第9話 凶 弾
EAUC海軍横須賀基地。
シースワロー2は予定通り入港、地下ドッグに入り接舷する。
上陸したアベル達に向かって一人の士官が近づいてきた。
基地専属の情報士官で、少佐の階級章が目に入る。
「アベル大尉はいらっしゃいますか?」
「自分ですが…」
「アバター通信室へ来ていただきたい。連絡が入っている」
「こんばんは、マリー大尉。…マリーで良いかな?こっちは無事横須賀基地に入ったよ」
アベルは少しだけ首を傾けながら全身をマイクロマシンで構築されたアバターのマリーを観察する。
少し離れてみれば本人と区別が付かないほどの再現度だ。
向こう側も同じように、アベルを再現したアバターがマリーの前に立っているハズだ。
6畳ほどの室内に最新のアバター通信設備が整備されている。
アベルはマリーのアバターを注意深く観察し眼鏡をしていない事、そして目が赤く充血している事に気付く。
『この通信は記録に残らないほとんどプライベートな回線だから良いわ。…元気そうでなにより』
マリーはアベルのダイモンのデータを確認しながらそう答える。
テトラボーグが何らかの通信設備に近づいた場合、脳幹に埋め込まれたダイモンが自動的に暗号化されたコンディションデータを送信する。
いわゆるテレメトリーであり、アベル達3人の場合、データはマリーの端末へと送られる仕組みになっている。
「話はシドニーの件かな?それにしても作戦前の会話はもうできないと思ってたけど…大丈夫かい?体調とかこれの費用とか」
アベルはプライベートで軍用回線と最新の通信設備を拝借する事がどれだけ困難かという事に考えを巡らせ軽く目眩を覚える。
同時にマリーがそれをやってのけるだけの能力を持っている人物である事を心強く思う。
だがそれ以上に、彼女がそれだけ追い詰められているという事を思うと胸が痛む。
『大丈夫よ。ええ、そう、シドニーの件ね…』
マリーの声のトーンが落ちる。
「本部からの通達は聞いた。しかしこっちの作戦に直接影響はなさそうだが…」
『EAUCだけで考えれば影響は最小限。だけど全体からみればかなりの打撃。正直、延期の話も出ているの』
「延期?シドニー海軍による打ち上げサポートが無くなるって事がそれほど──」
『サポートじゃなかったの』
マリーが首を横に振る。
「…どういう事?」
アベルはあえて上下関係を感じさせない言葉遣いを意識的に使用する。
マリーと自分との間で仲間意識を感じてもらうことで、彼女の任務上の孤独感を少しでも緩和したいと思ったからだ。
実際アベルが今、遠く離れたマリーの為にしてやれるとはこのくらいが精一杯だ。
『実は…今回の作戦では他にオーストラリアとアメリカもそれぞれがテトラボーグを送り出す事になってたの』
「AUC(オーストラリア統合軍)とNSAUC(南北アメリカ統合軍)も!?」
驚きでアベルも思わず大声になる。
『ええ。ついさっき作戦担当者への情報提供が解禁されたわ、それもあって連絡を入れたの』
マリーの口ぶりからすると、彼女は最初から知っていたのだろう。
作戦担当者という事は、ベスとギメルも含まれる。
アベルは後で二人にも伝えるべくマリーの言葉に意識を集中する。
『EAUCからα(アルファ)チーム3名、NSAUCからβ(ベータ)チーム2名、AUCからγ(ガンマ)チーム2名』
「3チーム、テトラボーグが計7名もか」
『αチームは私、βチームはユリシーズ博士、γチームはブラウン教授が担当してたわ』
