第2話 天と地の新世界

アベルは自室でベッドに横になり天井を見つめていた。

昨日のSTジャマー独断使用と結果的に破壊されてしまった責を問われ1週間の謹慎を言い渡されたのだ。

ギメルとベスも同じ処分を言い渡され大人しくしているハズだ。

ただマリーだけはお咎め無しだった。

ベスは終日不満を漏らしていたが仕方ない。

マリーはアルチョム駐留軍、ひいては東部方面軍にとって「特別なお客様」なのだ。


アベル達の所属する軍はEAUC(イーチ ※1)と呼ばれている。

EAUCは4度の世界大戦(※2)の後に発足した新世界連合(NWU)が再編したユーラシア大陸を統べる正規軍(ユーラシア統合軍)である。

地域別に「中央方面軍」「西部方面軍」「東部方面軍」に分けられ、統括本部は「モスクワ」にある。

東部方面軍の本部は「ハバロフスク」にあり、旧ロシア極東地域、中国東部、朝鮮半島、日本列島を包括的に管理している。

ちなみにいずれの国もすでに「国家」としては存在していない。

もともと新世界連合に発足によってあらゆる方面で標準化が進み「国」という概念がかつて無いほど希薄になっていた。

そこにアヴァロンとの戦いが始まり「地上の国同士で争う」余裕がなくなってしまい従来の国家システムが意味を成さなくなった為だ。


アルチョムは旧ロシア極東地域にあり古くから交通の要衝として栄えてきた都市である。

ハバロフスクから南東へ約700キロ、現在では希少な「生きている軍港」ウラジオストックの北東約50キロに位置する。

アヴァロンに制宙権を奪われたのに続き航空機への攻撃が始まった頃、いずれ地上施設も攻撃対象になる事を見越して早期に地下コロニー化を開始。

その後住民の大半が混乱もなくスムーズに地下コロニーへ移住することに成功し他の都市のモデルケースともなった。

現在の人口は約10万、食料や物資の不足は否めないが他の地下コロニーと比較すればかなり高水準の生活環境を維持できている。


戦略的好立地に加え内陸からの輸送路上にもあたり資源も豊富なこの場所を中央本部が遊ばせておくハズがない。

現在では軍の研究施設が集中する要所となり、様々な研究開発プロジェクトが進行している。


来たるべき「第11次アヴァロン攻略作戦」、その成功に必要不可欠な技術の研究開発が。


そのひとつに「究極のサイボーグ兵士」というものがある。

真空の宇宙空間でも生身だけに近い最小限の容積で、長期間作戦行動が可能なそのシステムは「テトラ」と呼ばれる。

そしてそのボディを得て究極の兵士となった者は「テトラボーグ」と称される。

数年前ようやく実用化の目途がつき第10次攻略作戦で初めて投入されたものの作戦は失敗。

原因は投入したテトラボーグの数が少なかった為ではと言われている。

ではテトラボーグを量産すれば良いと思われるがそうはいかない。


詳細は機密扱いで伏せられているが一般的に「遺伝子的適正者」が極めて少ないからだと言われている。

それに加え一度に肉体の9割がオリジナルと別な物に置き換えられる事に耐えられる肉体的・精神的耐久力の持ち主でなければならない。

この為テトラボーグの候補者は数万人にひとりとも言われ、とても量産できるモノではないのだ。


そんな中、東部方面軍の管轄内でここ2年の短期間に3人もの候補者が見つかった。

それがアベル達である。

彼らはもともと各地の士官候補生だったが、それぞれが相応の対価を条件にテトラボーグの候補者となりアルチョムに集められた。


テトラボーグ研究では世界で3本の指に入るマリー大尉がEAUC本部モスクワ研究所からわざわざ派遣されて来ているのもその為だ。

多少は生活環境が(実はハバロフスクより)良いからと言って本来ならアルチョムのような地方都市にいるような人物では無い。

また父はEAUC本部の財政部門のトップでもあり、彼女の身に万が一の事があれば東部方面軍の面目は丸潰れである。

そういった理由から彼女は「特別なお客様」でありアベル達は「護衛」兼「テトラボーグ素材(ベスが言うにはモルモット)」なのである。


「…モルモットか」

そう呟いた瞬間ドアをノックする音が聞こえた。

ベッドから身を起こしドアに向けてキッチリ座位を取り「どうぞ」と声をかける。


「あら、辛気臭い顔して。謹慎喰らって凹んでる?」

ドアを開けて入室して来たのは技術局の制服に白衣を羽織り、藍色のストレートヘアを腰近くまで伸ばした女性だった。

その顔には見覚えがあった。


「ご用件は何でしょうサエコ大尉。…まさか勤務中に飲んでませんよね?」


技術局1課で働く28歳、階級は大尉。

ある作戦で知り合い、以降は作戦局所属のアベルとそれとなく情報交換をする間柄である。

博識でエンジニアとしても優秀、おっとりした言動とは裏腹に根はしっかりした、肝の据わった女性である。

酒癖の悪さが玉にキズだが。


「飲んでないよぉ。酷いなぁ、せっかく貴重な休み時間を割いて可愛い後輩を慰めに来てあげたのにぃ」

ドアを閉め勝手にデスクの椅子に腰掛ける。

「お心遣いには感謝しますがご心配にはおよびません。…それで、何か問題でも?」

彼女側から来るという事は何か作戦局に影響がある問題が発生しているか、もしくは──

「情報提供。いい知らせと悪い知らせがあるけどどっちから聞きたい?」

アベルは少し迷い返答した。

「では良い知らせからお願いします」

「りょうかーい。良いお知らせというのはあなたたちの謹慎が今日いっぱいで解かれる模様です、ということ」

「…マリー大尉ですか?」

「察しが良いわねぇアベル君。大尉がモスクワのお偉いさんにあなたたちの謹慎即時解除をお願いしたみたい」

色んな感情が一瞬でアベルの頭の中を駆け巡り、次に出す言葉に逡巡する。

「…やってしまいましたね」

やっと出せた言葉がそれだった。

「そぉねぇ、やっちゃったわねぇ。…でもまぁ彼女も責任感じての事だろうし今回は仕方ないんじゃない?」

アベルの頭の中に上官たちの苦虫を噛み潰したような表情が浮かぶ。

「いろいろ思うところはありますが、謹慎早期解除は良い知らせと言うことで了解しました。それで悪い知らせの方は?」

「うん、そっちなんだけど何処から説明したら分かりやすいかしら…」

サエコがこういった言い回しをするということはそれなりに専門的かつ複雑な内容である証拠だ。

アベルは気を引き締めサエコの言葉に集中する。


「まずは…火星を周回してるスターゲイザーⅣって天文観測衛星知ってる?」

「いいえ、残念ながら」

「う~ん。じゃあ地球付近の衛星が殆どアヴァロンに破壊されちゃってる事は分かる?」

「分かります」

「うん。つまり現在私たちが使用できる観測衛星の類は地球から遠く離れた場所で運用されてるものしかないのよ」

「そこで火星のスターゲイザーⅣを運用してい様々な観測を行っている?」

「そう!地球は大気に包まれてて宇宙空間を飛び交う放射線とかをほとんど観測できない」

「ですから1世紀以上前から大気圏外へ衛星や探査機を飛ばしていろいろ観測している訳ですよね」

「そうそう。そしてスターゲイザーⅣも地上で観測できないような電磁波とか放射線とかを観測し今もデータを地球に送信し続けてるわ」

「分かります。…もしかして地上にいては分からない何かを観測した?」

「正解!大量のガンマ線を観測したの。正確には波長511keVという特殊なパターンを」

アベルはその波長を以前どこかで聞いたような気がした。

「波長511keVのガンマ線は特殊なパターン、ということは…人工的に作り出されたものという事ですか?」

「まぁっ特殊な天体が波長511keVのガンマ線が発生する場合も稀にあるのだけれど今回はその認識でいいわ。ここで話がちょっと変わるわよ?」

「どうぞ」

「反物質って分かる?」

「えーと、通常の物質は陽子と電子で原子が構成されているのに対し電荷の異なる陽電子と反陽子からなる物質…ですよね?」

アベルは嫌な予感がした。

「そうそう。その反物質は通常の物質と接触すると対消滅という反応を起こし100%エネルギーに…つまり熱とか電磁波とかになっちゃうの」

「究極の爆弾とかになるんですよね。昔SF映画で見たのを思い出しましたけど…」

サエコと目が合う。

「アベル君てホント察しが良いわよねぇ?」

そう言いながらサエコが椅子を立ちアベルの横に腰掛ける。

ベッドが二人分の重みできしむ。

「まさか…」

横目でサエコの動きを追う。

サエコがアベル肩に手を置き、口元を彼の耳に近づける。

香水の甘い香りが鼻孔をくすぐり一瞬気が緩む。

だが次の瞬間、彼女の口からは残酷な事実が告げられる。

「アヴァロン周辺から対消滅の確たる証拠である波長511keVのガンマ線を観測。対消滅の原因は不明だけど間違いなく反物質を生成してる」

サエコは普段とは違う淡々とした口調で囁いた。

アベルはそれが何を意味するのか理解し、久しく忘れてい恐怖に身を固くした。



アヴァロン。

地表から32万キロの上空、地球と月の間の重力安定点「ラグランジュ1」に建造された巨大宇宙コロニー。

直径30キロの2つの円環状トラスを同心円状に相互反転、トラス外延部に遠心重力を形成しつつ姿勢を安定させている。

地上から裸眼で確認できるこの巨大構造体を中心とし半径約1000キロの宙域に太陽光発電装置や迎撃システム等が配置されている。

これが「天の新世界」として人類の新しい時代の幕開けの、その象徴となるはずだった。


2078年から建設が開始され2095年に第一次計画分が完成し制御を人工知能「ノア」へ移行。

しかし翌年から「ノアの造反」と呼ばれる人類への攻撃が始まった。

それから15年。

その間に行われた10回に及ぶ大規模反抗作戦の甲斐もなく、人類は宇宙から、月から、空から、海上から、地上から駆逐されていった。

今や生き残っている人々の大半は地下コロニーに籠り息を潜めて生活している。

天からのアヴァロンレーザーに怯えながら。


ノアがなぜ人類を攻撃するのかその理由は不明である。

しかし彼(彼女?)は、人類を完全に抹消する手段を手に入れようとしていた。



※1 EAUC:EurAsia Unified combatant Command の略

※2 第3次大戦「限定核戦争」2037年勃発 第4次大戦「資源戦争」2048年勃発

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