第13話 決 断

「魚雷7本、本艦直撃コースを大きく外れ…機雷源に向かっています!」

「…やはり友軍か」

グラハムはニヤリと笑いながら額の汗を拭う。

「航海長、アルファ1とのランデブーポイントを算出。通信、量子ビームでコンタクトを試みろ」

セイゴも襟首を緩めながら指示を出す。

「合流予定だったインドネシア海軍でしょうか?」

「おそらくそうだろう」

セイゴの問いかけにグラハムが即答する。

「魚雷爆発。機雷源右翼外延のSS-09を掃討、敵訓練艦も破壊!」

「見事な手並みだ。よし、戦闘態勢解除。各部、ダメージの対応作業に入れ」

ソナーの報告を受けグラハムが指示を出す。

「量子ビーム通信にコンタクトありました。音声だけならすぐ行けます、艦長」

「…回線を開け」

通信士が指示を受け、アルファ1との双方向音声通信を確立する。

「あー、こちらEAUC海軍、東部方面軍所属シースワロー2、艦長のグラハムだ」

グラハムが船籍を名乗り返答を待つ。

『…こちらAUC海軍、インドネシア方面軍所属セイラム1、艦長のアエラスです』

合流した友軍艦「セイラム1」、その艦長の声はとても若く感じられた。

『遅れて申し訳ない。こちらも敵の妨害への対応で出航が遅れてしまった』

「敵の妨害? メディエイターですかな?」

『ええ、実は──』


アベルは艦長達のやり取りを横目に席を立った。

「アベル大尉、どちらへ?」

パイが声を掛ける。

「まだ調査が残ってますので」

そう言ってアベルはベスとギメルが待つ区画へと向かった。


『あ、見つけました!』

イオタ軍曹の嬉しそうな声がインカムのイヤホンから響く。

先刻の調査で動力区画天井の小さな点検口に工作員が進入した形跡が見つかった。

しかしギメルもベスも体格が大きく点検口から奥に入ることが出来ない。

そこで艦内で最も小柄で機械の扱いも慣れているイオタ軍曹に白羽の矢が立った。

アベルはイオタと、その上長である整備班長に事情を説明し、了解を得て調査を再開。

そして彼女は工作員の設置したと思われる装置を、点検口の奥で発見したのだ。

「爆発物には…見えませんね、少なくとも」

イオタのゴーグルカメラから送られてきた映像を見ながらギメルが判定する。

「イオタ軍曹、それじゃ教えた通りに取り外してみて」

『了解です!』

ベスの指示に従い、イオタが作業に入る。

彼女の器用さもあり、装置はあっさり取り外す事ができた。

「他に周囲に異常は無いか? 特に取り外した装置の下とか」

「…隊長。推理小説が何かの読みすぎでは?」

アベルの質問にベスがジト目でつっこみを入れる。

「そうか? テロリストの爆弾設置対応マニュアル通りの視点だと思うが」

「そうですかー。それは失礼しましたー」

アベルの言葉に対するベスの返答は完全に棒読みだった。

『特に異常は見当たりません』

「分かった。それではイオタ軍曹、取り外した装置を持って戻ってくれ」

『了解。少々お待ちください』

天井壁の向こうでイオタが動く気配がする。

かなり狭い場所で方向転換も出来ないため、後ろ向きの移動を余儀なくされているはずだ。

アベルが時間がかだろうと思い壁に寄り掛かりると、他の二人も待ちの態勢に入った。

「そうだ隊長。機雷源突破戦の時、いつものアレ使ったんですか?」

インカムを介し、先の水中戦の概要を把握していたであろうベスが問いかける。

「ん? ああ、使ったよ。シミュレーションゲーム“ギャラクシー・ライフ”アルチョムカスタム」

「そのアルチョムカスタムって止めません?はずかしい」

ベスが吐き捨てるよう言う。

「何を言う。アルチョムに居た時に皆で頑張って改造した思い出の逸品じゃないか」

「改造しすぎて軍用AI並の思考エンジンを実現。条件を入力するとあらゆる戦闘局面をシミュレート可能、でしたよね」

ギメルが半ばあきれた様に説明する。

「おかげで何処にも出せないし、かと言って消すのももったいないしで私たちしか扱えないという」

「上手くいけばかなりの副収入になったはずなんだけどな」

ベスがため息交じりに愚痴り、アベルも自嘲気味に言葉を吐き出す。

「そもそもサエコ大尉が、EAUC本部の戦術シミュレータを参考にしたあたりからおかしな方向に…」

「あ、サエコ大尉で思い出した。最新のバージョンアップでAIに対話機能追加されたんだ」

「え…マジで?」

アベルの発言にベスとギメルの目が点になる。

「名前は…そうだベータ!ベータ版だから。あとで二人の端末の分もアップデートしておくよ」

「うへぇ。ボキャブラリの欠片も無いわ」

「AIは確か女の子でしたよね。小生は昔からゲームのAIはあまり好きになれないのですが…」

「そんなの適当でいいのよ!どーせこっちの命令拒否できないんだから」

ベスがそう言った時、背後から大きな物音がした。

「イオタ軍曹、ただいま帰還致しました!」

全身ほこりまみれのイオタ軍曹が、右手に装置を抱えて立っていた。


数分後


「リアクター制御系への干渉装置ね。詳しい事は調べてみないと分からないわ」

ベスがイオタの持ち帰った装置に携帯端末を繋ぎ、即席で調査した結果を報告した。

装置の重量は200gほどで映像解析の結果にピッタリ当てはまる。

「工作員はなぜそんなものを設置したのでしょうか」

「まずはリアクターを暴走させての自壊誘導が考えられるが──」

ギメルの質問にアベルは顎に右手を当てながら続ける。

「発令所に居た時コンディションデータは定期的に確認してたが特に異常は見られなかった」

アベルの証言にベスが装置を指でつつきながら答える。

「手前のロボット2体がフェイクだとすればコレが本命っぽいけど…もう取り外しちゃったし?」

「もう危険は無いか。ベス少尉、念のため精査をまかせて良いか?」

「私は良いけど、解析装置か同等の設備がないと──」

「それなら工作室が良いと思います!」

ベスの懸念にイオタが答える。

「名案だ。よし、行こう」

アベルがそう言うと全員が一斉に動き出した。


モスクワ


半世紀前までロシアと呼ばれていた国の首都である。

4度の世界大戦を経ても大規模な破壊を免れ、人類有数の大都市として歴史を刻んできた。

しかしアヴァロンの攻撃以降、他の都市と同じく地上部分は破壊され瓦礫の山と化した。

人々は地下に逃れ、現在では世界最大の地下コロニーを形成し生活圏を維持している。

その中心部、人々の生活するコロニー階層のさらに下の大深度にあるのがEAUC本部である。

そしてその下層にある巨大な円形空間。

ここはEAUC中央方面軍の指揮所であり、同時にEAUC全軍の指揮中枢でもある「0号指揮所」だ。

外周は情報収集や分析、通信装置等で埋め尽くされ、それぞれのコンソールでは士官が責務を果たしている。

中心には周囲より一段高く、周囲とはガラスで隔てられたブースがある。

その中で軍の責任者たちが一堂に会し円卓を囲んでいた。

屈強な軍人達の中にひとりだけ、どう見ても中学生くらいの少女の姿が見える。

東部方面から急きょ呼び戻されたテトラボーグαチーム責任者、マリー大尉である。

「AUCのブラウン教授率いるγチームとは依然連絡が取れません」

「シドニー01及び03は壊滅。大陸東部打ち上げ施設及び軍港も使用不能、海中潜水艦部隊による支援も難航しています」

「シドニー02は例の放送以降、外部との通信を遮断したまま。ドローンによる監視を行っていますが今のところ動きはありません」

「一次調査の結果、壊滅したコロニー付近で残留放射能は検出されず。核兵器では無かったと思われます」

「シドニーを攻撃したと思われる落下物に関するデータが不足しており、正体が分かりません」

「落下軌道上に当たるユーラシア大陸東部の観測システムが事前に攻撃を受け破壊されていた為です」

