第12話 離 脱


「艦長、よろしかったのですか?」

古参の航海長が他には聞こえないよう語りかける。

「仕方あるまい。今のところ彼の状況分析…海域離脱作戦を否定する要因は見当たらん」

グラハムが眉間に皺を寄せつつ答える。

彼とはアベルの事だ。

「それに恐らく、副長から同じような作戦が立案されてきただろうからな」


数分前にパイが艦長等に具申した海域離脱作戦は大変良くできた内容だった。

そればかりか上手く行けば敵訓練艦にダメージを与える事も出来るかもしれない。

合理主義のセイゴ副長は、いくつかの問題点を指摘しつつもすぐさまこの作戦を採用しようとした。

しかしグラハムは承認するに当たり抵抗があった。

なぜならこの作戦を立案したのは実質的にパイではなく、陸軍出身のアベルだと思われたからだ。

「思われた」と言うのは、パイはこの作戦はあくまで自分が立案したと言っている為だ。

しかし彼女では、短時間でこの作戦を立案する事は不可能だ。

誰しもが、作戦立案の専門家であるアベルの助言があったのだろうと薄々気付いていた。

当のアベルは発令所の隅で、こちらに背を向け艦内の誰かと通信を続けている。

「…パイ中尉の作戦を採用しようと思う。何か意見はあるか?」

グラハムはアベルの背中をにらみつつ、逡巡の末に乗組員たちにそう告げた。

もしこの作戦がパイの立案という体裁では無く、アベルの発案であったなら素直に容認する事は出来なかったかもしれない。

(いや、切れ者である彼の事。私の心理も織込済みでパイ中尉に手柄を譲ったのかもしれん)

グラハムは憎らしさと感心を同じくらいアベルに抱きつつ、部下たちから異論が無いことを確認し作戦の準備を指示したのだった。


「作戦準備、各部進捗報告!」

セイゴの声でグラハムは回想から現実に引き戻される。

「現在本艦速力5で無音航行中。超伝導推進器は完全に停止。補助プロペラスクリューへ切替完了、いつでも行けます」

「ソナーより艦長。本艦はSS‐09(A)までの距離8500を維持。敵艦はSS‐09(A)との距離約8200、本艦との距離約1万6000のまま後方へ、面舵3度で迂回中」

