第67話 嬉しい報告

 久々に、木島さんが訪ねてきた。

 手に、ケージを提げている。

 木島さんは、夏の再入院のときでも見舞ってくれて、退院したときは、またシャンパンでお祝いしてくれた。

 今では、善次郎と木島さんは、無二の親友といってよいくらいの間柄になっている。

 善次郎は、木島さんの愛人のこと以外は、生い立ちからヤクザ時代のことまで、ほとんど聞いている。

 木島さんが刑務所に入ったとき、風三郎の面倒を見ていた愛人は、木島さんが出所して直ぐに、亡くなったと聞いた。

 愛人と言ってはいるが、本当は夫婦のような関係だったのだろう。

 それが証拠に、先生は、女性が主人と呼んだと言っていた。

 なんでも話してくれる木島さんだが、その女性についてだけは、多くを語ったことはない。

「俺のような稼業をしているもんは、結婚なんぞしちゃいけねえんだ」

 木島さんは、ある時、ふと、そう漏らした。

 きっと木島さんは、その女性に本気で惚れていたのだろう。

 だが、ヤクザというのが負い目になって、籍を入れなかったものと思われる。

 籍さえ入れなければ、比較的簡単に別れられる。

 木島さんではなく、その女性がだ。

 そして、木島さんは、籍を入れなかったことを後悔している。

 なにも語らなくても、これまでの付き合いで、善次郎はそう確信していた。

 損な生き方だが、善次郎は、そんな木島さんの不器用な生き方に、尊敬の念を抱いている。

「それって」

 善次郎が、木島さんが提げているケージを指さした。

「おう」

 木島さんが、満面に笑みを湛えた。

 相変わらず、迫力のある笑顔だ。

「俺もな、ついに、巡り合ったよ」

 木島さんが、ケージから、黒い仔猫を取り出した。

 仔猫は、怯えることなく、木島さんの手を飛び出して、活と夏に近寄っていった。

 活と夏が、仔猫を迎えるように、二匹で仔猫を舐め始めた。

 仔猫は、気持ちよさそうに、目を閉じている。

「大三郎っていうんだ」

 ほのぼのとした三匹の光景を、目を細めて眺めながら、木島さんが言った。

「可愛いわね」

 美千代が、同じように目を細めて、その光景を見つめている。

「いいなあ」

 洋平も、なんともいえぬ微笑みを浮かべている。

「やっと、風三郎が許してくれたみたいでな、こいつと巡り会った」

「それは違うよ」

 善次郎の声には、限りない優しさがこもっていた。

「風三郎は、あんたに恨みなど抱いちゃいなかったさ。だから、許すも許さないもないよ。あんたが、勝手に負い目を感じていただけだよ」

「そうか… そうだな。善ちゃんの言う通りかもしれねえな」

 木島さんが、しんみりとした顔になる。

「木島さん」

 美千代が、ほのぼのとした光景から、木島さんに目を移した。

「あなたは、本当にいい人よ。この世にはね、まっとうな職業に就いてしても、タチの悪い人はいくらでもいるわ。わたしは、この人が、あなたみたいな人と親友になれたのを、誇りに思う」

「いや、俺は、そこまで言われる人間じゃ…」

 木島さんが、両手を突き出して否定するのを、美千代は優しい笑みで遮った。

「人って、学歴や職業じゃないのよ。あなたが、猫が好きだから言っているのでもないわ。洋平もね、木島さんは素晴らしい人だって、いつも言ってるわ」

 美千代の言葉に、洋平が力強くうなづいた。

「こんな、俺みたいな男を、そこまで言ってくれるなんて。俺こそ、善ちゃんに出会えて、本当によかったと思ってる。あんたがたにもな」

 目を潤ませる木島さんを尻目に、大三郎は、活と夏と仲良くじゃれ合っていた。

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