「αチーム移送中のシースワロー2の護衛に着く予定だったセイラム1の母港が襲撃されました。撃退には成功したものの出航が遅延」

「オーストラリア周辺海域では散発的に戦闘が発生しています」

「メディエイターが旧式の訓練艦を利用し、正規軍との戦闘を行っているとの事です」

「敵訓練艦は海上を航行し内燃機関で発電しながら航続距離を伸ばしている模様」

「NSAUCの一部打ち上げ施設が襲撃を受け使用不能。その中にはβチームの打ち上げ施設も含まれていました」

「βチーム打ち上げに関しては現在代替施設を検討中。ですが時間が無く極めて難しい状況です」

「現在、第11次アヴァロン攻略作戦の為に用意された戦力の約23%が使用不能になっています」

「直接侵攻要員ですが現時点で確実に打ち上げ可能なのは7名中3名のみです」

最後のマリーの報告で各部門からの報告が一巡した。

円卓が重い沈黙に包まれる。

最初にそれを破ったのは参謀本部長だった。

「作戦成功の確立は当初より30%も低下した。参謀本部としては作戦延期を進言したい」

立ちがりそれだけ言うと彼は再び椅子に腰を下ろした。

「現場からは延期しても現状以上の戦力投入は困難、むしろはメディエイターへの対応で減少するとの分析結果が上がってます」

これは本部作戦部長の発言だ。

「調達部門としても延期は更なる打ち上げ施設破壊の時間を敵に与えるだけと考えます」

「広報部門としては延期は士気の低下を招きますので避けたい。ただし延期理由として士気を上げるネタがあれば別ですが」

「ここは時間を掛けて最大限の準備をするべきだろう。メディエイターの連中を駆逐してからでも遅くはあるまい」

「シドニーを破壊した兵器の正体が分からん。延期中に別なコロニーが新たに攻撃を受ければ作戦どころではなくなるぞ」

「一般市民にメディエイターの事をいつまでも隠してはおけん。アヴァロン共生派の連中の妨害で延期など到底公表できんぞ」

作戦遂行派と延期派の意見がぶつかり合う。

その時──


パン、パン、パン


円卓に手を叩く音が響き渡る。

「皆、静粛に」

言葉が言い終わる前に、ブースの中は沈黙していた。

発言したのはEAUC最高責任者、ウラディミル元帥である。

「今回同士諸君に集まってもらったのは他でもない。攻略作戦をこのまま強行するのか、それとも延期か。それを採決によって決定する為だ」

「他の統合軍も、最終的にEAUCの判断に従うとの事で既に了解を得ております」

ウラディミルの脇に控えていた秘書が付け加える。

そして彼の言葉は、ここでの決定が人類の総意と同義であるという事を意味していた。

「早速採決を採りたいが、その前にひとつ確認しておきたい事がある」

ウラディミルが視線を移す。

「マリー博士」

「は、はひぃ!」

突然名前を呼ばれ、驚いたマリーは声が裏返ってしまった。

「…そんなに緊張せんで良い。マリー博士、αチームの直接侵攻要員について、君の口から聞いておきたい」

「αチームの…3名の事をですか?」

「そう。適正や能力はもちろんあるのだろう。それ以外に、君の彼らに対する印象のようなものを聞いておきたい」

「彼らは…とても立派です。 軍人としてはもちろん、人間としても」

マリーは必死に言葉を紡ぎ出す。

「立派と言っても精々18、9の若造だろ。敵と直接やり合った事もあるまい?」

西部方面軍の責任者が鋭い視線と共に横やりを入れる。

自分の管轄エリアから要員を出せなかった事を未だに根に持っているのだ。

「ゴホン。生殺与奪を伴う戦闘経験が兵士の優劣を決するものでもあるまい」

ウラディミルの言葉に西部方面軍の責任者はつばが悪そうに視線をそらす。

「マリー博士。3人の事をもう少し詳しく、ひとりづつ説明してくれんか」

「え…あ、はい! ではまずギメル中尉ですが、幼年学校卒業後、すぐに地元サハリンの軍に入隊──」

「博士、資料を出力していただけますか?」

