『ぼっちのチェスゲーム』3(未完)
第3章
「そこでテンダラーのダラーじゃないほうが、すごい台詞を吐きまして」
「どっちよ」
――二〇〇九年十月二十六日、学友会館多目的室において催行された厚生局の定例会議の席上、下田栞局長代理と羽場杏局員見習いとの間に交わされた会話より。この翌日、下田は大学事務局から語学授業の欠席者が急増しているとの報告を受けることになる。
× × ×
十一月九日・十日。学友会選挙投票日。
× × ×
十一月十六日。
奇しくも二〇歳の誕生日を迎えていた甲斐晴人は、学友会中央委員会の全体決議をもって、新任の厚生局長として承認された。
先立って行われた学友会選挙の結果、彼は全立候補者の中で二番目の得票率を得ており、中央執行委員長になることはできなかったが、自由に役職を選べる立場にあった。当然として厚生局長の座を選んだ彼は、学友会代議員に当選していた部下たちを局員に指名した。
本来、得票率上位の者を調整の上で各局に振り分けるのが慣例となっていたのだが、甲斐は規則にある局長の任命権を盾にして主張を押し通したのだった。
「おれが学友会に立候補したのは全ての学生の平穏な生活を守るためだ。そのために自在な手足が必要なのは明白だろう」
彼の主張に抗う者はいなかった。甲斐の背後に大学事務局がいることは全ての学友会中央委員が知るところだったからだ。
甲斐晴人と大学事務局が手を組んだのは夏休みの終わり頃だとされる。俗に大石=鳴門協定と呼ばれる密約により、大学側は甲斐派を非公然的に支援するようになった。
支援の内容については様々であった。
甲斐の求めた資料の提供、個人事務所としての部室の供与……。
中でも学友会選挙の候補者リストの上位に甲斐派の人名を連ねたことは、現在でも大学の学生自治の観点から是非を問われ続けている。
「学生は二〇ページに及ぶリストから名前を選んで投票するわけだが、はたしてリスト上位と下位に有利不利がないと言えるだろうか?」
「投票所の候補者リストにはめくられた形跡のないものもあったというではないか」
「事務局による選挙工作だ」
このような批判に対して、大学事務局は現在でも、「学生主体の選挙管理委員会が作ったリストの順序は無作為であり、偶然だ」としているが、その偶然が翌年にも起きたことを考えれば疑わしいかぎりである。
そもそも今回の選挙に限らず、麗谷大学の学友会選挙ではいわゆる選挙活動が行われたことが、ごくわずかな学生運動時代を除けば一度もなかった。
本来あるべき大学自治を巡る政策論争は姿を見せず、掲示板には候補者のポスターすら貼られず、辻説法を仕掛ける者もいない。
もはや形だけの選挙ごっこに過ぎないと言ってもいいだろう。
このイベントは全学生の約五%が授業帰りに気分次第で投票所にやってきて、適当に見知らぬ名前を選んで記入するだけの、いわば「儀式」だったのだ。
ゆえに、「皇帝」甲斐晴人が大学から民主主義を奪ったとの批判は筋違いである。元々大学に学生自治は存在しなかった。そして、そうさせてきたのは他ならぬ、甲斐が忌避してやまない、自らの交友関係以外に目を向けない学生たちだった。
(未完)
以下、当時のプロットから大まかにあらすじを抽出
※厚生局長となった甲斐晴人は部下たちにぼっち殲滅作戦を指示する。
※第一段階として『ひとりでぼっち生活を楽しむサイト』を制作。一人でも入りやすい店や、大学内で隠れ家にしやすい場所を教えてくれる。ぼっちたちにぼっちライフを楽しませるサイトと見せかけて、ぼっち同士の遭遇率を上げるための戦略だった。樹場はそれを見破っていた。
※第二段階として大石の立案で『コミュニケーションロボ・ソルト』を学内に多数投入。常に一人ぼっちで歩いている学生を追いかけて、話し相手になるというもの。多くのぼっちが一人ぼっちだとバラされて恥をかかされた。甲斐はぼっちを困らせるなと激怒したが、大石の真の狙いは、ソルトのデータを分析することで学内のぼっちたちを特定することだった。樹場は見知らぬ学生たちの真後ろを歩くことで『ソルト』の接近を回避。
※第三段階として、全てのぼっちを滅ぼす『ハルマゲドン作戦』を実施。翌年の新入生たちには二人組行動を徹底させ、新入生キャンプも全員参加とする。落伍者が出現した場合は落伍者同士を新たに二人組にした。ぼっちは例年より少なくなった。
※二年生以上のぼっちたちには、上記の『ソルト』が収集したぼっちリストで対応。個別の面談を設ける、出会いの場を提供するなどの施策が行われた。だが、樹場のような「歴戦の猛者」ぼっちはリストに載っていない。載っていたとしても出会いの場に来ようとしなかった。
※第四段階は単純だった。厚生局員が一人で歩いている学生に話しかけるというものだった。上記の施策により、学内のぼっちの総数は減りつつあり、また局員に話しかけられるのが面倒という理由で複数人で行動する学生が増えていた。複数人になれない樹場たちはそれぞれ窮地に追い込まれる。
※ここに至り、生き残りのぼっちたちは互いに連絡を取り合う。インターネットや隠れ家での落書きを通じて体育館に集まった彼らは、事前の打ち合わせどおり全員が仮面を被っていた。この仮面会議において、35人のぼっちが『自由学生同盟』を結成。人間関係非構築の自由を掲げて「反甲斐闘争」を始める。
※樹場は下田の情報提供により、甲斐晴人がぼっち対策にかまけすぎて、必修単位を落としそうになっていることを知っていた。樹場は後身の孤独を愛する者たちのために甲斐を留年させて指導者たる甲斐自身を孤独に追い込もうとする。
※最終的に樹場は必修単位の試験時間に「ぼっちです。助けてください」と甲斐に話しかける。二人の会談は歴史に残るものとなった。甲斐は留年した。
× × ×
☆解説
“表紙のイメージは左右に対面で座る主役二人”
“盤上には将棋盤、樹場の前には王将のみ、甲斐の周りはコマばかり”
プロットには未来の出版を見据えた文言が並んでいました。残念ながら実現しませんでした。
私自身が大学時代に友人が一人もいなかったのもあって(どうもガチぼっちです)、その経験を生かした作品を作りたいという気持ちは昔から強くあります。
この『ぼっちのチェスゲーム』では上手くいきませんでしたが、いずれ作り上げたいところです。
そうそう。匙を投げたのは、元ネタに寄せすぎたせいでオリジナルと呼べない気がしてきたからです。
本来はモチーフ程度にするつもりだったのですよ……。
絶対に続き書きません集 生気ちまた @naisyodazo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。絶対に続き書きません集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます