ep3/36「今日からわたしたちがパイロットぉ!?」

 絞られた光が支配する閉鎖空間には、微かな人の呼吸音が木霊する。

 10m四方も無い閉鎖空間、2つの空席が並ぶ遺跡めいた雰囲気。古代遺失技術の塊たるこの場所こそは、まさにリリウスのコックピット・・・・・・と呼ばれる場所に他ならなかった。

 そして、つい先ほどまで起動実験が行われていた場所でもある。


「起きてくれなかったわね、今回も」


 起動実験の失敗を悟ったアヤカは、シーツのような特別衣を脱ぎ去る。

 仄かな逆光の中、その手はぺりぺりと全身の電極シートを剥していった。膨らみ始めた胸元から、くびれを描く腰から、締まった丸みを帯びる下腹部から。そして、ロングヘアーに隠された首筋の辺りから。

 もはや何一つ身に着けていない裸身は、未完成の少女らしい滑らかな肢体を布地に滑らせていく。


 白黒の上着、白いラインの入ったスカート。制服を纏ったアヤカの両手でふわりと流麗な金髪がかき上げられる。

 最後に胸元の赤いリボンを結べば、そこにあるのは学園生徒としての顔に戻ったアヤカの姿。一部の隙も無く制服を着こなした様は、学園の校則と風紀を体現していると言っても過言では無い。


「うん、大丈夫そうね」


 着替え完了。瞳を閉じた彼女は、脳裏にとあるイメージを形作っていく。

 気が付けば、アヤカが靴底から感じる地面の感触は、唐突に切り替わっていた。肌を撫でていく空気がやや湿っぽくなった事に気付くと、アヤカは再び両目を開けて行く。


 すると、底抜けに高いコンクリート壁が、視界に飛び込んで来た。

 勿論、この場所がリリウスの体内であろうはずもない。アヤカは一歩たりとも動くこと無く、一瞬にして出口の見当らないコックピットから脱出してしまっていた。


 ――――古代遺失技術の一つ、M.A.G.I.C.A.L.マジカル・空間転移シフト


 Meta Atomical Generators Interaction of Crystallized Absolute vivration Lattice

 『結晶型絶対振動格子による超原子的生成相互作用』とでも言うべき、リリウスの根底を成す古代遺失技術群。この空間転移もまた、M.A.G.I.C.A.L.マジカルという総称で呼ばれるリリウス固有現象の一つに過ぎなかった。

 詳細は未解明とはいえ、搭乗口の類が一切見つからないリリウスに乗り込むには、これを使うしかないのが現状だ。


 アヤカは背後を振り返ると、物憂げな視線を足元に向ける。半径500mに及ぶ人工地底湖は、たった二三歩、後ろに下がっただけで落ちてしまいそうな位置に口を開けている。


「そこにいるのよね、リリウス」


 水底から這い上がって来る蒼白い燐光は、その奥にリリウスが沈められているという事実を教えてくれていた。そう知っていればこそ、アヤカは思わず水底に淀んだ視線を向けてしまう。


