分で終わりますので。」


 その合図とともに押されたボタンにより、上部で留まっていた板が下降し始める。心臓に悪いジリジリとした挙動、私はカードを作りたいだけなのに何故これほどの拷問を受けているのだろう。


 下降する板に樹脂が押し潰され手に圧を感じる。と、下降が止まった。


「……これ、何をやってるんですか。」


 潰されなかった安心感から質問をしたくなった。左手で顔を拭ってみると脂汗をかいているではないか。みっともない。


「ええと、カード作成です。」

「ああいや、この樹脂とかに何の意味があるのかなと。型なら取れそうですけど。」

「ちょっと待ってください、マニュアルに書いてるかもしれないから取ってきます待っててください!」


 メモ書きだけじゃなくてマニュアルもあるのか。メモ帳を見ながら操作していたから伝聞でやってるかと思ったが、まとめを自作していただけか。聞き逃しが無くて良かった。


 数枚の紙を持って戻ってくると、少し説明してくれた。

 曰く、数百年以上昔に造られた魔導結晶を動力とする遺物オーパーツだそうで、機械的構造は再現できたが動作を命令する『炉心』の魔導解析が達成されず、情報の取得方法は不明である、と。

 つまるところよく判らないそうだ。炉心のコピーは可能だそうで廃れる事は無いにせよ、技術の紛失は悲しいな。ダマスカス鋼が流行る世界も面白かっただろうに。歯車で天体観測するのも悪くない。


「じゃあこの樹脂の意味も判りませんよね。」

「そうですね……。あ、でも手を固定する為じゃないかって記述があります。」


 時間が掛かる読み取り作業で動かれたら困るだろうね。改札のように出来たらいいのだろうけど。


「ところで冒険者ギルドはどんな仕事を斡旋してるんですか?」


 暇なので根本的な事を訊こう。


「仕事ですか?、ええと、王都ですから獣魔退治の依頼は少なくて、薬草採取とか、護衛任務とか。

 ……あ、でも地方ギルドの中継点の役割も担ってるので指名依頼とかは来ますよ。Aランクじゃなきゃ嫌だ、とか。」

「つまりここがギルドの本部なんですか。」

「ああいえ、本部は別にありますよ。ここは”ルクメスク王国”の統括支部で、他の国にも統括支部はあります。」


 冒険者ギルドの統括支部、中間管理職 板ばさみ かな?


「それで、私でも受けられそうな仕事ってありますか?」

「……冒険者の仕事をするんですか?」

「あれ、そのつもりで来たんですけど、駄目でしたか。」


 女性はやっぱり冒険者なんて野蛮な仕事はしないのか?、登録できるなら仕事もしそうなものだが。


「あ、いえ変な意味じゃなくて、装備的に壁外に出るのは危なそうだな、と。女性ですし、近場でカードだけ作りたいのかな、と思ってました。」

「ああ荷物か、それで。[収納箱アイテムボックス]のお陰で手ぶらなだけですよ。」

「……じゃあもしかして、王都に住んでる訳じゃないんですか?」

「近所だから手ぶらでって?、違いますよ。

 ……えーと、友人が引っ越しするので運び屋キャリアとして王都まで付いて来たんですけど、そういえば登録証持ってないだろと言われて。」

「なるほどそうでしたか!、てっきり近所の人かと。」

「いつも何も持ってないからか、結構間違われます。」

「珍しいスキルですからね、目立ちたくないからって軽い鞄を持ち歩く人もいるって聞きます。」

「それはいいですね。」


 珍しいスキルなら運び屋キャリアになるのも悪くないかも。いや、会話でボロが出そうだ。無口系クール美人もこの界隈じゃあ受けが悪いだろうし世界に慣れてからじゃないと無理か。

 ……でも念のため情報を仕入れておきますか。


「冒険者ギルドでは運び屋キャリアの依頼は無いんですか?」

「低ランクだと余りないみたいです。Bランクぐらいになるとパーティを組んで北部遠征に行く事もあるので大掛かりな荷物持ちが要るそうですけど。基本的にはやっぱり商業ギルドじゃないですか?、旅商人には人気ですよね。」


 そうか、便利だと思うのだけど。獲物の素材を運ぶのだけを取っても大変だろうに。



「……お。」

「あ、終わりましたね。もう手を抜いていい筈です。」


 圧迫器具がようやく堅い口を開ける。甲の上で丸く潰された樹脂と右手を持ち上げる。


「うえ、へばり付いてる。」

「べたべたですね……。」

「手、洗える所あります?」

「あ、こっちです!」


 圧迫された樹脂が手の甲に張り付いて糸を引いて伸びる。乾いたボンドのように剥がれるとか、なんとかならなかったのか。

 連れられた手洗いで懸命に擦ると、大方とれた。目立たなくなったし、これ位で良いか。貸してもらったタオルで水滴を拭きとりながら、受付へ戻る。


「あ、取れましたか?」

「大体は、ね。」


 読み取りを終えた器具には樹脂がへばり付いていない。そもそも上板が上がった時にも器具自体に樹脂は付着していなかった。

 ……体温で溶けた?、そんな馬鹿な。

 

