第3話:シャルとの邂逅。

 音の正体は一台の馬車であった。


「どうしたんだ?、そこの、三つ編みの人。」


 馭者ぎょしゃ台の男性から声を掛けられる。服が鮮やかな染色の赤だから程ほどの身分だろうか?


 ……ええと、どうしようか。サイラント側から来たし、頼めば王都カファイドに連れてもらえるか?


「ええと、王都に行こうと思って。」

「足が無いなら乗るか?、手狭だが。徒歩では今日中に着けんぞ。」


 馭者の男性は後ろのとばりを指さしてそう言う。深緑の帳が掛かる四輪の馬車は確かにそう大きくない。それに馬が2頭で牽くところを見ると荷物も多いだろう。


「いいんですか?、誰とも判らない人を乗せちゃって。」


 でも乗りたい。


「乗り心地は保証しないが、もう一人くらいは座れるさ。」


 もう一人?



 □□□



「男の人なら乗せなかったんだよね、狭いし。」

「……ハハ。」



 誘導されるまま馬車の後部の帳をまくり内を見ると、女の子がいた。外套にかかる金髪が光で綺麗に棚引くさまに見惚れていると、振り返って笑われた。はたと気付いてわたわたと馬車に乗り込み、彼女の前に座ると軽く会釈する。


「どうも、お世話になります。」

「狭いけどごめんね。引っ越しなの。」

「引っ越しですか、それで。」

「私としては荷物も持たずに一人旅してる貴女の方が気になるけど。」

「……[収納箱アイテムボックス]のお陰ですね。」

「そのスキルかぁ、便利だよねぇ便利だろーなぁ。」


 スキルの立場が不明瞭なので隠すか迷ったが、ここは情報の為に勝負した。丁半はこちらの勝ちだ。


運び屋キャリアを雇おうって言ったんだけどお父さんが断っちゃって。

 貴女も良かったね。男の人なら乗せなかったんだよね、狭いし。」

「……ハハ。」

「流石にこんな狭い所に男の人と二人は嫌だからね。」


 私だっていやだ。


「……お喋りの相手ができて良かったな、シャル。」


 荷物の山の合間から馭者の男が顔を覗かす。怒っちゃいないが拗ねた声色だ。


「叔父さん、なに拗ねてんのよ。別に叔父さんならそこまででもないよ?」


 それはフォローにならない。


「叔父さんなんですね、父親かと。」

「お父さんは仕事があるから、だから叔父さんが付いてきたの。一人でも行けるのにね。」

「王都周辺だからって油断すると足を掬われるぞ。盗賊に遭えば殺されかねん。」


 女性の一人旅はまずいでしょ。


「でも貴女は一人旅だよね?、冒険者?」

「ああ、ええと。」


 どうしよう。経験上、『冒険者』は十中八九職業で登録制だろう。ここで嘘を付くほどの価値は無いだろうから他の理由で言い訳しないといけない。


「えーと、私、東の方から旅してきまして、サイラントまでは護衛も雇っていたんですけどもお金に余裕なくて、そこから一人だったんです。」


 苦しいか?


「あー確かに、護衛って短距離で雇うと高いんだよね。オリシム平原だし英断だよ。」


 場所が良かったか。


「たまにゴブリンとか出るから危ないけど。」


 危なかった。


「じゃあシャルさんと出会ったのは運が良かったですね、私。」

「まあこの私、幸運のミシャルテリアさんがいればゴブリンも盗賊も出ないよ、安心して!」


 豊満な胸を叩いて自信を表す。


「ミシャルテリアって名前なんですね。シャルが名前かと。」

「本名はミシャルテリア・クリカ・ロイストだよ。ま、シャルって呼んで。

 ……そういえば貴女の名前もいてないね。」

「あ、はい。私の名前は、フール、です。」


 意に反して否応なしに自己紹介を口遊くちずさむ私の口。なんでだ。


「俺はシュガルム・ロイストだ。宜しく、旅人の嬢ちゃん。」

「あ、どうもよろしくです。」


 不自由な自己紹介が気になるがどうせアントアの仕業だろう。四月一日エイプリルフールから安直に取ったんだろうが、Fool愚者を強いるのはどうなんだ。April四月ならまだいいのに。

 




 馬車に揺られていると、山積みの荷物に載った一冊の本を見掛けた。


「あの、その本、見せてもらってもいいですか?」

「んー、これ?、別にいいけど、どうして?」

「ああいえ、大した理由じゃないんですけど、初見の本だったので気になりました。」

「そうなんだ。」


 木箱の上から一冊の本を手に取り、渡される。表紙には『創世記』と書かれている。旧約聖書とは関係ないだろうが、この世界の根幹なのだろうか。


「読んでもいいですか?」

「……要らないし、あげるよ。」

「ホン……!?、……ごほん、えと、本当にいいんですか?」

「いいよ。どうせ誰も読まないしね。お父さんが押し付けてきたから持ってきただけだから。」

「じゃあ有り難く頂きますね。」

「……ところで何の本なの、それ?」

「創世記って書いてありますよ。」

「それって『ギオの教典』じゃん、要らない。」


 ギオの教典は知らないけど、聖書か?

 ……まぁいいか、読もう。




 揺れる馬車の中読み進めていると、時たまシャルに話しかけられる。核心をはぐらかして会話するのは難儀だが無知を知れるのでここは頑張り所だ。


「王都にはどれくらい留まるの?、私の引っ越し先は王都だけど。」

「そうですね、王都に行くまでが計画だったので特に決めてないですけど、一度小銭を稼ぎたいしある程度はいる、かな。」


 はたして私に稼げる仕事はあるのか。女ながらも土木ならいける気がする。


「じゃあさ、仕事見付からなかったらうちにおいでよ。『ロイスト雑貨店』てのやってるからさ、兄さんに頼めば一人ぐらい雇えると思うよ。」

「……縁起でもないこと言わないでください。本当に行きますよ?」

「どうぞ。一人より二人の方が楽しいし。」

「はは……。」


 隙を見た真面目な勧誘の様だ。暇なら行ってみてもいいけど、客として。




===

以下、創世記から引用。

===


 無が揺らぎ、泡に塗れた世界の端で塵芥が集い意味を成した塊に、我々がある。神々に愛されし祖は奇跡と偶然により開拓した。魔法の発見である。既知を捨てた未知の挑戦権を手中に持ちながらも油を湛えた排他主義は反芻される大戦に常勝大勝する。そして唯我独尊の末に人類を統一せしめる。

 時に流され天啓を失いし空蝉は魔法を内に孕み、天に昇りし塔を築く。やがて臥竜がりょうもたげ、ギオは滅びぬ。

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