 今、リリウスに受け入れられているのは、アヤカを除いて他に誰も居ない。

 先代のパイロットが適格者資格を喪失して以来、彼女こそがリリウスに選ばれた――――はずだったというのに。

 しかし、それだけでは何かが足りない。リリウスが求めているモノの正体が分からなくては、動かすどころか起動させることさえ出来ない。


「もう、何が足りないっていうの……」


 数十mもの冷却水層に隔てられたリリウスは、その問いに応えようとはしなかった。



 * * *



「ねぇ、ハナ」

「ん?」


 微笑を浮かべるハナが、上から顔を覗き込んで来る。その黒い瞳と視線が合った途端、アヤカは何を言い出せば良いか分からなくなって、誤魔化すように視線を逸らした。

 2人がいるのは、学園の屋上庭園とでも言うべき場所だ。ちょうど膝枕をされる格好で寝そべるアヤカは、ハナの顔越しに視界一杯の青空を見上げてみる。


「いい天気! 今日も風が気持ちいいね、これもアヤが屋上に入れるおかげかな」

「そうね、本来はリリウスに乗り込む為の許可なんだけど」


 風が吹けば、柔らかく揺れるハナの髪。微かな青くささ香りを孕んだ風は、どこかで雑草が刈られていることを教えてくれていた。

 まるで秒針が進む速度さえ遅くなっているような、たった2人の昼下がり。植物の旺盛な生命力に覆い尽くされた屋上は、少女たちだけが佇む小さな緑の廃墟と化していた。


「アヤ、話してくれても良いんだよ?」

「そう、ね」


 アヤカは後頭部にハナの温もりを感じながら、ああ、やっぱり弱いな、と心中に呟く。思えば、リリウスの起動適格者パイロットである事を打ち明けてしまった時も、ハナはこんな表情をしていたような気がするのだ。

 一体これまで何度、この微笑みの前で悩みを吐き出して来たか分からない。自然と開いていってしまう口は、ハナに誘われるがままに言葉を紡ぎ出していた。


「……あれ、まだ動かせてなくって」

「リリウスを?」

「そう。今年は氷の軍勢ハドマの回遊ルートが変わって、もしかしたら数年以内にここに来るかも知れないのよ。だから、動かせないといけないのに……駄目ね、私」


 ここ半世紀、リリウスは島の熱源として機能してきた。先代も、先々代も、そのずっと前も、パイロットはリリウスの再起動さえ果たせば、あとは任を果たしたも同然だった。

 だが、よりにもよって今年はハドマ・・・の群れがやって来るかも知れないのだ。その可能性を聞かされた途端、ハナの表情からも自然とほんわかした色が消えていく。


「ハドマ、かぁ。この世界を凍らせちゃったんだから凄いよね。何万体もいて、100年も前からいて。でも、ここは今まで大丈夫だったんだから……」


 敢えて楽観視に走ろうとしたハナの言葉は、しかしそこで止まってしまう。彼女とて、ハドマが来る意味は理解しているに違いなかった。


「やっぱり、リリウスが動けないとここも危ないのかな」

「かも知れないわね。今の内に手を打っておかないと、ここだっていつまで平和でいられるか」


 口にしたアヤカですら現実味を感じられない言葉が、ふわふわと空間を漂っていく。

 全高600m近くを誇る、氷の甲冑を纏う鬼の軍勢――――ハドマ。それはこの世界の9割近くを冬に沈め、未だ数万体が稼働状態にあると言われている人類の天敵・・・・・だ。


 ハドマは突如として世界各地に現れ、100年前に人類文明を亡ぼしたとも言われている。月面からリリウスが落下して来るまで、人類には対抗手段さえ無かったという。

 少なくともアヤカたちに教えられて来たのは、そういった『歴史』だった。


「でも、それってさ、どうしてもアヤがやっつけないといけないのかな」

「選ばれたから、私がやらないと。乗りたくたって乗れない人だっているわ」

「そっか……力になれなくて、ごめんね」

「どうしてハナが謝るの?」

「だって、アヤだけがそういうのを抱え込むなんて、ズルいよ」

「ふふ、ハナは優しいのね」


 だから、そんなあなたの事が、私は――――。


 思わず続けそうになった言葉は、やはり喉の奥でつっかえてしまう。

 他愛ない言葉はいくらでも交わせるのに、気飾らなければこうして触れあう事だってできるのに。意識してしまった途端に、その全てが遠くなってしまう。どこか遠くを見つめているハナの表情を見上げながら、アヤカはハナのスカートにそっと右手を乗せた。


 気付いて欲しい。ずっと気付かないでいて欲しい。

 布地一枚を挟んで感じられる温もりが、今は何故か遠く思えて仕方がない。心の中で膨張して行く二律背反は、アヤカのちっぽけな胸を息苦しくさせていった。そして無意識に、問いが零れ出す。


「……私、どうすれば良いのかしら」

「やってやるぞー! っていう気持ちが大事なんじゃないかな? 多分」

「え」


 アヤカは一瞬、どきりと心臓を跳ねさせるも、すぐに自分が早とちりをしている事に気付かされた。ハナは単に、リリウスについての話をしているに違いなかった。

 大真面目な顔をして覗き込んで来るその表情に、一切の裏表は無い。そう、それでこそアヤカの知るハナだった。


「ふふ……っ」


 そんな様子に思わず吹き出してしまったアヤカは、膝枕をされたまま口を開けて笑い出す。おろおろと困惑するハナの表情を見れば、これで良いのだという安堵が胸を埋めて行く。