「お互いがメインでありバックアップでもあるという事か。しかしシドニーがあの状態では」
『ええ。ブラウン教授とも、γチームの関係者ともまだ連絡がつかない』
マリーが顔を伏せるて続ける。
『アメリカの打ち上げ施設もトラブルがあったみたいで…間に合うか分からないって…』
嗚咽が混じる。
『AIがはじき出した成功確率は、7名の場合で60%。5名の場合40%、3名の場合では…20%に満たない…』
「マリー…」
アベルは彼女こそ作戦の延期を願っているのだという事に気付く。
「俺は…俺たちはこのまま行くよ」
『! …どうして』
マリーが驚いて顔を上げる。
「もし延期して準備に時間を掛けたとしても、確率が劇的に上がる訳じゃない。それに最近のアヴァロンの動向が気になる」
『気になる?…メディエイターの事?』
「それもあるけど…なんというか、これ以上、敵に時間を与えてはいけない気がするんだよ。根拠は無いけどね」
これは嘘だ。
反物質の生成時間を少しでも与えないために作戦は極力急ぐ必要がある。
シドニーが反物質を使った兵器によって破壊されたという確証はまだ無い。
しかしいずれ他のコロニーが攻撃対象になるだろうという事は想像に難くない。
『確かに今までに無かった動きが見られるわ。…でも』
アベルはマリー(アバター)の両肩を掴み、顔を近づけ彼女の瞳を真っすぐに見据えて言う。
彼女が反応し、体を僅かに硬直させた事がアバターを介して伝わってくる。
「マリー。僕たちを信じてくれ。それと作戦に協力してくれる人たち、そして君自身の技術も」
言葉を切りながらアベルがマリー(アバター)を揺さぶり、それに同調してマリー側のアベル(アバター)もマリーの実体を揺らす。
アベルは双方のアバターを介し、動きのフィードバックを感じ取る。
『…そう。そうね、分かった、信じる!』
マリーの小さな手が触れる感触がアベルの右手に伝わる。
表情には決意と踏ん切りが見てとれる。
「うん。良い顏だ」
アベルはそう言って彼女の頭を(アバターを介して)撫でる。
『もう!子供扱いしないで下さい!』
表情がころころと変わるのを見て、アベルは何とも言えない安らぎを感じる。
そしてゆっくりと抱きしめる。
マリーも抱きしめ返す。
アバターに体温を伝える機能は無いが、不思議と暖かさを感じる。
時間にしてわずか数秒だが、二人にはとても長い時間の様に感じられた。
『…そろそろ行かないと』
「…時間?通信費高かったろ?」
『それもあるけど…実はあななたちを見送ってからモスクワに呼び戻されて今ハバロフスクなの。電車の発車時間が迫ってる』
「…ということは?」
『多分、本部からあなたたちの打ち上げを見守ることになると思う』
打ち上げ予定は4日後である。
「わかった。良い旅を祈ってる」
『ありがとう。貴方たちの作戦の成功を祈ります』
「ありがとう。…マリー」
「うん?」
「絶対に帰ってくるから」
『…うん。待ってる!』
マリーの声が途切れると同時に通信終了の表示が表れ、室内の明かりが一段階暗くなる。
アバターは動きが止まったかと思うと、人の形からあっという間に何の変哲もない直径60センチ、高さ1.5メートルほどの円筒形に変化する。
マイクロマシン本来の青黒い色に戻り、まるで石柱のように固くなって制止したのだ。
汎用変形型マイクロマシンは人型だけでなくあらゆる外見に変化できるという。
テトラボーグのナノマシンはもっと高機能でサイズも小さいが、本来は似たような色なのだろうか?