いつの間にか後ろに回り込んでいた元帥の秘書がマリーの耳元で囁き、彼女の席の備え付け端末を起動する。

マリーは言葉を続けながら自分の端末を接続し、3人のプロフィールからギメルの項目を円卓上の3Dディスプレイに外部出力する。

「主に装備・兵器課において車両や電磁工学機器及び兵器の整備に従事し、優れた能力を発揮していたとの事です」

「…ん?彼の父親はもしやルナドライバーの?」

3Dモニターの資料を見ていた調達部門長が身を乗り出しながら発言する。

「はい。第二次ルナドライバー改良計画の技術主任でした。ノアの造反の際、最初の月面攻撃で亡くなっています」

「やはりそうか。いや、昔ルナドライバーの資材課に居たことがあってその時世話になってな…そうか、彼の息子か」

調達部門長はそのままひとりで何かに納得したように頷きながら席に深く腰掛けた。

「彼は今回の攻略作戦参加へのスカウトの際、病床の母親をより良い病院へ移す事を条件にしました。残念ながら移床後まもなく亡くなってしまいましたが」

「ふむ。母親思いの良い若者ではないか。兄弟も無く一人身か。無事に帰ってきたら孫娘と見合いさせてやろうか」

「ああ?お前のところのアノ売れ残りとだと?彼が不運だ。それならウチ孫娘の方が──」

年頃の孫娘を持つご老体方の目に、ギメルはかなりの好物件と映ったようだ。

「あー静粛に!…博士、次を頼む」

ウラディミルの一括でブースが再び静かになり、マリーは説明を続ける。

「次はベス少尉。彼女はクルスクの生まれですが父親が亡くなったのをきっかけに母方の実家のあるハバロフスクへ移りました」

「ああ、ロケット工場区画の爆発、あれは酷かったな。液体酸素のタンクをレーザーが直撃したんだ…」

中央方面軍の責任者が資料を見ながら眉間に皺を寄せ呟く。

「幼年学校卒業後、軍に入隊。情報課、電子戦課で才能を発揮します。本人曰く"マルドゥク大佐に憧れて"いるのだそうです」

「…だ、そうだぞ、マルドゥク?」

「照れますな。プロパガンダ映画も必要なのは分かりますが、アレは脚色し過ぎでどうもねぇ」

ウラディミルから右に二番目に座る初老の人物が、頭をかきながら答える。

彼こそEACH情報戦略軍のトップ、マルドゥク本人であり、現在は中将の地位にある。

「彼女のスカウト時の条件は、やはり母親の待遇改善でした。これは叶い、現在彼女の母親はハバロフスクの1級住居で生活しています」

「…ん?ベス少尉の姉が消息不明となっているが、行方は分からないのか?」

「それについては先日、ベス少尉からアヴァロンのハイパースリープに入っている可能性があるとの報告を受けましたが、確証が無くそのままとしています」

「アヴァロンの?どういう事だ?」

ウラディミルが眉を細める。

「あーこれですか。マリー博士、この件に関して私の方から説明してもよろしいでしょうか?」

ウラディミルの秘書がマリーに同意を求める。

「正直、私もよくわからないので…是非お願いします」

マリーはそういって秘書に説明を任せた。

「それでは僭越ながら説明させていただきます。少しお時間を拝借」

そういいながら秘書は自分の端末を円卓に接続し、3Dディスプレイを操作し資料を映し出す。

「事の始まりはDr.オメガがABJDという病気を発見した…と世間に嘘を流布した事に始まります」

「Dr.オメガは国際DNAバンクを作った人物だったな」

「嘘を流布した、とはどういう事だ?」

円卓のメンバーから当然の質問が上がり、それを待っていたかのように秘書が答える。

「ABJDはヤコブ病という不治の難病が成人してから発症する、オメガはその発症遺伝子を特定したと言った訳です。しかし──」

秘書が端末を操作し表示を切り変える。

「そんな病気も遺伝子変異も、最初から存在しなかった事が後に他の学者たちの研究によって判明しました」

円卓がざわつく。

「あの…Dr.オメガはなぜそんな嘘を?」

マリーが秘書に問いかける。