 そして、少しだけ、前向きになっている自分がいた。


「そうね。ありがとうハナ、私やってみるわ」


 笑い過ぎて涙が滲んだ目元を拭いつつ、アヤカは起き上がる。悩みを打ち明けられた事もあったし、何よりそろそろ再起動実験が始まる頃合いだった。

 軽くクセのついた髪を整え、ぱんぱんと軽くセーラー服についた埃を払う。アヤカは小さく手を振りながら、屋上入口へと走り出していった。


「じゃあ。またね」

「はいはーい」


 屋上から見送るハナは、芝生に座ったままで手を振り続ける。しばらくアヤカを乗せていた脚は、少しだけピリピリと痺れていた。


「んー!」


 アヤカの足音が聞こえなくなった辺りで、ハナは思い切り伸びをする。こうして一人残された彼女は、いつも一抹の寂しさを胸に晩御飯の献立を考えるのだ。バタンと芝生の上に寝転がってしまえば、自然とスーパーで買っていくべき食材も頭に浮かんで来る。

 そして、その指先には、何か冷たくて硬いモノが触れていた。


「あ、これって屋上ここの鍵」


 手に取って見れば、それはアヤカが預かっているはずの鍵だった。こっそり拝借したスペアの鍵は、実はハナも一つだけ持っている。しかし、当のアヤカが忘れて行ってしまったのでは、いざという時にどんな注意を受けてしまうかも分からない。


「家に帰って来てから……だと遅いかな。届けた方がいいよね」


 よし、と勢いよく立ち上がったハナは、制服についた埃を軽く払う。そして屋上の鍵を閉めてから、急いで学校の玄関口へと駆けて行くのだった。

 しかし、その頃既に、アヤカの姿はリリウスのコックピット内部にあった。



 * * *



「第28次リリウス起動実験、現時刻を以て開始します」


 凛とした表情のアヤカは、コックピットシートに身を預けながら宣言する。

 左右前面のモニターに映し出されているのは、リリウスの熱で徐々に沸騰させられていく冷却水層。コックピット周囲を覆う分厚い身体組織の向こうでは、莫大な純水がボコボコと沸き立っているはずだった。


 起動状況は至って順調。

 彼女はゆったりとした椅子のような構造物に深く腰を掛け、両手をアームチェアーに取り付けられた木魚のような球体の上に乗せる。

 その一方で、隣のもう1つの空席・・・・・・・のことは努めて考えないようにする。


「駄目よ……集中しないと」


 リリウス起動以来、何のために存在するかも分からない空席。どちらに乗っても構わないはずのコックピットシートは、ただそこに置かれていた。

 いつもなら、その空席がどうしようもなくアヤカの胸をざわつかせるのだった。


M.A.G.I.C.A.L.マジカル・探知機構レーダー意識接続開始リンケージ


 リリウス固有のレーダーシステムとでも言うべき、M.A.G.I.C.A.L.マジカル・探知機構レーダー。原理すら未解明のそれは、意識を没入しさえすれば優秀なレーダーとして機能し出す。

 リリウスに意識を接続したアヤカの脳内では、分厚い冷却水槽を透かして、遮蔽材を通り抜けて、周囲数百mの構造が手に取るように分かり始めていた。


 ――――レーダーを使うのって、やっぱり変な感覚だわ。


 それはまるで、紙に描かれた平面世界を眺め回しているような感覚。今まで気付きもしなかったもう一つの次元から、せいぜい3つの次元しか持たない空間を見下ろしているような感覚。