つまり両艦はSS‐09(A)を中心にほぼ対面、同距離を時計回りに回転している状態だ。

「潜航艇No3、諸元入力及びパルス発生装置搭載完了。遠隔航行モードで射出準備よし」

「火器管制、各魚雷指示通りに設定完了」

セイゴが頷く。

「艦長、準備完了しました」

グラハムがセイゴの言葉を受け止めマイクを握る。

マイクを通し、グラハムの声は艦内の主要ブロックへと伝播される。

「これより海域離脱の為、対機雷及び潜水艦戦闘を開始する!」

「発射管1番2番、SC魚雷、諸元入力完了。発射管開きました」

「よし、発射しろ!」

「1番2番発射!」

シースワロー2艦首に6つある魚雷発射管の2つからSC魚雷が艦前面へ射出される。

2本の魚雷は直後に進路を90度右へ変え、最初に接触した魚雷発射機雷SS‐09(A)へと向かう。

「ロケットモーター点火。雷速50から増速、約60秒で対象に接触」

「SS‐09(A)より迎撃魚雷発射音。雷数2、こちらの魚雷と交差まであと30」

「補助推進器スクリュー始動、最大出力! 潜航艇も出せ!」

艦が徐々に加速していくのを感じながらも僅かの間、沈黙が発令所を支配する。

そして──


ゴオオン


「魚雷爆発音!数は3です!」

「敵の魚雷の残り1本はどうなった?」

「ちょっとまって下さい。爆発音に紛れて…! 魚雷推進音探知! 数は1、こちらに向かって来ます、速力100、接触まで20!」

「カウンターメジャー、アクティブデコイ1番2番発射!」

「発射管5番6番、アクティブデコイ射出、海面に向かいます!」

「取舵いっぱい、スクリュー停止!」

「取舵いっぱい!」

「スクリュー停止!」

「…敵魚雷、デコイを追っています、接触まであと5!」

「総員衝撃に備えろッ!!」


ズズン


何かに掴まっていなければ立っていられないほどの衝撃が艦を襲った。

「魚雷爆発!本艦右舷後方、距離400!」

「右舷機関室後部に浸水! 動力及び駆動系に支障なし!」

「底部、主磁気スペクトルセンサー損傷!」

「ダメコン班、右舷機関室だ!」

「軽症者数名。死亡・重傷者無し」

魚雷至近爆発のダメージが各所から上がり、その対応に追われる。

「敵艦はどうだ?」

「推進音ありません。正確な位置は不明ですが恐らくコースそのままで本艦後方に回り込みつつあると思われます」

「艦長、このままでは40秒後にSS‐09(B)の攻撃予想射程に入ります」

「くそッ! スクリュー始動、最大出力。面舵いっぱい!!」


「ベス、ギメル。大丈夫か?」

中央の喧騒を聞きつつアベルは部下の様子を確認する。

『な、なんとか』

『ギメルが肘を打ったわ。軽症だけどこれ以上は無理です!』

ベスがギメルを気遣って調査切り上げを具申する。

「いままでのところで何か見つけたか?」

『最近開けた形跡のある点検口、1か所を確認。しかし自分もベスも体が大きく中に入れませんでした』

アベルは工作員が長身で細身だった事を思い出す。

「分かった。動力区画外まで後退し戦闘終了まで待機しろ」

『了解!…隊長、ひとつ質問よろしいですか?』

「言ってみろ」

『なぜ超伝導推進器を使わないのですか?』

ギメルは調査をしながらも、推進器の音に注意していた。

推進器は彼の専門分野なので、音だけで十分に聞き分けが可能だった。

「沈底機雷が超伝導推進器のパルス電界のみに反応するタイプだ。通常のモーターや艦の帯磁気は大丈夫のようだが」