そんな事を考えながらアベルは通信室を後にした。
アベルはシースワロー2の乗組員待機エリアへと急ぐ。
現在作戦行動中であり、横須賀への入港はあくまで食料を中心とした物資の補給だ。
乗組員は基地の外に出る事を許されてはいない。
途中、基地の外へ向かうサエコとすれ違う。
「ちょうどよかったわ。ダーリンが向かえに来てるの。ここでサヨナラね」
嬉しそうにキャリーバッグの方向を変えながらそう答える。
「そうか。…ところで反物質の件、機密レベルは今どうなってる?」
アベルは周囲を警戒し小声でサエコに問いかける。
「実はアレ、アルチョム技術局オリジナルの仮説なの。中央に打ち上げてはいるけどまだ音沙汰無し」
サエコも小声で答える。
「それじゃ口外無用でいいかな…というかなんで俺にリークした?」
「貴方たち3人がアヴァロンに乗り込むことはほぼ決定だったから?隊長さんには事前に出来る限りの情報を与えておきたかったし」
サエコはアベルの周囲を、右手の人差し指で彼の体をなぞりつつ回りながら続ける。
「それに機密扱いになる前の情報ならただの雑談ネタだからねぇ?もしバレて査問になっても逃げ切れる自信あったし」
アベルはサエコのという人間のしたたかさを改めて思い知る。
同時にその類まれなる先見の目には頼もしさを感じる。
「実際仮説を立てた段階では私も半信半疑だったからね。シドニーの映像を見るまでは」
サエコがアベルの正面で立ち止まり、指で彼の胸をつつきながら小声で言う。
「反物質の件は以後一切口外無用、胸に閉まっとくのがいいでしょう」
そう言って一歩離れキャリーバックに手を伸ばす。
「それじゃそういう事で…あ、そうだ、アベル君!」
そう言ってサエコがアベルの袖を引っ張る。
不意を付かれたアベルは一瞬上体の姿勢を崩す。
「お?んッ!?」
サエコはアベルの頬に口づけをする。
「マリー大尉の代わり、幸運のおまじないだよん」
「…もしかして少尉あたりから聞きました?」
「うん!アベル君ほんとにロリコンだったんだねぇ」
アベルは頭を抱えながら深いため息を付く。
「違いますって。おまじないに関しては一応お礼を言います。それでは、婚約者さんによろしく?」
そう言いながら「下手すれば恋敵と思われかねないんじゃないか」と思い肩をすくめる。
「うん、それじゃ」
「それでは」
サエコは最後まで振り返らなったがアベルは彼女の姿が視界から見えなくなるまで直立不動で見送った。
「そこでサエコ大尉と会った。挨拶したよ」
ベスとギメルの二人と合流したアベルはそう報告した。
「さっきまで一緒に話してたの、よかった。…ところでマリーちゃん、なんだって?」
周囲に声が漏れないよう気を付けながらベスが聞いてくる。
幸い現在この休憩スペースに他の人間はいない。
ただ隣の席の上にはなんとなく見覚えのある帽子が上がっている。
誰かの忘れ物だろうか?
「実はオーストラリアとアメリカもテトラボーグの攻略チームを編成してて打ち上げる予定だったという話だ」
「だった、という事は?」
ギメルが確信をついてくる。
「オーストラリアは今回無理でしょ。アメリカも難しいとか?」
ベスが鋭い仮説を述べる。
「その通り。総勢7名打ち上げる予定だったそうだが…確実なのは俺たちだけだ」
「…厳しいですね」
ギメルが眉間に皺を寄せながら言う。
「ま、何とかなるんじゃない?」
ベスが両手でジェスチャーを交えながら楽観的な事を言う。
「なるようになるさ──」
アベルがそう言ったとき、通路の奥から人の気配がした。
「あ、あった!…と?アベル大尉殿!」
休憩スペースに入ってきた女性にアベルは見覚えがあった。
「君は…イオタ軍曹?」
イオタは休憩スペースに忘れた帽子を取りに来たのだった。
「見覚えあるキャップだと思ったら。シースワロー2の整備班のものか」
「ハイ!自分は物を置きっぱなしにする癖がありまして」
照れながらイオタは健康的な笑顔で答える。
「あ、そういえばアベル大尉殿。グラハム艦長が探しておられたようですが?」
「そうか。わかった、ありがとう」
イオタの言葉を聞き、アベルはベスとギメルの二人と別れシースワロー2へ戻る事にした。
艦長のグラハムが艦内にいるだろうとの予想からだ。
もし会えなくても発令所の誰かが行方を知っているだろうとの思いもあった。
桟橋からタラップを渡り艦橋後ろのハッチから昇降用梯子を降り艦内中央通路を発令所へ向かって歩く。
最初の曲がり角でセイゴ副長とコックの二人が話をしているのを見かけた。
二人にグラハムの行方を聞こうとしたアベルは自分の目を疑った。
セイゴ副長が腰のホルスターから銃を抜き、アベルに銃口を向けた。
「え?」
バン、バン、バン
シースワロー2の艦内に銃声が響き渡った。
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