「じゃあはい、カード出来上がりです。」

「ありがとう。」


 真鍮のような色のカードを受けとる。弾いた感じは金属だろうか、プラスチックではなさそう。


「えと、カードの表面に書かれているのは、名前と年齢、性別、ほかにはどのギルドに所属しているかで、裏面は暗号化された情報が刻まれているので傷つけないでください。そうそう傷つかないですけど。」


□□□

Enam:Fool Eag:19 Sches:Malf

Taliffa:Baven

□□□ 

 正確にはこのように書かれている。文字はハイフィン語のようだが、他言語の人間はどうするのだろう。

 裏返すと、確かにこれは読めないな。私が読めないのだから言語じゃないのだろう。


 ……と言うか、ここまで情報を抜き取られているとは思わなかった。出身とか必要だったらどうなってたんだ。思わぬ危機だった訳か。


「防御代わりに胸ポケットに入れとく人もいるくらい頑丈なんですよ、そのカード。でもなくしたら金貨3枚ですからね、気を付けてください。」


 再発行にお金を取るのか。……ん、そういえば、


「……では、初めてのカード作成の値段はどうなってるんですか?」

「あ……、あれ、話して、ないです?」

「ないです。」

「あぁーーー、あーー……。」


 頭を抱えてしまった。カウンターに伏せてしまって顔色が判らない。


「一番大事な所なのにぃ……、


 ……銀貨12枚なんですけど、持ってます?」


 潤んだ瞳を向けられ、たじろぐ。私が泣かしたみたいじゃないか。居酒屋から幾つか目線が放たれている気がする。私の所為じゃないってば。


「えー、あの、ではこれでお願いします。」


 金貨1枚を[収納箱アイテムボックス]から取り出してカウンターに差し出す。金貨5枚を初期費用として入れてくれたアントアに感謝せねば。


「ああ、よかったぁ……。」

「……大丈夫ですか?」


 受付の内でへたり込んでしまった彼女をカウンターに身を乗り出して覗き込む。


「大丈夫です、……ちょっと気が抜けちゃて。」

「そんな緊張しなくても。」


 最初から気になってたけど、新人なのだろうか。教育係も付けずに?、『研修中』の札を付けてない所からすると、初めてのワンオペてとこかな。


「今日、昼からずっと一人で受付してて、一人で受付なんて初めてで、えっと、疲れてて……。」

「ああいや、責めてはいませんから。」

「本当ですか、よかった……。」


 大した失敗ではない筈が当人には大失敗である事は屡々しばしば。失敗に慣れるのも必要である。


「被害も損害も、何もないんですから、気にしないで。」

「はい……。」

「そんなことよりどこか近くにお勧めの宿ってありませんか?、今日王都に来たばかりで泊まる所を探してるんですけど。」


 恐怖や後悔の消化方法は3つ。享受受け入れる忘失無かった事にする圧倒誇りを持つ。簡単なのは忘失だろうか。


「やど、ですか?、

 ……えと、『戦乙女の鞘』、とかどうでしょう。」

「『戦乙女の鞘』?、場所は何処になるんですか。」

「近くです。環状10号にあって、ここが環状11号なので。」

「北区?」

「いえ東区です。10号を曲がって100mくらい、かな。」


 冒険者ギルドに近いのは良いな。


「あ、あの、冒険者には割引をしてるので、1泊銀貨2枚半で泊まれます!」

「へぇ、いいですね。」


 安いのか判断がつかないが、カードよりは安いし、きっと安いのだろう。


「じゃあそこ、行ってみますね。ありがとう。」

「いえ、そんな。」

「それじゃあこれで。」


 受付から離れて出口に向かう。……ふと、笑顔を作って振り返る。


「明日きたときは、笑顔で迎えてくださいよ?、そんな顔じゃ、楽しくないですから。」

「え、あの。」

「それじゃあまた明日。」


 今度こそ振り返らずに冒険者ギルドから出る。彼女が自信を取り戻してくれるといいなぁと願いながら。





「ごめん、登録のお釣り貰うの忘れた!」

「あ、ホントですね。……っふふ。」

「ちょっと、笑わないでください。」

「だってあんなことしといて、……っあはは。」

「もう……。」


 格好つかないなぁ……

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