『なるほど。しかしなぜそんな設定を?』

「敵艦が機雷源の中でも安全に本艦を追い回す為だ。向こうは訓練艦で通常のスクリュー推進のみだからな」

『誤爆を避けるため、という事ですね。理解しました、ありがとうございます』

『ちょとまって!敵も機雷源に入ってきてるんでしょう? 魚雷発射機雷の方はどうやってかわしてるの?』

「最初の接触でSS‐09の攻撃設定範囲が距離8000未満と当たりを付ける事ができた。その後…いや、設置図をそっちに送る。見た方が早いだろう」

アベルはベスの端末にデータを送信する。

『…なるほど。攻撃範囲が重なってない部分が連なってますね。そこが安全航路という訳ですか』

ギメルが感心したように納得する。

「その航路上は逆に沈底機雷が設置してあるから間違いないだろう。こっちもそのつもりで作戦を立てた」

『このあたりの水深は200前後しかないからこの安全航路を通って海域を脱出するしかない。敵も、私たちも…』

ベスの言葉には何か腑に落ちないといったニュアンスが含まれていた。

「そうだ。しかし、改めてこの図を見るとちょっと…いや、考えすぎか」

アベルも二つに絞られている安全航路の出口に違和感のようなものを感じていた。

当初この出口付近での待ち伏せを考えたがソナーが精査した結果、他の潜水艦はこの海域内に居ない事が分かっている。

『…二人とも、何か気になる事でも?』

ギメルが不安げに声を掛ける。

『…隊長。ひとつ確認したいんですけど、訓練艦ってこんなに沢山の機雷を一度に運べるんですか?』

「ふむ。輸送のキャパ(許容量)か…」

アベルは言いながら海域に設置されている機雷郡の総容積量の計算を始める。


魚雷爆発の騒音に紛れ、静音モードでスクリュー推進を続けるシースワロー2が機雷源の第二ステージに差し掛かる。

「左舷SS‐09(E)まで距離8800、右舷SS‐09(D)まで距離9200」

「操舵、面舵5、20秒でもどせ」

「了解。面舵5、速度そのまま」

セイゴの指示で安全航路の中央を通るよう微調整をする。

「ソナー、潜航艇No2の位置は?」

グラハムが当初の作戦で使用する予定だった潜水艇No2の位置を確認する。

「はい艦長。本艦後方約2万を無音航行中。遠隔操作可能です」

「よし、モーター始動、全速前進! 敵を驚かせてやれ」

「了解! モーター起動、出力最大!」

「…敵艦動きました! 位置特定、本艦後方約1万5000、魚雷発射準備音」

「潜水艇No3の位置は?」

「本艦後方約1万4000、敵艦の1000前方の海底に着底中。遠隔操作可能です」


オオ…ン


かすかな水中爆発音が静音航行中の艦内に響く。

「敵魚雷、本艦後方2万で爆発。潜航艇No2、轟沈」

「作戦の為とはいえ…嫌な音ですね」

セイゴがそう言いながら額の汗を拭う。

「…敵艦は? 位置は分かるか?」

「再び無音。ですが位置は予測可能。潜航艇No3の上方通過まであと30秒」

「…よし、潜航艇No3のパルス波発生準備」

グラハムが指示したパルスとはシースワロー2の超伝導推進器の電解パルスを疑似的に発生させるものだ。

あらかじめ潜航艇No3に搭載し、先刻の魚雷戦のどさくさに紛れ安全航路上の海底に着底させておいたものである。

「パルス発生、準備よし」

「…パルス発生装置作動!」

グラハムの指示で潜航艇No3のから疑似パルスが発生される。


ドドンドン!!