 普通に生きている限り、おおよそ理解することさえ出来ないような視点から、アヤカは確かに周囲を見下ろしていた・・・・・・・

 ここまで深く見ることが出来たのは、彼女にとっても初めての経験だ。


「今回は、いけるかしら」


 空間認知が拡大され始めたアヤカの脳裏を、一縷の期待がよぎる。

 半径500m、1km、2km……そのまま可能な限り感知範囲を広げていくと、ふと、アヤカはどこか懐かしい感覚を覚え始めた。今、レーダーの探知範囲の中に入っているのは、このリリウスを収めている格納棟の正門の辺りまでだ。

 左右開きの鉄扉で閉ざされた正門。ちょうどその辺りで、1人の少女が歩いている。


「これって、もしかしてハナ……?」


 半信半疑で呟くアヤカだったが、その想いは徐々に確信へと変わっていった。

 ハナの反応は格納棟へと近づいて来たものの、正門の辺りで止まっている。きっと自分を待ってくれているのだ。彼女の反応を捉えたアヤカは、起動実験のせいであまり待たせないようにしようと決める。

 しかし、そうした途端、何の前触れもなく機体出力が低下し始めた。


「あっ……また!」


 失敗だ。

 正門の辺りで待ってくれているハナに、今度はどんな顔をして伝えればいいのか。ここからでは届くはずが無いと分かっていても、一言謝っておかずにはいられない。


「ごめんね、また上手くいかなかったわ」


 しかし、その時だった。

 レーダーシステムで捉えていたはずのハナの反応が、唐突に消え失せる。跡形もなく反応が消失した正門の辺りには、もはや誰の姿も感じ取れない。


 ――――ハナはどこに行ったの?

 そして次の瞬間、どさりという音がコックピット内に響いた。


「きゃっ」

「ひっ」


 何か柔らかい重量物が落ちたような、どさりという振動。その中に人の悲鳴までも聴いてしまったような気がして、アヤカは余計に瞼を開けられなくなる。

 本当に今、隣を見てもいいのか、そこに一体何がいるのか。

 もう何よ何よ、いきなりなんなのよ――――と、心中では次々にパニックの言葉が湧き出していく。


「ねぇ、誰なのぉ……?」


 ほとんど涙目になりながら、恐る恐る視線を上げていくと、そこには仄かな光で浮き彫りにされた人影が見えて来る。しかし、すっかり見慣れたその姿に焦点が合って行くにつれ、アヤカの中の警戒心は急激に薄れていった。


「えっ……ハナ?」

「へへへ、ほら忘れ物……で、ここはどこ?」

「どこって、それは」


 能天気にも笑って見せるハナは、固まった笑顔が顔面から外れない様子だった。多分、ハナは混乱していた。咄嗟に浮かべた笑顔のままで硬直してしまうくらいには、深く混乱しているに違いなかった。

 そんなフリーズした表情のハナから、「あっ」という小さな悲鳴が上がる。


「どうしよ、椅子に傷付けちゃった。怒られないかなぁ」


 慌てて椅子の角をこすり出すハナだが、そんな事で小さくエグれた跡が消えるはずもない。どうやらコックピットに転移させられた拍子に、カギが椅子に当たってしまったようだった。

 未解明の古代遺失技術で固められたコックピットは、意外と普通に傷がつくらしい。今日もまた一つ、アヤカはリリウスの謎を解いていた。


 ――――引き払う時に、気付かれなければ大丈夫そうね。


 一方、徐々に冷静さを取り戻しつつあるハナは、改めてきょろきょろと辺りを見渡している。そんな彼女の口からは、唐突に素朴な質問が飛び出して来た。


「ちなみに……アヤはなんでそんな格好してるの?」


 無邪気に発せられたその問いが、2人だけのコックピットに沈黙をもたらす。

 束の間、固まってしまったアヤカは、ギクシャクと自分の身体を見下ろしてみる。改めて確認するまでもなく、身に纏っているのはあの特別衣だけ。緩い胸元からのぞく肌には、膨らみを隠すべき下着一枚見当らない。

 何枚かの電極シートを張り付けただけの全身を覆うのは、服とさえ呼べないような大きな布切れ一枚。


「あ……その、ちがっ」


 耳まで真っ赤にしたアヤカは、パクパクと口を開こうとする。

 しかし、遂に耐え切れなくなると、彼女は脱兎のごとくコックピットの隅に逃げ込んだ。胸元に特別衣を抱き寄せながら、ぷるぷると震えるその身体。あまりの恥ずかしさに顔まで覆い隠したアヤカは、しかし、コックピット内の異変を前にゆっくりと顔を上げて行った。