「それは本人に直接聴取したいところですが出来ませんからね。ただ彼の行動を追うことで推測は可能かと」

秘書はマリーを見ながら細い目を更に細め、手元を動かす。

円卓のディスプレイに近年のDr.オメガの動向一覧が表示される。

最後は「行方不明」となっており、秘書が「聴取できない」と言った意味が分かる。

「人工冬眠救済機関の設立…子供たちの救済…ハイパースリープ…アヴァロン。彼は子供たちを集めていた?」

「そう見るのが自然だと思います」

「彼は遺伝子学者。だとすれば特定の遺伝的な何かを持つ子供を選抜して…!」

マリーはある可能性に気が付いた。

「どうかしましたか?マリー博士」

秘書が見透かしたように問いかける。

「まさか彼は…テトラボーグの研究をしていた?」

遺伝子要件を満たしていたが故にテトラボーグに改造したベスと、オメガが身柄を確保したシータは姉妹だ。

その可能性は十分にあるとマリーは考えた。

「あり得ますね。実は現在、彼を非合法人体実験の容疑者として追っています。と言ってもノアの造反以降、行方不明で手詰まりですが」

秘書はそう言いながら、オメガによってアヴァロンに送られた子供たちのリストを展開する。

「…アヴァロンには彼の人体実験の為、罪もない子供たちが集められ人工冬眠させられたままでいるというのか」

円卓のメンバーの何人かが憤りの表情を見せる。

リストの子供達が、年齢的に自分の孫世代と被っている為だろう。

「私の方からは以上です」

そういって秘書はあっという間に端末を片付け、ウラディミルの脇へと音もなく戻って行った。

「ベス少尉にとっては、生き別れの姉の調査でもあるわけか。心境を察するに余りあるな」

マルドゥクが目頭を押さえながらそう呟く。

「ベス少尉の事、良くわかった。並々ならぬ決意を持って任務に臨むであろう事もな。マリー博士、最後のひとりについて頼む」

「はい。最後にαチームの隊長、アベル大尉についてです」

ディスプレイにアベルのプロフィールは映し出される。

「御覧の通り、彼は戦災孤児で6歳の時に軍によってゲリラから保護されています」

「2099年の上海…東部沿岸地域か。アヴァロンの攻撃が地球の制空権を脅かし始めたころだな」

「孤児院の庇護下で幼年学校を卒業。すぐに軍に入りハバロフスクの調達課に配属。その後アルチョム駐留軍作戦課に転属されます」

「第7次朝鮮半島事変で功績を上げとるな。…ああ、例のゲリラ掃討作戦の立役者か」

「諜報部や技術局を巻き込んだアレか。思い出したよ」

東部方面軍の責任者がそう言いながら苦笑する。

「彼のスカウト時の条件は、軍内でより確固たる役職に就くこと、でした」

「ほッ! 出世欲旺盛だな」

「いやいや、そのくらいの方が分かりやすくて良いわ」

「たしかに」

高官たちの反応は上々だ。

「私の印象としては、彼はとても有能で人望も厚く、部下からも慕われています。短所があるとすれば優し過ぎる点でしょうか」

「ふむ。マリー博士にそこまで言わせる人物であれば問題あるまい。今回の人選とテトラボーグ化の任務、ご苦労だった」

「は、はい!ありがとうございます!!」

「では同士諸君。第11次アヴァロン攻略作戦の最終実施判断の採決を行う」

EAUCの最高意思決定として、各部門のトップ35名、それに今回はマリーを加えた計36名による電子投票が行われる。

円卓上の3Dディスプレイに表示された結果は──


【予定通り遂行 29】【延期 7】


「見ての通りだ。諸君らの決断に敬意を表する」

「決定を直ちに全軍へ伝達。作戦開始まであと24時間、各員可能な限りの準備とフォローを行って頂きたい」

ウラディミルの賛辞に参謀本部長の言葉が続く。

「異論はございませんね?…それでは、解散いたします。皆さま、お疲れ様でした」

秘書の合図で全員が一斉に席を立ち、敬礼する。

