第2話 ガイラ悩む

「オディン、デーヴァン、リィル。どうか安らかに眠ってください……」


 ガイラはローレアの力を借りたとはいえ、ものの数分で3人分の墓を作り上げた。ローレアが手伝ったのは、ガイラが魔法で一瞬にして掘り上げた穴に3人を慎重に埋葬しただけだった。

 それでもガイラは、嬉しそうに笑いローレアに礼を述べ、今は両の手を合わせ、祈りを捧げている。

 ローレアもそれに倣い、3人に謝罪の念を籠めながら祈りを捧げた。

 祈りを終えると、ガイラは持っていた杖を振りかざす。

 すると、驚くべきことに3人の墓の周りに赤青黄、様々な色の花が咲き誇ったのだ。

 魔法には疎いローレアでも、このような魔法を顔色一つ変えずやってのけたガイラは異常な存在だと感じ取り、意を決し聞いてみた。


「あの……」

「どうかされましたか?」

「ガイラさんは……神官様なの?」


 その質問に、穏やかだったガイラの顔から表情が消えた。

 ――とは言っても単にポカンと間の抜けた顔になっただけなのだが。

 あまりの予想だにしなかったローレアからの質問をようやく頭の中で理解できたガイラは困ったように苦笑いをした。


「いえいえ、私は神官ではありませんよ。第一、私は神を信じておりませんから……っと、そうでした。ローレアさん。話は変わりますが、あなたは今まで多くの不運不幸に見舞われてきましたね?」

「え?う、うん……」


 思い当たる節がありすぎるローレア。

 寧ろ不幸じゃない日なんて一度もなかったほどだと自分の人生を振り返り、ローレアは心の中で嘆息した。

 特に最近は不幸のレベルが違いすぎないかと思うほどだ。


「そうでしょうね。あなたはどうにも不幸を呼び寄せる呪いを持っているようですから。」

「呪い!?私が不幸なのは呪いのせいなの!?」

「はい……しかし、その呪いは誰かにかけられたものではなく、あなたがこの世に生を受けた時から持っているものでしょうね。実に深い呪いです。」


 まさか、とは思ったが信じられないわけでは無い。

 赤子の時から続いている異常なまでの不幸。もしそれが呪いのせいだというのならば説明がつくかもしれないが……そんな呪いがあるのだろうかという思いがローレアの中に渦巻いた。

 しかし、呪いと言うのであれば解呪もできるのではないか。

 目の前のガイラは神官ではないらしいが、それでも普通とは違うのは分かる。

 彼ならば自分の呪いを――


「ガイラさん!私のその不幸の呪い……解くことは出来るの!?」

「出来ますよ?しかし、それには私と一緒に暮らしていただく必要があるんですよ……」

「え?一緒に……?」


 ガイラの説明によると、普通の……程度の低い呪術師が掛けたものであるならば、一瞬で解くことが出来るのだが、彼女の呪いの場合都合が違う。

 生来から持った呪いは次第に強くなり、今彼女の中の呪いは対象がローレアのみのものが別の方向……不特定多数に向かえば、国一つ、流行り病に侵されたり、突然の龍の襲来によって滅ぼされるほどの災厄を呼び寄せることが出来るほどのものとなっている。