「まさか」


 今や、壁面を飾る古代文字の連なりは、活発に蠢き出していた。音も無く入れ変わっていく配列は未知のパターンを刻み、金に光り輝いては鮮やかさを増していく。

 アヤカの頭からは、もう直前まで抱いていた羞恥心など吹き飛んでいた。

 不安そうな表情を浮かべるハナとは対照的に、アヤカの表情は徐々に明るくなっていく。機体表面で沸騰していく水泡は、今やモニターからもきっちり見えるほどの勢いになっていた。


 ――――リリウス、起動成功。


 その事実を悟ったアヤカは、思わずハナの手を取る。左手で胸元のシーツを抑えながらも、ぶんぶんと上下する右手は喜びを隠そうともしない。


「ハナ、これでもう大丈夫よ。理由は分からないけど」

「良かったね! よく分からないけど!」


 本当にこれで良いのかしら、アヤカは内心で不安を覚えるものの、リリウスが安定稼働状態に入ったのは紛れも無い事実だ。

 悩みに寄り添ってくれたハナの表情までもが明るくなるのを見れば、アヤカはひとまずこれで頑張ってみようと思えた。



 * * *



 翌日の放課後、空き教室に呼び出されたアヤカとハナは廊下を歩いていた。『くれぐれも揃って来るように』と添えられた指示内容が届くのは、当然、初めてのことだ。

 戸惑いを隠せないアヤカをよそに、当のハナは至って楽天的に構えている。


「まさか動いちゃうなんてね……でも、動いてよかったよ」

「本当にこれで良いのかしら?」

「大丈夫大丈夫、なんとかなるって」


 目的の教室に着くと、ハナは躊躇なくガラガラと扉を開ける。空き教室に足を踏み入れた彼女に続いて、アヤカも入口をくぐった。


「失礼しまーす」

「失礼いたします」


 空き教室に居たのは、年配の女性職員が1人。

 彼女は本来、リリウスの運用スタッフではあるものの、こうして関わりが深い学園の運営にも携わっている。ハナにとっては学校職員。アヤカにとっては格納棟で見かける顔見知りの一人だった。


 電話で誰かと話している彼女をよそに、アヤカとハナは適当な席に腰を落ち着ける。窓際に座ったハナの姿は夕陽に縁どられて、どこか物憂げな雰囲気を宿していた。

 その横顔は、やはり浮かない様子だ。理由くらいアヤカにだって分かっていた。


「ハナは心配しなくていいわ、起動出来たからにはきっと上手くやるから」

「やっぱり心配だよ、そういう時に限って、アヤってばうっかりするんだから」

「ハナ……」


 ハナの心配そうな表情を見つめていれば、アヤカの心も締め付けられる。

 すると、2人の横合いから、ピッという通話の終わりを告げる音が聞こえて来た。そして、どこか訝しむような調子の声が、たった今電話を終えたばかりの職員から投げ掛けられる。


「あなた達は何を言っているの? 2人でやるのよ、今日から・・・・2人で・・・

「え」

「へっ」

「大変異例の事態ではありますが……あなた達の場合、2人揃って初めて起動資格を得るものという結論に至りました。よって、ハナさん。あなたもアヤカさんと一緒に、リリウスに乗り込んで貰います」


 その言葉の意味が浸透するまで、教室は水を打ったように静まり返る。

 たっぷり5秒後、アヤカとハナがゆっくりと見合わせていった顔には、冷や汗が浮かび始めていた。今この瞬間、およそ100年に亘るリリウス運用の伝統が覆されたという事実は、アヤカとハナにとってあまりにも大きい衝撃だった。


 ――――1人ではなく、2人・・

 そして大きく、大きく息を吸った後に、2人は寸分違わぬタイミングで手を取り合っていた。


「今日からわたしたちがパイロットぉ!?」


 前代未聞の2人体制が結成された日、放課後の空き教室には二重の叫びが響き渡っていた。


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