ep35/36「やっぱり全部、あなたがいないと意味がない」
『どうして……アヤがそこにいるの』
「そんなの決まっているじゃない」
炎を纏う
その気になれば一瞬で詰められる至近距離、ほんの数百kmの距離を挟んだ2機は黙して動かない。その実、隕石にも等しい猛速度で慣性に流される両者の間には、真空中にも関わらず熱風と吹雪が吹き荒れていた。
リリウスから漏れ聞こえる声は、無音の嵐を隔ててもなおクリアだ。アヤカは自分の声もまた、ハナに届いているに違いないと確信して口を開いた。
「あなたとケンカしに来たのよ」
『……ふざけないでよ』
直接、脳裏に響いて来るハナの声音は、決定的な何かを打ち砕かれたように弱々しく掠れていた。
辛うじて絞り出された言葉の裏には、これまでアヤカでさえ聞いたことが無いような絶望の色が透けて見える――――そんな気がしてならない。
『ねぇ、ウソだって言ってよ。わたし、これじゃ何のために……っ』
どうして、どうして、とハナは言葉にならない声を溢れさせる。
その声音を掠れさせているのは、アヤカもまた元には戻れないと悟る故か。あるいは巻き込まないようにと願ったにも関わらず、遂に叶わなかったことを知る故か。
アヤカが身を捧げてまで自分に会いに来たと知り、ハナは揺らいでいた。
こんな場所にまで来てしまったアヤカに向けられる言葉は、いっそ突き放すような冷たさすら帯びている。
『行かせてよ。わたしは……わたしは、この世界にとってはもうただの幻みたいなモノだから。これも全部、おかしくなったアヤの幻覚だよ』
「それでも行かせないわ」
『だから、私はこの世界にはもう居ないんだって! アヤが辛い顔をしているとわたしまで辛かった。だから、そんな顔させたくなかったのに……っ!』
「そんなの、知らない!」
裂けていた胸部装甲が再生し終える直前、アヤカは捨て台詞のように叫んでいた。氷で閉ざされて行った隙間の向こうに、アヤカは呆然と浮かぶリリウスを睨む。
閉ざされてもなお透明な氷、裂けた装甲の合間からは宇宙が見えるのだ。
「近接武装選択、
アヤカは片側の操縦桿を押し出すと、マカハドマの右手に氷片を握らせていた。
氷柱のように、氷筍のように、瞬く間に凍り付いていく永久氷晶は、やがて
そして黄金の残光を曳き、切っ先を振り下ろす。
絶対零度にも迫らんとする極薄の刃先は、他でもないリリウスに向けられている。そこにハナが乗っていると知ってもなお――――否、だからこそ向けた大太刀は、最初で最後の
「記憶が無くなってしまうと分かっていたんでしょう? それで私がいつかハナの事を忘れて……きっと楽になれるって、そう考えたんでしょう」
そしてもう一振り、マカハドマの左手にも刀が握られる。
金無垢に輝ける二振りの刀身、アヤカが自らを贄として手にした権能の形は、リリウスの炎を反射しては妖しく煌めいている。
この力で、この刀で、成すべきことはただ1つ。
「でもね、そんなの頼んだ覚えはないわっ!」
『――――そうなんだ』
背筋を凍り付かせるような声音が、鼓膜を撫で上げる。思わず肌を粟立たせたアヤカは、探査針を突き立てられた脊髄がびりびりと震えるのを感じ取っていた。
マカハドマでさえも、尋常ならざる圧に怯んだかのよう。
目にするだけで心臓が縮むほどの圧を放つリリウスは、地獄から這い上がって来たような業火を纏って温度を急上昇させて行く。
――――やっと、本気になってくれたのね。
装甲越しにさえ火傷させられそうなリリウスの体躯を前に、アヤカの頬には一筋の冷や汗が伝っていく。
ゆっくりとリリウスの頭上に向けられていく視線の先には、モニターの上端を突き破ってもなお伸びて行く火炎流が在る。リリウスが今まさに片腕から噴き出しているのは、全長数百kmに及ぶ
ハナはやはり本気なのだ。
『わたしのやったことは、全部無駄だったって……?』
身を賭してまで遂げた事を、他ならぬアヤカに否定される。リリウスから噴き出す炎は、そんなやり切れない想いがそのまま溢れているかのようだった。
泣いて、悔いて、怒っている。
火炎流に込められた想いの全ては、マカハドマに乗り込んだアヤカただ1人に向けられているのだ。少女の叫びが脳裏に響いて来ると同時、リリウスは月へ届かんばかりの炎剣を振り下ろしていた。
『アヤは全然っ、分かってくれないんだ!』
「ハナだって、何も言ってくれなかった!」
アヤカは視界を埋めていく真っ赤な輝きに向けて、ほぼ一直線にマカハドマを突っ込ませる。身体に繭のような吹雪を纏った直後、機体は
地球を串刺しに出来るほどの火炎流に、1匹の蜻蛉が抗う。
1対の衝角によって斬り開かれた炎は、真っ二つの支流へと分かれて真空中に伸びる。やがて炎の源流までもが2つに抉じ開けられた時、超高熱の濁流からは一柱の鬼神がその身を現していた。
――――居合抜刀、交差一閃。
蜻蛉から鬼へと戻ったマカハドマは、両手の太刀を一気に振り抜いていた。
黄金に輝ける刀身に取り残された残光は、それぞれ1つの街を薙ぎ払えるほどの扇形。極低温の刃がなぞった軌跡に沿って、一瞬遅れる形でぱっくりと炎が断ち割られる。
リリウスは目の前、既にこちらの間合いだった。
瞬間加速。豪奢な黄金装甲を無残にも爛れさせた鬼は、
「逃がさない!」
『そっちだって!』
抜刀。マカハドマはリリウスが纏っていた炎ごと、その右腕を斬り落としていた。炎の濁流のみならず、リリウスをも斬り払ったばかりの大太刀は、ただの一箇所たりとも毀れることなく振り切られる。
しかし、それはリリウスの間合いでもあった。
10本指に鷲掴みにされた機体を振りほどく間もなく、リリウスに撃ち込まれた
舌を噛み切りそうな激震に耐えつつ、アヤカは次いで浴びせられたマジカルレーザーの一斉射を紙一重で避けていた。一刀を浴びせれば、9射が返って来る始末だ。
『言ったら、どうにかなってたの……? ねぇ、もう出会った時には遅かったんだよ、分かってよッ!』
「だったら私の中に、何もかも残していかないでよっ!」
アヤカはすかさず操縦桿を引き直し、左右のフットペダルに微妙な差をつけて蹴り出す。
光速で襲い来るレーザーに対し、第二波の射線を読んでの回避機動。またも9本の光跡を避け切ったマカハドマは、ふいに雪の結晶のような
およそ0.05秒後、真っ赤にオーバーロードした環状斥力場推進器は、
「記憶だけ失くしたって、こんな気持ちが残ったら諦められるはず無いじゃないっ!」
ハナは本当に勝手だ、勝手に心を裂いてこんなにも苦しくさせるのだ。悔し気に歪むアヤカの目元からは、苛烈な加速Gに引き剥がされた滴が零れて行った。
推力偏向、莫大な斥力場に押し出された機体が軋み出す。
巧みな姿勢制御でくるりと回転すれば、その勢いで手放した大太刀は全高600mもの投げ槍と化していた。
7刀目、8刀目……次々に形成された刀身が投げ放たれる。
リリウス目掛けて突き進む刀身は、しかし、どれも真空中で突如として砕け散っていた。残った腕を大弓と変えたリリウスが、マジカルアローで迎撃せしめたのだ。
無論、それだけで終わるはずがない。
『アヤは頭良いじゃない……だったら、こうするしか無かったんだって、こうするのが正しいんだって、どうして分かってくれないの!』
「分からないわよ! 私は、黙って諦められるほど物分かりの良い子じゃない……!」
『アヤだけは巻き込まずに済むと思った、それなのにいいぃっ!』
リリウスは9つの眼球に光を蓄え始めると、再びマジカルレーザーの一斉射撃を解き放っていた。続けてマジカルアローも発射開始、合計13門もの弩級火砲が全てストロボフラッシュを焚くかのような勢いで発射され続けるのだ。
比喩抜きに、大地が捲れ上がるほどの砲撃の乱射。
炎の海と化した宇宙は、まるで地球と月を焦がさんばかりに燃え広がる。
アヤカはそのあまりの火力に呻きながらも、蜻蛉へと変形させたマカハドマで密集火線の隙間を縫っていく。
「そんなの、勝手に決めないで!」
強制冷却機構作動。自らを凍り付かせる勢いで凍結システムが唸り出せば、マカハドマは自らの裡に生じた温度差で揺らめき出していった。
炎、炎、どこを向いても炎の海。
モニターが自動で光量調整を行わなければ真っ白に塗り潰されているはずの宇宙、アヤカはGに肺を潰されながらも真空を翔け抜ける。
「あなたともう会えなくなる以上に悪いことなんて……そんなの、そんなの考えられる訳ないじゃない!」
炎の海を泳いでいた首無し蜻蛉は、翅を震わせると同時に変形。マカハドマは辺りに無数の氷晶を呼び寄せると、次々に襲い来る攻撃を辛うじて逸らして行った。
きらり、きらりと無数の反射光が連鎖する。
機体を覆うダイヤモンドダストの正体は、対γ線レーザー全反射鏡面と化した幾万もの氷晶だ。マカハドマを起点として月と同サイズに分布する流氷海、その全ては鬼の首領が操る質量弾に他ならない。
マカハドマは恐るべき演算能力で以て全端末を制御し、幾千もの砲撃を防ぎ切っている最中だった。
――――リリウスの戦い方を知っているのは、ハナだけじゃない!
飛躍的な拡張を続けるマカハドマの戦術パターン、それはアヤカ自身の経験から引き摺りだされた対抗策の数々だ。
鬼が操る氷晶端末の数は、既に億では利かない規模に達していた。
演算の中枢たるアヤカには、今にも脳髄が焼き切れてしまいそうなほどの負担が圧し掛かっている。ちかちかと光点の舞う視界は、周りから徐々に暗くなっていく。
「まだ、まだ……っ!」
ふいにブラックアウトしかけた視界を取り戻すように、アヤカは半ば強引に大きく息を吸い込んでいった。
数秒の心停止。過大な情報に圧迫され続ける脳は、いつしか自らの心臓を動かすことさえ忘れそうになっていた。が、トリガーに掛けた指だけは決して離さない。
もっと精密に、もっと大量に、吹雪の如く舞い荒れる永久氷晶端末を操り続ける彼女は、火花が散り始めた視界にリリウスを捉えていた。
「
マカハドマが腕を振り下ろす。途端にリリウスへと振り向かされた氷晶たちは、鋭い氷柱と化して一斉に全方位から降り注いで行く。
それぞれ弾頭重量数tにも達する永久氷晶が数千万、まるで意思を持つかのように飛竜を追い立てる。被弾で動きを鈍らせたリリウスに向けて、さらに遠慮を知らない氷柱の豪雨が殺到して行く。
それは爆撃そのもの、数十もの小型彗星が呼び出されたに等しい氷は一点に押し固められていった。
しかし、ぶわりと噴き出した炎が全てを塗り潰した。
彗星群にも等しい永久氷晶を蒸発させ切ったリリウスは、再び真空空間へと這い出して来たのだ。
飛び出して来たばかりのリリウスを、数発の徹甲弾が殴り付けて行く。圧倒的なまでの火力に戦慄しながらも、アヤカは再構築させた巨砲のトリガーを引いていた。
それに負けじと撃ち返し始めたリリウスも、次々に火線を描いて行く。
『……こんなの全部、アヤのワガママだよ!』
「そうよ、ただのワガママよ……! あなたには絶対に、行って欲しく無いから!」
『アヤの分からずやああぁ!』
「散々私の心を振り回していったくせに! 今さらワガママの一つも言えないハナなんてええぇ!」
リリウスとマカハドマが砲撃を交わす度に、数百tにも達する超高速質量弾が互いを繋ぎ止める。漆黒の背景に浮かび上がる火線の数々は、しかし、2人が交わす言葉に比べればほんのおまけのような重みでしかない。
互いを見つめ、
これまで溜め込んで来た想いをぶつけ合う様は、極限まで拡大されたケンカの構図そのものとなりつつあった。
人智を超えた2機が目指すは、月の1つ。
地球大気圏内であったならマッハ数百以上にも達する星間航行。マカハドマとリリウスは熾烈な砲撃を繰り広げる間にも、いつしか月軌道へと進出していた。
夜空に連なる108個もの月を背景に、4枚翅の飛竜と首無し蜻蛉は幻想画よろしく飛跡を描き出す。
アヤカはシートにグッと押し付けられる感覚を堪え、今まさに熾烈なドッグファイトを繰り広げているリリウスに
「――――ハナも、少しはマガママになったら……どうなのよ!」
『だから! どうしてそんなに……偉そうなの!』
しかし、リリウスはがくんと急速降下。
重力に身を任せるよりも速く落ちていく様は、月面を突き破らんとしているかのようだった。まさか、とモニターを見つめていたアヤカは思わず息を吞む。
月軌道上から一思いに落下したリリウスは、深度100kmは下らない永久氷晶に閉ざされた表層を叩き割る。