 それが何故、ローレアのみの不幸しか呼ばない呪いになっているのか、ガイラにもよく分からないが。

 結論を言うと、そんな大きな呪いを解くのは並の人間……それこそ、神官でも無理なのだ。

 だが、ガイラであるならば違う。


「先程も言いましたが、私は不幸を食べることが出来るのです。」

「不幸を食べることが呪いを解くことにつながるの……?」

「えぇ、ローレアさんの呪いが、不幸を呼び寄せるものですからね。私の専売特許ともいえます。」


 ガイラの能力――ガイラはこれを不幸喰いと呼んでおり、文字通り人の不幸を食べることが出来るのだ。

 しかし、勘違いしてはいけないのが、食べるのは不幸になった生物の負の『感情』のみで、決して不幸だった『出来事』を食べ、変えることは出来ない。

 ローレアがガイラと出会った時、不意に心が軽くなったのはこの能力のおかげなのだ。

 不幸を食らい、不幸だった人間の心を軽くするのが、この不幸喰いという能力だ。ちなみに食べるという行為がある以上、不幸にも味はあるのだが……

 絶品。その一言に尽きるのだ。

 他人の不幸は蜜の味――とはよく言うが、まさにその蜜の味がするのだ。

 しかも、不幸の程度で味のレベルは異なり、今しがた食べたローレアの不幸はガイラの今まで喰らってきた不幸の中でも相当なものであった。

 そんなガイラの能力をもってしても、ローレアの不幸を、元凶の呪いを食べきることは出来なかった。

 しかし、確実に呪いの力が減っているという手応えは感じているので、少しずつ、繰り返していけば、いずれ彼女の呪いを食いきることが出来る。そう言う事なのだ。


「ですが、ここで1つ問題があります。」

「問題?」

「えぇ……それはですね……」


 あまりに深刻な顔で告げるので、つられてローレアも顔を引き締めてしまう。

 もしこの問題が大きなもので、それによってガイラが解呪できない可能性があるのならば、一生この呪いは解くことは出来ないのかもしれないのだから。

 ガイラの口から紡がれた言葉とは――


「あなたが出会って一時間もしてない男と同じ屋根の下に暮らしてしまう事です!」

「え?そ、そんなこと?」

「そんなこと!?そんなことと言いましたあなた!?いけません、いけませんよ!ローレアさん!いくらあなたが呪いに困っていると言ってもあなたの様な御綺麗な女性が男にホイホイついて行っちゃあいけません!あぁいえ、別に御綺麗でなくてもついていったらいけないんですけどね?私に下心が無いのは私が一番知っていますが、それをあなたに伝える方法がありませんからね!」

「あ、あのガイラさん?」

「あぁ、ですがあなたを放っておくことも私には出来ない!くっ、ならどうすれば私の身の潔白を証明すれば……あっそうだ!とりあえず我が家に来ていただければ……いいや!それだとただの連れ込みじゃないか!何かいい方法は……!!」


 頭を抱え、いきなり大声で悩み始めたガイラにローレアは声をかけることもできず、ただ悩む様を眺めていた。

 


 10分後……


「そうだ!彼女を保証人として同行してもらえばいいんです!それなら信用性はある!ローレアさん、私の手を掴んで――いいえ、服の裾を掴んで……いや抓んでください!」

「えっ!?」


 飛び上がる様に顔を上げたガイラはそのままの勢いでローレアに迫り、手……ではなく、自分の服の裾をローレアに差し出し抓ませた。

 何が何だか、分からず言われるがまま裾を抓むローレア。彼女の頭に過ったのは(何で掴むんじゃなくて抓むんだろ……?)だった。

 ともかく、ローレアが裾を抓んだのを確認したガイラは杖を地に突き立て、唱えた。


「”転移”。」


 突如、ローレアの視界が真っ白に染まった――かと思うと目の前に見慣れぬ建物が視界に飛び込んできたではないか。

 混乱し、辺りを見渡すと、建物が立ち並び、老若男女色々な人が道を歩いていることから街だという事が分かった。


「では、ローレアさん着いてきてください。」

「う、うん?」


 ローレアがついてきたことを確認したガイラは目前の建物の扉の取っ手に手を掛け、開けた。

 中はまるで酒場の様にテーブルが立ち並んでおり多くの人が談笑したり壁に貼り付けられている紙の様なものを睨んだりしている。

 そのうちの1人が、入ってきたガイラに気付くと、声を上げ――ローレアはその言葉に耳を疑った。


「おう!マザーじゃねぇか、ギルドに来るなんて珍しいじゃねぇか!」

「へ?マザー?」


 何か聞いたことのあるような単語が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(仮)不幸喰いは幸福を育てたい @gin_17_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