苦悩する楽園

フライデー

第一章

第1話 曇り時々殺意

地下コロニーから外に出た地上の旧市街、永らく住人の居ない無人の町。

整備されていない傷んだ道路を軍用電動ジープが走っていく。

空は青空こそ見えない曇りだが時々雲の切れ間から日の光が射し始めている。

天候が予想以上に早く回復に向かっているようだ。


ジープの車内には軍服に身を包んだ若者が3名。

ひとり後部座席に座る青年が操作していた車載端末から手を放し空模様を確認する。

「…まずいな」

栗毛色の刈り上げ、その少し長めの前髪をかき上げながら呟く。

赤黒い瞳が焦りの色を帯びる始めている。

彼の名はアベル。

才に恵まれ18歳で中尉となったエリートである。


「まったく、マリーちゃんにも困ったものだわ」

助手席で緩いウェーブのかかったブロンドを肩上でカットした青い瞳の女性が答える。

彼女の名はベス。

アベルと同じ軍に所属する一期上の19歳、階級は准尉。


「ベス准尉、マリー博士は大尉、今は我々の上官ですので言葉使いには気を付けていただきたい」

運転席では黒髪を全体的きっちり刈り上げた大柄な青年が、これまた黒い瞳を隣へ向けながら言う。

彼の名はギメル。

ベスとは同期の19歳、階級は少尉。


「はいはい、以後気をつけますギメル少尉殿!」

言葉とは裏腹に肩をすくめ舌を出しながらベス准尉が答える。


階級差を感じさせない二人のやり取りを無視しアベルが指示を出す。

「少尉、次の交差点を右へ」

「了解です、中尉」

ギメルは自動運転を一時解除し、ハンドルを右へ切った。


景色は廃屋がまばらに立ち並ぶ住宅街から畑へ姿を変える。

畑と言ってもほとんどが放棄農地で赤茶けた土ばかりだ。

ところどころにかつての農作物が半ば自生状態で不揃いの実をつけている。

とても口にする気になれない外観だ。

前方にひときわ緑の多い敷地が見えてくる。

その近くの道路脇には一人乗りの小型電動二輪車。


「大尉を発見しました」

ギメルが遠目に緑の中で動く人影を発見する。

「クラクションを」

アベルの指示でギメルがクラクションを鳴らす。

緑の中の人影が反応する。

ジープが二輪車の脇に停車しすぐさまアベルが指示を出す。

「ベス准尉、マリー大尉を速やかに乗車させろ。ギメル少尉は二輪車を回収し荷台へ固定」

「了解」

二人の返事がハモる。


1分後。

マリー大尉を後部座席、アベルの隣に乗せ二輪車を荷台に固定しジープはもと来た道を走り出した。


「ごめんなさい。天候が回復してきてるのに気付かなくて」

畑で収穫した野菜を抱え、灰色の長髪を後ろに束ね前時代的なメガネをかけた少女が謝罪する。

彼女の名はマリー。

上層部も一目置くサイボーグ開発の第一人者、若干14歳で特務大尉を拝命している天才少女だ。

とある理由で今は3人の直属の上官となっている。


「予報では日中いっぱい大丈夫との事でしたので大尉に責はないでしょう」

ギメルが定例的なフォローを入れる。


「そう言っていただけると気が楽です」


泣きそうな顔をしていたかと思えば次の瞬間には笑顔。

表情が子供のようにコロコロ変わり、本来の年齢より幼い印象を相手に与える。

武骨なギメルの表情が少しだけ緩む。


「失礼ながら大尉殿は軍人としての自覚に欠けていると思います!