一瞬、大渓谷のようにぱっくりと開けた氷層は、次の瞬間には膨れ上がるように砕け散っていた。瞬く間に蒸発させられた深地層が、水蒸気爆発じみた勢いで半径数千kmもの
灼熱する蒸気は激烈に対流し、月に真っ白いキノコ雲を立ち昇らせる。
濃密な雪煙に覆われた月面からは、次々に超高速弾体が撃ち出されてはマカハドマを掠めて行く。このままでは狙い撃ちにされる、アヤカはほとんど激突するような勢いで月面に降下し始めていた。
『もうっ! アヤのくせに!』
「
着地、マカハドマもまた脚をつけた衝撃で月を揺るがしていた。
衝撃を吸い上げたダンパーは一瞬にして赤熱し、脚部関節から冷却剤の煙を吐き出して行く。自ら噴き出した白煙の海に沈みながらも、マカハドマから放たれる黄金反射光は些かも存在感を衰えさせることなくリリウスに浴びせられていた。
月全土で噴き出し始めるマグマ、金色相へと至った
大質量衝突の予感に震える大気、足を踏み出す度に轟く轟音は、もはや希薄とは呼べないほどに濃密な大気層を得つつある月の悲鳴だった。
『……だいたい! 1人で起きられた事も無いのに!』
「低血圧だからよっ!」
上段から斬りかかったマカハドマの刀身が、凍れる湖のような月面を鋭く断ち切る。その一撃を浴びせるはずだったリリウスによって、刃の辿るべき軌道が僅かにずらされたのだ。
黄金の剥片を散らしながら、リリウスは灼熱する前腕を
『朝は弱いし!』
激震、視界を白く染め上げるほどの交錯。
ギロチンと太刀が打ち付けられた衝撃に、数万tもの土砂がパッと巻き上げられる。
『料理もっ、下手っぴだし!』
互いに全く譲る気の無い鍔迫り合いが、広大な月面にヒビを広げて行く。
『包丁の持ち方だって、猫の手だっていつも言ってるのに指を切りそうになるし!』
「私だってね、カレーくらいなら作れたわよ!」
煮えたぎる溶岩が低重力下を舞い、澄み切った鏡のような月には濃厚な岩石ガスがへばりついて離れない。
仮初めの大気を得た月。もはや無音の世界では無くなった
まるで大波のように月面を舐めていく焔を堰き止めるのは、マカハドマの周りで自然と結晶化した永久樹氷の大森林帯だった。
『あの時は、ルーを溶かしただけだったじゃん!』
「うっ」
『ジャガイモもニンジンもタマネギも、全部わたしが切ったんだから……ね!』
――――ああ、だめだ。
互いの得物を打ち付ける激震に揺さぶられながらも、アヤカはモニター越しにハナの息遣いを感じ取ることが出来た。
触れてくれた指先、重ねた言葉、恐らくはもう生身の身体さえ残っていないハナと言葉を交わす程に、2人で生きて来た日々をどうしようもなく思い出してしまう。
ただ、あの日々に帰りたくなってくる。
そんなことは無理だと叫ぶハナの声音も、徐々に掠れ出していた。
『ほんと、1人じゃだめだめなんだから……っ!』
「そうよ、その通りよ」
アヤカはもうすぐ訪れる決着を予感し、操縦桿を介して自らの持てる全てを叩き込んでいった。火花が散る、金属音が轟く、熾烈さを増して行く中でも視界に映る景色はなおもクリアになっていく。
見据えるのは、ハナただ1人。
決して他者の邪魔を許さない決闘場に、もはや世界中の誰1人として憶えていない少女の叫びが響き渡る。それでも傍に居て欲しいと、もう1つの声は応える。
帰りたい、戻りたかった日々はもうこの世界のどこにも無い。
――――たとえ、そうだとしてもっ!
「だから朝は起こして欲しい。料理も作って欲しい、私も今度はきっと覚えるからっ! 一緒に歩いて行きたいから、ずっと私の隣にいて欲しい……!」
『それは……出来ないよ! わたしは、初めから生きていなかったんだよ。もう、どこにもいないの! ただの幽霊なのッ!』
人は2度死ぬ。
ふとアヤカの脳裏をよぎって行ったのは、どこかで耳にした覚えがある言葉だった。曰く、一度目は肉体の死を迎えた時に。二度目は誰の記憶からも忘れ去られた時に人は死ぬ。
――――そうだとしたら、悲し過ぎる。
もう誰も自分を憶えていない世界には、初めから居なかったも同じだと。自分が生きた証はもう何処にも無いのだと、ハナは叫んでいるのかも知れなかった。
そんなの違う。
アヤカはほとんど反射的に沸き上がった想いに突き動かされるまま、操縦桿を押し込んでいた。自分だけがその言葉を否定出来る、もう自分以外の記憶には存在さえしない彼女へと駆け出す為に、フットペダルは限界まで踏み込まれた。
「なら、こんなにも私の中をかき乱していかないでよ……! 私が覚えている限り、
もう惑わされない、たとえ全ての記憶が幻だったとしても揺るがないたった1つの真実。ハナが自分の中に生きている限り、アヤカは共に重ねて来た記憶の意味を信じられる気がした。
その為なら世界だって巻き込んだって構わない。
爆発的加速を得たマカハドマに、リリウスからの砲撃が突き刺さって行く。剥がされて行く装甲を省みることも無く、徐々に
「あなたが苦しんでるなら私も苦しみたい、泣いているなら一緒に泣きたい。だから、ありがとうなんて言葉で全部終わらせようとしないでよ!」
次々に喪われて行く武装欄を視界に収めながらも、アヤカはフットペダルを限界まで踏み込み続けた。残された武装はただ1つ、最後の一撃に全てを懸ける。
両腕を吹き飛ばされ、腹部を貫かれ、もはや大太刀さえ失くしたマカハドマは躊躇も無しにリリウスの懐へと飛び込もうとしていた。
『無いの! もうどこにも、2人で帰れる場所は無いんだよ!』
「それでも! 私は、もうあなたを離したりしないからっ!!」
捨て身の突撃。両者が激突した後には、鬼の象徴たるツノが深々とリリウスに突き立てられていた。
凍結開始。徐々にリリウスを侵していく氷の源は、マカハドマの全出力を注ぎ込んだ極低温衝角の一突きだ。ようやく訪れた沈黙の中で、人智を超えた2機は互いに撃ち込まれた致命傷の重みに膝を屈して行く。
『……負けちゃった。でも、良かったのかなぁこれで。わたし分かんないや』
とうとう引き留められてしまった、そんな想いは幾重にも屈折してハナの言葉に滲んでいる。
1人で消え去れなかった安堵と後悔が、ちっぽけな身を食い破りそうなほどに激しくせめぎ合っているはずなのに、それでもハナの声は不思議と凪いでいた。
『アヤが迎えに来てくれた時、すごく怒っちゃった……けどね、嬉しかったよ。わたしダメだね、だって今、すごくホッとしちゃってるもん』
「ハナ……」
アヤカは脳裏に響いて来る声に応えようとして、上手く出てこない言葉にもどかしさを覚える。
何から切り出せば良いか分からないほどに、自分たちは遠くまで来てしまったのだ。アヤカは遥か彼方に浮かぶ地球を振り返り、とうとう2人で帰るべき場所ではなくなってしまった故郷から目を逸らした。
1つのケンカが終わったのなら、言うべき言葉があるはずだった、と。
「――――1人にしてしまって、ごめんなさい」
『もういいよ、わたしもごめんね』
2人の間に交わされたのは、ただそれだけのちっぽけな言葉。それ以上に相応しい言葉を思い付けなかったアヤカは、しかし、きちんと伝わったことを確信して遂に身体を脱力させていった。
ようやく終わりを告げたケンカは、古代の怪物たるマカハドマとリリウスから徐々に
もう時間がない、アヤカは真っ赤に過熱して行くコックピットの中で最後の決意を固めようとしていた。
「私、ずっと考えていたの。どうしてこんな世界で会えたんだろうって、何の為に戦って来たんだろうって……それがね、やっと分かった気がするわ。ハナを見続けて来た私になら、きっと出来る」
リリウスに撃ち込まれた致命傷によって、鬼は裡から焼かれつつあった。
リリウスの骨格を転用したフレーム構造さえ融け出すほどの超高温、ぱきりと断裂して行く配管の悲鳴が鮮明に耳朶を打ち付ける。
徐々に炎に呑まれて行くコックピットの中で、融け行く
「やっぱり全部、あなたがいないと意味がないもの」
ハナが唯一、自分の中にだけ生きているのだとしたら、その身を蘇らせる為には最後の代償が必要に違いなかった。
1人では何も変えられない。
2人だからこそ、この
ほんの少し、あと1歩の勇気を振り絞るのは
だから、最後に差し出すのは――――。
共に生きて、共に戦って、共に想って来た人生の欠片。
「私の中にある
アヤカは自らの髪を振りほどくと、四葉のクローバーを手にしていた。
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