(仮)不幸喰いは幸福を育てたい

第1話 不幸呼び

 とある村の少女、ローレアは自分のことを不幸呼びと信じていた。

 というのも、彼女のこれまでの人生は不幸とともにあると言ってもいいほどに凄惨な物であった。

 産まれた時は外は雷雨迸り、産声は雷の音によってかき消された。


 時は過ぎ、ローレアは元気いっぱいに育ったが、外に出るたび彼女は体に傷をつけていた。

 いじめられていたわけでは無い。寧ろ哀れに思わられ、優しくされていたくらいである。

 さて傷の正体とは言うと……単純にこけただけなのだ。しかし、ローレアがどれほど気を付けようとも転けてしまう。

 石に躓いて転ぶときもあれば転びそうな石を避けたところで木の根っこに引っ掛かり転ぶこともあり、あろうことか外に出なくても家でも転んでしまうほどだ。

 もはや、目に見えない何かにいたずらされているのではと思った村の子供たちーー乱暴者と言われたガキ大将にさえ優しくされていた。


 ローレアが10歳を超える頃、順風満帆だった商人である父の仕事は上手く行かない様になり借金に手を出すまで追い込まれてしまった。

 それでも何とかやっていける。そう信じていた両親とローレアだが、上手くいくことは全くなかった。


 借りた金でどれだけ商売しても一向に儲からず、返済に当てる金も無くなった父はとうとう借金の形に自らの妻をそして、16歳にもなる娘ローレアを奴隷商に売ってしまった。


 奴隷商曰く、母娘が一緒に奴隷へと堕ちた場合、一緒に買われるケースが多いと聞かされていたが、ここでもローレアの不幸が発動してか、母とローレアにそれぞれ別の買い手が見つかり、別れ離れになってしまった。


 自分を買ったらしい何とかと言う貴族の元へ奴隷商の檻の付いた馬車で運ばれている最中、彼女を乗せていた馬車は巨大な鳥の魔物に襲われた。

 そこで彼女にとって初めての幸運か、鳥の魔物の鋭い一撃により、檻が紙の様に容易く破壊された。

 このまま残ったところで、鳥の魔物に食われて死んでしまうと彼女は、背中にいくつもの悲鳴を浴びながら一目散に逃げた。


 裸足で整備なんてされていない道を闇雲に走ったため、足は傷だらけに。もちろん、こけもしたが。

 途方に暮れたところで、ある一団に遭遇した。

 それは冒険者と呼ばれる者たちであった。

 男2人、女1人の冒険者たちはボロボロの服で裸足、そして傷だらけのローレアに一瞬面を食われたが、事情があるのだろうと察し、自分達の帰るついでに近くの街まで送ってあげると言ってくれた。

 