敬礼が終わるとある者はブースの出口に向かって歩き出し、ある者は親しい者と立ち話に興じ始めた。

緊張の糸が切れたマリーは自分の椅子にふらふらと座り直した。

ここで完全に油断している彼女に声を掛ける者がいた。

「…マリー博士」

「え…あ!元帥閣下どのッ!」

マリーは慌てて立ち上がり敬礼の姿勢を取る。

ウラディミルの後ろには秘書が控え、わずかに微笑んでいるように見える。

「良い解説だった。改めて礼を言わせてもらうぞい」

「いえいえいえ、とんでもない! お役に立てたかどうかも怪しいです」

謙遜ではなく本心から恐縮するマリーにウラディミルは首を横に振る。

「そんな事は無い…向こうの話に聞き耳を立ててみたまえ」

「え…?」

ウラディミルの示した方向では調達部門長と参謀本部長が何やら話し込んでいた。


「…洋上にいる商船任務艦のうち、対レーザーチャフ弾搭載艦を作戦に参加させたい」

調達部門長が言う商船任務艦とは、攻撃武装を持たず安全航路上で物資輸送を担っている原子力潜水艦である。

その任務の性質上、旧式で対応年数を過ぎた老朽艦が大半であり、スペックも低い。

一部に防御用として対レーザー兵器を搭載した艦が若干数存在するが、その効果は殆どないと考えられている。

「それはありがたい申し出だが…以前、艦が破壊されるリスクが高いと協力を拒否された記憶があるが?」

「そうだ。チャフ弾は上空数キロで破裂させ、レーザーが到達するまでに威力をいくらか減衰させるだけの防御兵器だ」

「何らかの事情で浮上した際に時間稼ぎをする程度の代物だったな」

「衛星の目くらましとしては高度的に無意味なうえ、旧式艦だから狙われた際に破壊されるリスクが大きい、だから協力を拒否した」

「…それが、なぜ?」

「チャフ弾頭弾はもともと弾道兵器迎撃ミサイルを転用し、高度リミッタを設定した物だ」

「そうなのか?初耳だが…そうか」

参謀本部長が少し驚いた表情をしている。

その驚きはチャフ弾の事ではなく、本来兵器に無頓着な調達部門長がそんな事を言い出した事に対する驚きだった。

「つまり、リミッタを解除すれば上空100キロ以上まで上昇可能。これならいくらか索敵衛星の妨害になるだろ?」

「それはそうだが…老朽艦が破壊されるリスクが──」

「そんな事を言ってる場合か!」

普段決して声を荒げない彼が興奮して大声を出す。

思いがけず参謀本部長が気圧される。

「すまん。実は老朽艦の破壊リスクは、ちゃんと評価したうえでの話では無いんだ」

「……」

調達部門長の発言が事実であれば重大な責任問題である。

しかし参謀本部長は黙って彼の告白を聞いていた。

「全ては流通ルートを守りたかった私の利己的な独断だ。いずれ責任は取らせてもらう。しかし今は時間が惜しい。そっちの管轄に迷惑は掛けないから同調打ち上げシステムにウチの商船任務艦を追加して欲しい」

「…分かった、すぐ作業にかからせる。該当する艦の詳細と現在位置を──」


「普段の調達部門長からは考えられない行動ですね」

一部始終を見ていた秘書がおどけた様に発言する。

「マリー博士。先ほどの君の解説が彼を動かしたのだ」

「そ、そうなのですか?」

マリーはまだ事情が呑み込めていない。

「彼だけではない。他の者たちも触発されて動き出しておる。結局、人を本気で動かそうとするならば、命令や義務だけでは足りないのだ」

「人を本気にさせるのは、同じ人の、本気の思いのみなのですよ、マリー博士」

ウラディミルの言葉を、秘書が補完する。

「人の、本気の…思い」

マリーはその言葉を呟きながら、ギメルの事、ベスの事、そしてアベルの事を強く思い出していた。

「3人とも、どうか無事で」


第11次アヴァロン攻略作戦開始まで、残り24時間。

地の新世界は徐々に天の新世界へ向け、反逆の意志を加速させていく。

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