あらかじめ敵が海底に設置しておいた、付近の沈底機雷3つがパルスに反応し同時に起爆した。

すぐ近くを航行していた敵訓練艦が巻き込まれる。


「敵艦の損傷音及び漏水音確認! かなりのダメージを受けた模様!」

「ははッ! 艦体破壊には及ばなかったか。しかしもはや何も出来まい!」

グラハムが嬉しそうに叫ぶ。

「念のため機雷源を完全に抜けるまで静音航行と戦闘態勢を維持」

セイゴは肩の力を抜きつつも最後まで緊張を緩めないよう指示を出す。

そして発令所の隅のアベルとパイの席へと歩みよる。


「やはりおかしい。訓練艦のキャパと総容量が合わない」

アベルが焦りを顕わに呟く。

訓練艦の輸送能力で海域に設置が確認されている全ての機雷を運ぶことは不可能だと判明したのだ。

「二回往復はさすがに無いでしょう。…フローティングブイの類で曳航して来たとは考えられませんかね?」

パイも知識を総動員して矛盾の解決案を探る。

「君たちの立てた作戦は今のところ順調だが…何か問題でも?」

セイゴの質問にパイが状況を説明する。

「…なるほど。個人的な意見だが機雷の曳航は考えにくい。事故の元だからな」

「ですかね。…セイゴ副長、今までの戦闘で何か違和感はありませんでしたか?」

アベルは歴戦の兵であるセイゴの経験則、直感にヒントを求めた。

「違和感か。…気になる点と言えば魚雷発射型機雷SS-09の攻撃範囲か。SC魚雷の高速走行射程は1万5000ほどだが今回はその半分程度なのでね」

「確かに、実際の範囲は8000ですから…攻撃の成功率を上げるためでしょうか?」

パイの所感はもっともである。

実際に距離9000で放たれた魚雷をシースワロー2はかろうじてではあるが回避に成功している。

射程いっぱい、1万5000であったならもっと簡単に回避できただろう。

「でもこんなに数が多いのに攻撃範囲は一様に8000なんですね。敵兵の練度は分かりませんが1箇所くらい設定ミスとかしてないかしら」

パイの何気ない言葉がアベルにある可能性を閃かせた。

「パイ中尉…それだ!」

「へ?」

「セイゴ副長! 至急お願いしたい事があります!」

「な、何かね?」

アベルの剣幕にセイゴは返事を詰まらせた。


「第4ステージの機雷を魚雷攻撃だと!?」

セイゴの攻撃プランを聞いたグラハムが驚いて聞き返す。

「はい。SC魚雷の高速走行射程は本来1万5000。全ての機雷が同じ8000の範囲設定と考えるのは危険が大きいと思われます」

「むぅ…ソナー、現状報告」

グラハムがしかめ面を作りながらも指示を出し歩き出す。

「はい艦長。現在第三ステージの機雷の最接近点を通過中。第4ステージで最も近い左翼のSS-09(J)までの距離、およそ1万8000」

「操舵。面舵5、接近時間を稼げ」

「しかし艦長。いま舵を切りますと第3ステージ右翼のSS-09(H)までの距離9000を切りますが」

「8500までなら近づいても構わん。火器、SC魚雷発射準備。目標は第4ステージの機雷(J)(K)(L)の3機だ」


「よかった。これで何とかなる…かな」

発令所の隅でアベルは肩の力を抜く。

「でもアベル大尉。まだ輸送量の謎が解けてませんけど?」

パイが隣から覗き込む。

「それは…たぶん魚雷を撃ちこんでみれば見ればわかりますよ」

「そうなんですか?」

パイは不思議そうに発令所の中央に向き直った。


「艦長。 魚雷発射準備完了!」

「よし、発射!」

グラハムの指示で魚雷3本が一斉に発射され、それぞれの目標に向かって行く。

「左翼(J)より迎撃魚雷、雷数1、接触まで90!」

「バカな! 距離はまだ1万2000以上あるのに!?」

航海長が怒号を上げるが、セイゴは「予想通り」と言った面持ちだ。

「右翼(K)からも迎撃魚雷発射音。雷数は1、こちらも距離1万2500で反応!」

「…中央のSS-09(L)からの反撃は?」

「反応なし。間もなくこちらの魚雷が接触します…あれ? 命中予定時間を経過。近接信管も反応しません!?」

「やはりフェイクだったようですね」

セイゴが静かに呟く。

「…他の機雷と同じように、攻撃範囲を8000と思ってSS-09 (J)に近づていたら魚雷攻撃をまともに喰らってたという訳か」

グラハムが額の汗をぬぐいながら呟く。

「慌てて回避すれば(K)からの攻撃も誘います。残ったフェイク(L)の範囲に飛び込むか躊躇してる間に最悪轟沈、というわけです」

「確かに。よく見ればわかりそうな配置だが…良く気付いたな」

「私ではありませんよ」

そういってセイゴは発令所の隅を目の動きで指し示す。

「…なるほどな」

「安全航路再設定。SS-09(J)及び(K)の中間、各々からの距離1万3000以上を迂回します」


「最後の出口の真ん中にある(L)がフェイクだったのね。これで輸送量の謎も解決しましたね」

パイが嬉しそうにアベルに語り掛ける。

フェイクの正体は輸送中ほとんど容積を必要としないゴム製の海中ブイである。

それでも実体はあるので音響ソナーには反応するのだ。

「ええ。他の機雷の中にも2~3か所、同じようなフェイクがあったハズです。危うく騙されるところでした」

アベルが笑顔で答える。


「間もなく機雷源を脱します!」

「思ったより時間を浪費しました。一刻も早く目的地に向かわないと」

セイゴが時計見ながらグラハムに告げる。

「わかっている。主超伝導推進器、始動準備! 機雷源を脱出次第すぐに──」


カーン


「アクティブソナー!? 後方の死にぞこないか!」

「違います! 機雷源の外、本艦左舷10時方向、距離約3万、潜水艦です…超伝導推進器の作動を検知!」

グラハムの声にソナーが答える。

「どこの艦だ?」

「主磁気スペクトルセンサー損傷の為、この距離で艦の識別は不可能です!」

セイゴの質問に通信が答える。

「不明潜水艦をアルファ1と認定! なぜ今まで探知できなかった?」

「地形のせいです! 海底の隆起した浅瀬の裏側に潜んでいたものと思われます」

セイゴの質問に航海長が海図を見ながら答える。

「アルファ1、最大出力でこちらに向かって来ます! 現在速力50ノット、更に増速…魚雷発射管注水音多数!」

ソナーの報告が悲鳴に近い。

「艦長! 機雷源を脱しました!」

航海長の報告にグラハムの目が光る。

「超伝導推進器に火を入れろ! 直ちに最大船速」

「アルファ1より魚雷発射音探知! 雷数は…7です!!」

「艦長ッ!」

危機迫るシースワロー2の中心で、艦長のグラハムはなぜか嬉しそうに笑っていた。

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