「マザー……?」

「とりあえず街に戻ったらその人に頼るといい。」

「あぁ、マザーであるならば君の事も何とかしてくれるだろう。」

「そうそう!私達も色々マザーに助けてもらったんだよ!」


 名前から察するに街を仕切るお母さんのような存在なのだろうか。

 しかし、それを聞いても彼らは答えてくれず、会えば分かるとだけ言ってきた。笑いを堪える様だったのが気にはなるが……


 彼らとの行動はローレアにとって楽しかった。

 魔物が現れたときは恐れはしたが、彼らが苦戦しながらも撃退してくれた。

 怪我をすれば彼らの荷物にあった薬草を使い拙い手つきではあるものの治療もした。

 夜になれば野営をし、代わる代わる見張り番までした。

 初めての経験ではあるものの、ローレアは久しぶりに笑えた気がした。



 しかし、ローレアの不幸は彼女が笑顔になることを許さなかった。

 ローレアの目の前には数時間前まで笑いあった冒険者パーティー達の顔。

 そのどれもが苦悶の、苦し気な表情をしており――胴体と別れていた。


「ヒッ、イヤァッ!!!!!」


 目前の凄惨な光景にローレアは堪らず、胃の中の中身が逆流して口からこぼれ出た。

 道中、盗賊に襲われていると逃げて来たガリガリの男を簡単に信じたのが悪手だった。

 男に案内されたのは一軒の小屋、まず扉を開けたところで、リーダーの首が飛んだ。斬ったのはガタイのいい悪人面をした男だ。

 呆気にとられ、状況を掴み切れたところでもう1人の首が、今度はローレアたちを案内したはずのガリガリの男に背後から刃物で飛ばされた。

 そして、女冒険者とローレアがどこから現れたか、2人の男に組み敷かれてしまった。

 未だに状況を呑み込めないローレアに対して仲間を殺された怒りから抵抗しようと大声を出したり組み敷いた男を退けようとしたが――抵抗虚しく殺されてしまった。


「あーおいおい、折角の女殺すんじゃあねぇよ。楽しめねぇじゃねぇかよぉ」

「しょーがねーだろ?うるさかったんだしよぉー!それにやることはできるぜ?おっ、良い武器持ってんなー儲け儲け。」

「流石に死体は無理だわ……しかも首無しってよ。まぁいいか、吐いたせいで汚ねぇがこの女も相当なもんだしな!ま、ちょっと早めに壊れるかも知んねぇけど。」


 恐らく盗賊であろう男達の馬鹿笑いもローレアの耳には届かなかった。

 彼女の頭の中には後悔と懺悔の念が渦巻いていた。

 あの時、自分が魔物から逃げていなければ冒険者たちはこの男たちに殺されずに済んだのではないか。

 自分が産まれなければ――


「あ?何だおっさん!見世物じゃねぇんだぞ!?」


 その時、盗賊の内の1人が声を上げた。

 何者か来たようだが、ローレアは吐いた後による強烈な倦怠感によって顔を上げることすらままならず、誰が来たのかもわからなかった。

 だが、おっさんと言っていることから男だろうか?いや、今はそれどころではない。自分の不幸の犠牲者がまた増えるかもしれない。ローレアは焦った。

 が、逃げるように伝えようにも上手く声すら出せない。


「不幸の臭いがしたと思ったら……何という事だ。オディン、デーヴァン、リィル……」

「おい!聞いてんのか……ギアッ!?」


 ローレアの耳に届いたのは何かが何かを貫くような音と、パタパタと水滴が落ちるような音。

 加えて、人1人分が倒れたような音であった。


「こんな不幸を撒き散らしたのは……あなた方ですね?」

「なっ、てめぇよくも!!」

「お仕置きです。」


 そこから先は、言葉らしい言葉は全く聞こえず、貫く音と断末魔しか聞こえなかった。

 顔を上げずとも、ローレアには分かった。

 今この場で何者かが蹂躙している。自分たちを陥れた男たちを血祭りにあげているのだ。

 1分後、ようやく周りに静寂が訪れたが、ローレアは依然顔を上げることは出来なかった。


「大丈夫ですか?お嬢さん。」


 不意に掛けられた優しい声。

 この声は先ほど、不幸の臭いと言っていた男の者だという事は分かったが……1人で盗賊を蹂躙した男が出す声にしてはとても優しく、安心する声音だった。

 助けてくれたことに礼を言わねば、そう思いながらもやはり声が出ない。


「ああっ、すみません。私としたことが……それでは失礼します。」

「ふぇっ?」


 ローレアの体が突如としてふわっと軽くなった。比喩でもなんでもなく、体は倦怠感が吹き飛んだように無くなり、心の方もどこかスッキリしたような感覚になった。

 そのおかげか、体も動き顔も動かせ、声の主を見ることが出来た。

 声の主はまるで神官を彷彿とさせるローブに身を包んだ優し気な顔をした1人の男性だった。

 ローレアと目が合うと、男は穏やかに笑い、彼女に手を差し出し、ローレアは恐る恐るその手を掴みゆっくりと立ち上がらされた。

 

「私の名は、ガイラ。あなたの不幸を食べさせていただきました。」

「不幸を?食べた?」


 訳が分からず、思わずオウムがえしをしてしまうローレア。

 ガイラと名乗った男は困ったように笑い、頭を下げる。


「混乱されるのも無理はありません。ですが、ちゃんと説明する前に少しお手伝いをしていただけませんか?彼らの……オディン達のお墓を作ってあげねばなりませんので。」

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