おひとりで出かけるのは構いませんが無線機を忘れるなんて」

ベスが語気を強めて言う。

指摘は最もだがギメルの優しさに甘えるマリーが気にいらないのもあるのだろう。

「うう。やっぱりそうですよねぇ」

また泣きそうな表情に戻るマリー。

「…ベス准尉」

アベルが「その辺にしておけ」と言おうとしたそのとき、車内にアラームが鳴り響いた。


『アヴァロンレーザー早期警戒警報。天候回復により当エリアが衛星A02の索敵可能域に入りました』

車載AIの合成音声が警告を発する。

マリー以外の3人が即座に周囲の空を確認する。

走行するジープから見て斜め左後方の雲が割れ青空が広がり始めていた。

「あそこか。准尉、このジープが撃たれる危険域を算出!」

アベルが指示するより早くベスは助手席の車載端末で計算を始めている。

「あと10秒ください!」

「少尉、回避走行、パターン任せる! 大尉はしっかり掴まってて下さい」

「了解ですっ!」

「は、はひぃ!」

既に自動走行を解除しハンドルを握っていたギメルがジグザグ走行を開始する。

4機のホイールインモーターが負荷モードを変更し車体の挙動に合わせ出力を最適化する。


「直線走行10秒、もしくは他の衛星の索敵も加わった場合は直線走行5秒以上で危険域です!」

ベスが計算結果を報告する。

「分かった。ちなみにアルチョム地下コロニーへの一番近い入口までの時間は?」

「今のペースで…約120秒!」

アベルが雲の切れ間を睨みながら打算を始める。

「このまま何とかアヴァロンレーザーから逃げ切れるか? しかし──」

隣で混乱するマリーと目が合う。

「…やれる対策は全部やっておくのが軍人、ですよね?」

「え?ええ」

マリーは半ば条件反射で同意した。

アベルは意を決したように息を深く吸い込み指示を出す。


「准尉、確か近くにST(サテライト)ジャマーがあったな?」

「…なるほど!えーと、あります! アルチョム防衛用の対索敵衛星ジャミング設備 No E004!」

ベスが端末で情報を確認しながら報告する。

「オンラインにして操作権をこっちに回してくれ」

アベルの指示を聞きギメルがハンドルを切りながら問題点を指摘する。

「しかし独断でアレを使用するには大尉以上の承認が──」

そこまで言いかけて気が付く。

マリー大尉が同乗している事を。

「STジャマーE004、繋がりました!大尉、承認を願います!」

「は、はひぃ!」

マリーは右手を開きバイオマトリクス認証搭載のモニターに押し付ける。

指5本の指紋と静脈パターンがスキャンされ即座に認証が通る。

STジャマーの操作コマンドがアベルの座席の端末に映し出された。


『警告!アヴァロンレーザーの照準波検知!』

「横Gに備えて下さい!」

ギメルが叫び終わると同時にハンドルを右に切った。

直後、今まで車両が走っていた路線の前方、その真上の雲にポッカりと穴が開く。

そして穴の遥か上空から破滅的な熱量が地上へと降り注ぐ。


ボン!


路面の直径1メートルほどが瞬時に融解、加熱膨張したアスファルトが泥水のように弾けた。


「くっ!」

ギメルが車体の進行方向を戻しながら悪態をつく。

「衛星単機の索敵でこの精度とは素晴らしいな。2機相手だったら初弾喰らってたかも」

アベルがコマンド操作をしながら称賛する。

「敵を褒めてる場合ですか!何とかしてください!」

ベスの怒号が飛ぶ。

「今やってる…これでどうだ!」


走行するジープから西へ1キロほど、廃墟に偽装された建屋が横スライドし中からパラボラが出現していた。

衛星索敵妨害設備STジャマーE004の送信機である。

アベルの遠隔操作により敵衛星を補足追跡、妨害シーケンスを実行している。

土台付近のトランス郡がイオン臭をまき散らしながら鈍い電気的ノイズ音を発し、その音階が徐々に上がっていく。

パラボラから強力なの指向性メーザーが上空1000キロを周回する索敵衛星に照射され始めているのだ。

並の衛星であればこれだけで電子回路を焼き切り破壊することも可能な大出力だ。

しかしアヴァロンレーザー専用監視衛星「ジスプロサット」に対してはわずかな時間、索敵を妨害するのが精一杯である。


「第二射…来ませんね?」

誰にとも無く発したマリーの言葉にアベルが答える。

「索敵衛星の目はくらませていると思いますが…准尉、君が敵の立場ならこのあとどう攻める?」

アベルの中では既に答えが出ているのだがその正しさを確認するようにベスへ話を振る。

「そうですね、私がアベル中尉くらいネクラで敵を潰すことに努力を惜しまない性格なら…」

隣で冷や汗をかきながら(おいおい)と目で訴えるギメル。

「コロニーへの最寄りの入口はバレてるでしょうから──」

遠くに見え始めた地下コロニーへの車両入口を指鉄砲で指しながら続ける。

「こちらの移動速度から入口に到達するタイミングを割り出し、そこに合わせ全力でレーザーをぶち込みます!」

そう言いながら指鉄砲を銃を撃ったかのように跳ね上げて見せる。

「ひとこと多いが同感だ。というわけで少尉、ルート変更、2ブロック西の搬入口から帰投しよう」

「りょ、了解です」

道路を外れ西へルートを変更するジープ。

十数秒後、車両入口の手前の路面が予想通りアヴァロンレーザーの攻撃によって爆発した。


更に数分後、STジャマーE004も同じように破壊されたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る